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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
2年生編

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贖罪令嬢 2

 漸く泣き止んだエレオノーラさん。

 でも顔を上げようとしない。


 多分、冷静になって状況を把握したんだろうね。

 償うつもりで全て気に留めていなかったんだろうけど、ここには大勢の人目がある。泣き腫らした顔とか見せられないよね。


「これ、使って」


 念の為持ち歩いていた小瓶を渡す。

 中身は勿論回復薬。

 あんまり質の良いものじゃないけど、出先で怪我した人を見かけた時の辻回復用。ミニ箒と一緒に、常に腰に吊ってある。サッと取り出して見知らぬ人を助けたら、聖女イメージの補強と、宣伝になるからって、ウォズに押し切られた。

 私は回復魔法も使えるんだけど、それはそれ、緋の聖女と回復薬はセットなんだって。研究を広げる為の戦略だと言われれば、断る言葉も見つからない。

 壁を取り払って以来、ウォズの押しが強いんだよね。

 なんとなく、愛犬にぐいぐい引っ張られながら散歩してるみたい。


 エレオノーラさんは、何故か瓶をじっと見つめてる。

 なんとなく、琥珀色の方の眼の光が強くなった気がする。


「気にせず使って」

「……あ、はい。ありがとうございます」


 背を押すと、素直にぐいと飲んでくれたけど、何がそんなに気になったんだろうね。

 あっという間に、赤く腫れた目元は元に戻った。


「あの……、この薬はスカーレット様が?」

「うん、研究室にはいっぱいあるし、作る手間もそれほどかからないもの」


 回復薬は既に売りに出されてる。

 まだそれなりに高価だけれど、中級くらいまでなら、貴族にとっては珍しいものじゃない。かなりの数が国中に運ばれていった。今日の聖女賛辞は、その事も関係してるんだと思う。


「その、できれば、私とお話しする時間を取っていただけませんか?」


 恐る恐るといった様子で尋ねてくる。

 私としては、友達になろうと言ったくらいだから、遠慮する必要はないんだけどね。これまでの罪悪感がいきなり消える訳じゃないし、簡単に壁を取り払える訳でもないかな。


「ええ、いつでも。私は基本的に研究棟にいるから、訪ねて来てくれると嬉しいわ」


 どんどん協力者と研究課題が増えるものだから、今では学舎丸々一つ分が、私に割り当てられている。素材活用研究棟、学院の案内図にもそう載っている。


「いえ、その……できれば、2人だけでお話ししたい事があるのですが……」


 私達の様子を窺っていたオーレリアがピクリと反応する。

 研究室の警備担当を自任している彼女は、私達へ悪意を持つ人物に敏感に反応する。エレオノーラさんがそうだとは思わないけど、これまでのエッケンシュタイン家との関係を考えると、2人きりはリスクが高い。


 でも私は友達と認識した人間を、できる限り信じると決めている。彼女はまだ一方的に宣言しただけの関係だけど、疑ってかかる事はしたくない。


「貴方にはそう言うだけの事情があるのでしょうから、まずはその事情を訊かせてくれる? 人払いをするかどうかは、それから判断させて」

「あ、はい。それで十分です」


 結局、約束だけ済ませて、今日のところは別れた。

 生きる事を諦めていた彼女が、何を明かしてくれるんだろうね。エッケンシュタイン伯爵家の裏の部分とかだったら、要らないのだけれど。

 まあ、その場合はアドラクシア殿下あたりに丸投げしよう。


「お疲れ様です、レティ。とんだパーティーになりましたね」


 エレオノーラさんと入れ替わりに、皆が寄ってきた。


「帝国皇子に、土下座ですもんね。レティ様でなかったら、捌くのも難しかったと思います」

「おかげで、どっと疲れたよ。帰ってフランの紅茶が飲みたい」


 ここにも飲み物はあるけど、私の癒しには足りない。


「ええ、すっかり、すっかり注目を浴びてしまいましたし、今日はもう失礼しましょうか」

「さんせー」


 リッター先生への挨拶はもう今度でいいよ。


「それにしてもスカーレット様、あのエッケンシュタインの御令嬢を、随分気に入られたのではないですか?」

「? そう見えた?」


 まるで自覚はないんだけど。

 でもウォズの言っている事は、そんなに的を外していない気もする。


「ええ。恐らくは顔も覚えていない母親の罪を背負った彼女に、同情したのは理解できます。スカーレット様なら、それを助けようと考えられる事も。しかし、いきなり友達になろうと言い出すのは、少し気が急いているように思えました」


 うん、ウォズの時は、ビーゲール商会って下心ありだったのは、もう理解しているよね。

 オーレリアの場合は、可愛いのに強い彼女とお近づきになりたかった。


 つまり私は、相手に何か魅力を感じた時、勇み足で踏み込むみたい。


 なら、エレオノーラさんに何を感じたのだろうと考えて、答えはすぐに出た。


「姿勢が綺麗だったんだよね」

「……姿勢、ですか?」

「うん。罰を望むあの子は、投げやりになっていなかった。土下座なんて、普通は見る事すらない行為に、引き込まれてた。勿論驚きはあったけど、あの一瞬、場を支配していたのはあの子の誠意だった」


 注目は浴びたけど、床に頭を付ける彼女を嗤う声は少なかった。

 私もきちんと答えないといけないって思わされた。


「あれがきちんとした作法だったから。場所を選ばなかったのもそう、恥を隠さない事も贖罪の一つだと、彼女が知っていたから」


 彼女にとって、生まれた罪の清算場所は、私と初対面の時でないといけなかった。


「贖罪礼、なんて呼ばれる意味をきちんと理解して、作法通りに実行してた。だから彼女の誠意が正しく伝わった。許しを請う為じゃなくて、ただ真摯な姿勢を見せていた。お母様から教えられたとおりだったよ、きちんとした礼ができる人は信用できるって。そりゃ、気になるよね」


 次に会った時、何を話してくれるのか楽しみなくらいには気に入っていると思う。


「姿勢一つでそこまで考えますか?」

「大事だよ? 一緒にいて不快感を感じないって事だし」

「そう言われてみると、ここに居る全員、姿勢が綺麗ですもんね。あたしは、ちょっとさぼり気味でしたから、あれですけど」


 オーレリアが通う騎士団では礼儀も重んじられているし、マーシャのお父様は厳格な人だった。商人のウォズには必須の技能、狙った訳じゃないけどそのあたりがきちんとした人が集まっている。


 そう言うキャシーも特別おかしい訳じゃない。この子は、見様見真似で作法を再現出来てるからね。研究室に来て以来、日に日に天然さんの所作は洗練されてる。

 多分、無自覚なんだろうね。


「爵位を継ぐなら必要になるだろうから、私が教えてあげようか? お母様に習ったから、きちんと教えられるよ」

「レティ様の立ち礼は特に綺麗ですものね。ちょっとお願いしていいですか?」

「ええ、安定したお辞儀ができるまで、延々繰り返すだけだから、簡単だよ」


 次々出される条件に合わせて角度を変える。勿論動作が雑になるとか許されない。メトロノームとか、起き上がり小法師の気持ちが理解できるよ。


「今なら回復薬も用意できるから、筋肉痛の心配をしなくて済むよ」

「うぇ! そ、それはちょっと……」

「あはは」

「ふふっ、最近、最近のキャシーって、レティ様みたいな変な声、出すようになりましたよね」


 見様見真似は所作だけじゃないって事かな。


「あれ? 私って、そんなイメージ?」

「……いや、それは、まあ……はい」


 ウォズに聞いたら、気不味そうに目を逸らされた上に、肯定された。

 う、味方がいない。


 友達と馬鹿な事言いながら寮に帰る。

 そんな何でもない日常に、エレオノーラさんも混じれればいいな。

お読みいただきありがとうございます。

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今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 礼儀作法って必要最小限知ってればいいやくらいに思ってた時期が私にもありましたw が、大学生の頃。田舎に帰省してのんびりしてる時、母の茶飲み友達のおばさんが遊びに来てましてね、たまたま私、お昼…
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