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ハーレルイ

侯爵夫人の長い一日

作者: 龗香

帝国随一の家具師夫婦プッテンジールが手掛けた応接セット、ソファ、テーブル、キャビネット、チェスト、猫脚椅子、ミラー。夫トーマスがデザインし、妻カトリーナが製作する彫刻が美しい家具はどれも賛美された。


私はそれらを眺めながらソファに座り、モコモコ綿の入った丸クッションをだき(かか)えた。


親友のカトリーナをお茶に誘うといつも夫の愚痴が出た。トーマスは商才はあるが画才はない。トーマスが適当に線入れしたデザインとも呼べない落書きに、カトリーナがデザインを上書き、製作しているという。


「見栄っ張りなんだからっ」

ぷんすこと怒って頭から湯気が立つカトリーナ。


惚れた弱みとはいえ、女は弱い生き物であると思う。


人前では威張り散らして出来の悪い妻で、と言うのが口癖。家に帰るとまるで別人のように愛らしい眼差しを向け、君にはいつも助けられてばかりだごめんね、と胸をきゅんとさせられて許してしまう。


そう言って苦々しく笑っていたカトリーナは先月亡くなった。


昨日、付き合いのある伯爵主催のパーティに参加したら、後妻を連れたトーマスが来ていた。


もう再婚かよと顎が外れるかと思った。エリザベスと名乗る女はシワだらけの私を見てフフンと勝ち気に口角を上げたのを私は見逃さない。


カトリーナ。私ももうすぐそっちに行くからエリザベスの悪口でお茶を飲みましょう。ぐっと握った拳に力が入る。


秋から冬の季節の変わり目は気温差が激しく、見初められて結婚し、長年連れ添った夫が大往生した。


「誰よりも君が好きだ。ひとときもそばを離れたくない。」

熱く語る夫との出会いから今まで、とても優しく、時には短気な夫との生活を思い出していた。


私ももうすぐ。そう思って夫の棺に寄り添っていると、黒いドレスだがフリルや装飾品を身に()けた派手な女が近付いてきて言った。


「貴方が侯爵夫人?初めまして、私はキャンディス・モリス、侯爵の愛人ですわ。侯爵の息子もひとりおります、夫人はお子さんがいらっしゃらないとお聞きしております。ですから、、うちの子が侯爵の跡取り、ということになりますわ。」


派手女はベラベラと、葬式後は屋敷から出て行って欲しいだの今まで贅沢な暮らしができたんだから十分でしょだの、一番聞き捨てならないのが、もう愛されてもいないのにいつまでも彼に(すが)って居座って恥ずかしい人、という嘲笑だった。


どいつもこいつも。最近の愛人というやつは矜持がない。恥知らずはお前達の方だ。浮気?不倫?それがどうした。それくらいでいちいち狼狽えていたらキリがない。だがしかし。嘲笑はいただけない。愛人のくせに正妻が亡くなってすぐさま後釜に入ったり、愛人のくせに葬式にデカデカと顔を出し正妻を(ののし)るなど、なんて愛人とは醜い生き物なのか。


昔の愛人には美学があった。儚げな色気といじらしさに男達は群がるのだ。


愛人とは、正妻にはない、魅惑なスリルと欲望の象徴であるべきだろう。それが、今目の前にいるこのアバズレは何だ。こんな女に子供まで生ませるような男が私の夫だというのか。



私は左薬指の小さな宝石のついた指輪を抜き取った。封印の指輪。ドンバリンゴゴゴン。衝撃が頭の中を突き抜けてゆく。


(いにしえ)の魔女、最後の生き残り、ハーレクイーンオブハート。


ぐにゃり。私の人差し指と親指が、封印の指輪をひねり潰していた。


白髪の枝毛髪に魔力が流れ、キラキラとした流星群が髪に流れると艶のある金色の髪へと変わった。


濁った瞳に生気が戻り、美しいエメラルドのような輝きに、長い睫毛(まつげ)がパサリと揺れる。


ふくよかな四肢は細く、二重顎はなくなり、垂れた乳房がむくりと上向き跳ね、丸まっていた背中がピンと伸びる。ウエストはキュッとくびれ、尻肉にぷりっとした弾力が戻り、指先に真っ赤なマニキュアが塗られた。


ぷっくりとした瑞々しい唇、シワもシミもない。


顎が外れた愛人が呆然と私を見ている。


私は寄り添っていた棺から手を離して立ち上がり、「解除」と唱えるともう何の未練も(うれ)いも感じなくなった死体から祝福の指輪を回収した。


「そんなに欲しいのなら差し上げてよ。私のもの以外。」


私はそう言って、パチンと指を鳴らすと使用人が消えて鼠になった。パチン、プッテンジールの家具や絵画、雑貨が消える。パチン、屋敷が消え、棺だけが残った。


「どうぞお好きに」

空き地に何もなくなった背景で彼女にニッコリと微笑んでくるりと背を向けた。


澄んだ空気、そよ風に揺れる木々が擦れる囁き、私だけがまたここに戻ってきた。


「、、はあ。あともう少しだったのに。」

「おかえりなさいませ、ルイ。」

ログハウスから出てきて、柔らかな微笑みで私の手を握るグレーテルは、ただそれだけで私の心を癒してくれた。

「ただいま、グレーテル。」


真実の愛だけが魔女に永遠の安らぎを与えられる。


眩しい太陽が空に照りつけ、まだまだ今日という日が終わらないのだなと、疲れた肩をガックリと落とす。


「お茶にしますか?焼いたばかりのアップルパイがありますよ?」

まあ、グレーテル、もうそんなことも出来るようになったの?


私は愛しくてグレーテルをぎゅっと抱きしめた。

「いいわね。何だかグレーテルのおかげで元気が出てきたわ。久しぶりに暴れたいから午後はドラゴン退治がいいわね。ドラゴンのステーキは魔力が満ちるから好きなのよね。」


私とグレーテルは手を繋ぎ、ログハウスに入っていく。


「そうそう。グレーテルにお土産があるの。友人からとても素敵な家具をいただいたのよ。どこに飾ろうかしら。」


思うところあって補足を。

浮気?不倫?それがどうした。ここの表現でルイは薄々愛人の存在に気付いていたことを匂わせております。

散りばめられた点と点を繋ぎ妄想をかきたてて楽しんでいただけると嬉しいなあ、と思いながら書きました。稚拙ですが、よろしくお願いします。あと、感想のお返事は活動報告に上げております。

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― 新着の感想 ―
[一言] 絶対に主人公は悪くねえという熱意の籠もった圧倒的補足に思わず苦笑い
[気になる点] 確かに!勝手に愛人だと言っているだけかもしれないのに、違ってたら亡くなった旦那様が可哀想です。
[一言] 押し掛けた自称愛人の騙りだとは考えないのか…。 愛人の言う子供の姿を見たわけでもなく、亡夫との血のつながりを確認したわけでもなく、証明になるものなんて一つも提示されてないのに。 魔法とかで確…
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