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CITY GUARDIAN  作者: 景虎
Casefile 05 臨場
30/46

Chapter 29 臨場

2か月ぶりの投稿になりま~す、お久しぶりです。


リアルの方で投稿ペースかなり落ちますが、ゆっくりと続けていく予定ですのでよろしくお願いしま~す。

逓倍したコイルホイールの回転音が下降するとともに、キッと制動が掛かる。周辺に煌々と赤を示す赤色灯は回り続け、低いサイレンは鳴り止んでいた。

 空気の抜けた音に合わせ、面一の車体側板に段差が生まれる。ガスシリンダーによる一斉駆動、ドアが大きく開いた。

 鈍色の覆面警邏車パトカーのドアを開け、随伴の警察官と刑事デカが降りてくる。

 先ず、感覚を襲ったのは堆積した声の量だ。遅れて網膜を焼く勢いで閃光の嵐が来る。

 現場とはいつも騒がしいものだ。

 府中本町署所属の古株の刑事デカ木山勘一郎きやまかんいちろうはそう割り切っていた。

 何度目の現場だ。数を数えることさえ馬鹿らしくなるほど現場を熟していたが、静かな現場などありはしなかった。静寂という意味でなら静かな現場は稀にあった。しかし、そういう意味では言ってはいない。情景、音、光、影、時間、痕跡、情報の波が荒れ狂う、だから現場は騒がしいものだと言えた。

 そして姦しく情報の行き交う域へと足を踏み入れる。年季の入った薄手のコートが揺れては《KEEP OUT》と印字されたテープを潜り、白髪交じりの髪がテープを少し撫でた。

 年波に勝てぬ自分の脳味噌を叩き起こす。これから目にする物全てが証拠品だ。焼き付けろ、覚えろ、それが糸口に繋がるかも知れないと、木山きやまは自分に言い聞かせた。

 赤色灯が回る警邏車パトカーは四台でバリケード染みた群れを成し、囲むようにしてマスコミ関係者どもがフラッシュを焚く。遙か上でローターの回転音も聞こえることから報道ヘリも飛んでいることが容易に想像できた。

 そう、これは現場に入るための通過儀礼。仏さんと対面するための禊ぎと言ってもいい。

 撚れたコートが靡いて、硬くなった足腰が現場となった路地裏へと足を運ばせる。

 昼でも日の光が入らない薄闇を歩き、時折邪魔する室外機やゴミ箱を避けると、木山きやまは先に臨場した同僚であり後輩の真上理人まがみりとと合流した。


「よぉ、少しは慣れたかよ?」

「慣れれば苦労はしませんよ」


 だろうなと、一言溢す。真上まがみは刑事歴一年のまだまだな新米だが、よく出来た男だ。仕事は丁寧、真面目にそつなく熟す。だが、たまにその真面目が裏目に出ることもあるが………。しかし、今は事件の情報が欲しいところ。

 木山きやまが意図せず声色を替えて「ガイシャは?」とただ一言だけ完結明瞭な質問を投げた。受領した真上まがみは腕時計型の支給端末を操作し、記録した情報を空間に投影させた。

 情報の塊が現れる。それらを目を細め注意深く精査し始める。


「被害者は天笠樹里あまがさじゅり、年齢は21。都内、帝慶大学経済学部の学生。死因は、鑑識オートマタの推測結果では失血性によるショック死が67パーセント、外傷性ショック死が28パーセントと……他は」と喋り続けようとした真上まがみを「もういい、大学の研究発表聞きに来ているわけじゃあるまいし」と制止した。

 穴倉へと続くのだと錯覚させる路地の中で情報の精査とやり取りが始まる。

「また若い女、それも今度は学生じゃねぇか」

「これで四件目です」

「同一犯って可能性で調べているんだろうよ?」

「同一犯の可能性を視野に入れてますが、一応事件と事故両方の線で調べてます」

「ったく、セオリー通りってか。バカヤロォ、オマエは教科書通りで捜査やってるのかよぉ?」


 べらんめぇ口調で捲し立てる。出身が東京で下町、そして江戸弁を喋っていた爺様の口調が身に染み付いてか、木山きやまは標準語というものが長年喋れない。最早ここまで来れば、本人に直す気など更々無いわけではある。

 罵声に頭を抱える真上まがみを見てか、近年のコンプライアンス問題が木山きやまの頭を過る。

 多少の咳払いで場を濁し脱線した話の筋を戻す。


「で、ガイシャの状態は?」

「それが………」と言いかけたところで足が止まる。


 見た瞬間から一切の感情が抜け去って、心には虚しさのみが居座った。いつもそうだ、対面するときは自分の無力さという奴を思い知らされる。

 自分の仕事が事後的に対処する、お役所仕事だと割り切ってはいるものの、向き合うと己の無力さに情を表さなくともガツンと打ちのめされた気分に陥る。

 特に酷い遺体であればあるほど、それはよく効いた。

 目の前のソレが人間を成して、況してや生きていたというのが虚偽に見えてしまうほど遺体は凄惨であった。

 人、それが人間だというなら悪い冗談だと言いたい。四肢が千切られ辺りに散乱し有るのは達磨となった胴体だけだ。だが、その胴体ですら潰され伸され、辛うじて人型を留めるほどの肉塊と成り果てていた。

 肉片が散らかり血痕という血溜まりは壁や路面を占めた。

 凄惨な現場に慣れていない新米の真上まがみは押し寄せる吐き気を手で被って、当然ながら目を背けた。それが生物的正しい反応なのだ。木山きやま真上まがみを咎める権利はない。自分が新米刑事だったときも、当然ながら彼と同じ反応をしていた。

 人間が人間でなくなる。尊厳を踏み躙られた末路たる現実に、身体が拒否反応を示す。正しい反応だ。だが、彼は嘔吐く真上まがみを余所にして自然とその場で跪く。


 手を合わせる。


 それが、先輩達から受け継いできた礼儀なのだ。謂れのない命を奪われた者への鎮魂、遺体を触るということへの謝罪、そして無念を晴らすという宣誓。総じて諸々の意識を乗せての儀礼。

 

「それじゃあ、始めるか」


 膝を屈伸して立ち上がる。懐から白手袋を取り出すと慣習的動作で身に付ける。現場写真を撮る鑑識官から写真をローディングし、腕時計型の支給端末で一通り目を通す。小型の鑑識オートマタが即席のDNA鑑定を行うも被疑者に繋がる証拠は検出されなかった。

 木山きやまはアプローチの仕方を変えることにした。現場の状況と遺体の具合から死亡推定時刻を割り出す。


「血痕は乾いているか…………。腐敗の具合は……とぉ」


 虚空に浮かんだウィンドウを慣れた手付きでフリック操作。リアルタイムで伝送されるデータを瞬間で目を通し、右なら左へ流す。鑑識オートマタからの成分分析の数値グラフも添えて、大方の予想を立て始める。

 外壁に飛び散った鮮血の血溜まりが、黒々と乾燥し始めていることから死亡して直後ではない。だが、引き千切られた四肢の個所と押し拉げた頭蓋等を見るに腐敗はそんなに進んでいない。つまり、死亡してから二、三日も経過しておらず、一日を経過しているかも疑わしい。


「死亡してから半日…………。昨夜の午後十一時から未明の午前一時くらいか?」


 自身の予想と鑑識オートマタからのデータが合致した。「やはりな」と、少々のしたり顔でウィンドウを見ると凶器の判定へと急いだ。


木山きやまさん、少しは休んだ方が」

「バカヤロォ、人の生き死にを前にして手を止められるかってんだ」

「ですが、もう歳なんですから」

「捜査に歳もへったくれもあるかよ!」


 木山きやまの短所である短気な性分が出てしまう。無念を晴らそうとする気持ちが先走りした結果だ。真上まがみの呆れる顔を尻目に、潰れた胴体に目をやった。


「四肢は切断部から先は綺麗に残っていましたが、胴体は………」

「分かっている。原形も留めてない程に酷ぇ状態なのは。だが、凶器が周辺から発見されねぇとなると………」

「被疑者が持ち去った………ですかね?」

「いや、そうとも限らん気がするな……」


 訝しげに胴体を見詰める。臓物も骨も肉も頭蓋すらも噴出した凄惨な遺体に、木山きやまは引っかかりを覚えた。四肢は切断、胴体は強烈な質量で何度も押し潰されたように圧壊の様を晒す。


「盗み目的の強殺(強盗殺人)なら、こんな回りくどい殺し方はしない。現に遺留品から貴重品の類いは盗まれてないんだからなぁ」

「盗みでないなら……猟奇殺人犯による犯行」

「その線はあるかもな。 猟奇殺人犯は殺し方に何らかのセオリーやらオリジナリティ、言うなれば拘りみたいな異常な心理的欲求を残す。今回も含めて遣り口は似てるし一貫性もある。しかしだ、今回も含めた四件、殺しの動機はなんだと思うよ?」

「動機ですか?………四件とも遺体の損壊具合はエスカレートしているとはいえ、ほぼ全部同じバラバラにされていますし、やはり欲求を満たす快楽殺人では?」

「快楽殺人か………。 なら、被疑者は仏さんで遊んだんだろうが、そんな痕跡は一つも出てはいねぇ」


 困惑する真上まがみ。彼は彼なりに物事を見据えてるつもりだった。四件とも遺体はバラバラ、共通の被疑者による犯行ならば合点がいくほどに、一貫性のある殺害方法とで犯人像はシリアルキラーと呼ばれるサイコパスな人間の犯行だと導ける。

 そこから導ける動機も快楽的なものに根ざした意思だと、彼は判断したのだ。

 一見すれば正しい、と言うより教科書通りの推論で花丸さえあげたくなるが、現場が机上とは違うことを木山きやまは累積してきた経験則という不可視な定規で見定める。


「問題はなぁ真上まがみ、犯行の手口がエスカレートしてる点だ。一件目の奴、見せてみろ」

「一件目………三月二十八日、府中駅前通り……」

「そうだ、仏さんの状態は?」

「四肢を切断、胴体頭部ともに原型を留めないほどに酷く損壊された状態で発見」

「二件目は?」


 二件目の荻窪、三件目の代々木公園、そして今回。状態はどれも似た手口、四肢の切断と胴体の圧壊、これがメインだ。共通項は殺害方法、しかし視野を狭くすればミスリードを自ずと招くと木山きやまは熟知していた。


「俺は何つった? エスカレートしてると言ったはずだぜ? もう一度仏さんの状態を見比べたらどうだ?」


 意地悪にも聞こえるが、只でさえ人の少ない刑事課の人間を使えるレベルで充足させるには、コンプライアンス、ハラスメント違反上等の荒修行ぐらいしか具体策はない。況してやセンスに頼る部分は場数がものを言う。


木山きやまさん、まさかとは思いますけど」

「おっ、漸く気付いたかよ」


 解いた口元が怪しく上がる。ニヤッと笑って木山きやまが答え合わせに入る。


「まさか…………、怨恨?」

「そうだ、こいつの動機はなぁ、怨恨だよ。怨恨」

「怨恨、怨恨って言っても、こ、これは」

「やり過ぎと思うか? だがな、逆上した人間にそれが通じると思うか?」


 真上まがみは唾を飲んだ。この遺体を怨恨が作ったというのだから、信じられない話であった。


「怨恨、それもかなり根深いだろうな。仇討ちとかの類いじゃねぇ、拒絶…………ある意味で言やぁ警告かも知れんな」


 真上まがみが半信半疑に「警告……」などと口走る。

 遺体の損壊具合を見た瞬間から、木山きやまの勘はそうだと言い続ける。自慢じゃないがと打って「俺の勘は外れたことが無い」と彼は自分で言う。ピンと刺す感覚が情報の塊から本質だけを引き上げる、その鼻の利いた直感力が彼に怨恨だと囁く。


「でも、何故怨恨だと思ったんですか?」

「あぁ? 勘だよ、俺の山勘って奴だ」

「勘って………もう少し論理的な話を」

「そうかい、なら論理的な話をしてやろぉじゃねぇか」


 遺体の損壊箇所、打痕とも言うべき窪んだ部分へ足をやった。真上まがみが咄嗟に「ちょっ! 何やろうとしてるんですか木山きやまさん!」と慌てて掴み掛かるものだから、態勢が崩れて木山きやまは危うく遺体を踏み付けてしまうところだった。


「余計なことするんじゃねぇよ、バカヤロォ!」

「でも、遺体を踏ん付けようとして」

「俺が仏さんを、そんなぞんざいに扱うわけねぇだろぉ!」


 声を荒げて真上まがみを制しては、もう一度足をやった。打痕という窪みと足が一直線に重なる。


「鑑識オートマタ、遺体の打痕と俺の足をスキャンしてデータをレイヤードしてみろ」

『リョウカイ、スキャンカイシ』


 抑揚のない片言の日本語で喋る鑑識オートマタが、四角のシルエットに埋まったカメラから赤外線を照射。ものの数秒で形状を3Dの立体物として構築し、空間投影されたウィンドウに提示した。

 ウィンドウに表示された窪みと足形が重なる、結果は《不一致》を示した。


「不一致……ですが?」

「一致したら困るだろぉが。………まぁ、見てろ。鑑識オートマタ、俺の足の形状データを基本に、この打痕が足形かを判別してくれ」

『リョウカイ、カイセキカイシ』


 解析が数秒で終了した。結論から言うなら打痕は足形であった。胴体を潰した全ての打痕が足形だと鑑識オートマタは判定した。

 足の大きさは23.5センチと推定。また、足の大きさによる設置面積から支えられる質量を算出、結果として被疑者の身長は155センチから165センチという数値を鑑識オートマタは弾き出す。


「鑑識オートマタ、あとコイツもスキャンしてくれ」


 突き出した拳。そして同時に被害者の頭蓋を砕いた打痕を鑑識オートマタが赤外線によるスキャンを開始。数秒の間を置いて結果が出た。


「やはりな」

「頭蓋の方は拳による殴打の痕………」

「どうやら凶器の方は大凡割り出せたな」

「でも木山きやまさん、可笑しいですよ。普通の人間がパンチやキックだけで、ここまでの遺体を作るなんて……」

「どう足掻いたって、物理的に不可能だってんだろ?」


 確かに真上まがみの意見は正しい。被疑者が格闘家か武術に長けた人間だったとしても、こうはならない。ハンマーのような硬い物質で殴られ続ければ可能かも知れないが、鑑識オートマタのデータがそれを否定している。

 

「だけどよ、今はサイバネティクスが陳腐化しちまった世の中だ、義手や義足でどうにでもなるてぇんだ」

「でも、こんな……損壊させる程にパワーを出したら義足や義手は保っても生身の部分や接続部が保たないですよ!」

「最近じゃ全身義体なんて代物も出てきてんだ、役所からデータ貰って虱潰しに当たってみるしかねぇだろ」

「それって、義手及び義足を施した住民の名簿も混みですか?」

「当たり前だ」


 語意を強めに吐き、木山きやまはもう一度被害者の遺体に目をやる。今更、哀れみも、怒りも、そういった一切の感情は湧かない。三十年もの間を刑事として生きてきた、その為なのか感情は湧かない。しかし、それが正しいのだと今にして木山きやまは心に思う。

 真上まがみの表情は感情に富んでいた、対照的に木山きやまは無表情に近い。心に来るものが無いわけでは無い、だが一つの事件に一喜一憂と精神を乗降させようものなら心が壊れる。

 割り切る、そして常套化ルーティンし機械のように動く。でなければ、本当に心を壊す。


真上まがみ、オマエはこれから役所に行って義手義足及び義体化した住民のリストをコピーだ、後はうちの登録者リストにも該当者がいるかどうかも洗っとけよ」

「分かりました、…………木山きやまさんは?」

「俺にはやることがあるんだよ、………どうにも引っ掛かんだよなぁ」


 喉に小骨が刺さった感覚を覚える。時計型端末から投影された被害者の遺体、千切られた四肢、その腕部。目に刺さるのは、ある一点。


「この手形に鬱血した箇所………調べてみる価値はありそうだな」


 腕部にくっきりと顕れた握ったと思われる手形。勘がそうだと告げる、調べてみろと。

 木山きやまは鑑識オートマタからの捜査資料を時計型の支給端末にダウンロードを果たすと、現場を後にした。


木山きやまさん、どちらへ?」

「科警研に顔を出してくる。司法解剖の結果、あとで送れよ」


 分かりましたと一言告げて、木山きやまを乗せた警邏車パトカーが現場を離れる。

 湿気が立ち篭め、雨が降り出す。

 長い一ヶ月が始まろうとしていた。


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