モヤモヤさん 5
フンコロ―――モヤモヤさんを丸めてこっそり捨ててしまおう作戦は失敗した。
何もないところから、宝石以上の何かを作り出す錬金術の真似事を続けていたら、珍獣として捕獲されかねない。
けれど、別の収穫もあった。
外へは出さずに、モヤモヤさんを体内に固めた状態で留めておけば、吸収量に余裕を作れる。
ただし、これは問題の先送りに過ぎない。
体内に圧縮した状態で限界を迎えてしまったら、きっと黒い噴水みたいな勢いで溢れ出る。そんな大道芸みたいな惨劇が起きる前に、排出方法を考えないといけない。
一応、成功しそうな案はある。
私の溢れそうな分を、誰かに押し付けてしまおう、と言うものだ。
多分、モヤモヤさんを吸収できるのは私だけじゃない。
大号泣騒ぎの時、フランのおさげはモヤモヤ溜まりの一部を払って消していたし、よくよく思い出してみると、お布団を調べていたメイドさんが触れた箇所に白く手形が残っていた。
そもそも、服は汚れていても、手や顔の素肌にモヤモヤさんが付着していた例はなかった。大号泣騒ぎでモヤモヤさん塗れになったメイドさん達も、肌は綺麗なままだった。
モヤモヤさんは割とどこにでも付着している。見えなくても、誰もが無自覚に吸収しているんだと思う。
だから、手を握った状態でならモヤモヤさんを移動させれる筈―――なんだけど、気は進まない。
私の感覚としては汚物を押し付けるようなものだからね。
大号泣騒ぎのモヤモヤ塗れだって申し訳なかったのに、お世話になっているメイドさん達を巻き込むのは違うと思う。
おそらく無害だろうって気もして来たけど、だからって抵抗はなくならない。
なので、別の物に移してみる事にした。
まず、手に取ったのは、おもちゃのお手玉。中に鈴が入っていて振ると音が出る。
人以外にモヤモヤさんが吸収されるところは見た事がない。でもあちこちに付着してるって事は、染み出たり入ったりしてると思うんだよね。
更に、固めたモヤモヤさんはビー玉っぽくなった。前世の物理法則はガン無視しているけれど、モヤモヤさんを圧縮すると物質になる。それなら、物質に干渉する事もできるんじゃないかな。
多少願望も入っているとは言え、試すだけならタダだよね。
おもちゃを持った右手に、ぐっと力を込める。
圧縮はある程度で控えた。固め過ぎると、移す前にビー玉になりそうなので。
右手に集めたモヤモヤさんをお手玉に押し込むイメージ。
……多分、うまくいった、と思う。
ただ、あっと言う間にモヤモヤさんが入らなくなった。
おもちゃが小さかったからかな?
あんまり体内のモヤモヤさんが減った気がしない。
こういう時、ラノベの定番、鑑定があったら便利なんだけどな。
お手玉が硬くなったりはしていない。見た目にも変化がないから実感が湧かない。
もう少し大きな物で試してみよう。
高速ハイハイで移動した先、クローゼットに両手をつけて、同じ様にモヤモヤさんを押し込める。
あ、今度は少し減った実感がある。
おそらく、移す対象の大きさで、モヤモヤさんの許容量が決まる。
残念ながら、ビー玉作った時程ごっそり減った感覚はないけれど、そのかわり移す対象はいっぱいあるね。
チェストに、ベッド、テーブル、カーテン、ソファ、窓、壁や床に至るまで、早速部屋中に詰めて回った。
モヤモヤさん入り家具は、黒ずんだりしなかった。やっぱり、体の外で固めたモヤモヤさんには色がないみたい。
曇りガラスとかできなくて、ホッとした。
部屋のほとんどにモヤモヤさんを移して、私の体はすっかり軽くなった。
うん、満足。
翌日、予期していない嬉しい発見があった。
一度掃除しても、翌日にはうっすら浮き出るモヤモヤさんの付着が、今日に限ってほとんど見えない。
僅かにモヤモヤさんが残る場所と、今日は綺麗な場所、何が違うか考えて、モヤモヤさん移しの有無だと気が付いた。
押し込んだ方を観察してみると、私のラバースーツと同様に、モヤモヤさんの染み出しがない。中でモヤモヤさんが結晶化したのかな? 性質が変わったみたい。
モヤモヤさん汚れを吸い取り、それを周囲に押し込んで固める。それで綺麗な状態を保てる訳だ。
素晴らしい。
それなら是非、生活圏の全てに行き渡らせたい―――と思ったけれど、モヤモヤさんは使い切ったばかりだった。
追加のモヤモヤさんが要る! 補給しなきゃ!
「ふぁーんねーちゃ、おそーじ、いこ!」
テンションの上がった私は、外出自粛中と言う事を忘れて叫んでいた。退屈していたフランも興味を示して立ち上がる。
でも、メイド長の冷たい視線がそれを止めた。
ビー玉生成の件で監視が強まっている今、我儘が通る事はなかったよ。残念。
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