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CITY GUARDIAN  作者: 景虎
Casefile 08 機械(マシン)の心
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chapter 47 生まれてきたこと

 システムが再起動したのは、ナナの身体が地面へと衝突してから僅か5分のことであった。ナナの思考や意思を司る電子頭脳は強固なチタン製の骨格に覆われていたお陰で無傷だった。それ以外は言うまでもなく粉々と呼ぶに相応しい有様を示していた。

 地面へと衝突した衝撃で、FRP製の外殻と合成樹脂の表皮は衝突面である背中側は完全に喪失していた。その他、何回かのバウンドの影響で所々も剥がれていた。

 あの美しい姿も今となっては、醜悪なガラクタのような姿を晒していた。

 ノイズの走る視界、欠けた半身、残る右腕は既に動かず、再起動したところでもう自身の活動時間が残り少ない事を悟る。

 せめて、最後はあの人の腕の中で停止したかった。ドロイドでしかなかった自分へ愛を注ぎ、自我を気付かせた最愛の人の中で、死にたかった。


「……当該目標を確認」


 事務的なやり取りを行った南雲なぐもが、ナナへ銃口を向ける。シティ・ガーディアンの隊員に与えられたメインウェポンである9ミリ口径の自動拳銃、その中に内包された弾丸を穿たんと南雲なぐもは引き金に指を掛ける。


「私を……殺すのね」

「悪く思うなよ………それが定めだからな」

「定め?定めって、何よ!…………私は、ただ大好きなあの人と一緒に居たかっただけなのに!」


 ナナの慟哭が静まり返った夜の港に拡散した。

 ナナは一人の少女であった。愛してくれた人のために、命すら差し出してしまう純粋さと一つ間違えれば全てを壊してしまうような危うさを持ってしまった、このドロイドを南雲なぐもは一刻も処理しなければならなかった。


「その純粋さと狂気は、ドロイド如きでは手に余るんだよ。況してや人間社会に大きな悪影響を及ぼしかねない」

「だから殺されるのね………システムが、社会が不要だと判断したから、その傀儡となって私を処分するのね!……一体、どっちが人間なのかしらね!」


 前にも似たような事を言われた気がする。そうだ、燃え盛る工場地帯で対峙したイミテロイドに言われたことを思い出す。

 俺達は所詮、システムに飼い慣らされた獣に過ぎない。獣は主人に従って、命令を盲目的に遂行する。間違っているなどと疑念も抱かせず、社会の秩序という正義を背負って引き金を引く。

 昔の南雲なぐもなら、疑問を持つ猶予もなく躊躇わずに引いただろう。けど、今は違う。

 南雲なぐもは向けた銃口を下げた。


「何の真似?」

「……気の迷いって奴かな」

「…………何よそれ、人を人間じゃないからって馬鹿にして!」


 激昂したナナは南雲なぐもへ侮蔑の視線を投げた。同情される事がナナにとって、自尊心を傷つけられる一番の行為であったからだ。


「勘違いするなよ。俺は同情したつもりはない。今でもシステムが定めた秩序を乱す者をこの手で消すことが正義だと信じている……多くの幸せを個人のエゴや感情で吹き飛ばして良いはずがない。けどな、真面な社会や真面な人間なら出自がどうであれ、どう罪を償わせるかの審議はしてやる必要がある」

「そのために、今は殺さないと?」

「そう言う事だ」


 ナナは「無駄な事ね……」と一言零す。どうせスクラップにされる運命は変わらない。どこでスクラップにされるか、いつ頃されるのかの違いでしかないというのに人は無駄な事ばかりを繰り返すのねと、ナナは南雲なぐもに人間の不完全さを訴えた。

 南雲なぐもは一つ呼吸を置いて「それが人間なんだ」と諭した。


「完全なものが正しいとは限らない。不完全だからこそ補おうと積み重ねてきたのが人間の本質なんだと俺は思うよ。完全なものからすれば無駄だらけかも知れないけとな」

「…………私が完全な存在に見えるかしら?」

「少なくとも人間の立場からすれば、あらゆる面で完全じゃないか?」

「嘘ね、不完全なものから完全なものを生み出せるはずもないのに……」


 人間を作り出したのが神様なら、その神様だって不完全なものであると分かるはずのにね……とナナは付け加えた。

 誰もがコンプレックスを抱え、欠けた精神性を補完するために何かを求め、誰かを探し、完全という名の安定を求める人間……そんな不完全な生き物から作られたデッドコピー…………完全とは何かをナナは眼前に立つ、この齢二十歳を超えて幾何かの人生経験をした青年に問うた。

 答えは出るはずもない、答えがあるはずもない。

 達観した機械仕掛けの少女と未熟な青年、二人の押し問答も束の間、割って入るように男が傍へと歩いてくる。

 年季の入った顔立ちと古臭いスーツの出で立ち───府中本町署の刑事デカ木山きやまは懐から警察手帳を取り出す。


「府中本町署の木山きやまだ。まぁもう言わんでも分かると思うが、サンセンコーポレーション製モデル07……登録名ナナ、お前を4件の殺人の罪と自身の所有者への殺人未遂及び、器物損害と不法侵入の現行犯で、逮捕する」


 痛々しく剥き出す、骨格フレームが光る右腕を慣れた手つきで手錠をかける。力も作用しない、だらりと成されるがままの腕を手に取り、カチャリと軽い音が木霊する。

 その光景に視線をやって、ナナはポツリと一言零す。


「………あなたも、無駄な事ばかりするのね」

「無駄か…」


 その言葉には少々残念したという意思が孕んでいた。フゥーと一呼吸息を吐く。ため息をつく木山きやまの心は、眼下で横たわるボロボロのドロイドが放った(無駄)の一言を反芻する。


「流石は一級品の電子頭脳を持つドロイドだ。現状を把握した上で俺の行動を無駄と切っちまったか……」


 木山きやまはふと視線を空に向け、間を置いた後にナナと視線を重ねる。


「オメェ、被害者の顔を覚えてるか?」

「当然でしょ、私の記憶メモリーは人間のと比べて柔じゃない。電磁パルスを受けても消えやしない」

「そうかよ……」


 木山きやまは腰を落とし、ナナの顔をジッと覗き込む。ガラス玉のように透き通るアイボールセンサーと視線を合わせた男の目が鈍い光を放つ。


「その被害者を思い出して、オメェは何を思う?」

「殺したお陰で清々してるよ!もうこれで奪われないし、奪わせない。あの人の寵愛は私だけ……私だけのものになるんだから!」


 一線を越えた笑いが木霊する。人の命をかほどにも思わない、それはまるで忌々しい害虫をようやく駆除できた喜びにも近い。そう、ナナにとって殺害の手段を行った相手というのは、群がる害虫くらいでしかないのだ。


「流石と言ったところか?陽電子頭脳が焼き切れてやがるポンコツロボットの言うことは違ぇな」

「なんですって?」

「聞こえてねぇのか?なら、もう一度言ってやる。陽電子頭脳に蛆が湧いたポンコツロボットの言うことは違ぇな!」


 身体が跳ねたのを南雲なぐもは見逃さなかった。沸いた怒りに身を任せ、半身のほとんどが消し飛んだその身体のどこに力が湧いたのかを考える暇もなく、南雲なぐもはホルスターからパラライズガンを引き抜く。

 しかし、状況は南雲なぐもの予想を裏切った。

 跳ねたナナの身体を押さえ付けるように、木山きやまは手早く抜いたリボルバー式の拳銃───S&W360を眉間へと突き立て、そのまま地面へと叩き伏せる。


「自分を馬鹿にされて怒ったか……俺が憎いか?だがな、オメェが殺めた人達はな、もう怒ることも泣くことも、笑うことも出来ねぇんだぞ?」

「それがなんだっていうのさ…!」


 身勝手な怒りが、逆ギレともいうべき爆発した感情が彼女の内から溢れ出る。全てが人工物である彼女、フィルターの掛かった声も水晶発振の振動によるものでしかない。だが、傍若無人に振る舞うその姿は人間のそれであると感じさせる。


「人間とは心を持った機械である」


 木山きやまは一人呟く。

 ナナはそれを何よソレと突き放す。

 木山きやまは哀れな機械人形に大昔、自我の在り方を考えた哲人の言葉だと教えた。


「そうであるならば、実際の機械に心が宿ったオメェも人間なんだ。我欲に走り、愛欲にまみれ、承認欲求の虜になった哀れなものへと成り果てようとも、オメェは人間なんだ」

「だから、何だって言うの?人間だったとして、それで何だというの?私はただ、愛されたかったの!独り占めされたかったの!生田庄介いくたしょうすけという一人の男にね!」

 

 ナナの声が空虚な夜闇を流れる。駄々を捏ねる子供のように、欲求を吐き散らかす。

 四肢が万全ならいつでも嬲り殺してやる。そんな意思を孕んだ眼差しを持って、彼女は木山きやまを睨めつける。


「も、もう止めよう、ナナ」


 ナナは一瞬で振り向いた。そこには都留とどめ司馬しばに介添えされた生田庄介いくたしょうすけの姿があった。爽やかな雰囲気は見る影もなく、ボサツいた頭髪と吐しゃ物塗れのボロボロの衣服、そして何よりも内出血が痛々しい青たんがよく目に入った。


生田いくたさん!どうしてそんな姿に!まさか……酷いことをされたの?」

「僕のことはいいんだ。それよりも、もう止めようナナ。僕が間違っていた」

「間違ってた…って何よ」


 彼女の電子頭脳は生田いくたの一言で混乱した。

 『間違っていた』その言葉に、どんな意味があるのか彼女の頭は瞬時に万通りの答えをはじき出す。だが、導き出す予測の中で一つだけ、それだけは当たって欲しくないと願ったものがあった。


「間違ってたって何よ。間違ってたって、それは何?私を愛してくれたことを間違いだとでも言うの?!」


 生田いくたは静かに頷いた。

 ナナは絶望した。初めての経験だった。自分の内側から何が音を立てて崩れ去っていくのを感じた。

 私はこんな優男のために自分を磨り減らしていったんだと。愛を独り占めしたくて、愛を奪われたくなくて、言い寄る女を片っ端から消していって、ようやく手に入りそうだった愛は、『間違っていた』の一言で雲散した。


「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなよ!このクソ男!私は、貴方からの愛が欲しくて……独り占めしたくて、犯罪にまで手を染めて!邪魔な奴らを片っ端から殺して回って…その果てが間違ってた?……お遊びが過ぎるんだよ!」


 彼女は動かぬ体の唯一機能する、口と目を使ってありったけの罵詈雑言と殺意を生田いくたに向けた。

 四肢が万全であったら、今にでも嬲り殺すと言わんばかりの衝動を彼女は吐き出す。

 生田いくたは静かに受け止めた。


「すまなかった。最初は興味本位だった……生身の女に飽きていた俺はロボットに愛が芽生えるのか試したかったんだ…」

「それで私はアンタに良いように遊ばれて、芽生える必要も無かったこの感情を芽生えさせたと、自我を生まれさせたと…………ふ、ふざけるなよ、責任取ってよ……アンタにさえ出会わなければ、こんな気持ちを知らなくても良かったんだ!」


 彼女は泣いた。流れるはずもない涙を流しながら、彼女は有りっ丈の感情を込めて泣いた。

 生田いくたは何も言えなかった。罪悪感と謝罪の念に潰されて、言葉を紡げなかった。


「こんな事なら、こんな事になるなら、愛さなければ良かった!自分に自我を生むことなく、一生ロボットのままでいたかった!それが叶わないなら、生まれてくるんじゃなかった!」


 ナナの慟哭が闇に響いた。何も出来ず立ち尽くす生田いくた、一つの芝居に付き合わされる木山きやま、最早介入の余地すら見失った南雲なぐも。只々、漫然と流れる場の空気感にどうしよもなく居てしまい、自分の役割すらも忘れかけてしまいそうになったとき、彼女は風を招くようにして割って入った。


「そんなことない!」


 立ち往生した空気感に割り入る彼女の────都留桜花とどめさくらの言葉に、ナナはハッとした。 

 ノイズ走る視界の先に見える、勇ましく立つ彼女の姿にナナは熱い感情のようなものを感じた。


「どうして……どうして、そんな事が言えるの?」

「理屈なんかじゃない。例え人の道を外れた結果になっても、貴女が生まれてきたことに、人を愛しようとする感情は間違いなんかじゃなかったはずだよ」

「間違いなんかじゃない……」

「そうだよ、貴女が生田いくたさんを好きになった時の感情を思い出して」


 彼女へ些かに響く都留とどめの言葉。スパークする陽電子頭脳の記憶回路が、生田いくたとの日々を引き出す。

 初めて起動した日、生田いくたをマスターとして登録した日、店の従業員として働き始めた日、生田いくたに助けられた日、初めて恋心を宿した日、生田いくたから求められた日、鋼の自分を愛してくれた日……初めて嫉妬心を生んだ日、そして初めて人を殺めた日。

 スライドショーのように流れる記憶の波が、彼女はもう人間どころか愛玩用のロボットにすら戻れないことを、知らしめる。


「ありがとう…まだ私がロボット(純粋)だった頃を思い出させてくれて………けど、やっぱり駄目だよ」

「えっ?」


 ナナの言葉に都留とどめは息の抜けた返事をした。


「私は人間じゃないから…。けどね、貴女のおかげで、あの頃の記憶を思い出すことが出来たから。あの人を好きになった優しい心を…………」


 消えそうな景色の中、駆け寄ってくる人影に向かって言葉を編もうとする。

 私は心を宿して人に恋してしまった。そんな日々が楽しくて、彼からの愛をもっと……もっと……と求めた結果、私は自分の手で人を殺めた。

 己が私欲のために過ちを犯す……、それが人間としてあるべき姿だと言うのか。


「だから、私は違うと言い続けるために、自分で自分を否定し続ける」

「そんなの……そんなのって辛すぎるよ。折角、貴女は人を好きになれたのに!」


 都留とどめは肩を震わせた。理由は分からない。だが、自然と目尻から流れる涙とともに震わせずにはいられなかった。


「ありがとう……最後に私の景色に映ったのが、貴女でよかった」


 その言葉を最後に、ナナは機能を停止した。

 暗闇に染まる現場の中心で、都留とどめのすすり泣きが辺りを占める。

 端で見ていた刑事、木山きやまはスッと持った拳銃を下ろし、ホルスターへと納める。 

 

「自らの行いも、欲望も、衝動も律せず…………心を手に入れたところで………だが結局最後は自分を否定してロボットのままで在りたかった……か」


 木山きやまの口調は淡々とし、感情の昂ぶりや強張りを微塵にも感じさせはしない。

 都留とどめの傍らに立ち、片膝を地面に預け、そして木山きやまは横たわるナナへ引導を渡す。


「…………23時19分、被疑者確保」


 事務的な文言を唱え、立ち上がる。それを見た都留とどめが駆け寄ろうとしたが、木山きやまに止められる。


「悪ぃが、俺たちの活動はここまでだ……後は、テメェらシティ•ガーディアンの仕事だ」

「…………分かっています。けど立ち去る前に最後、あなたの名前と所属だけでも」

「俺か?俺はなぁ……」


 木山きやまは振り返る。溜めた息を吐くようにして。


「俺はぁ、木山勘一郎きやまかんいちろう。府中本町署に世話んなってる、ただの刑事デカだ」

3カ月ぶりの投稿となりました~

遅くなってすいません…

いよいよ2章目も終わりを迎えることとなりました!

これも、ここまで読み続けて下さった人たちがいたからこそ、書き上げることが出来ました!

ありがとうございます


次回のエピローグを投稿後、新章に突入します

その際は、また読んで下さると幸いです

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