chapter 08 booby
煌々と光輝な欲を放つ都心とは反対に、海は静寂で穏やかに波を打ち漆黒を纏う。百年も前の話だが、バブル期土地狂乱の時代、東京湾を埋め立て用地確保を図る国家プロジェクトもあったが、バブル崩壊と環境問題との対面によって計画は白紙となった。しかし百年が経ち、海洋資源の着目と浮上島構想による用地確保の計画、その雛形たるプロトモデル。
港区洋上に浮かぶ商業施設『ベイエリア8』、建設中の同施設は剥き身のコンクリートを晒し飛散防止の天幕を覆って、その巨体を隠す。
『全く、面倒な場所に逃げ込んだな』
「仕事なんだ、やるしかないだろ………。コマンド、被疑者の詳細情報は?」
一呼吸置いてテンパる都留の声がHMDのスピーカーより伝わった。声色から状況に不慣れで慌てる様は想像に難くない。時々湯田川の呆然な態度が混ざる声が、親切丁寧に機器の操作使用解説しているのが聞き取れた。
確りしてくれよという呆れも混じり、南雲は機体を待機状態に移行させる。操縦桿を指で音調良く叩いて暇を潰す。数分を待たずしてコマンド機から音声が伝えられた。
『えっと……コマンドより各機、被疑者の情報を伝えます。被疑者氏名はレオン・久瀬、年齢28歳、性別男、身長181センチの長身細身のこと』
「………他には?」
『一週間程前に中部圏新潟地域佐渡鉱山区画から失踪し、その後、逃走用に車を強盗。それと……殺人も犯してます。現在は別で盗んだ人型重機で籠城とのことです』
「殺人………、何人殺してる?」
『受領した情報によると、………分かっているだけでも八人は殺してます』
「八人……か」とポツリ、一言溢す。
殺された人間がとんな人物で人生を歩んだかを知ることもなければ、知ろうとする機会もない。ただ一つ言えることは全員が共通して、生きられる筈だった明日を奪われたことだ。
唾を吐き突けたい気分にもなる。胸くそ悪いとはこういう事を言うのだと南雲は認識する。他人に迷惑をかけず非があるわけでもなく、平凡を歩んだ人達が己が欲求と感情のために食い散らかされる。
胸の内側から腹へと怒りが滴り落ちていく。彼等を裁く為の【人造人間法】なる法律は存在するが、模倣品を処理したところで殺された人間が戻ってくるわけもない。況してや命の天秤の釣り合いは取れない。かといって凄惨な苦痛を与えて殺すなど私刑に処する事はできない。公務員である以上は私情を挟まず、粛々と処理していくしかない。
機械と一体化し、機械のように処理する己の心に人の心がないわけではない。南雲の腹の内には、被害者の無念を模倣品自身の命をもって晴らす意思が、いつも蜷局を巻き複雑に絡み合う。
だから処理に手をこまねく事はできない。逃せば更に犠牲者は増える。その前に処理する、この手で。
そして幾らか気持ちが前のめりになるのを現して、南雲は指示を急かす。
「で、いつ突入すんだい小隊長?」
『多重構造建造物で籠城してんだ、フライボールの使用は無しってのは勘弁してくれよ?』
『フライボールの使用は認可します。只し、銃器の使用は限定的な物とします』
「限定的というと?」
『弾薬は減装薬に固定、射撃位置を四肢と頭部限定とし胴体の射撃を禁じます』
都留の命令を聞いて南雲は自身の勘が的中したのを認める。確保となれば被疑者を生かしたままにしなければならない。
『フェンリル1よりコマンドへ、それ本気で言ってますか?』
『本気で言ってます』
HMDから伝わる彼女の声色は現場が醸す空気にやられ、緊張で震えながらも芯のある張りがあった。
『もしかしてですが、小隊長殿は我々に汚れ仕事をさせないようにと見えるのですが、だとしたらお門違いですね~』
おちょくる草薙に都留は、冷静な態度で対応した。
『そうです、私は貴方方に汚れ仕事なんてやらせたくないのです。それに私は移動中確保を命じました』
『で、確保してどうするんですか?』
『確保して罪を償って確りともらいます。そのために司法の然るべき対応をもって罰を下すべきです。模倣品でも人間の遺伝子を基に作られているなら、罪の意識はあるはずです』
純粋過ぎる本気を前にして草薙が吹き出す。業界に無知な新人の願望を下品な笑い声が塗り潰す。
『な、何がそんなに可笑しいんですか!』
『いや、今まで色んな人間が小隊長に就いたが、奴等に対して本気で罪の意識とかいうのを自覚させたいとかいう小隊長は初めてだったから、つい』
下品な笑声がまた木霊した。癪に障る声に苛立ちも交え南雲は「その辺で止めておけよ、草薙」と諫める。
アクチュエーター出力値を一瞥、徒手による処理が可能な事を再確認し、蟠った質問を南雲はぶつける。
「フェンリル2よりコマンド、一つ確認しておきたいことがある」
『………何でしょう』
「小隊長は人造人間法と我々都市圏保安警邏機動隊………、都安隊を縛る都安隊法の関係を知った上で、確保を述べているのか?」
沈黙した。雑音が混ざる音声に面食らったであろう戸惑う彼女の、どもった声色が滲む。
「第二条、則第八条、人造人間は人間に危害を加えてはならない。また人造人間と規定されている人工生命体が人間に危害を加えた場合、射殺及び刺殺をもって処理する。………確保という言葉はないわけだが、どう説明をつける?」
『ですが、都安隊法の第六条には、現場指揮官及び隊員の判断により、やむを得ない場合に限り射殺及び刺殺をもって処理すると書いてあります。………錯乱状態に陥っていない以上は身柄を確保するべきだと思います』
「八人も殺している相手をか……。とても普通の意識状態だとは思えないが?」
再び沈黙した。答えの出ない水掛け論、揚げ足を取るだけの無駄な時間。この間に被疑者は次の凶行に走る可能性がある。相手は八人も殺している犯罪者、そして人型重機を占有している以上更に殺人を重ねるだろう。
時間が惜しかった。だから「で、どうするんだ? 小隊長……?」と意地悪く急かしもする。
新人イビリ等という腐敗した伝統を継承したつもりはないが、状況急を要する中で判断に迷い生じさせている彼女に苛立ちは募る。
スピーカーから決め倦ねている彼女の意思が伝わる。何を迷う必要がある。ただ黙って自分達にだけ手を汚させればいい、それだけではないか。それとも本気で汚させたくないのか、だとしたら偽善だ。思い上がった偽善だと南雲は切り捨てる。
模倣品は人を模している。だからどうした。危険な彼等を人間と同類項に扱うことは出来ない。人間と同様の待遇で模倣品達を法の下に裁くつもりなら、それは幻想に縋った偽善だという他ない。
唯々一方的に己の感情を満たすためだけに他人や社会を壊す奴等に対し、処理するための命令を下すことの何処に躊躇する要因がある。何に迷い何を躊躇うのか。決め倦ねる彼女の優柔不断な態度を余所に時間がだけが浪費されていく。
決断が下らない中、場を沈黙が支配した。都留に期待しても埒が明かない、南雲がそう思った矢先の出来事だ。以外にも口数の少ない湯田川が『とりあえず!』と叫んで沈黙を破る。
南雲は思わず面食らい同時に、助け船を出すくらいの人情はあるんだなと認識する。
『先ずはフライボールを展開しての地形把握、被疑者捜索。発見後に近接格闘で確保を第一目標とし、やむを得ない場合は処理。で、よろしいですね小隊長?』
操縦席に納まる湯田川が首とともに視線を向ける。尖る視線が睨めつけ、気圧された都留が絞った声で『は、はい、その通りに動いて下さい』と指示を下す。
『フェンリル1、了解』
「フェンリル2、了解」
了承の相槌を打ち、決まった動作で南雲はウェポンストアを開く。拡張現実(AR)と連動したグラスコックピットは、液晶を触れずして操作する。HMDのバイザーは拡張現実(AR)用のホログラフィック投影機能で操縦者を補佐した。
空をフリック操作し、液晶に投影された戦人のシルエットから背部ユニットのフライボールを選択。
「確保か……」と一人囁く。
幸先不安な指示の下、フェンリル1の草薙機、フェンリル2の南雲機のTYPE74が身を屈める。背部主基ユニット、その上部に付設されたウェポンラック。上蓋が開放し内部よりバスケットボール大の小型ドローンが飛び立つ。
フライボール、戦人のサポートメカ。小型AESAレーダーを12基内蔵した地形把握と敵機捜索を目的とした飛行ドローンである。個々にサポートAIを搭載したフライボールは、己が意思を持っているかのような挙動で『ベイエリア8』へ進入を果たす。
「フェンリル2よりコマンド。フライボールの突入を確認。レーダー作動良好、地形把握と敵機捜索を開始」
『コマンド了解、大まかな地形把握が出来次第、小隊で建物内へ進入します』
「フェンリル2了解」
『さっすがフライボール、地図が一瞬で出来上がってくぜ』
コックピット内、天球モニター右側、景色を隠さない色度の小ウィンドウで建物内の地形が立体的にマッピングされていく。
「十二階層までのマッピングを完了、引き続きマッピング作業を行う」
『ようやく、三分の一ってところか』
余裕綽々な草薙はシートにもたれ掛かり頭に手を組む。
全層三十二階、敷地面積は東京ドーム四個分に相当する巨大建造物『ベイエリア8』、完成の暁には大型ショッピングモールとオフィス機能を併設、災害時に重要避難区間となり東京海上都市構想のモデルケースとなる。
建造物の内装工事は五階層まで完了したが、他は鉄筋コンクリートの支柱が剥き出しの状態を晒す。建物を覆うシートは海風で揺らぎ、低層に組成された足場は軋んで鳴動する。
「マッピングスキャン作業、二十階層を突破」
冷静に目を凝らし画面と睨めっこする。事務的な応答すらも自身の逸る気持ちを抑える儀式とした南雲は続いて浅い呼吸をし、眉をひそめ凝視する。
マッピングスキャン作業中のフライボールに変化はなく、画面に立体地図が形成されていく。二十六階層を突破し、このまま作業の完了を迎える誰しもがそう思い始めた矢先に奇妙な事が起こる。
『あん?………フェンリル1よりコマンド、マッピング作業中のフライボール三番機の反応消失を確認した』
『位置は?』
位置は……とオウム返しに放って消失箇所を確認する。HOTAS式スティックグリップを操り階層を割り出す。
『二十七階層、北北西の方向、Aa05区画で反応消失を確認』
『コマンド了解。フェンリル1、2は先行して当階層まで進行して下さい。こちらは人型重機搬入用リフトで向かいます』
「跳躍ユニットの使用は?」
『市街地戦規定内での出力使用を認可します』
了の応答で行動が開始された。
コマンド機であるTYPE76は四脚装輪走行であるが故の重量増加で跳躍ユニットが使えない。しかし、純然たる人型を成すTYPE74は背部と脚部の主基と呼称されるハイブリッドターボファンを内封した跳躍ユニットを使用することで、TYPE76より高機動展開が可能である。
エンジン状態を一瞥。出力値は待機状態を維持、ファンの回転運動エネルギーより発した電力をジェネレーターに伝えている。
左コンソール、エンジンパネルを操作し待機状態から戦闘状態へ移行。スロットル入力の封印を解くと同時に草薙より合図が飛ぶ。
『フェンリル2、タイミングはそっちに任せるぜ』
「了解。行くぞ!」
両操縦桿を前方へ浅く押す。戦闘機のスロットルと同様、位置によってエンジン出力が変化し、値を示すレベルが画面の左下方端に映る。
跳べ。思念が脳裏に浮かんだときには、大腿部下肢後面と背部に備える跳躍ユニットが光輝を放つ。
50トンを優に越す人型のTYPE74は地上から100メートル程の中空へと飛翔した。覚醒し全力運転で高回転したタービンは勢いよく外気を吸気し、圧縮機と燃焼機が織り成す力場が推進力という火柱を生む。戦人用に新造されたハイブリッドターボファンが生成するエネルギーは、鼓膜を掻き回す程の轟音ともに巨体を宙へと招く。
操縦者とリンクしたセンサー類が空気の冴えと感触と抵抗感、何より重力の存在を自覚させる。
「目標階層まで、残り35メートル」
『了解、更に跳ばせよフェンリル2』
「お前こそ、意識飛ばして失速すんなよ」
『抜かせよ』
短くやり取りし、更に跳ぶことを意識し強要した。
機体を滞空させる以上の力を要求される跳躍ユニットの根幹たる主基、そのハイブリッドターボファンが回転数を上昇し熱を吐く。力の権化となる火柱が技術の叡智たるTYPE74を持ち上げ、当階層の到達へと果たす。
狭い間口だ。バイザーに映るシンボルは間口の輪郭を縁取り、機体の侵入口へと誘導する。羽が落ちる柔らかな触りようで地表に着地しては、エンジン出力の減少と相俟ってTYPE74本来の重量が加わる。足裏に吸着緩衝用パッドを噛ませているとはいえ、50トンを超す重量物を乗せられる程の基本設計は為されていない。巨体の重量にコンクリート製の地面が悲鳴を上げた。
『足元から地表陥没の警告が、凄ぇ出てんだけど』
「アブソーバーの緩衝補正プラス30、足裏の摩擦係数と連動させてキャリブレーション設定させてやれば、付け焼き刃程度には保つ」
『あんがとよ、優秀な同期を持つと心強いねぇ~』
「回転運動時の設定も忘れるなよ」
煩わしさ纏う返事を流し、思考の範疇で設定を修正しては煩い警告が消えた。これで進めると南雲は僅かばかり安堵する。
剥き出しのコンクリート支柱、地上より135メートルに伸された人工の大地。恐らく駐車場予定地であろう吹き抜けの大階層であったが故に戦人の全長が、すんでのところで空間に納まる。
『ったく、下の階だったら匍匐で進むところだったな』
戯けた調子のフェンリル1、草薙の相も変わらぬ余裕の態度に辟易する。これも彼なりの儀式だと思えば、少しは気にせず済むものか。
「フェンリル2よりコマンド、二十七階層Aa区画付近、Ca区画に到達。これより、当該区画へ進行する」
事務的な応答を合図とし、ウェポンストアより主兵装『73式制圧型自動速射砲』を選択。HOTASとアイトラッカーによる操作を完結させると、予めプログラムされた挙動てTYPE74が動く。背部ユニットの懸架装置から歩兵の主兵装たる自動小銃に類似したソレを掴んでは、右手は握把を左手は被筒部後端下部を握った瞬間、ストレートダウンの姿勢からアップへと遷移していく。
銃口が前方を指す。宛ら歩兵の行う射撃姿勢のソレと違わぬ格好が、TYPE74をより人間らしく見せる。肩付けにより肩部装甲板と床尾板が擦れて鳴く。古風な照星と照門の間に収まる先進的な照準具が、暗闇を見透かす。戦闘機用のターゲティングポッドを流用発展させた電子の目は、TYPE74の第三の目として機能を果たす。
弾倉を挿入、装弾、射撃態勢が整う。
「フェンリル2、マスターモードを地対地戦闘モードにプライマリ設定。フェンリル1行けるな?」
『此方も設定完了だ。ほんじゃ、お仕事と行くかいフェンリル2』
一歩を踏み出す。いつもより慎重に脚の駆動を促す。高層に位置した地盤は鉄筋コンクリート製、戦人の全備重量への耐久性は期待できない。況してや設定を校正しなければ進めない大地だ、激しい挙動を行えば直ぐにも地面へ真っ逆さまだろう。
摺り足にも近く、躙り寄って進む歩行挙動。足裏の地盤感知センサーが耐久性を測っては脚部のアクチュエータから成る人工筋肉が、地面へ与える負荷を考慮し歩行を刻む。
走ることも儘ならず、これなら匍匐前進した方が速っかたなとも思い始める南雲は、慎重に機体を操作した。Ba区画を踏破し、いよいよAa区画へと差し掛かる。
『フェンリル2、当該機の反応はあるか?』
「レーダー感知せず、赤外線センサーにも反応なし」
『おいおい、相手は只の重機だろ。まさか、ステルス機能付き重機だとでも言わねぇだろうな?』
苦言を呈し、草薙は天球のモニターに映る外界へを睨める。視線を配せ、周辺視でも当該機の存在を探すが息遣いすら感じ取れない。
『コマンドより各機、目標当該機は発見できるか?』
聞き知った小隊長の声が耳を触り、反射的に「まだ発見できず」と返す。
多少の焦りが燻っていく。背中を濡らす焦燥感がジワリと頭の中を焦がし始める。いない、どこか別の区画へ移動したのか。だが、ロストした以外のフライボールはリアルタイムで稼動中だ。
様々な情報を捌き状況を整理する。フライボールのマッピング作業、そして調子良く現れたロスト反応。当該区画へ急行する自分達、襲撃もなく当該機の姿も無し。
嫌な予感がする。そう言葉にする南雲を裏付けるように、僚機である草薙がソレに気付く。
『おい……あれを見てみろ』
「あん?」
指示指す方向、距離にして僅か三十メートル程。望遠で拡大することで、それが球体だったものの残骸であると認識できた。
「コマンド、ロストしたフライボールを発見した」
『了解、接近して調べる事は可能ですか?』
「可能だ。やってみよう」
二機のTYPE74がフライボールを形成していた残骸と進路を向ける。躙り寄って足元まで近付く。下方に映ったソレを拡大望遠した。
「フライボールは、何か強力な力で地面に叩きつけられた可能性がある」
『となると、奴さんはこの空飛ぶバスケットボール君を見て、慌ててぶっ壊したって感じになるのかね~?』
「残骸を放置した辺り、気が動転して形跡を消す余裕も無かったんだろうな」
『一応、細部まで確認してみるか』
草薙機が屈んだ体勢を取る。膝を付き、手を伸ばす。破壊されたフライボールの損傷具合の細部を確認するためだ。
その傍らで南雲はさっきから気持ちの悪い突っかかり感覚を覚えていた。何故だ、全ての行動が意図的にそう行うよう仕組まれた、作為的なものを感じる。
多重構造物に逃げ込むことで、こちら側が目を確保するためにフライボールを放つのも。ロストした箇所に急行するのも。そして破壊されたフライボールを回収しようとするのも。酷い妄想と単なる思い込みか、だが加速する鼓動は嘘をついてない。
本能が覚えた違和感。素人目にも分かる、そうだこれは……。
「フェンリル1、待て!」
『なんだ?』
南雲の咄嗟の制止も虚しく、草薙機はフライボールだった物体を拾い上げる。
その時、南雲は確かに見た。月明かりで光る一筋の軌跡を。それが糸であることは理解できた。糸は緩慢とした状態からピンと緊張状態になり、そして千切れた。
プツリと糸の切れる音が酷く木霊した。頭部両脇より角張った装甲へ内封される音響センサー、ミル規格神経バスで人体と直結した聴覚。正しく糸を切った現状が示す答えは、即座に弾かれる。
「まずい! 誘い込まれた!」
HMD内蔵のマイクに怒鳴りつけたのも束の間、足元から全身に掛けて光輝が包んだ。黒を上書きするには十分すぎる白の閃光。そして、白亜の光は一瞬にして業火へと転じた。
文字通り足元を掬われる、いや、抉られた青年の叫びは後悔を気にする暇もなく、意識が遠ざかっていった。