研究室の本気
オーレリアの勧誘をかわした翌日、まだ諦めていない気のする彼女を諫めながら、収穫祭への参加についてウォズに相談した。
当日までもう時間がない。
準備が要るならすぐにでも動き始めないとね。
お祭りになれば、財布の紐が緩む人も多くなる。普段できない事を試す機会でもある。何もしないのはもったいないよね。
「確かに物販は避けた方が無難でしょうね。来客を受け入れるだけの余裕が学院にありません。中央公園を借り切って、販売所の奥でスカーレット様が手を振っていてくれるなら、いくらでも売り上げが伸ばせそうですが、今回は止めておきましょう」
冗談のつもりかもしれないけど、笑えないからね。
あの拝むような、讃えるような視線に晒されてないから言える事だよ? 何の御利益もないのに祈られると、呵責で心が削れるからね。期待って、背負い過ぎると本当に重いから。
あと、今回はって予防線張ったの、聞こえたよ。
この先も絶対やらないからね。
「一応、いつ相談されてもいいよう考えてあります」
おお!
私なんて話の流れで漸く思い出したのに、流石卒がない。
……さっきの聖女物販が案の1つだったりしないよね?
「中央公園でのイベントへ参加するのはどうでしょう? スカーレット様の活躍は広く知られていますが、大衆の場に顔を出された事はありません。お声を聞きたいとの意見は多いです」
おや、意外に堅実だった。
ノースマークでは普通の活動だけど、王都で出しゃばる真似はしていない。
元々は自分の民だって認識がなかった。私はノースマークの令嬢だから。でも、聖女として持ち上げられて、扶心会に多くの寄付を貰って、いつまでも余所者って訳にもいかないよね。
折角のお祭りなのに、お金儲けを絡ませないのはウォズらしくない気もするけれど、いい機会かもしれない。
「無事収穫を迎えられた事のお祝いと、納税へのお礼を言えばいいのかな」
「ええ。内容はスカーレット様にお任せしますが、聖女基金への協力の感謝を伝えても良いかもしれません。王都の人々は、一貴族としてでなく、聖女様としての参加を望んでますから」
なるほど。
寄付のおかげでどれだけの人達が救われているのか、喧伝する訳だ。
きちんとした用途に使われている事の周知にもなる。聖女の宣伝もあるんだろうけど、私ここの領主じゃないからね。
「ついでに募金箱でも置く?」
「そうですね。貴族や富豪でなくても、善意で参加できるのだと知ってもらうのは良いですね。多くは期待できないでしょうが、お祭りの空気が後押ししてくれるでしょう」
「皆もそれでいい?」
「ええ。実際に人の場に出るのはレティですから、貴女が良いなら、問題ありません」
「聖女と、聖女様との対面を望む声は私も聞いています。多くの人々にとって良い事だと思います」
「わたくしも、異論はありませんわ」
「……あたしはどうでもいいです」
あ、キャシーがやさぐれている。
「それでグリットさんが帰って来る訳じゃありませんし、あたしの為に戻るなんて言ってくれませんでしたし、そもそも先に誘えなかったあたしが悪いんですし……」
うん、とってもめんどくさいね。
「でも、でもキャシー、貴女には他人事じゃないでしょう?」
「……どういう意味?」
「家を、家を継ぐって決めたのでしょう? 貴族で居続ける予定のない私やノーラはともかく、大勢の前でレティ様とのつながりを周知しておく事は、必要でしょう?」
「……そうだけど」
「ウォルフ男爵家は田舎貴族で、王都には知っている人なんてほとんどいないんだから、貴女はレティ様の協力者なんだって知ってもらわないと」
珍しい。
マーシャに叱られてる。
「気持ちが、気持ちが分からないとは言わないけれど、家長になるなら、尚更公私の区別はつけなさい。そんな様子で、信用してもらえる訳がないでしょう?」
「ごめん……。レティ様もすみませんでした。ウォズも、その、話の腰折ってごめん」
「いえ。でも確かに、スカーレット様とご一緒された方が、今後の為になると俺も思います。……それから、オーレリア様もお願いできますか?」
「ええ。戦征伯、国軍にも協力している事のアピールですよね」
突然話を振られても、オーレリアに迷いはない。
貴族として人前に立つなら、家の名前は外せない。
税金で生かされて来た私達は、いつだってその責任を背負っている。
そんな様子を目の当たりにして、キャシーの背筋も自然と伸びた。
「それから、参加する催しは夜になります」
?
なんでわざわざ夜?
私達未成年だから、夜のイベントに出るには学院の手続きが面倒じゃない?
「折角ですから、光芒の魔道具で入場を彩りましょう」
あ、実用化の目途が立ったんだ。
年末にカミン達へのお土産にと作った光魔法のおもちゃ。ビーゲール商会に技術を渡した後の経過は知らなかったけど、研究は続いていたみたい。
「権利は譲ったんだから、ビーゲール商会でお披露目しないの?」
「緋の聖女、スカーレット様の演出に使った方が、宣伝になるでしょう? 多くの人が一度に目にしますよ」
うん、ちゃんとウォズだった。
思考がきちんと金色してるよ。
「そこでお願いがあるのですが、舞台の演出を幻想的で、厳かに盛り上げる魔道具を開発できませんか?」
おっと、何やら無茶振りが来たよ?
半月もないって分かってる?
研究室としての参加っぽいけどさ。
儀式への参加じゃなくて、お祭りの余興だし、あんまり貴族然とするより良いかもだけどさ。
「例えば、例えばレティ様が空から登場する、とかですか?」
ちょっと、マーシャ!?
「いいですね。滑空するより、ゆっくり舞い降りると雰囲気が出そうです。そういったものをお願いします」
「スカーレット様なら、魔法で何とかなりませんの?」
「いえ、空中浮遊の魔道具はロマンです! この機会に、あたし達で挑戦しましょう! レティ様頼りは最後の手段です」
「それならレティのドレスも合わせたいですね。着地の際、ふわりと広がると素敵じゃないですか?」
「今から仕立てるのは難しいですね。お嬢様が所持しているものだけでは、見栄えを満たせそうにありません。お母様にお借りできないか、問い合わせましょう」
どうして皆、そんなに乗り気かな?
キャシー、今は私事でいいと思うよ。もう少し拗ねてて大丈夫だから。
それからフラン、どうして貴女まで混じっているの? 私を着飾る情熱放っておいて、いつも通り私の後に控えていてくれて、いいんだよ?
う、でも空飛ぶ魔道具は魅力かも。
風魔法で人を浮かすのは現実的じゃない。揚力を得るには、それを受けるだけの翼が要るからね。今回の場合は、無属性の空間魔法かな? 魔物が浮く力場の再現に挑戦するのも面白いよね。その場合、属性は何になるんだろ?
悪目立ちしたくないのに、魔道具のアイディアは湧いてくる。
これ、ウォズの術中だよね。
光芒の魔道具、後出しだったし。
聖女の名声を高めて、新しい魔道具の開発が進む。一挙両得を狙われてる。
それが分かっても、逃れられそうにないのが問題だよね。面白いって思った時点で、振り払える気がしない。
私以外も含めて、ね。
構想にかけた時間で、既に負けている。
「よし! 皆で飛行方法を考えようか。私としては、滑るみたいに公園を回りながら高度を下げるのも、捨て難いと思う」
「覚悟、決まったみたいですね、レティ」
「さっすがレティ様! 最高の演出にしましょう!」
「飛び方が決まらないと、魔道具の構造も定まらないからね。急いで決めてしまおう。成功例、ないんだから時間厳しいよ」
「初代導師が研究した際の備忘録を読んだ事がありますわ。失敗例ですけど、参考になりますか?」
お、助かる。
流石エッケンシュタイン博士、研究してたんだ。
こうなったら、ずっと語られるくらいの派手な演出を考えようか。お祭りだもの、悪ふざけは本気でやらなきゃ、ね。
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