敵認定
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入学歓迎式典。
この日ばっかりは、暢気に構えていられない。何しろ新入生の挨拶を受けないといけない。500人を超えた去年ほどじゃないけど、100人以上を覚えて回るのは結構大変。
覚えなくても困る事は少ないんだけど、貴族の礼儀として、お母様に叩き込まれてるんだよね。どうしてもこぼれる名前がない訳じゃないけど。
私の頭がそういうふうに作り替えられてると言っても、脳を酷使して疲れない訳じゃない。
なのに、噂で聞いた聖女を偶像化して、興味津々話しかけてくる子が多い。
悪意を感じたら突っぱねるんだけど、瞳をキラキラさせてる新入生を無下にはできないよね。
ただし、内容が酷い。
「車に撥ねられた女の子に、誰よりも早く駆け寄って、癒しを与えられたんですよね?」
「火傷で苦しむ人々と痛みを共有する為に、自ら手を焼かれたと聞きました」
「火事で亡くなった人へ心痛めて流した涙に、神様が感動して、炎を消し去り、スライムに癒しの力を与えてくれたって、本当ですか?」
「被災した方々の力になろうと、全ての貴族に寄付をお願いして回ったんですって?」
うん、何処から突っ込んだらいいかな?
それ、誰の話?
ソース何処?
「え? 歌劇で見ましたよ」
「伝記を読んだんですけど?」
「僕は絵画で拝見しました。解説に、大火の様子が物語調で綴られていました」
「被災した方に聞いてまわりました」
どうも、私の活躍を宣伝する人(非公式)がいるみたい。しかも複数。
道理で噂が独り歩きしている訳だね。
ジローシア様のお茶会では、ここまで酷い内容は聞いていない。王都にいる人は、まだ事実に近いところにいるけれど、地方では尾鰭が付きまくっているのかも。
疲れた。
去年の比じゃないくらいに。
「甘いもの。脳が甘いものを欲してる……」
ひと通り挨拶を終えた私は、軽食が並ぶテーブルへ、フラフラ引き寄せられる。神聖化された私の話で、お腹はいっぱいだけど、脳は糖分を要求してる。
「お疲れ様です、レティ」
オーレリアが甘みの強そうな果実のジュースを差し出してくれた。今の身体の欲求に丁度良い。
彼女の胸には、剣を模したブローチが光る。
アドラクシア殿下の話を聞いて、私が贈ったもの。10種の身を守る為の魔法が込めてある。
その内容については伏せてあるけど、何も言わずに受け取ってくれた。彼女だけじゃなくて、研究室の関係者全員が。
性能も把握しないで受け入れるって、なかなか無いと思う。私への信頼を感じて、密かにうるっときたよね。
「いや、ほんとに疲れたよ。こうも大袈裟に知れ渡ってるなんてね」
「カロネイアでも人気の演劇になってましたから」
「……それは先に教えてほしかったよ」
「ごめんなさい。知っているものとばかり」
演劇とか近付かないからね。
自分が主人公の演目とか、見たくないから、見かけても知ろうとしなかったかもだけど。
「なんでも、大火を止める為に、神様が緋の聖女様を遣わせてくださったらしいですよ」
「……歌劇とは物語が違うのかな?」
「そうかもしれませんね。現実とは随分乖離していましたけど、お話としては面白かったですよ」
ごめん、何処に楽しめる要素があるのか、分からない。2.5次元舞台みたいなもの?
「あんまりおかしな事にならないように、監修とか管理とかした方が良いのかな?」
「今更じゃないですか? それに、狭域化の件が控えてますから、またすぐ噂になりますよ?」
そうか、話題を提供してるのは、私自身か。
研究を止める気がないんだから、収まる筈がないよね。
「これ、今は夢を壊さないままの方が良いのかな? 訂正した方が良いのかな? 多分、学院に通ってるうちに、実態を知ると思うけど」
噂の聖女様を演じてあげるつもりなんてないよ。
「気にする事ないと思いますよ。誇張はありますけど、噂の元は、貴女への感謝の気持ちですもの。レティが貴女らしくあろうとした結果、私達は救われたんですから、そのままの貴女でいてください」
?
私、オーレリアに何かしたっけ?
「飾らない貴女を慕ってくれる人は、きっと沢山いますよ」
「…だといいんだけど」
幸い、去年ウォズを馬鹿にしていたみたいな光景は見当たらない。勿論、アホな事を言い出す王族もいない。3番は卒業したしね。
この場で偶像を脱ぎ捨てる事態は、無くて済んだかな。
そのウォズは、向こうで魔道具を売り込んでいる。講師資格を取った事が自信に繋がったのか、堂々と商談してるね。
「ところで、キャシーとマーシャは?」
「キャシーなら、まだ挨拶回りです。今まで疎かにしていた分を取り戻すんですって」
そういや、家を継ぐんだっけ。
学院時代の関係構築は大事らしいからね。ここからは見当たらないけど、新入生に混じって声を掛けてるのかな。
「マーシャは……、その、可愛い男の子を探してくる……そうです」
ああ、また病気か。
12歳くらいの男の子って、まだ彼女のストライクゾーンだからね。成長が遅かったりすると、特に。
毎年こんな事してるのかな?
一見、優しげな先輩みたいな顔して近付くから質が悪い。綺麗なお姉さんがぐいぐい話しかけてくるようにしか見えないもんね。
でも、顔に出したりしないし、あの子の頭の中を覗かなければ、害はないかな。神様崇拝の歪形だから、恋愛感情も下心もないんだよね。
「一通り見て回ったら落ち着くだろうし、そっとしておこうか」
「……ええ」
友達だからって、触れられない事もあるよね。
今は学院生同士の交流がメインで、先生方は手空きみたい。何かとお世話になっているリッター先生に挨拶しておいた方が良いかな、なんて思っていたら、広間の入り口が騒めき始めた。
騒ぎの中心には、遅れて入ってきた男子学院生がいる。
それが誰かは、すぐに分かった。
軍士官服から派生した詰襟の灰上着で、刺繍や飾り気は少なめ。紋章の代わりに、皇族を示す徽章が胸にある。ブレザーを規定された学院生に馴染んでないから、酷く目立つ。王国の決まりに染まるつもりはないみたい。
私がその姿を見定めるのと同時に、薄墨色の瞳もこちらを捉えた。
イーノック・クーロン。
髪は長く波打って、外側が淡く透ける蜂蜜色。艶もあるから金にも見える。背は高く、身体つきもしっかりしていて、本当に12歳か疑うレベル。皇族が詐称する筈ないとは思うけど。
何よりの特徴は、褐色の肌と、その整った顔つき。私の知る限り、前世含めて1、2を争う。
そんな第4皇子が、まっすぐこちらへ歩いてくる。
狙いは私だって仮説が、色濃くなる。
普段なら黄色い悲鳴の一つも上がるだろうけど、他は目に入らないみたいに聖女へ注がれる元敵国皇子の視線に、広間全体が緊張で包まれる。
そんな空気は知らないとばかりに、皇子は余裕を携えている。
「スカーレット・ノースマーク令嬢とお見受けする。絵姿で見た通りの美しさ……とはいかないようだね」
あん?
今、私の胸を見て言ったね。
なるほど、盛ってあった訳だ。盛った絵を見て私を認識したんだ。
で、がっかりしたと?
ふふふ。
これでも1年前と比べれば、成長したんだよ。
成長の程度が他と釣り合っていないし、どんどん大人の女性らしくなる中で、明らかに周回遅れだけど、無ではなくなった。
無と微には越えられない差があるからね。
きっと神様が、前世の記憶なんて余分を添加した代わりに、女性ホルモンを入れ忘れたに違いないけど、少しは膨らんでくれたよ。前世と同じサイズで、時々悲しくなるけど。
そんな私の胸を見て、鼻で笑ったね?
何の目的があってこの国に来たか、分からなかった。
でも、これではっきりした。
こいつは私の敵だ!
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