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CITY GUARDIAN  作者: 景虎
Casefile 01 洗礼と通過儀礼と再会と
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chapter 06 垣間の過去

新小隊長の着任から一週間が経つ。第一警邏機甲中隊きっての問題児達が蒐集された第四小隊は多少の不和を抱えつつも、実機訓練とシミュレーター訓練を熟す何一つ変わらぬ平時の日常を謳歌する。

 一日も早く場慣れするために右往左往とする幼馴染み兼小隊長の都留とどめを尻目に、南雲なぐもは不変の日常を過ごす。そして週替わりの待機任務に第四小隊が上番し、更には小隊員同士のジャンケンで負け、夜食を買いに厚生売店コンビニへ足を運ぶに至る。

 厚生売店コンビニは無人と化し、商品の会計から品出しと補充発注の全てが自動化している。

「さってと……とっととミッション済ませるか」

 万引き防止のスキャナ搭載自動ドアを抜け、不健康なLEDが照らす店内へと入る。店内音楽は、シンセサイザーが小気味よさを効かせた百年前に流行ったシティポップという音楽ジャンルだと直ぐに分かる。

 菓子コーナーの奧、カップ麺コーナーはそこにある。カップ麺は各種種類が豊富であり、東西南北あらゆる地方から人が集まる組織に相応しく、地方の限定品まで陳列していた。

 商品名を寸分違わず面前に向けた陳列棚に正対し、中腰になって目配せする。

(相変わらず、ジャンケンに負けるよなぁ……。始めにパー出す癖、治そうかな)と品定めの最中、独りでに思う。

 南雲なぐもはジャンケンでパーを出す癖がある。そのせいでアイジャン、ジュージャンで勝利した例しがない。因みに過去最高の敗北記録はバージャンである。

 恨み節の一つでも吐きながら無造作に商品を手に取る。注文した奴らの顔を想起しては好みも同時に思い出す。好みを教える人は優しいが、この組織は生憎世話好きかつ親切心に溢れてはいない。篩いに掛ける意味合いも込めて組織に席を置く先輩達は、皆口を揃えて馬鹿の一つ覚えのようにセンスで頼むと注文する。

 ある意味で人間性と個性、人と態を見定めるつもりなのだろうが、やられている本人としては意地悪い仕打ちとしか思えない。だが、組織に五年も属してくると、それも馴れてくる。

司馬しばのとっつぁんは健康志向と……、湯田川ゆたがわさんはオマケ付きの奴で、草薙くさなぎは定番しか食わないから……っと)

 有機再生プラスチック製の籠へ無造作に商品を入れる。スチロール製の容器が衝撃を緩和すると、中に封入された乾麺と加薬がマラカスを真似た音を奏でる。

 籠に入れられたカップ麺達のパッケージは個性豊かであり色彩も強く不揃いだ。まるで注文した仲間の個性を象徴しているようにも思える。

 健康志向を謳うパッケージは司馬しばの老後への保身と衰退した若さに思え、一方で定番の常套的なフォントと配置は草薙くさなぎの保守的なというより、マニュアル主義的なところが窺える。上蓋にかさ増すオマケプラモ付きのパッケージは、湯田川ゆたがわの大人に成りきれてない背伸びした感じの意思が受け取れる。

 そして、その中で一際目立つ都留とどめが好むであろう新商品『トマ辛増し増しチーズダッカルビ』と銘打つカップ麺。赤色調に黒と白を混色させたパッケージは、やはりというか異彩を放つ。

 彼女は新商品しか口にしないという頑固さと同時に、未踏の地たる新商品ばかりを食す型破りさと挑戦する精神を兼ね備えているのが見てとれる。だがその反面、見方を変えれば向こう見ずな人間とも思える。

(いけね、あんまり待たせると皆を怒らせちまうな)

 思案に更ける頭をリセットし自分用の夜食と朝食を籠へ入れてレジに進む。

 当然のことながらレジも無人だ。人件費の削減と部外者立入による秘密漏洩を防ぐ名目が主な理由である。

 籠ごと台に乗せると会計が始まった。スキャナが商品のユニークコードを読み取り会計金額を弾く。タッチパネルを操作し、右手の甲をスキャナに翳す。電子音の甲高い音色が決済完了の合図となり、南雲なぐものクラウドマネーから代金が回収される。

 会計を済ませエコバッグに購入品を詰めると厚生売店コンビニを後にする。

「うっお、寒ぃ~な」

 扉を開けて流入した夜風に寒さを覚える。四月に入ったとはいえ、夜は寒い日が続く。真冬に比べれば大した問題ではないにしろ、裾の隙間から入る風で身体が冷えることには違いない。

「ったく、こう気温変化が激しいと身体を壊しちまうな……」

 南雲なぐもは無駄と解って寒暖の差に悪態をつく。駐輪場の自転車に商品を載せるとサドルに跨がって、立ち漕ぎで加速を付けた。

 夜風が身体に染みる。息は白くならないが肌寒さを覚える。自転車を走らせれば嫌でも解る。

 しんと静まる駐屯地の中ではペダルを漕ぐ音がよく聞こえた。頼りない前照灯で道を照らす中、南雲なぐもはふと昔のことを思い出す。

(そういえば、あの時、桜花さくらもいたんだけっか……)

 等速で後ろへ流れる街灯が南雲なぐもの姿を橙に照らす。思えば、あの日もこの橙よりも色濃い夕日に照らされていたか。

 今でも脳裏に閃く運命の日。南雲なぐもが自分の進むべき指針を手にした日だ。

 悲鳴と怒号が飛び、悪鬼と化す巨人は破壊の限りを尽くし都市としを瓦礫へと変えていった。齢十八で死の淵に立たされる感覚を知り、また理不尽に潰される行為への怒りの情動が暴走した瞬間でもあった。

(本当だったら……、あの時死んでも可笑しくはなかった……んだよなぁ)

 だが彼は生きている。あの日、死に際の表現が相応しい状況下で生き残れたのは、南雲なぐもが『シティ・ガーディアン』に救われたからに他ならない。

 眼前に聳える鋼の巨人。机上の計算が生み出す戦闘向けに設計された合理的な体躯。逆三角の筋肉質な装甲に魅せられた人型の威光は、多感な青年に道を開く。だからこそ、南雲なぐもは今ここに居る。そして、今では自分がその威光を放つ側の人間だ。

 あれから五年の歳月が経ったのだ。南雲なぐもは五年の間に様々な経験をした。社会に出て初めて解る世間の厳しさ、というよりも諸々の現状を含めた難解さに精神をやられる。

 機体を動かすことは好きだ。人間関係も劣悪でもなく人には恵まれてきた。しかし、イミテロイドを撃つときは違った。最初は義務だと割り切り、治安維持への職務貢献という充足感で果たしてきた。だがいつだったか、その行為に私情が割り込んできたのは。

 心が僅かに乱れているのが分かる。普段の平常心から怒気が漏れる。苛立ちに任せて弛緩した力の入りが強くなる。

 南雲なぐもはいつもの奴だと解する。心情に呼応して身体に変化を及ぼす程の心的外傷トラウマがココに刻まれている。向き合うことも、忘れることもできない心の病だ。

 自転車を停め一呼吸する。まだ軽度だ、深呼吸すれば落ち着く。南雲なぐもは冷気残る夜の空気を吸う。それを肺で温め緩慢に吐く。

 叶うなら一生、記憶の奥底に埋没して貰いたい記憶だが、それは南雲なぐもにとって目を背ける事を意味する。自分の判断の甘さが招いた結果に対する罰と、仲間の無念を晴らす為の償い。そう自分の中で規定することで気持ちを割り切っているに過ぎない。

 法を犯し、罪を重ねた模倣品イミテロイド共はこの手で撃つ、それが死んだ仲間への手向けであり誓約でもある。そして自戒でもある。

 南雲なぐもは、真っ直ぐとした眼差しで自らの手を見詰める。操縦桿を握り続け、戦人せんとと同期し自身の手で引き金を引き続けてきた血みどろの手だ。人に胸を張れるような手ではない。況してや半ば心的外傷トラウマに苛まれた復讐心に蝕まれた手だ。素知らぬ顔で御天道様の下に翳していい手ではない。

 だとしても、その手で操縦桿を握り続けなければならない。握る事から逃げれば誰かが死に、誰かが涙を流す。

 そうしないために、悲劇を最小限にするために操縦桿を握り続けるのだと南雲なぐもは自分に言って聞かせる。それが守護神の名を冠された自分達の義務であり天命なのだと。

「…………全く、こんなところアイツには見せられないな」

 舌を打ち、整った息で呼吸のリズムを取って自転車を再び走らせる。

 昼間のことを思い出す。都留とどめ模倣品イミテロイドも人間なんでしょと言った。奴らを人間と同類項に扱えるなら、幸せな事はないだろう。だが社会はそれを頑として拒否した。あまつさえ『人造人間法』などという法律を起草し可決させ、人間と人造人間を明確に区別した。

 出産の仕方の相違。はらから赤ん坊が生まれるのか、人工子宮で成人として生産されるのかの違いか。若しくは構成物が有機物か無機物か。挙げれば切りがない。

 イミテロイドはアンドロイドやオートマタのように機械で構成された訳でもないし、かといってレプリカントのような有機3Dプリンターによって個々で製造された有機素材を組成して精製された訳でもない。

 提供者の遺伝子を基に最適化と労働環境に応じた遺伝子の再設計が行われた後に、試験管の中で人為的に作られた存在。模倣品と呼ばれる理由がそこにある。親となる人間の遺伝子情報が基となって遺伝子再設計を受けて、提供者よりも優秀に作り出すのだ。

 ならば彼等は人間と同じだという都留とどめの意見は正しく聞こえるが、南雲なぐもは否定した。

 胎から自然に生まれたかどうかの判断ではない。もっと根幹に根ざすことだ。幾多の現場を経験を潜り抜けた南雲なぐもは奴らの振る舞いが、とても人間のソレとは思えなかった。

 模倣品イミテロイド共は人間より優秀に設計されるが劣化という形で精神に異常を招く。異常な精神状態に陥った奴等の末路は、その全てが破壊と暴走へと帰結した。破壊衝動のままに壊し、命を奪い続けて凄惨な現状を作り出す。

 南雲なぐもは再度否定する。奴等は人間ではない。優秀に設計されていようが関係ない。社会に反する破壊行動を行った時点で処理されても文句は言えない。いや、文句は言わさない。語る前に撃つ、彼はそう宣言していた。

 都留とどめが小隊長とはいえ、俺は自分の役目を全うするだけだと南雲なぐもは固く誓った。それが命令違反になろうとも、模倣品イミテロイドは必ず処理する。それが死んでいった仲間への手向けで、自分への覚悟だ。今はそれだけで十分だと胸に言い聞かせ、ペダルの漕ぐペースを上げた。

 カラリと回るホイールにチェーンが歯車と噛み合う音を靡かせ、自分の中で全てを整理した南雲なぐもが進む。頼り無い前照灯を灯し寒さ残る春の夜に吸われて、ぼんやりと薄黒い蒲鉾状の掩体えんたいが前に現れる。

 ブレーキを掛け、駐輪場へ自転車を停める。籠からマイバッグを取り掩体えんたいへ歩む。蒲鉾状の建造物横に併設された三階建ての事務棟。扉を開け、待機室へと入ると待ってましたと言わんばかりの顔で燥ぐ草薙くさなぎの姿が目に入った。

「買ってきましたよ。全く、選ぶの大変でしたよ」

 挨拶程度の文句を言いつつ、マイバッグから商品を取り出して各々へ手渡す。

草薙くさなぎ、お前はこれ」

「サンキュー南雲なぐも! おっ、定番メニューで攻めてくる感じ?」

「まぁ、そんなところだ。てか、お前は定番しか食わねぇだろ」と軽く遇い、司馬しばに『カロリー0のヘルシー掛け蕎麦』を渡す。

 司馬しばが「俺もラーメンが良かったんだが………」と文句を垂れるては「健康診断引っかかったばっかりなんで、健康志向にしてみました」と被せ気味に言い放たれる。

 と言っても気を使って健康志向の商品を渡しても、マイラー油をたっぷり掛ける司馬しばの前では南雲なぐもの気遣いは水泡に帰す。

「私のは、これか?」

 音もなく後ろに立つ湯田川ゆたがわの手には、オマケ付きのカップ麺が収まっていた。

「うぉっと! ビックリした……」

「大きな声を出すな。心臓に悪いだろ、それより私のはこれか?」

「えっ? あぁ、そうですよ。湯田川ゆたがわさんそういうの好きだったなと思いましたから」

 片手のカップ麺を舐めるように見詰める。気に召さなかったかと焦ったが、か細い声で「ありがとう」が聞こえた。少し照れ臭そうに目を逸らして伝えた湯田川ゆたがわの姿は、いつものサバついた感じとは明らかに違った。

「あの……南雲なぐも

「ん? どうしました?」

 改まる彼女の姿に、南雲なぐもも只ならぬ雰囲気を察する。

「いや……そのだな。今度の土曜日……、もし良かったら私と……」と言いかけた時、「武瑠たける君! 私のカップ麺は?」と割り込みが入る。

「小隊長のは、コレですよ。てか、仕事の時ぐらい下の名前で呼ぶの止めて貰えますか?」

「何でよ~。幼馴染みだから良いじゃない。てか、武瑠たける君の方こそ畏まり過ぎじゃない?」

「コレでも職務上の上司ですし、仕事ですから」と嫌味っぽく答える。

 空気を読まない傍若無人を怨嗟の目で睨めつける湯田川ゆたがわはいざ知らず、KY傍若無人こと都留とどめはエコバッグの中のカップ麺を取り出す。

「トマ辛マシマシチーズダッカルビ?」

「新商品だっから買ってきたんですよ。小隊長は昔から新しい物好きだったなと思って」

 バックから出た赤字に白黒のアクセントが入るパッケージは目を引いた。新商品らしい衝撃を与え、満足そうに眺める都留とどめは「これ前から食べてみたかったんだ~! 流石、武瑠たける君は違うね!」等とおべんちゃらを言う。

「褒めても何も出ないですよ」

 幼馴染みの小隊長を軽く遇い自席へ着く。時刻は深夜に差し掛かる中、背徳感と空腹から来る高揚感に弾む気持ちを抑えて自分のカップ麺を出す。昔ながらの『鶏ガラ醤油ラーメン』、その薄いフィルムを剥ぎ、バリバリと乱暴に蓋を開けては生卵を落としてお湯を注ぎ三分待つ。

 この時間が愛おしく感じた。三分が経つまで本を読む者、携帯を確認する者、オマケのプラモを眺める者、ジッとカップ麺を眺める者、待ち形は各々バラバラであったが食べる喜びを想起して、三分の時間の経過を待ち望む。


 そして時が来た。


 三分を告げるタイマーのアラーム音が鳴り渡る時、その甲高い機械音を本物の警報アラームが掻き消した。

 耳を劈く警報アラームは、今まさにカップ麺に有り付こうとした彼等を本来の精神状態へと上書きする。

 カップ麺は始めから存在すらしてなかったように、気は止らまず真っ先に掩体えんたいに通じる通用口へと身体を走らせた。無意識だった。意識が身体に追従した時には、身体が機体へと走っていた。

 掩体えんたい内を照らす警告灯と赤色回転灯の数々、光跡たる伸びたビームが鉄骨や装備品をスポットライトのように当てお祭り騒ぎの形相となる。

『港区四丁目にて二〇二事案発生! 第四小隊は直ちに現場へ急行されたし!』

 緊急出動ホット・スクランブルが発令された。それは発進口の電光板にも強調されて表示される。先程までの日常から暗転して非日常的情景、いやコレが日常なのかも知れない。有事に身を染めた日常、今は深く考えるのは止そうと南雲なぐもは雑念を払う。頭の中をクリアにしなければ機体との同調フィッティングに支障を来す。

「私の新商品がぁぁ!」と都留とどめの悲痛な叫びが待機室から掩体えんたいへと木霊する中、馴れた動きで小隊員が機体へと搭乗を果たす。

 同時に別室待機の機体誘導員と武器弾薬員も沸きだし、静寂だった掩体えんたいが一瞬にしてライブハウスのような形相を見せる。

 伸びた麺とグズグズの卵の事など端から無かった物として頭から消し去り、南雲なぐも梯子タラップを駆け上がる。

 腹に治まり席へ着く。HMDを被り、骨身に染み込んだ操作手順で機体に火を入れる。起動用の補助動力スターターが目覚め主基を叩き起こす。覚醒した主基はエネルギーを五体へ拡散させ機体に生気を吹き込む。

「起動確認!」

 状態歓呼をし、待機アイドルから戦闘モードへ移行する。

 気持ちが逸った。一刻も早く現場へ急行せねば。若人の意志を孕んだ都市の守護神の鎖が解かれる。

 戦うことでしか安寧を与えられぬ人達。その蒼い双眼に何が映っているのか。都市に棲まう人々の安寧か、それとも……。

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