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CITY GUARDIAN  作者: 景虎
Casefile 01 洗礼と通過儀礼と再会と
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chapter 07 出撃は嵐のように

万人を起床させるには最適な警報アラーム掩体えんたいの鉄骨を触媒とし、清々しいまでによく反響した。鼓膜を打つよりも、下腹部の内側から浸透して骨の髄まで鳴動させる警報アラームは、隊員達の意識を有事へと差し向ける。

 予め着装したパイロットスーツを絞め、操縦室コックピット内に用意した耐Gチョッキ及びプロテクターも着装する。HMDヘルメットマウントディスプレイを装着し、機を立ち上げる。

 南雲なぐもが、草薙くさなぎが、湯田川ゆたがわが、それぞれの機へと搭乗する最中、馴れない都留とどめが慌てふためく。

「うわわぁ! これどうやって着るんだっけ?!」

 突然の非日常的空間へ放り込まれ、音や光が錯綜する中を、揉まれた都留とどめは錯乱する。

都留とどめ警部! 何やってるんですか?!」

 予め用意されてるにも関わらず、混乱する彼女は外に掛けてた予備の耐Gチョッキとプロテクターを着装する。が、案の定不慣れな彼女は手間取る。

「こ、これ、どうやって着るんだっけ?!」

 慌てふためく都留とどめに呆れた女性誘導員や整備士が着装の補助を行い、とりあえずの態を作ってやった。

「ありがとう!」の短い礼を後ろへ流し送って四輪駆動の人型を目指す。

 梯子タラップをチマチマ駆け上がり、HMD片手にTYPE76の背面搭乗口ハッチから乗車、既に火を入れて簡易点検を済ませた湯田川ゆたがわとネットワーク機器の音頭を図る司馬しばの姿が映った。

「…………小隊長、ハッチを閉めないと出られないんで、閉めて貰えます?」

 キッとした鋭い視線を送って嫌味を垂らす湯田川ゆたがわ。「ご、ごめんね!」とハッチを閉める都留とどめ

湯田川ゆたがわ!」と叱責する司馬しばに、倦怠な態度で「……了解」と返事を送る。

「いやぁ、着任して早々の出撃だが、すみませんね」

「いや、そんな! 私は私の仕事をするだけですから」

「まぁ、気負わずリラックスしてやって下さい。事の処理は私らでやりますし、小隊長は教わった通りの指示を出してくれれば、それでOKですよ」

「は、はい」と相槌にも似た返事を返す

 階級的立場は都留とどめが上なれど、場の空気的な立場を征していたのは司馬しば湯田川ゆたがわであった。

 気を乱すには最適すぎる音と光の二重奏デュエットを前にしても物怖じもせず、意にも介せず、只ひたすらに身体へ刷り込まれた行動を無意識の範囲内で行っていた。数を潜り抜けてきた場慣れの賜物、その余裕が見せる彼等の行動に都留とどめは舌を巻く。これが『シティ・ガーディアン』なのだと分からせられる。

 機体及び周辺機器のBITビルトインテストが完了し、司馬しばは合図を送る。

 一息の溜息を零し、湯田川がVHF無線通信で南雲なぐも草薙ゆたがわを呼び出す。

『此方、コマンド。貴機の感銘度を送れ』

 骨董品のようなアナログ的無線通信の音声が、HMDの耳元に設けられた高感度スピーカーから流れる。雑音が混成する声。やすりを擦り合わせたフィルターにかけられた湯田川ゆたがわの声が、くぐもって伝わる。

『此方、フェンリル1。貴機からの感銘度、数字の5』

 草薙くさなぎの声も雑音に塗れて聞こえた。感銘度は5段階評価で一番上の5。お世辞にも5とは言い難かったが、面倒なので「フェンリル2、貴機からの感銘度、数字の5」と常套的な音調で応答する。

 五年で染み込んだ常套的動作によって、南雲なぐもは簡易点検を行う。補助動力スターターが背部と脚部の主基を覚醒させた後にシステムを起ち上げる。

 画面一杯となるOSの起動画面。操縦、機体、火器管制等のブロック図は線で繋がれ、通電が完了する。機体のバッテリー残量を一瞥し満タンを確認。操縦管制系統、機体駆動系及びセンサー系の自己診断テスト良好。火器管制と武装系統も同様に良好。

「さて……、後は…と」

 懐から一枚のカードを取り出す。カードと呼ぶには大きく武骨な代物。ミリタリー規格で剛性が高められたソレはSSD程の大きさで手に収まる代物。南雲なぐもは、カードと呼称された物体を右コンソール奧のスロットに挿入した。

 それはパイロットデータストレージカード(PDSC)の固有名詞を持ち、戦人操縦士パイロットのあらゆる操縦データが記録されている。言うなれば戦人操縦士パイロットが自身の命より重い物と表現する物体だ。その命以上の代物を挿入して、TYPE74こと74式戦人を自分色に染め上げる。

 情報の抽出とダウンロード完了の合図が出る。

「行くか、相棒……」

 スッと短く呼吸を整え、機体の神経同期フィッティングを開始する。

 スイッチを押すなり電気が駆けた。頭天から足先へ突破する感覚によって意識の没入が始まる。酒酔いにも似た酷い陶酔感を味わい、自己の意識が五体から剥離するのが分かる。

 擦れた視界に映る操縦桿に置いた自身の腕と天球の画面越しに見えるTYPE74の腕。感覚は隔てつつ、意識の偏重をTYPE74へと傾け、10メートル長の人型の五体を制御下に置く。

(握れ……)

 ウォーミングアップに軽く思念を送る。HMD裏面の受信器が脳波を感知し、アクティブモジュールで増幅、統合統括制御システム(マスコン)へと送信。タイムラグ無く、TYPE74が両手を握った。思念操縦の動作良好を確認し、今度は歩行を促す。

(歩け……)

 南雲なぐもの意識がモーターにトルクを生じさせると、地面を蹴り左脚が宙に浮いた。そして自重と傾きによって一歩が刻まれる。重量56トン、その殆どを左脚に備わる空気、油圧、電気流体の三重ショックアブソーバーが受け止める。

 大地を震幅させた一歩。しかし、羽が落ちるように柔和な着地を見せる。格納固定用のロックボルトから離去れ、歩行挙動に移ったTYPE74が掩体えんたいハンガードアへと誘導される。

 月明かり射す闇夜の中、誘導灯が織り成すコントラストが視覚情報として伝達された。天球の画面にアーミングが行われている草薙くさなぎ機と湯田川ゆたがわ機が映る。南雲なぐもはアーミングエリアへ移動した。

 モーター駆動音と冷却ブロワー音の二重奏デュエットが誘導員達の意思疎通を阻害するも、意に介せずTYPE74が歩行する。堅牢な装甲が風を切り、足裏の耐震パッド、ショックアブソーバーとへ自重を預け、全高10メートルの巨人は歩行を続ける。

 天球モニター下方に、手信号で停止を促す誘導員を認めた。止まれの思念とともに微弱な振動で機体が制止したことを南雲なぐもは認識した。機体の制止を確認後、武器弾薬員がワラワラと群がり始める。

 機体各部に内封された搭載弾薬のアーミングを施し、武器の封印を解く。ライト点灯、マスターアームをシミュレートからアクティブへ切り換え。液晶の計器上にウェポンストアを掲示。弾薬弾数と登録火器を一瞥した。

「兵装をプリセット。使用兵装仕様Bブラボー、地対地制圧用兵装の搭載確認」

 予め装備された武装を認めた。腰部懸架装置ランチャー近接用短刀バイブレードナイフ。頭部に12.5ミリバルカン砲。胸部に20ミリバルカン砲。全て模倣品イミテロイドを処分するに十分な兵装だ。

 オプション兵装に制圧型自動速射砲と携行盾。

 全ては揃った。後は行くのみだ。

「フェンリル2、オールグリーン。発進指示を願う」

『了解、第四小隊各機は誘導灯に従い発進位置まで前進』

 基地管制官の指示に従って、南雲なぐもを始めとし各人は機体を発進口まで前進させた。

 巨人達の歩みは低い地鳴りとなり夜闇によく反響した。巨体は暗闇でもシルエットが認知できるほどに巨大であり、蒼白の双眼と識別光のオレンジがよく映えた。

 天球の画面が出力する外界の景色。青々と光輝を放つ誘導灯の導きと、視線の先より迫り上がった支柱の群。地表を六角に縁取り(トリミング)し、虎柄警戒色と赤黄の回転灯を遇う支柱。

 上昇した支柱群は停止位置で止まると小刻みな振動をもって衝撃の相殺を知らせる。六角形の頂点より伸び下がった支柱はトラス式構造と固定ロックボルトを備える射出器であった。関東の地下を網羅し、関東圏の都市へ五分以内で到達させるための地下茎道電磁浮遊搬送システム(リニアネットスクランブルシステム)。それに第四小隊各機が搭乗する。

「背面より進行、軸合わせ良好。速度微速後進、4、3、2、1、………停止。ロックボルト固定を確認」

 後ろ向きに接近。レーザービーコンに従い三歩後方へ移動。ショックアブソーバーの柔軟な沈み込みで、機体が台に乗ったと確信して停止する。固定用の支柱が腰から肩甲骨の部位まで接続方法されると肩部装甲板に固定アームが重なると、ロックボルトを全ての固定箇所へ打ち込む。

 機体接続をセンサー系から伝達された信号を基に脳が処理した。モニター越しにも目視で確認する。

 各機が射出器に拘束され出撃への全工程が整う。

『超電導射出機の電圧上昇、タイミングをコマンダー機に譲渡する』

「た、タイミング?! ど、どうやるんですか?」

 突然の管制指示を前に、狼狽の様相を見せてしまう都留とどめ。小隊長らしからぬ動転具合に周囲は呆れた。見かねた湯田川ゆたがわが一言、「今から出撃するって旨を管制官に伝えれば良いだけの話です」と助け船を出す。

 新人小隊長に向ける湯田川ゆたがわの助言と冷笑。皮肉な表情から発した声色は、新人小隊長はコレだからと当て擦りな意思が練り込んである。

 だが「ありがとう! 優しいんだね」と無垢な笑顔で返してしまう特別鈍感な彼女の前では、意地悪も効力を発揮せず結局空回りで終わる。

(良いメンタルしてるよ、ホント)

 心中で悪態をつき、募る苛立ちをスティックグリップを湯田川ゆたがわは握ることで発散してやる。

 都留とどめは親切な人くらいの気持ちで湯田川ゆたがわの嫌味を流し、自身の小隊長としての役目を果たす。

「タイミング了解。第四小隊、出撃!」

 芯の通った都留とどめの声は無線を轟かせ小隊員の耳を劈く。反響する彼女の声が頭の中を叩くと同時に景色が一瞬の間に消失する。

 雷電迸って射出機はリニアカタパルトを滑走し始める。初速で時速400キロを超し視界が波を打つ。耐Gスーツの効力でGによる身体への負荷はなかった。

 電磁浮遊する射出器がリニアカタパルトを滑める。坑道点検用の蛍光灯は等間隔に点在してはいたが、高速滑走する射出器側からの景色では一本の光線となってしまう。線のように伸びる世界が体感速度に滑車を掛ける。

 機体のセンサーマイクは外界の音を拾い、風鳴りと低い地鳴りとが混濁し雑音へと変わる。

(相変わらず速いな、この射出機は)

 心にもない雑な感想を懐く。関東圏全域を5分以内でカバーするリニアネットの中、南雲なぐもは浅く息を吸い深く吐いた。

 出撃前はいつも深呼吸をする。それが現場へ臨場するための儀式ルーティンだ。

 三回程度やって筋肉の弛緩を感じる。緊張で突っ張った気持ちが落ち着く。熱を帯びた思考は冷やされ思考の弦を張り直す。固くピンとは張らず、遊びを覚えるほどの柔軟性は確保する。余裕を生ませ、あらゆる状況に対応可能な思考力の下地を形成。

 ふと機体計器ディスプレイ端のデジタル時計を一瞥。到着まで後、2分。

 連続した深呼吸の儀式ルーティンの最中、小隊長こと都留とどめの声がHMDの狭小なスピーカーより響く。

『現在、被疑者を乗せた違法改造の重機が、港区洋上に建設中のショッピングモール内に潜伏との情報が入りました。当該機はテレックサス社製のタイタンとのこと。パワーは折り紙付きですから注意して被疑者の確保をお願いします』

「了解」と各機は軽く遇う。

 南雲なぐもはふと違和感を覚えた。確保?、久方ぶりに『確保』なんて単語を聞いた気がする。

 被疑者の確保か。生易しい命令で済むのなら、それに越したことはない。人を撃つ事に馴れても、人間を撃ち殺す事には馴れていない。撃ち殺した日には一週間程の精神療養生活が待っている。が、生憎撃ち殺してきたのは模倣品イミテロイドと呼ばれる人の形をした異形だ。撃ち殺したところで良心の呵責に喘ぐ事もなければ、罪悪感に浸る事もない。任務、役目、仕事、義務、そこに迷いはない。迷っている間に殺されてしまう。

 戦人せんとのマスターアームを見る。オンにはなっているが点灯はしていない。『コマンド機』からの命令が無ければ、オンになっていようが銃器が起動することはない。

 確保が最優先なら、コマンド機からの武器使用認可は下りない可能性が高いか。南雲なぐもは腕部のアクチュエーター出力値を見る。軍用規格から治安維持用に出力デチューンはしているが、この出力値なら特殊鋼も貫通できると判断した。

 一応、武器使用認可が下ることを願って、ウェポンストアの搭載武装も確認。近接用短刀バイブレードナイフが腰部に一柄、両腕に一柄ずつと、制圧型自動速射砲が一丁、弾倉マガジンは予備含め三つ。頭部と胸部のバルカン砲、その他、防御盾と索敵地形把握用のフライボールが二基である。いつも通りの通常出動時のB装備、特色のないオールラウンダーで普遍的な装備だ。

 褊狭なトンネルが続く。点検用の蛍光灯が一本線となる中、開けた空間に出る。そして再び狭苦しいリニアレール内封のトンネルへと突入した。開けた空間が過ぎたことで航空宇宙軍府中基地地下ターミナルの通過を認め、三鷹、世田谷と過ぎ去って、いよいよ港区へ差し掛かろうとしている。

 グッとした腸を押す力を覚えて制動が掛かり始めたことを感じる。出口は近い。この穴蔵を抜け地上へと躍り出たとき、どんな景色が広がっているのか。そんな高揚感すら沸き立つ。

「馬鹿馬鹿しいな……、今日の出撃だって変わらない。いつも通りに終わらせるだけだ」

 首を振い邪念を払う。余計な思考や感情が操縦の妨げになる。意識を同期して没頭させろ、南雲なぐもはそう自分に言い聞かせた。

 恒常的に戦い当該機を制圧、そして被疑者の処理。変哲のない日々を消化して戦い続ける。これまでも、これからも。それが首都圏の治安を維持する役を与えられた者の使命だ。人間性を捨て、人間味を忘れ、ただ只管に機械マシンのように模倣品イミテロイドを処理する。だからこそ機械と同期して行う戦人マシンの操縦が人一倍に上手いのも知れない。

 空いた思考力で南雲なぐもは自分を皮肉る。だが、それは事実であり、それくらいの価値だと自分を値踏みする。人間らしくあろうとして原初的プリミティブな感情で動く模倣品イミテロイドの方がよっぽど人間的か。そんな奴等を疎ましく思うから、引き金を引き続けるのかもなと自分の考えに折り合いをつける。

『現場到着まで、約四十秒』

 そろそろだと気持ちを切り換える。操縦桿スティックグリップを握る両の手は弛緩し、身に映る景色に警告灯が多くなる。

 景色が開ける。夜にも関わらずリニアレールの茎道を抜けた瞬間、真昼のような光が射し込んだ。光は直ぐに消息し夜の暗鬱とした暗さが天球のモニター越しに広がる。

 景色の変容と同時に肩から背を這い尾骶へと衝撃が抜けた。強烈な振動と破裂音、ショックアブソーバーの効く緩衝材が射出機を受け止め彼等を地上へと招く。

 固定ロックボルトが外され、10メートルを越す鉄巨人が娑婆へと姿を晒す。放たれた守護神達、緩慢に脚を駆動させ射出機より出でたその姿は、都市に溶け込むための迷彩と暗闇に映える頭部センサーマストの青白い煌めきが際立つ。都市の守護神の異名が相応しい出で立ちを披露し、彼等は柵の外の大地を踏む。

『各機、状況の有無をお願いします』

『フェンリル1、機能良好。異常なし』

「フェンリル2、同様に良好。異常なし」

 管制名『フェンリル2』、この機体TYPE74の愛称がフェンリルⅢに由来した。

 神話に登場する狼の名を与えられた守護神。大層立派に名付けられたこの躰を従属化し駆使することで、今日も獲物を処理する。戦人せんとと一体化した今、南雲なぐもは人間性を封じようとする。

 自己が機械的になっていく。思考が合理性を帯び感情が排される。TYPE74を完璧に動かすための魂たり得る存在となり、彼は自身の機械的合理性と人間的感性を擦り合わせる。

 そして任務遂行の意思のまま、鋼の躰が今日も銃を取る。

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