チート鑑定令嬢
3日後、研究室に現れたエレオノーラさんは、どこからどう見ても緊張していた。
楽にしていいよって言ってあげたいけど、上手い言葉が見つからない。張りつめさせてる対象は私だから、何を言っても効果は無い気がする。
だから、とっておきを用意した。
「し、しちゅれい致します……」
あ、噛んだ。
頬を羞恥で染めているエレオノーラさんは見なかった事にして、ソファを勧める。
同時にフランが紅茶をそっと差し出してくれる。
人に気を使わせずお茶やお菓子を提供するあの技術は、どう考えても真似できそうにない。侍女教育は受けてないから当然かもだけど。
エレオノーラさんも自然にお茶へ口を付けてくれた。
「あ、美味しい」
ホッと笑ったエレオノーラさんを見て、成功を確信した。
やっぱりフランの紅茶には、人を和ませる効果があるよね。これで少しは緊張も解けてくれる筈。
彼女は思わず漏れた言葉に驚いて、咄嗟に口を閉じた。私は追及したりしない。
今日はオーレリアとウォズがいる。
全員は気が休まらないと思ったから、キャシー達には遠慮してもらった。
「本日は、わたくしの為に時間を割いていただいて、ありがとうございます」
「気にしないで。私も貴方とお話ししたかったもの」
実は子爵との面会予定があったのだけど、調整した。私の都合だから、本当に彼女が気にする事じゃない。
勘だけど、なるべく早く聞いておいた方が良い気がした。
「こちらをご確認いただけますか?」
エレオノーラさんが取り出したのは、2つの小瓶。色は青と白。
青い方は、何の変哲もない下級回復薬の空き瓶。もしかすると、先日渡したものかな。
もう一方は少し気になった。白は特級回復薬に使っているもの。もっとも中身は入っていないし、特級は数量管理を徹底しているから、不正に入手できるとは思えない。
なら、どういう意味があるのだろう?
更に気になるのは、どちらも再度蓋をして、上からテープを巻いて密閉してある。
もしかして、僅かな飲み残しを保存するため?
だったとして、何の為に?
ちなみに彼女は、侍女も護衛も連れずにやって来た。
瓶を入れた鞄を自分で持って来て、中身も自ら取り出すなんて、普通の貴族令嬢ならしない。人払いの為かとも思ったけれど、一連の動作が慣れた様子だったから、多分側近を付けてもらってないんだろうね。
「先の大火では、エッケンシュタインの王都邸も被災しました」
うん、知ってる。
元々死に体の財政に重いダメージを負ったらしい。領都からも人が離れる事態に陥ったと聞いている。
国の援助も、扶心会の支援もある。でも一般市民と違って、貴族邸の再建には足りない。土地の割り当てと公共工事は済ませて、敷地だけぽっかり空いている。
「この瓶はその時、当家の使用人を助けていただいた時のものです」
あの1228人の中にいた訳か。
「こちらの回復薬、スカーレット様が作られたものではありませんか?」
「!」
喉がヒュッと鳴った。
エレオノーラさんが指すのは白い方。
大火の時に使われた特級品の中には、確かに私が付与したものが混じっていた。
回復薬の製造は、既に私の手を離れている。
一部が研究室に納品されているから使用には困らないけれど、私が魔力を込める事はほとんどなくなった。だから私の付与品はもう残っていないと思ってた。
まさか、あんな飲み残しから私に届くとは思わなかったよ。
問題はどうやって、という点。
私が付与を行える事は大勢が知っている。大火の時には大量のスライムに付与したしね。でも「不壊」や「永続」みたいな特別な付与を行わない限り、他の付与術師と差があるような話は聞いていない。
無属性は珍しいけど、そもそも回復薬の付与は、無属性術師か、無属性魔石を用いた装置でないと行えない。
なら、私とそれ以外の付与を見分ける方法がある?
「ごめん、オーレリア、ウォズ。部屋を出てもらえる?」
2人に退出をお願いする。
見分け方の方法によっては、2人に話せていない内容になる。
少し戸惑った様子を見せたものの、2人共何も言わずに応接室を出て行ってくれた。後でちゃんと事情を説明しなきゃね。
彼女達が部屋から離れるだけの間を置いてから、話を再開する。
「フランには居てもらうけど、エレオノーラさんにそれで不都合はある?」
「いいえ、スカーレット様が宜しいのでしたら、わたくしからは何も。許していただいたとはいえ、わたくしに隠さなくてはいけないほどの秘密はありませんわ」
人払いの願いは、私の為だったみたい。
つまり、それだけ大事な話をするって事でもあるよね。
エレオノーラさんは気分を落ち着かせる為か、紅茶を飲み切ってから、口を開いた。
「話を続ける前に確認させていただきたいのですが、スカーレット様は、全属性をお持ちですよね?」
「え!?」
いきなり驚いた。
私も、王都に来てからフランに知らされた事。ノースマークでも、知っている人はほとんどいない。鑑定を依頼した魔塔最高峰の鑑定師は、契約で厳重に縛ってあると聞いている。
「どうしてそう思ったの?」
「はい。先日いただいた青い瓶の回復薬、こちらは市販されているものと同じだと思いますが、無色の液体にしか見えません。しかし、白い瓶の方は、スカーレット様を覆う魔力と同じで、わたくしには薄く虹色に輝いて見えるのです」
「!!!」
驚いた。
今度は声も出せないくらいに驚いた。
私を覆う魔力って、まさかラバースーツ魔法?
「……魔力の色が見えるの?」
「はい。それから、触れると付与した魔法の意図も伝わってきます。青い方からは弱い回復の意味が、白い方からは全快を祈る強い願いが伝わってきます」
何、この子?
意図? 願い?
何が見えているの?
何を感じているの?
鑑定魔法は、この世界に存在する。
一部の術師だけが使える高等魔法の一つ。
レグリットさんがそうだから、対象に魔力を通して、情報を読み取るのだと聞いた事がある。
試してみたけど、残念ながら私には使えなかった。情報は頭に流れ込んでくるんだけど、何が何だか分からない。多分、情報を読み取る感覚が備わっていないんだと思う。
でもエレオノーラさん、もっととんでもない事言ってない?
「それって、鑑定魔法なの?」
「申し訳ありません、分からないのです」
分からない?
「調べた限り、確かに鑑定魔法に近いとは思っています。ですが、違う点も多く、類似例を見つけられていません。父に相談した事もあるのですが、訳が分からない事を言うなと、取り合ってもらえませんでした。ですから、詳細は調べられていないのです」
は!?
エッケンシュタイン伯爵、馬鹿じゃないの?
ただの鑑定魔法だったとしても、作付け状況を見直して、魔物対策を的確に指示して、人を適性や能力に応じた職務に割り振れる。鑑定士を呼べば大金を支払わないとはいけないし、近隣の領主が知れば鑑定依頼が山と持ち込まれる。
領地の状況をひっくり返せるくらいの才能を蔑ろにしたの?
しかも、どう見ても、彼女の才能には先があるよ?
「フラン、すぐにレグリットを呼んで」
詳しく知るには、専門家の意見が欲しい。
私の意図を正しく理解して、フランは指示を風魔法に乗せて飛ばす。呼びに行く手間が省ける分、早く情報が伝わるからね。
風伝達の魔法も結構高等技術だから、初めて見たエレオノーラさんは驚いた顔をしている。
でも、貴女の魔法の方が凄いと思うよ?
同じ棟内にいるレグリットさんが来るまでの時間すら、もどかしく思ってしまう。早く彼女の魔法の詳細を知りたい。
どうも、とんでもない拾い物をしたみたい。
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