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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
2年生編

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恋のはじまり

 私達と違って、皇子側は結果に満足した様子はないけれど、交渉はまとまったので、ギルドの訓練場へ移動した。


 使用していた冒険者は既にいない。

 訓練場を使いそうと知ったセイファスさんが、先に手を回して空けてくれた。冒険者にしても、お貴族様や帝国の皇子様に関わりたくはないと思う。誰一人残っていなかった。


 訓練場には見学者が入れるよう、観覧席がある。

 皇子の側近はここに残ってもらう。ぞろぞろ降りても仕方ない。彼等も情報は欲しているだろうけど、機密に抵触すると知っているから、誰もごねたりしなかった。

 皇子には最低限の護衛だけ連れて降りてもらう。さっき暴言を吐いたジハルトとかいう護衛は居残り組に回されていた。あの様子ではオーレリアに近付けられないよね。


 偶発的な対面だったので、皇子に着替えの用意はない。

 上着を脱いで、シャツを緩め、護衛に剣を借りる。勿論、剣を渡すのは観覧席に残った方。一緒に降りた2人は油断なく周囲を警戒してる。悪感情を隠してないから、私も警戒対象だしね。

 ちらりと覗いた身体つきは、細身ながらにがっしりしてた。オーレリアの評価としては鍛え方が足りないそうだけど、身体に緩みは見られない。帝国男子の嗜みは満たしているみたい。

 そのあたりは王国貴族と心構えが違うかな。


 顔が良い上に細身で筋肉質となると、絵になるよね。褐色の肌が白いシャツに映える。12歳でこの色気は反則じゃないかな。これで性格が良かったら、帝国人でも、女の子が放っておかないだろうにね。


「真剣でいいのかい?」

「はい。それで万が一があったとしても、私は責任を問いません。それに、お互い強化魔法を使って仕合うのですから、木剣であっても、もしもの場合は大差ありませんもの」

「あくまでも強化魔法を見せてもらう事が目的だけど、相手が因縁あるカロネイアとあっては、力が入り過ぎてしまうかもしれないよ」

「問題ありません。そういった可能性も含めて、私は家の名を背負っています」

「女性だと言うのに、勇ましい事だね」


 そんな事言ってるから、王国貴族に受け入れられないんだけどね。

 女性だからあれをしてはいけないとか、女性はこうあるべきとか、王国では押し付けがないからね。基本的に領主は男が継ぐけど、女性が成り代わったからって、卑下される事はない。


 そもそも、夫人にも令嬢にも護衛は必要だから、女性騎士は多い。女性しか立ち入れない場所があるんだから、男性騎士だけでは務まらない。そのあたりの事情は帝国も同じ筈なのに、どうして女性の扱いが軽いんだろね。


「お互いに強化魔法の発動を終えてから対峙、勝敗はどちらかの降参か、周りの制止で決める。それで構わないかい?」

「はい、問題ありません」


 皇子は余裕綽々と、中央の開始位置に立つ。

 オーレリアは自分を落ち着かせるように深呼吸をしてから、後に続いた。


 正確には、深呼吸と同時に強化魔法を使ったんだよね。誰も気付いた様子はないけれど、オーレリアからモヤモヤさん漏れが止まったよ。

 別に皇子との約束を破ったり、魔法を隠蔽したりする意図はない。

 強化の始点終点を明確にしていると、その隙間を突かれる事がある……って、カロネイア伯爵に叱られたみたい。以来、それとなく魔法を発動させる練習を積んでいた。随分こなれてきたから、私やノーラ以外が見破るのは難しいと思う。戦征伯は、歩きながらも、いつの間にか強化を済ませるらしいので、オーレリアはまだ仕上がりに納得してないそうだけど。


「いつでもどうぞ」


 開始位置へ立つと同時に準備完了を告げられて、皇子は目を見張った。


 このあたりまで、私の強化魔法理論の一部と勘違いされるかもね。

 まあ、別に困らないからいいや。


 皇子はしばらくオーレリアを観察してたけれど、何も見て取れないと判断して瞑目した。多分、集中して魔法を発動させてるんだと思う。


「待たせたね。それでは、始めようか」


 数十秒待って、眼を開いた皇子の表情は、いつになく真剣だった。いつもは割とヘラヘラしているのにね。

 勝負となると、気を抜けない性分なのかもしれない。


 2人が中央で向かい合う。


「それでは…………、はじめっ!」


 皇子の護衛が、開始の合図に手を振り下ろした。


 瞬間、剣を上段に振り上げながら、皇子が先に踏み込んだ。

 狙うのはオーレリアが構える細身剣。


 その目論見は容易に読み取れた。

 オーレリアは小柄で、皇子との体格差は大きい。加えて彼女はレイピア、皇子はトゥーハンデッドソード。元々の男女差も含めて、全ての点で重量が勝る。

 オーレリアが防御に回れば確実に力で押し切れる。回避を選択したとしても、体勢は崩せる。二の太刀で追えばいい。


 本来なら。


 オーレリアは剣の腹に左手を添えて、真っ向から受け止める事を選択した。


 ガキンッ! と、激しい金属音が鳴る。


 瞬間、皇子の眉間に皺が寄った。

 原因は思惑を外されたからだろうね。全力の筈の一撃で、彼女はびくともしなかった。重量差も腕力差も、まとめて引っくり返された。


 それでも皇子の驚愕は僅か一瞬。

 単純に力で敵わないと見るや、素早く剣を引き、次の斬撃に移る。



 もっとも、その一瞬で決着がついた。



「―――」


 ポカンと、天井を見上げてる。

 多分、何が起きたか分かってない。

 呆けているのは皇子だけじゃない。見学していた護衛達も含めてだけど。


 斬りかかった一瞬の後、皇子は仰向きに倒れて、オーレリアはその首先に細身剣を突きつけている。


「まだ続けますか?」


 オーレリアが平坦な声で尋ねる。

 取り決め上、彼女側からは勝利を確定できないからね。勝利宣言には皇子側の降伏が要る。


「…………え?」


 でも皇子から漏れたのは、疑問符付きの単音だけだった。


 皇子からすると、オーレリアが消えたようにしか見えなかったんじゃないかな? で、気が付くと天井を見ていた。

 多分、観覧席から俯瞰して見るくらいじゃないと、全容は掴めなかったと思う。


 私も、ラバースーツ魔法で五感を強化して、やっと追えただけだもの。


 2人が剣を打ち合わせた時、皇子が剣を引くと同時に、オーレリアは同じ方向に身体を滑らせた。皇子の剣より早かったよね。ずっと広く、外径をぐるりと回った筈なのに。

 本当に一瞬の事だったし、意識の外に消えただろうから、皇子が反応できないのも仕方ない。

 背後に回った彼女は、皇子の肩を引くと同時に、足を払った。間違っても怪我をしないよう、その手から剣を抜き取る徹底ぶりで。


 うん。

 やっぱりこうなった。

 思った通り、圧勝だったね。

 しかも彼女、強化魔法を見たがる皇子に応えて、風魔法は使わなかった。まあ、その必要もなかったみたいだけど。


 分かり切った事だけど、オーレリアが交渉で気にしていたのは、私が怪我する事じゃない。私が、皇子に、怪我させる事を、心配したんだからね。

 強化魔法まで使って行う立ち合いで、安全に終わらせようと思ったら、確固とした技術と、突出した実力差が必要だしね。

 私の場合、あれだけ果敢に斬り込まれたら、パワードスーツくらいに魔力を注いだ強化魔法で受け止めて、そのまま殴り倒すしかできなかったと思う。勿論、大事になる。


 オーレリアが引き取ってくれて、良かったよ。


「あの、申し訳ありませんが、剣を引いていただけますか? 勝敗は明らかですので」


 皇子が呆けたままだから、審判役の護衛の人が白旗を揚げた。

 護衛対象に剣を突きつけられた状態は、職務上受け入れられないだろうしね。オーレリアに願った声には、恐れが含まれていた気がする。


「お疲れ様。うまく諫めてくれて、助かったよ」

「このくらいは何でもありません。力になれたなら良かったです」


 結局、最後まで彼女に、気負った様子はなかったよ。


「あんまり簡単に終わってしまって、魔物の供与を渋られたりしないでしょうか?」

「勝者には従うお国柄だし、大丈夫じゃない? オーレリアのおかげで、帝国には連絡済みな訳だし」


 皇子の沽券とか矜持は、私に手合わせを願った時点で、粉々になるって決まってたしね。

 勝負を挑んでおきながら、相手の力量把握も、負ける覚悟もしていない皇子が悪い。ごねるようなら、改めて張り倒そう。帝国方式も悪くないよね。


 なんて雑談をしていたら、漸く皇子に反応があった。


「はは。ははははは。はははははははっ! あーっはっはっはっはっはっはっ!! あははははははははははは…………」


 唐突な爆笑で。


「頭とか打ってないよね?」

「大丈夫です。背中から落ちるよう、気を使いましたから」


 ……それだけ余裕があったって事だね。


「―――ああっ!! やっと、やっと分かった。僕がこの国に来たのは、運命だったんだね! そう、僕は今日、運命に出会った!」


 何!?

 一体何事?


 ごめん。

 訳が分からない。


「……改めて聞くけど、どさくさに紛れて頭叩いたり、してないよね?」

「してません! そんなの、してませんっ!」


 ふるふると否定するオーレリアは、涙目だ。

 彼女が嘘を言ってる可能性はない。


 なら、あの皇子に何があったの?

 何かスイッチでも入った?

 それとも壊れた?


 貴方の側近、全員固まってるよ。


「僕の定めを喜ぼう。僕を今日という日に導いてくれた、全ての巡り会わせに感謝しよう! 僕は天運を知った。僕は今、幸福に包まれている。胸の内は歓喜で満ちている!」


 用は済んだし、もう帰っていいかな?


 そう思っていたのに、ガバリと起き上がった皇子は、私達の方へ向かって来た。その足の動きはとても速い。


 でもその歩みは、私を素通りしてくれた。


「オーレリア嬢! 僕の胸は君に撃ち抜かれた。剣を打ち合わせた時、全身に電流が走った。君に打ちのめされて、運命を告げるという天の鐘の音を聞いた。僕の心は、喜びで打ち震えているよ!」

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
成る程、確かに、恋のはじまりかもね。 ハートを撃ち抜かれちゃったもんねー オーレリアとの結婚は条件は実家との別離で皇子が嫁ぐ! これ1択だろう。 帝国の政治的にもあり得ないから、無かったことになる。っ…
あれ?この人、婚約者いなかったっけ?
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