第1王子の方針
「情報の漏洩だけならば、まだいい。だが、其方自身を狙う可能性も考えられる」
「私を拉致して、帝国の為に研究させると?」
のんびりした日本人気質が抜けないせいで、自分が攫われるなんて未来はどうにも想像できない。
同時に、こちらで学んだ知識が、戦略としては十分にあり得ると警告する。拷問して知識を引き出すのも有効だと、俯瞰する私がいる。
私自身を何とかする?
あり得ない。
ラバースーツ魔法と、自重無しで付与したお守りが突破できるとは思えない。
そんな戦力があるなら、その人を先頭に戦争を起こした方が早い。皇子の留学なんて回りくどい事をする意味がない。
私以外が狙われたなら?
フランやベネットは勿論、私は研究室の皆も、協力者の皆も全て守りたい。1人だって傷つく事を許容できない。
私自身より、彼等の方が弱点になる。
でも、彼等には一般市民も多い。全員に護衛を付けるのは現実的じゃない。
「必要ならば、騎士から護衛を回してもいい。其方は勿論、その周囲の者も含めてな」
とても助かります。
他国から来る以上、手札は限られるだろうし、市民相手に大勢を動員する事も考え難い。送り迎えがあるだけで違う。
後は、お守りの見直しかな。
「ありがとうございます。ですが、私自身の護衛は結構です。傍にいて情が移った場合、護衛も守りたくなってしまいますから」
これが私の面倒なところ。
知ってる人に、護られているだけでいられない。だって、知人が危ないって思ったら、助けようとするよね?
「……普段護衛も付けずに出歩いていると思ったら、そういう事か」
「ええ、身軽な方が自衛しやすいのも理由の一つです」
「其方が卓越した強化魔法を使う事は聞いている。だが、これは国の問題だ。多少窮屈であっても、護衛の派遣を受け入れてほしい」
「拉致、暗殺の可能性がある令嬢に、国が護衛一つ派遣していない状態は、非難の的になる事は理解できます。ですから、離れて見張る分には構いません」
顔見知りじゃないからって、見捨てられる訳じゃないけど、近くにいるよりは危険が少ないと思う。
「……強情だな」
「自覚はあります。けれど、意固地になっている訳ではありません。自衛に関しては、それなりに自信があっての要望です」
「其方に万が一でもあった場合、何が起こるか、理解していない訳ではあるまい?」
私は侯爵令嬢、この国の有力貴族の一女。
おまけに民を救う聖女なんてものに祭り上げられている。
そんな私が他国に傷つけられたなら、行きつく先は決まっている。
「最悪、戦争ですよね」
遺憾の意、なんて済む筈がない。
もともと16年前の恨みは燻ってるんだから、好戦派は国の尊厳を損なったといきり立つだろうし、国民感情も暴発待ったなしだと思う。
厭戦派も、戦争という手段を放棄した訳じゃないから、どこまで今の主張を続けるか分からない。
国としても、貴族の特権を守らないとだから、制裁に傾く筈だよね。
「そうだ。それでも考えは変わらんか?」
「ええ、私の目の前で知人が傷ついた場合、私自身が暴発しそうなので」
「……何?」
国の為、なんてふざけた貴族の理屈では、止まれそうにない。貴族らしくないと叱られたとしても、知人が理不尽に傷つけられたら、自重できるとは思えない。
加害者には、相応の報いを覚悟してもらう。
「向こうの皇子に危害を加えたら、国際問題だぞ?」
証拠の有無とか関係ない。
皇族を迎えた時点で、王国には保護義務が生じる訳だから、皇子に何かあったら国が責任を問われる。
それは理解できる。
「ですから、私が暴走する事がないよう、研究室の皆を守ってください。暴走する可能性を減らしたいなら、私に付ける護衛は最低限にする事をお勧めします」
「……王族を脅す気か!?」
私は、やりたい事を優先した結果、聖女と呼ばれる事になった。慈悲深く、懐が広い、なんて勝手なイメージが先行しているからって、私の本質が変わる訳じゃない。
誰かを助けたいって気持ちより、皆を守りたい気持ちの方がずっと強い。
傷つけられたら、絶対怒る。
「私に聖女の責任を説いたのは殿下です。私はその期待に応えているつもりです。担ぎ上げた側の責任も、果たしてください」
いつかの話を持ち出すと、酷く苦い顔になった。
王族に唯々諾々と従う事は、残念ながら、私の貴族観にないんです。
「……分かった。関係者の安全確保に尽くす事は、約束しよう。帝国側の思惑が不透明な以上、其方の護衛も過度にはしない。だが、其方の危険が明らかになった場合は、改めて口を挟ませてもらうぞ」
「ご配慮、ありがとうございます」
明らかに渋々って感じだけど、アドラクシア殿下は折れてくれた。
騎士だけに任せていないで、グリットさん達に皆の護衛をお願いする事も考えておこう。
「あら、アドラクシア様。すっかり彼女に転がされておりますね」
「……言うな。お前やイローナに翻弄されるように、楽しんではいない」
「ふふふ、それは重畳」
人を出汁にイチャイチャしないでほしい。
もしかしてジローシア様、この為に殿下にくっ付いて来てる?
それより、アドラクシア殿下には確認しておかなくてはいけない事がある。何しろこの人、戦争容認派の長だからね。
「殿下はこの機会を利用して、クーロン帝国と事を起こすつもりは無いのですか?」
以前の話では、派閥に分かれた国の意識を、戦争によって統一するって事だった。向こうから火種が届いた訳だし、戦争を起こして反戦派を一掃する機会でもある。
「無い」
けれど殿下は、思った以上にはっきり否定した。
「戦争は政治の一手段だ。仕掛けるならば、勝てるだけの準備を整えるべきだ。有利を見通せないまま始めるつもりはない。派閥の中には、己の手柄さえ得られれば、損害は気にしないといった意見がある事は把握している。それを許容するつもりも、耳を貸すつもりもない」
「……申し訳ありません。失礼な質問をしました」
「構わん。そうした派閥に支えられているのも、確かだからな」
派閥の意見と、殿下の意向はイコールじゃない訳だ。これは私が浅慮だったね。
「それに、帝国の狙いが其方だというのも、仮定の一つに過ぎん。皇子が王国内で害されれば、宣戦布告の大義が得られる。融和派の勢力を削ぎ、戦争を始める口実とする企みかもしれん」
16年前は帝国側から一方的に侵略したせいで、皇国介入の隙を作ったからね。
皇国には王国を助ける意図なんかなくて、帝国を攻める建前を手に入れただけだったけど。
「帝国が再び戦争を起こす気なら、勝つだけの下地を作っているかもしれん。罠に飛び込むような真似はできん」
かつては問答無用で攻めてきた国が、留学なんて回りくどい事をしている以上、なんらかの意図はある筈だよね。
この件について、警戒に過剰はない。
「それから、今、我々の派閥は割れているのですよ。主に貴女のせいで」
「其方に謀られたとまでは思っていないがな」
ん? 私?
「ふん、やはり無自覚か」
「申し訳ありません、私、何か仕出かしましたか?」
「其方が軍と共同研究を始めた頃から、今は国力強化に注力すべきと言う者が増えた。意図したものでなくとも、其方が動いた結果だ。望む期間は5年から10年、幅は様々にあったがな」
「そして、魔物勢力圏狭域化の話が決定打となりました」
「もともと戦争に消極的だった者達が、国力拡充を優先すべきと、こぞって言い始めた。意見が分かたれた以上、強行は難しい。私自身、時期尚早と考えているから、尚更な」
派閥替えも見越して実験地を望んだ人達だね。
魔物の脅威が町村からは離れれば、防衛費は抑えられるし、田畑や民家を広げられて、雇用も生まれる。自領を潤すのが、貴族の仕事だからね。
領地が満たされれば、資金面にも余裕が出る。戦争について考えるのはそれからと、後に回しても仕方がない。
この流れを想定してなかった訳じゃないけど、もっと先の話だと思っていた。
これも、聖女として私の名前が知れ渡ったせいだね。私の研究に、実績と説得力が備わってしまった。
それだけの立場だって自覚しておかないと、私が混乱の種になりそう。
既に第1王子派閥を騒がせているみたいだし。
「こちらの事情が理解できたなら、自衛に集中しろ。戦争に向けて動くつもりがないのは、あくまでも現状の話だ。其方に何かあれば、状況が変わると肝に銘じよ」
「はい」
「アノイアスは、戦争を表明こそしていないが、その選択肢を持たない訳ではない。我々よりは消極的であっても、無論、父もだ。其方が戦争を望まないなら、自身がきっかけになるような事態は避けてほしい」
「……はい、承りました」
私は、素直に頭を下げた。
私のせいで人が死ぬとか、受け入れられる筈がない。
当面、戦争に向けた動きがないなら、自身と皆を守る事に専心しようか。
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