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第42話 ルームシェアの秘訣

「そーいや聡は?」


 首元だけ水面から浮かべている光秀が声を出す。

 目を閉じているため周囲の様子がわからず、そしてそれを改善する気もない。


「サウナ。顕志朗さんと一緒に」


「ほーん」


 自分から声をかけたのにまるで興味がないとでも言う感じに言葉を生む。


「大丈夫かね」


「何が?」


「顕志朗さん。疲れたところにサウナはきっついぞ」


 それを言うなら温泉も同じではあったが、そのことを光秀はあえて言わなかった。

 熱い風呂に長時間入っていると上がった時にひどく体がだるく、重く感じられそのまま眠ってしまう。それはそれで気持ちがいいのだがまだ帰路の途中だ。帰らなければいけない以上、運転できる一人は起きていなければならない。

 聡がそのことに気づいているかは不明だ。案外ころっと寝てしまうかもしれない。

 そんなことを考えている光秀も、疲れていないわけではない。それどころか寒さで緊張していた体がほぐされていくうちに、見えないところで溜まっていた疲労が血流にのって全身に行き渡っているようで、このまま寝てしまいそうになっていた。

 自分ですらそんな状況なのだ、先ほどまで一人で立ち上がることもできずにいた人ならばいつ倒れてもおかしくはない。


「……まぁ、大人だし?」


 信一の自信なさげな声に、光秀はそうだな、と答えてから体を起こす。

 火にくべたやかんのように、全身が熱い。いったん落ち着かせるために縁に腰かけて、天を仰いだ。

 暖色系の照明は全体を柔らかく照らしている。視線を横に流すと、湯気のついた窓からはすっかり暗くなった空が深い穴を思わせていた。

 そのまま徐々に顔が下へと向いていき、最後は肘をついてうなだれる。


「ねぇ」


「んー?」


「見えてんだけど」


 なにが、と言いかけて、


「……すけべ」


「はぁ? うっざ」


 言うや否や、信一がお湯を手ですくい、光秀に浴びせる。

 避けることは出来なかった。そもそも見ていなかったのでできるはずも無かったのだが。

 何か温かいものが当たったな、そう思っていると頬を伝うものがあった。そのうちのいくつかが鼻先に集まり、水滴となって足へと落ちていく。

 それを二度、三度と眺めて、初めて自分が何をされたのか分かって、


「おいおい、浴場だぞ。そこは見えても見ぬふりするもんだろ」


「目の前なの!」


 信一の発言に、光秀は顔を起こしていた。

 すぐ近く、手を伸ばせば触れてしまえる距離に彼がいる。

 首元で切り揃えられた髪を持ち上げ、タオルを巻いて固定している。その姿は一見すると少女のように見えなくもない。

 その顔が見ているのは光秀の顔だ。ただ組んでいる足からはみ出るものも見えてしまっているのかもしれない。

 動くことを億劫と思いながら、光秀はまた熱い湯船に入る。

 そして、


「あんまり騒ぐなよー。あぁー気持ちいぃ……」


 悪びれる様子もなく、光秀はまた目を閉じる。

 急な温度変化により心拍が強く脈打ち血流が脳みそを叩く。

 穏やかな多幸感に頬が緩む。

 今住んでいるところではなかなか味わえないこの感情を貪欲に堪能していた。

 少しの時間、湯船への出入りを繰り返していた光秀に、


「あのさ、ルームシェアを続けるのに足りなかったことってなんだと思う?」


 信一がそう尋ねていた。

 だいぶ体も温まり、調子が良くなってきた光秀は、また湯船に腰掛けて、


「そうだな──」


 顎に指をやり、いかにもな仕草をして、


「──社会、かな」


「話がでかいなぁ」


 信一は声を出して小さく笑う。

 馬鹿にされた、そんな風には思えずむしろ言葉を待っているかのようで、光秀も考えを話す。


「もしルームシェアが当たり前な世界でそういうことにメリットとか補助、理解があったら誰だってそうするだろ?」


 言いながら、光秀は内心で苦笑する。

 現実的では無い話だ。そんなことは承知の上だった。

 それ以外の方法でいつまでも上手くいくビジョンがどうしても見えないのだからしょうがない。

 そしてそれを信一も分かっているから今その質問を投げかけたのだろう。

 だから、光秀は言葉を続ける。


「正直、俺たちは相当運がいいよ。三年以上誰も欠けてないんだから」


「そうだね」


 信一が小さく頷いている。その後ろから、


「はぁ……何話してたん?」


 聡と、心ここに在らずといった表情の顕志朗が近づいてきていた。

 両腕だけしっかりと日焼けした聡はその引き締まった体を見せつけながら信一のすぐ近くで湯に入る。顕志朗は縁に座ったまま、足だけ湯に浸からせていた。


「運がいいって話。人に恵まれたなって」


 光秀がそう答えると聡は一度大きく頷いて、


「わかる。でも気が抜けないのがなぁ……」


 小声でボヤくと信一が、そうそう、と同意を示していた。

 なんの事だ、と光秀が首を傾げると、


「ほら、女性が多い分、ちょっとでも手を抜くと評価に関わるの。僕なんて明確に顕志朗さんと比べられるから、夜が淡白になったりするし」


「……そうなのか?」


「そうなんです。特に料理当番で一緒だから献立考えたりするのだって全然怠けられないんです」


 聞いてきた顕志朗に信一が不満をぶつける。

 そうかぁ……

 光秀はそのやり取りを見ながら思う。確かにそういった実感はあった。それをあまり苦に思ったことは無いが、一人暮らしの時は何も無ければ一日中寝巻きでごろごろしている、自堕落な生活を送ることもあったが、ルームシェアを始めてからは部屋に篭もるといったことが少なくなっていた。

 人目を気にして、と言うよりは話し相手欲しさの方が比重は大きかったが、少なくとも人前に出るための格好には着替えていた。

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