私の推しが、次元を超えて、前世のいけ好かない妹に一泡吹かせる夢を見た
今日は、クリスマスイブ。
といっても、そんな世間のイベントごととは別の素敵な世界に夢を見ている私にとっては、あまり関係のない話だ。
今日は学校のない貴重な休日だし、私は世間がクリスマスだと浮かれていようが今日も今日とて乙女ゲーム『ときめき★王国物語』をプレイする。
家族はゲームに熱中する私を白けた目で見ているけれども、幸せの形は人それぞれであって、私にとっての幸せはここにある。
誰がどう思おうと、私は、ゲームをしている時こそが最高に幸せだ!
今日は、最推しのエルシオ様ハッピーエンドルート五周目クリアを達成する予定だ。そういう意味で、ものすごく尊い日。
大好きな彼のハッピーエンドを脳裏に思い描きながら、リビングのソファに腰かけていたら、妹の愛が階段からどたばたと降りてきた。
「寝坊した! 早く準備しないと、涼くんが迎えにきちゃうよ~っ。早くお化粧して、髪を整えなきゃっ」
「愛ちゃん、今日はやっぱり彼氏とお出かけなの?」
「そうだよーっ! 涼くん、十一時にはお家に迎えにきちゃうよ~」
あれ? 私の記憶では、三か月前頃に付き合っていたのはたしか翔くんだった気がするのだけど……。
まぁ、モテモテな妹のことだ。翔くんは涼くんと天秤にかけられた結果、あっさりとバイバイされたに違いない。翔くん、たぶん君は悪くなかったよ。妹を好きになったのが君の運の尽きだ、愛は可愛い顔をしているけどその辺の判定はものすごくシビアだから。と心の中で、顔も知らぬ翔くんにエールを送る。
鏡をのぞきこみながら、明るく染めた茶髪を丁寧に巻いていた愛が、ぼうっとソファにもたれていた私にちらりと一瞥をくれた。
「お姉ちゃんは、どうせ予定ないんでしょ?」
失礼な! 私には、大いなる物語の結末を見届けるという大事な使命があるのに。そこいらの男の子とのデートなんかよりも、私の予定の方がずっと建設的で、偉大で、感動的なんだぞ! ……まぁ、厳密には、男の子とデートしたことなんてないけど。
そう口にしたところで、妹の瞳が虫けらを見る目つきに変わるだけだと分かっているから、無難に大人な回答を述べておく。
「そうだね。今日もお家でゲームする予定――」
ピンポーン。
私の答えは、鳴り響いたインターフォンの音にかき消された。
「うそーっ! まだ十時半なのに、涼くん来るのはやすぎ〜〜。お化粧、全然終わってないんだけど! ちょっとお姉ちゃん、代わりに出といて!」
「えええええっ!?」
そんな……! 私だってついさっき起きたばっかりで、髪に寝癖はついてるし、全身スウェットで悲惨な恰好なのに!
「こんな格好で人前に出るなんて無理だよ。っていうか、愛は少なくとも着替え終わってるんだし、そもそも愛の彼氏なんだから、私には関係ないでしょ!?」
「分かってないなぁ、お姉ちゃんは。こんな中途半端な状態で、出られるわけがないでしょ? 女はなめられたら終わりなんだから、彼氏の前では常に完璧でいないとダメなの! ほら、愛は準備中だからって言ってきて」
「鈴子! そんなに大したことじゃないんだし、行ってきてあげなさいよ」
理不尽の極みすぎる!
でも、この家では、基本的に私の発言権というものはない。両親はいつも妹ばかりを贔屓する。特にこのように口論になったが最後、どんなに理不尽でも、私は妹には逆らえない。
ええい。涼くんとやらもどうせ三か月後には愛と別れているだろう。きっとこれが、最初で最後の彼との対面。見ず知らずの他人にどう思われても関係ない!
やけっぱちになった私は意気込んで玄関に行くと、おずおずと扉を押し開いた。
「私を待たせるとは良い度胸だな、ネリよ。……いや、この世界では、鈴子だったか」
その低い声は、憮然としていたにもかかわらず、およそこの世のものとは思えない艶があった。
日の光を紡いで作ったような黄金の髪。切れ長の瞳は、ルビーを溶かして作ったような真紅。控えめにつきでている白い喉仏があまりにも美しい曲線美を描いていて、その艶めかしさは異常だ。
古代ギリシャ像ばりの完璧なスタイルを素でいく彼が、現代日本の若者風の黒いコートを羽織って、私を不遜に見下ろしていた。
………………は?
平凡な木造戸建の玄関に、絵本から飛び出てきたかのような完璧王子が立っている姿はシュールの極みだ。
え、ええと……これは、ゲームのプレイしすぎによってついにイカれた私の脳みそが生み出した幻覚?
こんなの、まるで――エルシオ様が二次元の世界から、本当に三次元の世界へ飛び出してきてしまったかのようだ。
「鈴子……? 何故、固まっているのだ」
途端に、大量の脇汗が噴き出し始めた。
たしかに妄想は大好きだし、得意分野だ。でも、だからといって……私の妄想は、いつから具現化する力を授かってしまったの?
目の前のエルシオ様は、私の生み出した妄想にしては、恐ろしいほどに鮮明でリアル。息遣いや体温も感じられるし、その低くて甘い声は耳をじかにくすぐってくるようである。
今、私の目の前にいる彼は、たしかに生きている存在だった。
ナ…………ナニ、ゴト?
えっと……流石にちょっと理解不能すぎる。
今の自分が全身上下スウェットだとか、髪に寝癖がついているままだとか、そんなことは一瞬にして無に帰す絶大なる破壊力があった。
完全に固まった私を見て、なぜだか次元を超えてきてしまったエルシオ様が、怪訝そうに眉根を寄せる。
まるで時が止まってしまったかのようなその時――小走りで玄関の方へ向かってくる足音が聞こえて、私の心臓は忙しなく働き始めた。
いけない! 愛が、たどりついてしまう……!
いや、でも……目の前のエルシオ様がもし私の作り出した幻覚なのだとしたら、妹には認識できないはずだ。だとしたら、そんなに焦る必要は……。
立ちつくすことしかできないでいる私の隣にやってきた妹はというと――
「涼くん、お待た…………」
――大きな瞳を見開いて、絶句した。
うわあああああああああ! なんか、収集つかないことになってるよコレ! どうしよう!!?
「え…………っと……お、おねえちゃ……ん。この人は、誰…?」
いつも自信に満ち溢れている愛が、こんなにうろたえているところを初めて見た。
そして、こんな圧倒的非常事態にも関わらず私はというと――エルシオ様に感心してしまったりしていた。
愛は、滅多なことで動じない。
彼女は常にチヤホヤされてきた立場だからこそ、男の子は自分に尽くして当然と思っているような節が見受けられる。恋愛を器用にこなしてきた経験豊富な妹は、高校一年生にしてかなりの男性免疫をお持ちだ。そこいらのイケメンに動じるような彼女ではない……のだけれども。
妹の瞳は、今、目の前のエルシオ様に完全に釘付けだった。
怯えているにもかかわらず、惹きつけられずにはいられない。彼の持つ圧倒的カリスマ性から、目を離せずにいる。
カースト戦争の頂点に君臨した妹をすら、冷めた瞳で一瞥をくれただけで簡単にねじり伏せる。学校では負け知らずだった彼女も、エルシオ様の前では単なる小娘の端くれだったらしい。
流石はエルシオ様だ……というか、存在そのものがチートすぎて、人類が挑めるような相手ではなかった。
彼は、愛からすぐに再び私へと視線を戻し、首を傾げた。
「鈴子よ。この者は、お前の家族であろうか?」
「あ、ああっ。そ、そそそそそそそ、そうであります!」
驚きすぎて、心臓が飛び跳ねる。唇が震えすぎて、まともに言葉を発せない。
今、私は、他でもないあのエルシオ様とお話しているんだよね……?
これは、もうすぐ死ぬ予兆だったりする? それならそれで、今この瞬間に、もうこの世に思い残すことはなに一つなくなった。終わりよければ全てよしとは正にこのこと! 最後の最後で、この身には勿体ないほどの眩しい幸福をありがとう、エルシオ様…………!
「ふむ。ならば、きちんと挨拶せねばなるまい」
いつのまにやら玄関を上がり、靴を履いたまま私の方へと歩み寄ってくるエルシオ様。ここは日本なので、玄関で靴を脱いでくださいねと言う気すら削がれるほどの、尋常でないオーラにびびって圧倒されまくる。
獅子の前で、為すすべもなく震える草食動物のように身構えていたら……唐突に、肩を抱き寄せられた。
!?!!!?!?
「私は、エルシオ=ラフネカース=ヴィグレント。ラフネカース王国の第一王子だ。そして、鈴子は私にとって……何にも代えられない大事な存在だ」
自然に回されている彼のしなやかな腕、柑橘類系のさわやかな香り、触れたところから伝わってくる熱、さりげなく投下されたとんでもない爆弾発言。
今にも泡を吹いて倒れそうになっている妹に対して、もう一方の私はというと……それ以上正気を保っていられるはずもなく昇天した。
*
「んん……あ、あれ……?」
「……ようやく目覚めたか」
何だか妙に身体の左側面があたたかいような……と疑問に思い、ゆっくりと顔をそちらにむけた時、私の時はぴたりと止まった。
いつのまにか眠ってしまったらしい私が倒れてしまわないように支えになっていたのが――他でもない、エルシオ様だったからだ。
うわああああああああああああ!?!!!
なにが、どうしてこうなったんだっけ!?
驚きと羞恥心と申し訳なさとが一気に心の中を吹き荒れて、言葉も出せずに、ただ口をぱくぱくとさせることしかできない。
エルシオ様は、私が鯉同然に口をパクパクさせているのを見て、おかしそうにルビーの瞳を細めた。
「談話室に訪れたら、ネリが壁にもたれかかって眠りこんでいた。きっと、疲れているのだろうと思って見守ることにした」
なんて心臓に良くない見守り方なの……!?
エルシオ様の純真な無防備さは、時に、凶器と同じくらいに恐ろしいものに思える。このお方はいつかその無自覚で、私の心臓を突き破り、死に至らしめかねない。
未だに言葉を発せずにいる私を見つめる彼の真紅の瞳が段々とすわっていき、ジト目気味になる。なんだか、雲行きが怪しいような……。
「それにしても……さぞかし、幸せな夢を見ていたのだろうな。眠っている間中、ずっと口がゆるみっぱなしだったぞ。一体、何の夢を見ていた」
「えっ! そ、それは」
先ほどまで見ていた夢の内容があまりにも鮮明に頭に蘇ってきた瞬間、私の顔はものすごい勢いで噴火した。
あ、あんな妄想を極めたような前世の夢を見てしまった自分を殴って殺したい……!!
黙りこくる私を見て、淋しそうに瞳を床に伏せるエルシオ様。
「……私には言えぬ内容か?」
わあああ、もう! その顔、ズルいです! 反則!!
「い、いえ。ただ……」
もちろん内容を事細かに言うことはできない。
というか、実はここはゲームの世界で、私は前世から貴方をお慕いしていたのだなんて打ち明けても、そもそも信じてもらえないだろう。
そして、あまりにも俗っぽい夢を見てしまったという罪悪感も拭えない……。
「ただ?」
それでも、さっきの夢は、前世の私に見せてあげることができたら、それだけで生き抜いてゆける糧になるような、そういう夢だったと思う。
「夢でも……エルシオ様とお会いしておりました。私にとってあの夢は……何にも勝る、最高のプレゼントでしたよ」
逆異世界転移(推しが日本にやってくる)のも夢がありますよね。笑
お読みいただきありがとうございます♪( ´▽`)
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また、ネリ(前世、鈴子)とエルシオ様の物語も連載中です。こちらもどうぞよろしくお願いいたします(´∀`*)
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