秘密解禁
エレオノーラの研究室参加は、驚きと共に歓迎された。
その歓迎ぶりに、エレオノーラも目を丸くしていたけどね。
小さい頃から自然にできてしまった為か、彼女はどうも自覚がないけれど、あの鑑定能力を驚かない人はいないと思う。
ただし、エレオノーラが研究室に通うのは少なめとなる。
何しろ彼女、学院の予習がほとんどできていない。エッケンシュタイン伯爵家では、礼儀を教える以外の教師が付けられていなかったらしい。その教師が彼女に同情して、最低限の常識は教えてくれたと言う。
それ以降の知識は完全に独学。
エッケンシュタインの屋敷には、300年前の初代導師が残した膨大な図書があるから、それを読み漁って時間を潰したとか。けれど、基礎を教えられていないから、かなり歪に知識を詰め込んでいる。
だから必修科目を勉強しないといけない。
当分は学業優先です。年頃を考えると、研究室に籠っている私達が普通じゃないんだけどね。
「すみません、お役に立てなくて」
「気にしないで。貴女の知っている事を増やした方が、結果的に私達の助けになるんだから」
鑑定で読み取った情報を、どうも彼女は一部しか生かせていないみたい。知識を増やして、情報の意味するところが理解できれば、多分、もっと多くを解析できる。ひょっとしたら、この世界の根幹を成す理論まで解き明かせるかもしれない。
そこまで上手くいくかは分からないけど、もしできたなら、その恩恵は計り知れないよね。
私には前世の記憶があっても、聞きかじり程度だし、魔力や魔素の性質が邪魔して考察が進まないんだよね。
「講義が忙しいのはあたしも同じですから、一緒に頑張りましょう」
「そうそう、学院生の本分は勉強と交流。余暇を研究に充ててもらえるだけでありがたいんだから」
そもそも、彼女の鑑定を軸にして研究を進める体制が整っていない。
本音を言うと、今はキャシーと一緒に講義に集中していてくれた方が助かるんだよね。
ところで、エレオノーラを迎えるにあたって、もう一つ決めた事がある。
彼女の特殊な力を明かしたのに、もう一人が黙っているのはフェアじゃない。
だから私のモヤモヤさん事情も公開した。
「へー、レティって魔素が見えるんですね」
すっごい平坦に受け入れられたけど。
驚嘆と称賛で迎えられたエレオノーラと、温度差が酷い。私の扱い雑じゃない?
「むしろ、あたしは腑に落ちた感じです。レティ様の理論の飛躍が、時々突飛に見えてましたから。本来見えない魔素を観測していたなら、納得です」
「そうですね。スライムが、スライムが魔素を捕食するなんて、何処から閃いたのか不思議でしたから」
あ、もともと奇行が目立ってたのか。
何かあるって思われてたんだね。
「でも凄いですね。ほとんどお伽話みたいな魔眼の持ち主が、一度に2人もですか」
「魔眼?」
ウォズに言われて首を傾げる。
いや、魔眼の存在は知ってる。
この世ならざるものを見る特殊な術師が、王国史に語られている。初代国王は水の精霊と交渉して今の王都を作ったらしいし、航海王と知られる5代目は海の向こうに大陸があると予見して大型船開発に力を入れたとか。
「違うのですか? 本来見える筈のない魔素を感知できるのですから、俺は魔眼だと思ったのですが」
「あー、ごめん。自覚してなかった。魔眼って、妖精とか、死者とか特殊な存在を見るものだって思ってたから。同じものだって認識がなかったよ」
「わたくしもです。小さい頃から当たり前で、特別だと思えませんでしたわ」
魔法が色で見えるエレオノーラはまだいいよ。
私なんて、モヤモヤさんが見えるだけだよ? ショボ過ぎない? これを歴史上の大人物と並べるのは無理があるよね。
「魔素って、どんなふうに見えるんですか?」
「……黒いモヤモヤしたものが、そこら中に付着してる……」
「それは何と言うか、羨ましくない視界ですね」
だよね。
期待してくれたオーレリアには悪いけど、私の魔眼で夢はあげられない。
「おかげで生物が触れると吸収する事や、魔法で集められる事も分かったんだけどね」
「その魔法の代用品が、魔導変換器ですか。レティがこだわる訳ですね」
「今は魔素の利用方法が広がったから、それが理由ってだけじゃないけどね。どちらにせよ、今の範囲拡大が上手くいかないと、今後の利用には厳しいよね」
「? スカーレット様が魔法で魔素を集められるなら、それを魔道具で再現すればよいのではありませんの?」
「あ」
そんな訳で、エレオノーラに助言を貰った私は、魔導変換器を改良してる。
盲点ってあるよね。
自分が魔眼持ちって気付かなかったのもそうだけど、日常使いしていると、それが当たり前になって感覚が鈍ってしまう。
それが分かっただけでも、秘密を打ち明けた甲斐があったよ。
一人で考えられる事って、限界があるよね。意見を貰うのも、議論を重ねるのも、とっても大事。私は天才じゃないからね。
考えてみれば、当たり前の事だった。
私は何属性でも扱えるけれど、特に意識しなければ無属性魔法になる。それぞれ反属性を含むから、出力を揃えると私の中で打ち消し合うみたい。モヤモヤさん掃除は魔法の存在すら知らずに始めた事だから、属性に偏りがある訳がない。
風属性とか、光属性とか考えて試作を繰り返していたし、随分遠回りしたよ。
理論が通ったなら、あと必要なのは効果範囲と出力の調整かな。
効果範囲は付与基盤を一つ加えるだけでいい。
とは言え、その付与内容に苦労してきた。
海を撹拌していた魔導変換炉に倣って、風魔法で空気を集める事を考えたけど、日常レベルの風ではこびり付いたモヤモヤさんを動かすには弱すぎた。出力を上げればモヤモヤさんも集められるけど、竜巻並みの被害が出る。間違っても街中で使えない。魔物の森で使っても、殲滅魔法クラスだよね。
魔素減少による魔物の生息範囲への影響を調べたいのに、周辺丸ごと薙ぎ払っていたら、実験にならない。
燃費が悪すぎて兵器としても微妙だし。
この世界では光も物質扱いだから、モヤモヤさんを光に吸収させて集める方法も考えたけど、やっぱり新しい攻撃魔法ができただけだった。光は熱を伴うから、収束させると危ないよね。
必要なのは空間への作用。範囲内の指定物だけを集めるよう術式をイメージする。
付与の難易度が少し高い。
装置へ落とし込むには、もう少し簡略化が必要かな。
出力は魔石の質を上げればいいんだけど、空間魔法にはかなり高い品質が要る。
だから、現在烏木の牙はマルチアイスラッグ捕獲に遠征中。強力な個体ではあるけれど、分裂する魔物なので、養殖を視野に入れてる。目が沢山ついた巨大ナメクジだから、私は見ないで済ませたい。
試作は並行して進めたいので、今回は魔石を自作する。
秘密を明かした以上、自重とかしない。要は動作確認ができればいいんだから。
「魔石って、魔物の生態を支える核なんですよね?」
「うん。魔力を収束させている部分で、特殊能力を司る器官の中心だからね。スライムなら魔漿液を作るし、空飛ぶ魔物なら身体を浮かせる力場を作るよね」
「そんな魔石をギュッと一握りで作れるレティ様って、前世魔物だったりしません?」
私の前世は日本人だってば。
こんな不名誉も、エレオノーラに協力してもらって原理を解明すれば、返上できる筈だよね。
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