Chapter 43 手錠
時折、グラッと車内が揺れるのはTYPE76が障害物を踏んだことによるものであった。ノーパンクタイヤだから何でも踏ん付けて走破して良い理由にはならないが、この気の強そうな操縦者は聞き耳を持たないだろう。
あのバケモノから距離は遠退いている。それは画面上に映し出されたレーダーマップ────SF映画さながらの画面を見ることで分かった。距離を示すであろう数値の上昇が、あのバケモノから遠ざかっているのだと木山は理解した。
全身から肩の荷が下りたような安堵感に包まれていた。バクバクと鳴る鼓動が痛いほどに分かる。なんとか生き延びたのだと判断したところで、木山はポツリと呟く。
「あのボウズのロボットだけで、本当にやれるのか?」
半信半疑な声色がらしくない台詞と共に、狭小な空間で響いた。恐らく仲間と呼ぶべきメンバーのプライドを逆撫でしたとは思うが、今の木山にそこまで慮れる程の余裕はなかった。
女共からのピリッとした反感を覚えた司馬が宥めるように答えた。
「心配いらんさ。アイツは特級ドライバーライセンス持ちなんだ……それに秘密兵器も用意してある」
「秘密兵器だぁ?」
いよいよシティ・ガーディアンが怪獣退治の専門家のような雰囲気を醸し出してきたなと、初老の刑事は思い込んだ。
「オメェまさか、メーザー砲でも持ってくるつもりか?」
「生憎、熱光学兵器は警察比例を大きく逸脱するんでな。まぁ、それでも中々の代物だとは思うが……」
司馬の表情はどこか自信に満ちていた。南雲というエースドライバーの功績を知らない刑事達からしたら、半信半疑なのは間違いない。根拠のない自信を商品棚のように陳列してるに過ぎない。
ただ、それでもこの危機的状況を脱する可能性があるとしたら、その若いエースドライバーに賭けるしかないのだろう。
木山はある程度状況を呑み込んだ上で腹を括った。それは真上も同じであった。
「ケッ、少し癪だが、オメェが信頼しきってるそのエースとやら、俺達も信じてみようじゃねえか」
「そう言って貰えると助かるね、非常に」
目と目で語る、元相棒同士のアイコンタクト。これが離れていても信頼し合ってる仲間なんだと妙なトキメキを都留は感じていた。そのトキメキに呆れる湯田川の退屈そうな表情も知らずに。
「で、そうなると俺達を降ろした後はどうするんだ?」
「無論、あの対象物の鎮圧に向かうさ」
それならばと木山は被せるようにして言い放つ「あのバケモノにワッパは掛けさせて貰うぞ」と。
真上は正気ですか?!と煩い声で喚いた。アレが最早、ワッパを掛けられるような代物では無いことはコックピットの中にいる全員の共通認識であった。
司馬はいつもの昼行灯な眼差しを捨て、普段見ることのない切れるような視線を送った。対して、木山は動じることなく睨めつける。
「ワッパを掛ける真意は?」と司馬が静かに呟く。
木山の口が開く。
「アレも俺達と変わらん、同じ人間だからだ」と吐き捨てる。
「人間?」と聞き返す声色は、恐ろしく背筋の凍るようなものであった。
ドロイドを纏わせ、一つ群体の巨体で身を振るうあの姿に人間らしさを感じるだろうか。無機物で象った人型が人間だというのか。だが、木山はそれら全てを突っぱねて言い放つ。
「私利私欲の為に、明確な殺意を持って殺人を犯してる人型を、人間と呼ばずして何と呼ぶんだ?」
「そうだとして逮捕してからの処遇と責任の所在はどうするつもりだ?」
「十分な証拠はある。最早、企業や所有者の責任を脱して明確な意思と、責任能力、そして殺意を持ってるんだ。責任の所在は彼女自身にあると俺は思うぜ?」
「だが、もしそうだとしても俺達には即時その場で抹殺許可が降りてる。それでも、ワッパを掛けるつもりか?」
「そうだ」と短く吐いた。司馬は思った、この男だって俺と同じ境遇、苦痛を味わった人間なんだ。愛する人を、大事な人を、狂ったイミテロイドに無惨に屠られた境遇があるにも関わらず、この男は何故、信念を貫こうとするのか。
司馬本人も分かっていた、シティ・ガーディアンの行動が覇道だということくらい。しかし、目の前の古株の刑事は梃子でも動かない信念を持って、手錠を掛けることに拘った。
手錠を掛ける行為こそが、人間が人間らしくあるために法律と向き合う姿勢なんだと、木山は言い放った。
「俺はなんと言われようと、奴にワッパをかけ…「分かったよ」」
木山を遮るように、司馬が被る。
「隊長さん、湯田川、そう言うわけだ。奴さんを今からとっ捕まえるぞ! 南雲にも通信送ってくれよ、奴さんを捕まえるってな!」
迷いの霧が晴れたように、司馬の顔は澄んでいた。その顔を見た隊長の都留もウキウキとした顔立ちを作り、湯田川は呆れた顔で操縦桿を捌いた。
TYPE76が旋回姿勢を取り、車内が揺れる。遠心力に引かれ、装甲がコンテナを掻く。散る火花に照らされた四駆の人型が進路の舵を切る。目標はバケモノと化した被疑者だ。
「お、おい!少なくとも、怪我人と現役の警察官を二名を載せてるんだからよぉ!」
「ワッパを掛けると大見得切ってた奴がそれをいうのか?」
何を!?と反感の声が狭小に木霊する。グワンと車内が一度揺れ、そいつは横に上下に揺れて乗り慣れていない刑事達を一瞬で沈黙させた。
「しっかり捕まってろよぉ!」
「わーてるよ!」
司馬の声が搔き消えてしまうほどの重心移動が車内を揺らす。目が回り始めてる刑事達は己の信念だけで乗り物酔いを克服する。
手錠を掛ける、その行為が持つ真なる意味を求めた男達の意思を、胎に納めたTYPE76はコンテナ群を掻き分け進む。
結末を求めて、ただ突き進む。
◇◇◇◇
フットペダルを浅く踏んで一歩後退。脚部主基を噴かして跳躍する頃には、数秒前いた地面が消える。抉られたアスファルトを砕き、土砂の中で蠢く怪物にTYPE74のシステムはエネミー表示を与え、そして識別情報『アンノーンエネミー』と添える。が、南雲はそれをフリック操作で瞬時に『ガシャドクロ』と書き換える。
一瞬、見てくれから『ナーガ』でも良いかなと思ったが、ドロイド達が絡み合うその巨体はやはりガシャドクロにしか見えなかった。
「来いよ、ガシャドクロ女!」
南雲の声に応えるかのように、ナナを内包する巨体が動く。
ガバッと躯を翻し、アンドロイドの群が腕となる。チカチカと点滅する骸達の目が一斉にTYPE74を睨めつけた瞬間、地面を食らう。
一瞬の間に翻って宙へと飛ぶ。都市迷彩を彩る鉄機兵の目が闇を奔ると鈍器と化す巨脚で、『ガシャドクロ』と符合された怪物に一撃を与えた。
耐え難い破壊の音が環境音に割って入る。
卵の殻を潰すような軽い感覚が足先より伝わった。シリコン、プラスチック、FRP等々の外皮と内部を占める柔いアルミの骨が溢れ出す。
六本ある脚の内の一本を潰され反射的に後退る。巨体の下部が地面を擦って火花が舞う。
目に見える形で損傷を受けたナナが怒りに震える。引き千切った足先は時折見せるショートの光を瞬かせると、痛々しくも砕けた愛玩用アンドロイド達の骸の数々が見て取れた。
「アァァァァアア、グギィ!アシの一本くラいで………!」
ナナの憤怒の表情に呼応し巨体そのものが揺れる。個々の個体を共鳴させた機械の雄叫び、悲鳴にも似たこの恐ろしい咆哮は貿易港のコンテナ群を震わす。
変化が起きたのは咆哮が収まった瞬間のことだった。
「な、なんだこれは?!」
レーダーマップに未確認の反応がポツリと顕れ出す。それは一つ二つと増え出し、気が付けば二十、三十と増えていた。
主外部環境受動器が捉える景色に、それらは映り込む。
コンテナを内部から突き破り、わらわらと這い出る人の形をした何か。二足歩行、四つん這いの四足歩行と各々の動きで傷付いたナナの巨体へと、それは群がる。
「輸出向けのセクサロイドか………」
南雲がそう呟く目線の先に、新品の人型が次へ次へとナナの欠けた足を補おうと同化していく。組み体操のように躰を密着させては絡み合って一部となる。
全天周のスクリーン越しに見た南雲は、その光景からやはりガシャドクロにしか見えないなと、一人納得する。
互いの表皮が摩擦で擦れた。絡んだ体躯同士が一つの鎖となり、束となり、解ける事の無い躰となる。失った脚が復元し、他の躰も一回り肥大化してTYPE74の全長を優に越す巨体を得る。
「ワタしの、私のアいを邪マする奴ハ、みンナ死んデシマえぇ!」
巨体が揺れ、次の瞬間には体当たりを行った。機敏に反応した精神がブレインマスタースレーブの機能を介して、TYPE74に備わった鎮圧盾での防御を行わせる。
その時間は僅か1秒を切っていた筈だったが、巨体に似合わぬ瞬発力に負けて直撃を食らう。
ゴシャリと物体が弾け飛ぶ音が伝播し、同時に気絶するほどの衝撃も襲ってきた。衝撃を伝えるGメーターがプラスに、マイナスに振れる。
気付けば両フットペダルをベタ踏みしていた。TYPE74のアクチュエーターが唸り、両脚の全てを衝撃と負荷が食らい付く。
機体のバイタルを一瞥。部位ごとに分けられたインジケータ群が正常な青から危険な赤へと変貌していく。
両耳に煩く付き纏う『CAUTION』の声。
「このままじゃ、流石にヤバいよな……」
軋む骨格の呻きを与えてTYPE74の関節部から時折、火花が咲く。
絡み合ったドロイド達は中枢たるナナの意志に従って、防御盾を無造作に掻き始める。ガリガリと小さく抉るも、複数の個体が同一箇所を攻め続ければ盾の破壊は容易く行われる。
背中は変形したコンテナ群に阻まれて後方へ下がることも出来ない。
「万事休す………てか?」
危機的状況だったが焦りはなかった。逃げられない挟み撃ちの状況、肉迫した敵機を前に南雲は自身の口元が緩んでいた事に気付かなかった。
わざわざ懐に入り込んでくれた。タイミングは早過ぎるが、仕留めるチャンスは今しかない。
ウェポンストアをフリック操作し、近接用短刀を選択。
考える間もなく、胎に収まる主人の指示に従ってTYPE74は空の右手で、腰部に懸架したコンバットナイフ状の得物を抜く。
閃光が走った。
研かれた刀身は、超振動による効力をもって盾に纏わり付いた巨体を溶断した。
ナナの悲鳴が木霊する。両断には至らなかったものの、防御盾に振れていた部分を中心に巨体の大部分が削がれていた。
「へっ、少しはやったか?」
鼻先を親指で弾く。悶える巨体を前に、南雲は兵装コンテナの中身を使うまでもなかったなと独り言を呟く。
だが、その余裕が間違いだったということに気付くのも、時間的にそう長くはなかった。
苦しみのた打つナナを内包した巨体が、ゾワリと波打つ。表皮一つ一つと絡み合ったドロイド達が主人であるナナの意思の下、その配置と体付きを変えていく。
「オイオイ、マジかよ」
驚嘆にも似た声を上げ、南雲の背中を悪寒が走った。ドロイド達はワラワラと蠢いてナーガのような巨体から、完全な人型へと体を作り変えていた。
その人型は南雲も知っている形だった。
「ケッ、やってくれるじゃないか。意趣返しって奴か?」
余裕の不敵な笑みを浮かべるも、その額には焦燥から来る汗が噴き出していた。
TYPE74の主外部環境受動器が見た光景は、その姿を主人である南雲に伝えた。
張り出た胸部、太い四肢、肩周りは硬く強調され、一つ一つの部位が角張っていた。
「ガシャドクロの次は、ドッペルゲンガーかよ……、俺の専門は治安維持なんだけどな!」
スクリーンに映るTYPE74と瓜二つの巨体。
新しい形態へと生まれ変わったナナ。
対峙する二体の巨人が同時に動き出す。第二ラウンドの開始である。
色々ありまして三カ月ぶりの投稿です
今年度中にはなんとか完成させたいです(涙)




