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CITY GUARDIAN  作者: 景虎
Casefile 07 山川草木 怨みは深し
42/46

Chapter 41 真打ち

約2カ月ぶりくらいの投稿になります

私生活で色々あって投稿が遅れてしまいました


これからはなるべく投稿ペースを落とさず、最後まで書き上げていきますので、どうかよろしくお願いします

スタートダッシュですら初老の体には酷すぎる。それなのに、保護対象者という荷物を携えて1.5キロを走るのは最早自殺行為に等しかった。運動不足のおっちゃん、それもビール腹になりかけてる初老の心臓は既に爆発寸前だ。

 後方から音がする。ゴッ、ガッ、ゴギャアっとコンテナ群を掻き分け、払いのけて進む物の怪の行進が、今そこに迫っていた。

 絡み合った躯体のギチギチとした擦れの音、明らかに重量過多で動けない筈の体躯が小気味良く、シンメトリーの八つ脚を役しして這いずる。

 巨大な蜘蛛か、蛸か、見た目からはそう想起することが出来るが、俊敏な動きを見た後ではその印象はだいぶ変わってくる。鰐か、虎か、大凡肉食の捕食者の如き印象を木山きやまは感じ取った。

 人体が華麗に見えることがあるなら、その逆も然りで醜悪に映ることもある。背中で感じ取る巨大な気配、初老の二つ目には愛憎に蝕まれた哀れな人形の独占欲が生み出した醜悪な姿が映る。


「待っデヨォォォォォォ!! イグださぁぁぁぁぁぁン!!」


 音割れした声が縋った。弾かれて止まってはいけない。止まることは即ち死ぬことを意味する。

 絡まった体躯が組成する巨脚が、レスポンス良く俊敏な動きで巨体を前へと進ませる。どんな物理法則であの巨体が動くのかと興味が生起したところで、直ぐに己から発する防御本能という奴が頭と体を支配する。

 立ち止まれば死ぬ。転べば尚更。相手からの殺意が無いからこそ恐怖が沸き立つ。


「い、いつまで走ればいいんですかぁ?! 刑事さん!!」

「黙って走るって事が出来ねぇのか?! その若ぇ脚をキビキビ動かさねぇか!!!」


 焦燥からの苛立ちを怒号が齧り付く。

 

 夜闇に土煙と轟音が鳴り響く。追い詰められた鼠のような二人を捉え、バケモノと化すナナが肉迫する。時折、空気を破断する援護射撃が真上まがみの手によってもたらされるが、焼け石に水だ。狙撃に使っているアンチマテリアルライフルは、2080年代の科学技術によって高威力と破壊力を目指した小型の電磁砲レールガンであったが、あのバケモノの前では致命打に成り得なかった。

 ローレンツ力がもたらす加速力が弾丸の破壊性能を十二分に引き上げる。着弾すれば厚さ10センチの鉄板にも大穴が空く代物だ。

 ビュッと風を切り、バッ、パーンと一呼吸遅れて連続した破壊音が、狭小な空間で鳴り響く。

 白熱化したドロイド達に風穴が開く。一撃が着弾することで、抉れたようにその部分だけ吹き飛ぶ。

 暗順応で馴れた視界に射し込む閃光が目潰しをしてくる。周囲の明暗がガチャガチャになりながらも、木山きやまの目には、宙に10から20体程のドロイドがバラバラになって弾け飛ぶのが見て取れた。

 しかし、損傷を与えても立ち所に空いた穴を他のドロイドが埋めて修復してしまう。コンテナから新たに這い出る個体、ダメージで吹き飛んだバラバラの個体、それらが再び折り重なって躯を形作る。

 これではキリがない。埒も明かない。


「チィィ! 真上ィ(まがみ)! ポイントまで後どれくらいだ?!」


 息も絶え絶えの中での絶叫が、雑音混じりで真上まがみの端末から放たれる。


『そこの角を右に曲がれば、後700メートルです!』


 あと半分か!と漏らした言葉を痰に交ぜて吐き捨てる。

 痰の中に血の味がした。恐らく呼吸で換装したおかげで、喉か口内が出血したのだと解する。

 横目で見る生田いくたの顔は今にも死にそうだった。そして、それは木山きやまも同じだ。

 陸に上がった深海魚が気圧に耐えきれなくて浮き袋を口から出すように、今の二人は自分の肺を口から出しそうな勢いで走っていた。

 上手く空気が入らないのだ。酸素を吸おうとすればするほど、喉が詰まって窒息を仕掛けていくのだ。

 胸部の圧迫感と脈拍が速くなるのが分かる。と同時に、思考力の低下も著しかった。頭に十分な酸素が行き渡っていない、思考ができない、頭を働かせたくても脳がそれを拒んだ。

 判断力が鈍る。真上まがみの言った丁字路が見えてきた。野郎はいったいどっちの曲がれと言ったか、木山きやまは回らない頭を回そうとする。


『聞こえますか木山きやまさん! そこの丁字路を右に曲がって下さい! いいですか、右ですよ右!』


 お節介を掛けるように『右』に曲がることを強調した。木山きやまは「わーてるよぉ!」と無線機越しに捲し立てるも、内心はナイスなアシストと褒めた。

 バケモノは、さっきの一撃で欠けた躯を修復するために、ほんの僅か動きを止めている。これはチャンスだと木山きやまは思った。丁字路を右に曲がった後、直ぐに手頃な路地に逃げ込んでやり過ごす。それから安全なルートで目標地点まで行く。幸い、ここは東京湾有数の貨物ターミナルでコンテナの数が桁違いの場所だ、路地は幾らでもある。

 そうと決まればと、横で今にもへたばりそうな生田いくたに、これからのプランを伝える。半ば思考出来ない中で、息も絶え絶えと必死に相槌を打ち、頷いた。

 男二人の足跡が木霊する。後ろから感じる重低な感情を発するバケモノに目線をくれてやること無く、二人は前を見据えて走り続けた。黄泉の世界で、イザナミに追われるイザナギもきっとこう言う状況だったに違いない。

 今にも爆散しそうな心臓を稼動させることで、二人はようやく丁字路に差し掛かる。しかし、油断は出来ない。今のスピードなら右に舵を切ろうものなら、盛大にズッこける可能性を孕んでいたからだ。

 だが、転けない為に速度を殺そうものなら、失った速度を戻すためにまた心臓を爆発させる思いで走らないといけない。況してや減速すると言うことは後ろのバケモノに追い付かれる可能性もあったわけだ。

 さて、どうする。

 木山きやまの体は咄嗟に踵を使って速度を可能な限り殺すことなく曲がった。それは昔取った杵柄と言うべきか、逃走犯を足で追い詰める際に身に付けていた技術が瞬間的に発現したに過ぎなかった。蹌踉けた体勢も何のその、二の足、三の足を出して去なし、前へと走り出す。

 初老の手早な方向転換に若人が続く、が生田いくたは盛大に転けた。


「野郎、大丈夫かぁ!?」


 咄嗟に声を吐いた。生田いくたは曲がりきれず、慣性に従って横滑りし体の前面から転けた。それはそうだ、木山きやまは体が覚えている程に技術が身に染みていたが、生田いくたに技術はなく、況してや今時の運動不足な若者なのだから、転けるのは当然だった。

 ズルリと滑り、倒れた彼は「うわぁ?!」と情けない絶叫を上げる。そして、頭から行くところを咄嗟の防御本能で左腕が庇った。 

 ゴキリと盛大な音がした。

 蹲った生田いくたは「痛ぇ!」と女々しく喘いで、左腕を抑えていた。

 大丈夫かと駆け寄った木山きやまだが、鬱血し肉塊の如くピクリとも動かない生田いくたの左腕を見て悟った。

 転んだ拍子に庇った左腕が折れていた。

 ここに来て生田いくたが盛大にやってくれた。これは大きなロスだ、腕が折れた若者を無理矢理立たせ介添えしながら歩き出す。


「待ッでヨォォぉぉぉぉ!!!」


 絶叫が後方より放たれたのを聞いた。損傷部を修復し終えた彼女が、また動き出したのだ。

 逃げろ!と咄嗟に叫ぶも体が勢いよく動いてくれない。まるで体が石のようではないかと木山きやまは思うも、肉迫するバケモノの姿に体が震えあがる。

 終わったと思った。死んだとも考えた。


木山きやまさん!こっちです!」


 連続した発破の音を携え、真上まがみが現れる。両の手に収まるはMP5 MLIとか言う骨董品に両脚を突っ込んだアサルトライフルであった。

 立ち撃ちの姿勢でスコープを覗く。9ミリの弾丸はその全てがダムダム弾に換装されている、

 引き金を軽く引く。奥歯に伝わる、撃針が雷管を引っ叩く振動。パパパパッと続く連射にバケモノがたじろぐ。

 侵轍した弾丸が内部で花開く。花のように見える裂けた弾丸は、さながら小さなシールドマシンの如く機能して、バケモノの肉体を抉り掻いた。しかし、運の悪いことにこのバケモノ、体の主成分は金属と合成樹脂である───つまり痛みに悶える必要が無いのだ。

 鳩に豆鉄砲とはよく言ったものだ。効きもしない無駄弾を撃ち込むこの人間の行動に、ナナは理解を示せなかった。

 邪魔をする奴はあらゆる手段を用いて排除する。ナナは感情と意思を宿した機械だが人間的な心を得たとして、そこに慈悲や手心があるわけでは無い。

 ガッと伸びたドロイド達の骸が巨腕を形成したかと思うと、次の瞬間には25フィートコンテナの一つを包み込んで、真上まがみのいる方向へ投射していた。


「逃げろぉ!」


 木山きやまの叫びと、化け物となったナナの初動を察したことも輪に掛けて、真上まがみが飛び込んでくる。

 タッチの差で飛んできたコンテナから逃れ、後ろから来る土煙の嵐と鼓膜を破りかねない破裂音を体で味わう。


「間一髪じゃねぇか……」

「喜ぶのはまだ早いですよ。アイツの投げたコンテナのお陰で自然の煙幕が出来てますからね、今のうちに距離を稼ぎましょう」

「分かった。そしたら俺はこの兄ちゃんの右肩持つから、真上まがみは左肩を持て」


 負傷した生田いくたを介添えし、木山きやま達はあと少しで届く目的地へと歩き始める。真ん中に挟まれた生田いくたが「すみません……すみません…」と鼻水混じりのベソを掻いて、囈言のように謝っていた。

 木山きやまはふと後ろを向いたが、あの化け物が動く気配は無かった。どうやら土煙が良い仕事をしているらしい。


「ところで真上まがみ、目的地に一体何があるってんだ? まさか、勝算も無しに歩かせてる訳でもあるめぇよ」

「こうなることを予想して援軍を呼んだんです」

「援軍だぁ?」


 半信半疑な本音が声色として現れる。頭の中で、あの化け物に対抗できる援軍を考えてはみた。


(アレと真っ向から太刀打ちできるとしたら、ウチの部署ならSATが妥当ってところだが……やっこの体にSAT如きの火器でダメージが与えられんのか? それとも………いや、まさかな……)


 あれこれと思案する、その最中後方から爆発音が響いた。三人の視線が釘付けとなる。爆炎と土煙を振り払った中で、あの化け物が姿を現す。

 三人は無我夢中で前へと進んだ。生田いくたは動かせる脚を忙しなく動かし、二人の刑事は成人男性一人分の体重をその身に味わいながら、速歩で脚を動かす。


「目的地まであと何メートルだぁ?!」

「あと200です!」

「200だぁ?!」


 200メートルが今日この瞬間だけ、焼けに長く感じた。後ろから迫る化け物のガシャガシャとした駆動音を背中で感じ取った。

 来る………来てる……。振り返る素振りを見せればやられる。そもそも振り返る余裕すらない。

 生田いくたは脚が痛いと叫んで激痛に喘ぎ、木山きやま真上まがみも介添えから来る疲労と痛みに苛立ちを募らせる。


「畜生ぉ! 後何メートルだ、真上ィ(まがみ)!」

「後、50メートルですぅ!」


 苛々に当てられた罵声に被せた、更なる罵声。余裕のなさが彼等の言葉や声色に編み込まれていた。

 体中の水分が全身から滴っているような感覚に支配される。血の味のする乾燥した喉を使った呼吸はヒイヒイと悲鳴を上げ、最早限界を超えつつあった。

 後50メートル。たかが50メートル、されど50メートル、この距離が今日はいつも以上に長く感じる。

 まだか、まだなのかと気の逸る思いが疲労感と板挟みになる中、自分らとそこを歩く地面のハイライトが暗くなったのを覚えた。

 ふと木山きやまが上を向いた瞬間、自分の《S&W SAKARA M360J》でブチ抜いたことで風穴と化した瞳と目が合った。

 全てを吸い込んで離さない深淵を思わす風穴と化した眼孔。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているというニーチェの有名な言葉があったが、木山きやまの感想を代弁するとしたなら、まさにニーチェのその格言が相応しいであろう。

 向いてしまったが故に、それを知ってしまった。非捕食者が覚えるであろう恐怖を、風穴と化した眼孔と目が合ったばっかりに覚えてしまったのだ。

 化け物が自分達を覆うように影を作り、捕食のための挙動の準備態勢に入ったのを見た。

 三人が三人同じ感想を懐く。

 終わったと、死んだなと、ジエンドだと。誰しもが思い、化け物がトドメを刺そうと体勢に入った瞬間のことであった。



 重量約56トンある物体が時速約300キロメートルで飛んできた際の運動エネルギーを考えたことがあるだろうか。



 形容しがたい破壊の音が放射状に広がった。木山きやまは最初、高射砲か艦砲射撃の砲弾が着弾したのかと思ったが、それが間違いであったことに気付かされる。

 三人とも衝撃波に吹っ飛ばされ、何で生きてるのか見当も付かない中、ふと煙が立ち篭める方向へ視線を送った。モクモクと体積を増やす煙の中、パァーと暗闇に映える蒼白の光を見た。

 それはゆらりと立ち上がり、その巨大な人型のシルエットを煙越しに晒した。

 全長約11メートル、重量約56トン、全幅約5メートル。主兵装に45ミリ自動速射砲ラピッドリボルバーなんて馬鹿デカい野砲をぶら下げた人型の多目的戦闘システム。

 警察と軍隊の狭間に位置する第三の治安組織。


「シティ・ガーディアンか……」


 木山きやまはポツリと言葉を溢す。彼等の介入は、これからのシナリオの主役が大きく変わることを暗示した。

 その腫れ物を触るような眼差しで、初老の刑事は呟いた。

「お前もそこにいるのか………司馬しば

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