Chapter 39 緩急
一ヶ月ぶりの投稿です
筆のスピードは遅めですが良いペースをキープしたまま投稿できてますが、季節の変わり目ですので体を壊さず投稿していきますので、よろしくお願いします
百人以上がひしめき合い、ワラワラと動き回りながら仕事をするには狭すぎる格納庫掩体。その格納庫掩体の一角で識別コード《フェンリル2》こと第4小隊のファーストアタッカー、南雲武瑠はTYPE74のシミュレーターに興じていた。
全方位警戒装置から発するロックオン警報は本物さながらに機能している。HMDから拍数を狭めてくるトーンの高鳴りが、鼓膜を勢いよく叩く。
自分が危険に曝されているスリル感を操縦桿越しに感じ、背中を滴る妙な汗が戦闘の醍醐味という物を脳に教えてくれる。
遮蔽物だらけのコンクリートジャングルから一機、砂煙とともに躍り出る。
明らかな奇襲、だがそれは読んでいた。
「チッ!」
狭小な空間に響く舌打ち、テンポのよい思念操作とペダル捌きでTYPE74を半身にする。右手に装備した近接用短刀は刀身を震わせ熱を帯びる。
触れれば鉄骨でもバターのごとく斬れる代物、それを敵機迫る面前へと撃ち出す。
ギャン!と金属叩く高音が鳴った。刀身同士が触れ、反作用によって弾かれたのだ。衝撃で上半身が体勢を崩す、釣られて下半身が接地感を失い始める。
「こなくそ!」
頭で考えるより速く体が動くのが数秒遅れの後、事後の結果として脳に伝わる。操縦桿の手繰り寄せとペダル捌きで崩れる体勢を復帰させ、反撃の体勢へと移る。
後ろ向きへ崩れる姿勢を、二、三歩下げて重力を去なしつつオートバランサーのリカバリーで対処する。支えを得た上半身に瞬発力を加え、仮想敵機である同型機の頚元へ刀身を突き入れる。
風を薙いで超振動する真剣の閃きが虚空を刺す。タイミングを見計らっての事だった、敵機はこちらの動きを読んだ上で一回の跳躍で後方へ下がって間を作る。太股ウェポンベイより拳銃型の小型野砲───45ミリ自動速射砲を装備したことを確認した。
構えてから射撃までの僅かな時間で南雲は防御の態勢を取る。左腕の防御盾を構えた。弾道を側方へ逃がす被弾傾斜をオートでセッティングし、防御体勢の構築。
ガンと火薬の発破音が響く。銃口からの火線が一直線にコックピット部を狙って射し込まれる。突如にカーンと冴えた反響音で防御盾が機能を発揮したことを知らせる。
「45ミリ程度で、一万二千枚の複合層で作られた特殊防御盾が破られるかよ!」
覇気が籠もる操縦者に呼応し、盾はカタログスペック相当の防御力を発揮した。二、三、四と重なる着弾音、焦れったさ極まる中、南雲は操作端を弄り近接兵装で装備する短刀を格納、両腕に備えた防御盾を主兵装に選択した。
敵機の弾切れを知らせる空撃ちの音を反撃の狼煙とした。白煙上がる盾がカン!というインターロックの響きを持って、スライド機構を解放する。
トランスフォームした盾は腕を覆うグローブさながらのナックル状の打突兵装に姿を変える。
「バッテリーパック残量問題なし、直流1500Vで安定、新武器のシミュレート……やってやるさ」
拳が紫電を纏った。青白く走らせる電の光に合わせた突きの一撃。TYPE74の総重量を込めた一撃は同型の敵機を襲った。
触れた瞬間だ、拳に帯電したエネルギーが一気に放出された。行き場を見つけた電気エネルギーの塊は熱と衝撃波に変換され、敵機を百メートル近く吹き飛ばす。打突部分の装甲は、粉砕の文字よろしくお椀状に抉られ砕け散った。
「中々の威力じゃないか。これならもう少し楽しめるか?」
スタートダッシュで切り込む。立ち上がった敵機の懐に潜り込むとラッシュの雨を降り注ぐ。右、左、下、上、斜めと襲い来る拳の連打に電撃と衝撃波は敵機を食い尽くす。
首元から頭部は飛び、装甲板は粉砕されて骨格が剥き出し、関節がひしゃげて精気を失う。
ゴッと確かな感触が操縦桿を伝って両の手で感じ得た。コンマ数秒遅れで思念操作中の南雲の脳にも伝えられた。
実際に相手をぶん殴ってるかのような感覚は癖になり、高揚感を誘う。いつしか敵機の両腕も肩口から飛んで綺麗サッパリ失せてしまっていた。
そこで南雲は冷静さを取り戻す。眼前には反攻する力も持てず、ただ火花を散らして煙を燻すだけの案山子が立っている。
完全に過剰な破壊力を行使してしまった。
「威力は申し分ないが、コイツは考えようもんだな………」
全天のモニター越しに見る仮想敵機は、見るも無惨なガラクタと成り果てる。
やり過ぎた、そう感じた南雲は自身の心根にまだ野性的な、獣としての自分がいることを感じざる負えなかった。
◇◇◇◇
『シミュレーション終了、シミュレーション終了。訓練者は戦闘のデブリーフィングを行い、速やかに報告書を提出せよ』
無機質で可愛げのない機械音声がいつものごとく、変わらぬ抑揚で報告書の催促をする。HMDを脱ぎ、フッーと息を吐く南雲。
シミュレーションはゲームのようであって、ゲームじゃない。付与される状況やコックピットのレイアウトも現実に限りなく似せた模造だが、シミュレーション中はそれが現実の物であると認識してしまう。スクランブル出動でないにしろ、それを終えた後と同等の疲労感を覚えてしまうものだと、操縦者たる南雲は考えてしまう。
「武瑠! お疲れさま!」
黄色い声をかけて駆け寄る都留は、はい!と声をかけてタオルをいつもながらに渡す。
「全く、部活動じゃないんだぞ……」
「ん?そう? だったらタオルはお預けね!」
「いや、タオルは貰う」
ツンとした顔の彼女からタオルを受け取る。額や髪に溜まった玉の汗を拭い取り、スポーツ飲料水に口を付ける。
冷たい清涼感が喉を潤し、固まった緊張が緩りと解けた。
「司馬さんが取り寄せた新装備はどんな感じ? 使えそう?」
「使えるには使える、元々が暴徒鎮圧用のショック兵装だったんだ。ただ問題なのは攻撃方法が拳による打突って言う点だな」
「何それ? 殴ると耐久面に問題があるとか?」
「それもあるが……」
頭を一掻きして内容をまとめようとする。
(俺は、人型のマシンを操り間接的に兵装を使って人を殺める形で征圧するというシミュレートを行ったが、いつもとは違う………)
ナイフも銃も、飛躍して爆弾に誘導弾、これらに共通するのは基本一撃必殺で生を奪うことが出来ることだ。そこに楽しむ余裕も悦に浸る余裕が入る隙はない
。終わってみれば生き残ったという充足感と、別として生死の瀬戸際でヒリヒリとする焦燥感にテンションが上がるくらいの感情しかなかったはずだ。
だがどうだ、あの新型兵装をシミュレート上とはいえ使ってみて、そこで得られた感覚はなんだった。
嬲ることで得られる快感というものが有ったとするなら、それは正しく徒手のみで一方的な攻撃を仕掛ける行為に他ならないだろう。肉食獣が獲物を爪と牙で弄ぶようにして。
小窓から見える整備中のTYPE74を眺め、それが機体の所為ではなく自らに巣くっている好戦的な内面から来ているのだと結論づける。
だが、そんな精神性を語ったところで、この負を知らぬ天真爛漫な幼馴染みは聞く耳もたずだろうし、何より変な励ましをされかねないと考える。
「まぁ、あれだ。バッテリーの持ちが気になるかなってな感じだ」
「何だ~、そんな事か~」
「そんな事はないだろ、電撃を武器にしている以上バッテリーの駆動時間は、言ってみれば小銃の弾みたいなもんだぞ」
「はいはい、分かりましたよ、分かりました! というか話変わるけど、武瑠最近よく笑うようになったよね」
「笑う?俺が? 俺はいつも笑ってただろ」といつも通りの口調で流すも都留は、「笑ってませんでしたよーだ」と仏頂面の顔真似で対抗した。
思えば自然と笑えたのもいつ振りだったかと南雲は振り返る。愛想笑いこそしてたけど、自然と溢れるような笑顔は恐らく学生時代以来だろうなと考えた。
振り返ってみれば学生時代を終えてからシティ・ガーディアンの門を叩き、希望するままにマンファイタードライバーとなったものの、そこからの日々は人間性を消し去るに容易い過酷な物だった。
尊敬する先輩を失ったトラウマは克服していない、怨敵とまで思えるイミテロイドへの憎しみは和らいだ試しはない。ただ、昔の自分を知っている人間が今は側にいる。それだけで幾らか心が晴れる気がした。
システムの命令のまま獣のように振る舞う存在ではない、明日を信じられる生き物へ昇華していく気配を感じられる。それもこれも彼女のお陰だ。
「まぁ、何だかんだ言っても、お前には救われているところもあるよ」
「な~になに? 今さら私の魅力に気付いたってわけ? なんならもっと褒めてくれても良いのよ」
「………いや、やっぱりさっきの言葉は無しにしよう」
「あ~何よそれ! もう少し労ってくれても良いじゃない!」
「労うどころかシャッキリとして貰いたいものだな。タダでさえ悪名高い第四小隊の隊長なんだ、もう少し隊長らしく振る舞ってくれよ」
「隊長らしいって言ってもね、こう~さ堅苦しいのって私に合わないし、明るく元気にやって来たいんだよ!」
ワチャワチャと手振りして、目の前の彼女は楽しげに話す。南雲は何時かの放課後を思いだしていた。誰もいない教室、薄らと香る木の匂いと夕暮れの光が射し込む空間に、二人だけの笑い声が木霊した日々を。
Gスーツ姿の彼女が学生服時代の面影と重なる。この時だけは柵みも不安も払拭して、素の自分を晒して大袈裟にでも喋り続けた。
こんな時間が永遠に流れれば良い、この空間だけが他と隔絶されてしまえば良い、しかし現実は南雲という男を甘い時間の中で生かそうとはしなかった。
──────スクランブルのアラートが鳴り響いた。
二人だけの世界が一気に現実と同化した。談笑していた南雲と都留の顔から笑顔は消え、鋭い眼差しを添えるキッとした面構えがそこにあった。
駆け出す二つの足音。鉄製の床板はカンカンと鳴り、南雲はTYPE74へと向かい、都留はTYPE76に向かって駆ける。
回転する赤色灯の明かりがワラワラと蠢く人々のシルエットを映し、止まる気配を見せぬアラートが格納庫の内壁を反響する。
耳を可笑しくさせるほどの音の中、次なる情報が放送で入る。
『スクランブル! 品川区八潮二丁目にて二〇二事案発生! 第四小隊は直ちに現場へ急行せよ!』
第四小隊の面々が巨人達を叩き起こす。いつもの仕業を熟し、いつも通りの仕事を熟す。また異常をきたしたイミテロイドが凶行に及んでいるに違いない、誰しもがそう考えていた。
そう、たった一人を除いて………。




