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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
2年生編

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贖罪令嬢 1

 右手を胸に当てた深く90°の最敬礼。

 これが王国における最も謝罪を込めた礼で、前世の土下座に近い意味となる。ちなみに、感謝や敬意を示して謝罪の意味を込めない場合には、手を両脇にまっすぐ添わせる。


 けれど、王国の作法にも土下座は存在する。


 一般的に謝罪の為には使われず、贖罪礼と呼ばれてる。


 全面的に罪を認めます。裁定は全て貴方に委ねます。許していただけないなら、このまま首を落としてもらっても構いません。どんな罰も受け入れます。


 ―――と、込められた意味は非常に重い。


 斬首が処刑方法だった名残だからね。

 前世の土下座も、似た意味合いに捉えていた時代もあったらしいけど、ヴァンデル王国では更に色濃く残っている。

 行為を行った時点で、全ての決定を、受けた側に任せる意思表示となる。私達は貴族だから、作法には責任が伴う。


 冗談でも、軽々しくしていい所作じゃない。


 それだけで、彼女の本気が窺えた。


 しかも、頭を床に付けているのに、背はピンと伸びて、手は対称についてある。作法通りのきちんとした姿勢から、その場の勢いや感情に任せた訳じゃないと分かる。

 誠意を示す為に、練習を繰り返したんじゃないかってくらいに綺麗だよ。


 沙汰を待つように、彼女は言葉を続けない。


 騒めいていた周囲も、彼女の真剣さを察して、徐々に静まっていく。正式な作法に則った行為だから、揶揄したり茶化したりする訳にはいかないと、彼等も知っているみたい。


 私が応じなければ、状況は動かない。

 私は選ばないといけない。

 つまり、彼女を許すか、罰を与えるか。

 勿論、曖昧にもできない。してはいけない。


 それは分かるんだけど、知らない子に何を言えばいいのかな?

 何を根拠にして決めればいいの?

 礼儀は一通り躾けられてる筈だけど、初対面の相手に土下座された場合の対処方法なんて、知らないよ?

 しかも、この衆人環視の中で?

 覚悟の決まった彼女は、視線なんて気にならないかもだけど、皇子なんかよりよっぽど手強いよ?


「ごめんなさい。まずは貴女のお名前を教えてくれませんか?」


 とりあえず、判断材料をください。

 何も知らずに裁くなんてできないよ。


 再び周囲が騒めき始める。

 何言ってるんだ? とか言われてるけど、全部無視。

 ほとんどの人達は、彼女が膝をついたあたりからしか見ていないだろうし、土下座した相手が初対面なんて思いもしないだろうけど、今は相手にしてる余裕がない。

 よく分からないまま見学してて。そもそも見ていてほしいなんて、頼んでないから。


「申し訳ありません。わたくし、エレオノーラ・エッケンシュタインと申します」


 あ。


 顔を上げないまま返された名前で、漸く彼女の存在に思い至った。


 多分、ギャラリーの何人かも気付いたと思う。もう12年も経つけれど、あの事件はそれなりに有名だから。


 ノースマーク令嬢暗殺未遂事件。


 当時、まだ五侯爵の一角だったエッケンシュタイン家第2夫人が引き起こした、侯爵家降格の止めとなった事件。


 被害者の私は、事件自体をずっと後になって知った。無自覚に防いだのも、私だったけど。


 この件に関して、被害の有無は問題視されていない。侯爵家の人間を狙った時点で、重大な罪になる。しかも動機は、生まれてきた娘を第3王子の婚約者にしたいから、私の存在が邪魔だったという、非常に身勝手なものだったらしい。


 当然、お父様は激怒。

 その怒りを国も慮って、エッケンシュタイン家の責任を徹底的に追及した。暗殺を目論んだのは第2夫人1人で、当主も事件発覚後に知らされたらしいけど、凶器の銃は侯爵家の権力を使って横流ししたものであったため、家全体の罪とされた。

 エッケンシュタイン家は与り知らない事と抵抗したけれど、お父様は周辺貴族に働きかけて圧力をかけ、エッケンシュタイン領内から離反者が出るほどの事態となって、最終的に国の裁定を受け入れた。

 現在は領地を分譲して、伯爵家となっている。


 軍装備の横流しは国家への造反に当たるから、判例からすると十分甘い処置なんだけどね。ここでも過去の偉人への忖度があった。

 首謀者の引き渡しに応じた事で、お父様が矛を収めたのもあるけれど。

 ちなみに、前導師は彼女の大叔父にあたる。


 でもこれって、彼女の罪かな?

 だって、彼女は当時、生まれたばかりだよ。


 なんだか胸がモヤモヤする。


「顔を上げてください、エレオノーラ様」

「……しかし……」

「貴方のお母様は捕らえられ、裁きを受けたと聞いています。既に罪は雪がれている筈です」


 第2夫人は投獄され、処刑も決まっていたらしい。けれど、その前に牢で錯乱し、衰弱死したと聞いた。刑が執行されていないからと言って、罪が残ったとは思わない。

 まして、娘に肩代わりさせようなんて思った事もない。


 なのに彼女は頑固に頭を擦り付けたまま、体勢を変えようとしない。


「母の罪は終わったかもしれません。しかし、その母を狂わせてしまったのは、生まれてきてしまったわたくしの罪です!」


 ざわり、と。


 私の胸に怒りが渦巻く。


 生まれた事自体が罪?


 彼女にこんな事言うよう、強要したのは誰?

 こんな事(どげざ)しなくちゃいけないくらい、彼女を追い詰めたのは誰?


 彼女の素性に気付くのが遅れたのは、服に紋章が入っていなかったから。

 エッケンシュタイン伯爵家の子女は、他の学年にもいる。第1夫人の子達は家紋を携えて、彼女にはそれを認めなかった。

 家の思惑が透けて見えて、気分が悪い。


 何しろ、神妙に成り行きを見守る中に、歪んだ笑みがいくつか混じる。その胸には、揃って硬貨と雲の意匠が刻まれている。


 彼女が未だエッケンシュタイン籍なのは、彼等が受け入れているからじゃない。一族として認めているからじゃない。

 きっと、罪を彼女のものとして、全て押し付ける為だ。


 家が降格して、ノースマークの断罪を受けて、首謀者が死亡して、それで事件が終わった訳じゃない。

 周囲の貴族は、事件を起こした家として扱う。当然、信用なんてできない。領主が信用できない土地へ、商人は巡って来ない。それで不便になるなら、冒険者だって寄り付かない。12年過ぎても、領地は困窮が続いているのは知っている。

 この件について、死んだ第2夫人ばかりを責められない。何しろ、事件発覚時点で、当主は判断を間違えた。国の調査を受け入れて、事件関係者を差し出せばいいのに、中途半端に抵抗した。結果、ノースマークとの政争に発展して、火の車だった財政は底を尽き、周辺貴族の信用を失って今に至る。


 領地再建の為に尽くしている、なんて話は聞かない。

 きっと、過去の栄光だけにしがみ付いて、自分達は悪くないとでも開き直っているんだと思う。


 そして多分、エレオノーラさんへ腹いせの矛先を向けた。

 領地が荒廃しているのはお前の母親のせい。家が降格したのも母親のせい。ノースマークを敵に回したのも、国からの援助が減ったのも、かつてエッケンシュタイン領だった土地は栄えているのも、弟が魔塔にいるのに助成金が回ってこないのも、あの第2夫人のせい。

 そして全て、あの女を狂わせたお前のせい。


 その結果が、この土下座。


 彼女は全てを償って消える事を選択した。


 同時に、エッケンシュタイン家が望んだ結果でもあると思う。これで事件は全て終わったのだと言い張れる。


 他でもない(ひがいしゃ)が裁定を下すのだから。


 ふふふ。


 子供の教育は家の方針で決まるから、他家の私は口を挟めない。


 それで済むと思う?


 こんな悲壮な決意を見せられて、我慢しなくちゃいけないなら、私は苛烈でも、説教聖女でもいいよ。

 エッケンシュタイン、ただで済むと思うなよ。


 その前に、彼女を救ってあげないといけない。


「もう一度言います、エレオノーラ様。顔を上げてください」

「しかし……」


 いや、もし許さなかったとしても、王城(ここ)で首を落とすとか、できないからね。


「全ての決定は私に委ねる、そういう意図あっての行動ではないのですか?」

「! も、申し訳ありません……」


 やっと顔を上げてくれたエレオノーラさんを、私は手を貸して立たせる。彼女は戸惑っているけれど、私の言う事に従う他ない。

 王城の床で埃なんかついたりしないけど、膝を払って、乱れた髪を軽く整えてあげる。


「では、沙汰を言い渡します」


 何とか様になったエレオノーラさんと、改めて向き合う。

 彼女と、周囲から息を飲む音が聞こえた。


「生きてください」

「―――え?」

「私は償いを望みません。ですから、生きてください。生きて幸せを、楽しみを探してください。私が貴方に望むのはそれだけです。貴方に罪があるとは思っていませんが、それでも裁かれる事を望むなら、私は貴女を許します。貴女は勿論、貴女のお母様の事も、恨んではいません」


 そもそも、知らない間に起こった事だし、簡単に防げたし、私には狙われた実感がない。しかも、12年も前の事だよ? お父様が何やら忙しそうにしてた事しか覚えてないし、普通は物心ついてないからね?


 何で裁いてもらえるなんて思ったかも分からない。

 エッケンシュタインが何を考えて彼女を差し出したか知らないけど、まずはその思惑を粉々にしてあげる。


 きちんと言ったよ。

 ()()を許すって。他は知らないよ。


「そうは言っても信じられないかもしれません。ですから、私が傍にいて、許された事を周知しましょう。エレオノーラさん、私と友達になりましょう」

「!!!」


 精一杯の笑顔で手を差し出すと、色違いの瞳から大粒の涙が流れた。


 おおっ、と。

 周りの驚きが広がる。騒めきはこれまでにないくらいに大きくなっていく。


「過去の諍いに終止符が打たれたぞ」

「良かった、血は流れずに済んだ」

「流石聖女様、命を狙われたのに、許された」

「エッケンシュタインの人間が、あの研究室に入るのか?」


 幸い、騒ぎのおかげでエレオノーラさんの泣き声は周りに届かない。貴族は泣き顔なんて見せるものじゃないから、私はそっと彼女を抱き寄せる。泣いた事実はあるけど、人の記憶に残るのはそれだけでいい。


「……本当に、許されてしまって、良いのでしょうか……?」


 すすり泣く中で、震える声がする。


「いいよ。今まで罪を背負って生きてきたなら、償いとしては重すぎるくらいだよ」

「でも……」

「私は、生まれた事が罪なんて思ってない。貴女のお母様も償われたんだから、これで終わりにしましょう。貴女には、貴女の人生があっていいんだから」

「……」


 まだしばらくは何か言っていたみたいだけど、残念ながら聞き取れなかった。

 でも、吐き出すだけで楽になれる事もあるよね。


 もうしばらくは抱き枕役を務めよう。




「あれを自然に言ってしまうのが、レティですよね」

「かっこいいからいいんじゃないですか? 人手が増えるだけでも、いろいろ助かりますし。またいろいろ噂になりそうですけど」

「それに、それに絵になりますよね。去年のウォズさんも、ああだったら凄く良かったのですけど」

「あれ? 俺、1年前はまだマーシャリィ様の射程内でした?」


 小声で話してるけど、聞こえてるからね。身内で茶化さないでよ。

 こんなの、放っておけないでしょう?

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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