Chapter 37 履歴
約一ヶ月ぶりの投稿になります。
遅筆ながら細々と書いております。ここまで読んで下さった方ありがとうございます。
投稿頻度は低いですが、よろしくお願いします
「いやいや、刑事さんがこんな処にまで足を運んでいただき、全くご足労なものです。どうです? 少し涼しい部屋でお茶でもしながら、お話ししませんか?」
卵を思わす地毛のない頭皮とは対照的なクラシック音楽家のような髭を蓄える男───デカルト・ピタゴラスは捜査のため、わざわざ東京より足を運んだ府中本町署の刑事《木山勘一郎》を社屋のエントランスで接遇していた。
デカルト・ピタゴラスという老人の男は、米国系企業でありながら本社を東北圏宮城地区石巻市に構えた有数のドロイド企業[サンセンコーポレーション]の重役であった。
その重役が秘書ではなく、自らが警察の事情聴取に応じているのは先の連続事件を企業が軽く見ていない何よりの証拠であった。
フォークリフトによる搬入も兼ねているのか、エントランスの自動ドアは大凡で幅5メートル、高さ3メートル程の5層の強化ガラスで作られており、そこを潜れば爆撃機でも格納できそうな程の巨大な空間が広がっていた。
天上より吊り下がるシャンデリア、その一つ一つの灯火に寄り添う幼い少女のドロイド達が歌を歌っている。木山は何とも趣味の悪い光景だと感想を吐き捨てる。
デカルトの案内で歩き、巨大な空間の真ん中ほどに作られた入退出用のセキュリティゲートが横一列、まるでターミナル駅の改札口を思わすほど、斉一に並んでいる。
「お手数ですが、このセキュリティゲートで貴方が危険でないかチェックします。申し訳ありませんが、これも社の決まり事でして」
「そいつはけっこうだが、俺も一応警察官だからよぉ、拳銃の一つは持ってるがそれはどうすりゃいいんだ?」
「そうしましたら携行なさって結構です。その代わり、警備用のドロイドを一体付けさせて下さい」
「警備用?」
デカルトが言った矢先、その警備用ドロイドが目の前に現れる。見た目の年齢は17歳程度、凄く整った顔立ちをしていたが作製された年齢に比べたらだいぶ幼く作られている。格好は警備員のそれだが、細部に動きやすさ重視の関節部と急所を覆ったプロテクターガードを纏っていた。
「警棒とテザーまでぶら下げて…………確かにコイツは警備用だな。顔の幼さを除けばだが。アンタの趣味かい?」
「私の趣味も多少は入っていますが、我が社の商品を流用した方がコストも安いのでそうしているだけです。貴方が変な気でも起こそう物なら、この警備用ドロイドが対処するというわけです」
「なるほど………よく出来てらぁ」
ガラス玉のように透き通る眼球を訝しそうに眺めて、木山は老人と長いエントランスを歩き出す。歩く姿を映す大理石の床は、外界を反転して映し出すウユニ塩湖のそれである。
爆撃機すら収容可能なエントランスを抜け、これまた装甲車1台くらいなら易々と乗せられるであろうエレベーターに乗り込む。
広すぎる空間に、歳のいった男が二人と幼女の顔をした警備ドロイドが一体。何とも落ち着かない空間だ。
木山はふと、懐に携えた銃器の存在を感じ取っていた。左脇腹に感じる角張って堅い感触、実際に手を伸ばしてるわけじゃないが、いつでも抜けるようにの心掛けだけは忘れない。
デカルトという男がいつ警備ドロイドに制圧するよう指示を出すかも知れない、況してや警備ドロイド本体が誤作動を起こして脅威となる可能性だってある。あらゆる事を頭の中で捏ねくり回し、木山はだだっ広いだけの空間で冷静さを保とうとした。
不意にチンッ!と甲高いベルが鳴り渡った。どうやら目的の階数に着いたらしい。
「着きましたよ」
グワリと扉がスライド式に開く。先ずはデカルトが先に降りた。階数は地下7階を示すのが見えた。
「どうしました?」
降りようとしない木山を見てデカルトは、ふと疑問に思いながらも降りるよう促す。
「あぁ、すまないね。気を使わせてしまった」
それなりの言葉で場を紛らわす。何とも薄気味悪い廊下を前に木山は無事に帰れるか不安でならなかった。
こんな事なら真上の野郎も連れてくれば良かったと思ったが今更の話である。
車両1台は通れる幅の廊下、不健康なLEDの白色に照らされ一行は歩き出す。男二人の革靴が廊下を小気味良く鳴らすに対し、警備ドロイドは足音の中にマシンアクチュエータとインバータの雑音を織り交ぜ、不快感を倍付けにしている。
「それにしても、どこまで歩くつもりなんだデカルトさん?」
「ハッハッ、そう思うのも無理はないですね。ここはなにぶんアジア輸出向けの一大生産拠点ですから、大きさも広い広い」
「アジア輸出向けつうと最大の顧客はどこになるんだい?」
「そうですね、今はシンガポールが一番多いですかね」
以外だと木山は思った。日本の方がドロイドに対しての抵抗が少ないと思っていたが、そうではないらしい。
「日本は上から数えて4番目くらいですかね」
「そうか。アニメや漫画のサブカルチャーが根強く指示されている割には、ドロイドに抵抗感があるんだな」
「そこはやはり、虚構と現実の隔たりという奴ですよ。不気味の谷現象はご存じかな?」
木山は「知ってるよ」と、ぶっきらぼうに答える。付け加えて、当たり前だろとでも言いたげな表情もしていた。
不気味の谷とは簡単にいうなら、人型ロボットに愛着が湧くに対して、人型ロボットが人間と同様の似姿、性質を帯び始めると不気味さを覚えるというものだ。
「世界で見ても日本人程ロボットを愛し、仲間と意識できる民族はいないのです。大きな物であれば軍事警察用の人が乗れる人型ロボット、または人と同サイズのメカニカルな姿のロボット、民衆向けの介護ロボ、ペット用のロボット犬、ロボット猫、そして我が社の造る愛玩用もその一つです」
「確かに、この国はサブカルが根強いし、またその願望も一際強ぇ。故に今じゃ街中にガ○ダムやロ○コップみたいなのがいる始末だ………だが」
「そう、人間に似過ぎてる愛玩用のロボットは毛嫌われている。全く我が社に取ってはよく分からない現象ですよ」
そいつはアンタが日本生まれで日本に育って日本文化にどっぷり浸からないと理解できないだろうなと、木山は胸の中で思った。
日本で売れないという事を聞いてビックリしたが、即座にその理由は何となく想像できた。
ロボットは時として相棒という風に描かれる。心を持たぬ涙を流さない存在が初めて人の心を知り、涙を流すわけと言う物を理解したとき、日本人は恐らくそこに人間性を見出し同族として処理するのだろうと想像する。
だからこそ、逆にあらかじめ人間としての姿を映して作られた人形やお面は不気味に感じ、しばしば怪談話で、お化けや物の怪、呪物として描かれるのだろうとも想像する。
「デカルトさん、一つ例え話として聞いて欲しいんだが、もし俺の後ろを金魚の糞みてぇに付いてる警備ドロイドが意思と感情に目覚め、アンタに好意を向けてきたら、アンタどうするよ?」
デカルトは迷わず「喜ばしい事だ、私は受け入れましょう」と答えた。
「そういうところが多分、日本で売れ行きを伸ばせない理由だろうな」
「ドロイドが意思や感情を持つと不気味なのですか? 少なくとも労働のために違法クローニングされたイミテロイドよりは健全だと思えますが?」
「健全か………健全なだけで意識を変えられれば分けないがな。イミテロイドはクローニングされた以外は純度百パーのタンパク質で作られてるわけだが、これを人間と呼べても、所詮は無機物機械のドロイドでは大きな隔たりがある」
「日本人に倫理観というものは無いのですか?」
「倫理観ねぇ………そんなものがあったら、この国は滅んでいただろうなぁ」
懐かしさを感じるような口振りで喋ってみせる。今や特需による人口爆発で二億人を越えたこの国の欲求、経済、安寧、秩序を維持するために生半可な倫理観は役に立たなくなっていた。
二億人以上の腹を満たす経済を回すために作られた、人口に加算されない数千万を超える労働従者。それらはイミテロイドであったり、レプリカントであったり、アンドロイド、オートマタと形態と分類呼称を変えて存在する。
人間達の拡張子として労働する。そこに倫理観も何もない、人権も無ければ組合を作ることもストを起こすこともない。たまにあるのはイミテロイドが暴走という名の殺戮衝動に駆られるぐらいである。
廊下を歩き、身の丈を越す巨大な扉の前に立つ。デカルトはここから先がデータベース管理室だと語った。
「ロボットが意思を持つことを俺は否定しねぇ。だが、今の日本人の殆どはそれを不気味と感じるだろう」
「不気味の谷のせいとでも言いますか?」
「それもあるがちょっと違う。考えても見ろ、人間とロボット、まぁイミテロイドとかの人造人間も含めてだ、それまで主従関係がしっかりしてた者同士の片方が、特に従の方が疑問を持ち始めたらどうなる?」
こちらの投げ掛けに黙りとしたデカルトを横目に、初老の刑事はニヤッと笑ってみせる。答えを教えてやろうと言わんばかりの嫌味な笑顔だ。
「簡単な話だ。反逆されると思うからだ、それまで道具のように扱われた奴等が一端に意思を持って行動し始めるんだぞ? 最悪殺されても文句は言えねぇし、だからこそ意思を持つなんて話が不気味であり、煙たがられる所以だ」
「しかし、それは不可能と言えないか刑事さん。三原則がある限り、イミテロイドやレプリカントは別としてアンドロイドやオートマタは人間に反逆を働くことはしない、殺意を持つ事は非論理的ですよ」
「だったら俺がここに来る必要は無いだろ。お宅の製品である愛玩用ドロイドが連続殺人を起こしてる可能性があるから、今俺はここにいるんだ」
分かったら、とっとと扉を開けろと言わんばかりの目線でデカルトを睨めつける。
大凡捜査とは呼べぬ立ち振る舞い。令状があるとはいえ、その物腰は恫喝のそれと変わらず、相手を威圧して手掛かりを得ようとする。
デカルトは押されるがままにセキュリティを解除し、重々しいデータベース管理室の扉を開ける。空気の抜ける音、内から外へ流れる風の中に有機溶剤のツンとした香りが混ざって鼻孔を刺す。
管理室は巨大な部屋であった。戦闘機が一機格納できそう程の間取りの中、中心に鎮座するは膨大なデータベースを可視化するためのインターフェースたるキーボードとホログラフィックのディスプレイ。他にデカルトの話では格子状に区切られた床下に、今まで製造した社の製品が格納されているというのだから、使い勝手の悪い部屋だと木山は感想を懐いた。
「で、俺のお探し者としてはとりあえず、ある男の購入履歴を探して貰いてぇわけだが……」
「購入履歴ですか、少々お待ちを。因みに、購入者の情報はありますよね?」
「これがそれだ」
懐からメモ用紙を取り出す。今風の液晶ガジェットではない、昔ながらの紙のメモ用紙である。拙く書き殴った筆跡はかなり読み辛く、デカルトは一考しながら、その文を『生田庄之介、関東圏東京区画港区○○××△△』と解読した。
デカルトはいつもと変わらぬ足取りで、端末の前に立つと認証コードを打ち込む。社員証のID、網膜と音声によるバイオメトリックス、そして監視カメラを通して行われる身体画像認識の三重セキュリティを解除し、キーボードを叩き始めた。
ゴツゴツとした皺だらけの手からは想像できないような素早いタイピングで、ホログラフィック上のデータを意のままに操る。大元のデータベースからカレンダー機能と地域毎の支店データを照らし、男の購入履歴を探る。
「クレジット、クラウドマネー、それにコード決済による購入履歴はヒット無しですか……」
「まさかリアルマネー(現金)での決済か? クラシックな野郎だ」
「リアルマネー(現金)での支払いは直ぐに足が着きます。何せ、母数が剰りにも少ないですから」
デカルトの言うとおり、男の購入履歴は直ぐ割り出せた。しかも購入した際の監視カメラの鮮明な映像付きで見つかった。
「購入した店舗はサンセンコーポ西新宿店、日付は2083年12月20日の午後4時半ちょうどか……支払い方法はリアルマネー(現金)による一括払いで、3日後の23日に宅配配送で港区の自宅まで届くよう手配か………購入したドロイドのタイプは分かるか?」
「履歴から洗い出せば造作もないことですが、私共もこの手の商品を扱ってる身で言わせて頂きますが、大抵の場合オプションによるカスタムメイドを行います」
「何が言いてぇんだ?」
「ですから購入者の趣味趣向が反映される故、個人のプライバシーの侵害が成り得ると思いますが?」
「裁判所から令状は貰ってる。男の住所渡して購入履歴を探ってる時点で立派なプライバシーの侵害だと思うが?」
分かったら続けろと木山は口調を強めて言った。デカルトは渋々キーボードを叩く。
「メイドタイプドロイド:モデル07、半年前に我が社が送り出した新製品です」
「カスタムオプションは?」
「カスタムオプションは………このお客様はオプションを付けずに購入されたみたいです」
「本当にか? ドロイドの購入日付から最初の事件発生日の2084年3月28日までの間、男の名義、口座等々で購入履歴はないか?」
キーボードを素早く叩く音が鳴る、酷く。それは脅迫されているかのような今のデカルトの心情を表す。
ホログラフィック上でウィンドウが忙しなく開いては閉じての繰り返しを見せる。枝葉のごとく分岐していくデータを瞬間的に目で納めた。
電子網膜の入った眼球を両眼に移植しているデカルトは、一行一行の文字情報をスクロールして捌く。
幾ばくかの時間が流れたとき、とある購入履歴に焦点がいった。
「3月21日………」
「事件発生日の一週間前か! 奴は何を購入している?」
興奮して気を荒くした木山をデカルトは「少しお待ちください!」と宥める。キーボードを叩く音が止まった時、ウィンドウにその情報が露わとなる。
「これはネット上でのクレジット決済、口座は男の物ですがクレジットの名義人は……」
「ナナ………だと? 一体どういう事だ?!」




