win-winな交渉 オーレリア編
ギルド本部なら、すぐに訓練場で強化魔法を披露できるし、皇子も浮遊種輸送の連絡ができる。
魔物が手に入って研究が進むとなれば、魔法を見せるくらいの手間は呑んでいい。
「申し訳ありませんが、横から失礼します」
けれど私が返事をする前に、オーレリアから待ったが入った。
「事は国家の機密技術です。魔物の提供だけでは、釣り合いが取れません。条件を加えさせてください」
お、対価を上乗せする気かな?
私は自分の価値を安く見積もりがちだから、こうしてきちんとした評価を添えてもらえるのは、本当にありがたい。
相手は恨みのある皇子だからね、反対なんてしないよ。どんどんやって。
なんて思っていたら、水を差す馬鹿が出た。
「皇子が令嬢と話しているのだ。護衛風情が口を挟むな!」
空気を読めない発言をしたのは、さっき不快そうな顔をしていた護衛騎士。あの後も、舌戦の間中、顔を歪めてたんだよね。
この人、40歳前後に見える。皇子の若い側近の中では、酷く目立つ。年頃から考えると、大戦経験者で年季の入った王国嫌いかもしれない。そんな人がどうして皇子の留学に付いてきたのか、尚更分からないけれど。
側近は主の話に割り込めない。国の違いは関係なく、貴族なら当然の事。
私の揶揄に苛々しながら、こちらの失点を待ち構えてたんだろうね。
まあ、思い違いもいいトコだけど。
「その言葉、そのままお返しします。彼女は私の友人、護衛ではありません」
私に護衛がいないから、傍にいたオーレリアを護衛と間違えた……なんて話は通らない。
護衛なら私達の会話中、後ろに控えていないといけない。でもオーレリアはずっと私の隣にいた。周囲を警戒する様子も見せていない。
そもそも皇子が話しかけて来た時点で、私達は並んで歩いていたんだから、状況把握が甘いだけだよね。
友人との会話に割り込んでおいて、口を挟むななんて、通じない。
それでよく皇族の護衛が務まるねってくらいの不手際だよ。
「そのような言い訳が通ると……」
「下がるんだ、ジハルト。それ以上は、他国の貴族に対する侮辱だよ」
まだ分かってなさそうな護衛を、皇子が止めた。
散々からかってきたけど恥を知らない訳じゃないみたい。欲を言うなら、道理も知らない護衛を連れてるだけで恥ずかしいって、知ってほしい。
この件、私から何か言う事はないけどね。
叱るのは身内の仕事。
私は交渉を有利に進めさせてもらうだけだよ。忠誠心か、愛国心か知らないけれど、失態に付け込むのは当然だよね。
「申し訳ない、ご令嬢。確か入学式典でもスカーレット嬢と一緒だったね。改めて名前を聞かせてもらえるかい?」
普通は初対面で済ませておく事だけど、この人、王国貴族と碌に関わろうとしなかったからね。今日だって、護衛が暴走しなければ、オーレリアを視界に入れる事はなかったと思う。
「ご挨拶が遅くなりました。私、オーレリア・カロネイアと申します」
「―――!!」
礼儀の逸脱への不満は一切感じさせず、オーレリアが優雅に一礼すると、皇子は驚きで固まった。いや、皇子だけじゃなくて、帝国側の全員が。
まあ、そうだろうね。
カロネイアは大戦の英雄。
帝国側からすれば、仇敵に他ならない。何しろ、絶対優勢に進んでいた侵攻を引っ繰り返されたんだから。
王国とは逆の意味で、今でもその名は重い意味を持つ。戦征伯が軍のトップにいる事で、再侵攻への抑止力が働いていると言ってもいい。
皇子は当然、16年前の様子を知る筈もない。
でも当時の話は散々聴かされて育ったと思う。私だってそうなんだから。
もっとも、帝国にとってカロネイアが忌々しい名だったとして、今の私達には関係ない。浮遊魔物を手に入れる為に交渉中、その事実だけあればいい。
「彼の将軍のお嬢さんとは、驚いたよ。何度も話を遮って申し訳ないけど、気を取り直して強化魔法実演の条件に付いて、詰めさせてもらえるかい?」
気を取り直した皇子は、柔和に微笑むと、何もなかったみたいに話を続ける。
カロネイアに思うところがあったとして、その娘に何か言える筈もないよね。
「ええ。追加を望むのは2点です。まずは対価の魔物の増量を願います。皇子が仰られましたが、浮遊種の入手は帝国にとって大きな負担ではないご様子ですから」
「うん。具体的には?」
「該当する魔物を5種類以上、それぞれ2匹以上の提供をお願いします。2匹目以降は死骸でも構いません。ただし、解体はこちらで行います」
「…………」
おっと、思い切ったね。
皇子の顔から胡散臭い笑顔が消えたよ。
私、1匹手に入ればいいかなって思ってたのに、一気に5倍以上だってさ。
「少し要求が過ぎないかな? こちらは強化魔法を見たいだけなのだけど」
「そうでしょうか? 我が国の機密に抵触しかねない要求ですよ。固有種を催促している訳ではないのですから、対価としては妥当だと思います。納期が厳しいなら、3分の1は少し待ちますよ」
固有種っていうのは、帝国でしか確認されていない魔物の事。特殊な素材が獲れたり、帝国の独自技術の糧だったりするから、国外へは情報も秘匿する場合がある。それを国外へ放出する権限は、多分この皇子にない。
「……分かった、その要望は受け入れるよ」
側近の失態もあるし、ここはそう答えるしかないよね。
「もう一つの条件を聞かせてもらえるかい?」
「確認しますが、皇子が最初に希望されたのは、レティとの手合わせでした。彼女を上手く誘導して強化魔法を使わせる事が目的だったようですが、今でもそれを望みますか?」
「ああ。観察する為には、間近で見るのが一番だろう?」
「それは受け入れられません。怪我をさせれば、問題になりますから」
「両国間の問題になる事は、僕も望まない。けれど、肌で感じなければ見えないものもある。これは僕も譲れない。怪我をさせる事がないよう、最大限留意しよう。武器に制限を付けてもらっても構わない。僕が呑めるのは、ここまでだ」
「どれだけ注意を払っても、可能性が消えないのが事故です。万が一だから大丈夫などと、その危険から眼を逸らすなら、むしろ事故を望んでいると捉えますよ」
「それならどうしろと? 対価の追加までしたのだから、交渉を拒否する訳でもないよね。何か代案があるのかい?」
ここで、事故を恐れるのは軟弱者のする事だ、なんて言うようなら、ここで交渉を打ち切れたんだけどね。
「レティの代わりに、私が立ち合いましょう。私は武門、カロネイアです。ルールに則った試合なら、事故が起きても問題とはしません」
収穫祭の武道大会にも出るしね。
「話にならないよ。君と立ち合ったところで、僕が望むものは得られない」
「そうでもありませんよ。ノースマークで行われた初期実験を除けば、私は最初の被験者ですから」
「何だって!?」
「調べれば、すぐに分かる事です。ほんの1年前まで、私は強化魔法を使えませんでしたから。レティの強化魔法は魔塔の術師に習ったものですが、私のはレティの理論を基にしたものです。皇子の望みにも沿うのではありませんか?」
「!!」
完全にオーレリアのペースだね。
習得できなかった強化魔法を、後の研鑽で身に付けた例はほとんど無い。それを覆したって言われたら。興味を持っていかれるよね。
私が提案した方法なら、それができるってだけでも値千金の情報だし。
「こちらから提示できる選択肢は、レティの強化魔法を離れて観覧いただくか、代理の私と立ち合うか、です。どちらを選ばれますか?」
「……分かった。改めてオーレリア嬢、貴女に手合わせを申し込むよ」
「はい、承りました」
わー、引っ掛かった。
どちらを選んでも、強化魔法練習着のヒントなんて得られない。でも皇子に選ばせる事で、収穫がなくても皇子の責任だって、落とし込んだよ。
「本来なら実演は魔物と交換とするべきですが、私の要望を受け入れてくださった皇子に感謝して、これから応じてしまいましょう。その代わり、魔物輸送の連絡も、この後すぐにお願いしますね?」
駄目押しでにっこり微笑むとか、交渉人として完璧だね。
中身が空の取引材料に、散々対価を要求した上で、皇子に恩まで被せたよ。流石、武門カロネイア、とても攻撃的な交渉でした。
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