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CITY GUARDIAN  作者: 景虎
Casefile 01 洗礼と通過儀礼と再会と
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chapter02 雑談と女の趣味

人の生が人工知能に委ねられた遠くない未来。三度目の世界大戦から復興した日本は人工知能と都市再生開発によって経済的繁栄を遂げた。一人の少女、都留桜花は都市の守り手である第三の治安組織「シティ・ガーディアン」に入隊し、そこで幼馴染みの南雲武瑠と再会する。


変わってしまった彼に困惑し、そして現実と理想の間で葛藤し自らの存在意義を問う。人とは何か、人間とは何か。人間と人型、その狭間で彼女は何を見る。

「あぁ~、食った食った」と、満足感を露わに口元へ爪楊枝を当てる『草薙勝人くさなぎかつと』を尻目に、同期かつ同僚の南雲武瑠は「だらしのない奴だ」と、注意した。

 同期の面倒な注意で軽く癪に障った草薙は「お前だって、この間大欠伸をこいてただろ」と、見当違いな揚げ足をとって対抗した。

 面倒くさい。気持ちが顔に出ると同時に、草薙から「可愛くねぇな、お前」と詰られる。ため口で重ねた他愛ないやり取りは、同期の証とも言えた。

「とりあえず、行こうぜ。また、司馬のオヤジに嫌味言われるのはゴメンだ」

「それもそうだな」

 鼻がむず痒く疼き、桜の蕾が開きかける春を肌に感じた。匂いも陽射しの眩しさも覚えつつ、手を見詰めながら歩く。時たま握っては開く動作をしてやって感触を確かめる。

「お前、戦人せんとから降りた後よくソレやるけど、何か意味があんの?」と、藪から棒に草薙は質問した。

「意味? 大それた意味は無いけど、自分の身体なんだなって感傷に浸っているだけさ」と怠く返答すると「何じゃそりゃあ?」と返ってきた。

 普通は理解できないかも知れない。戦人を機械マシンではなく第二の身体と認識していると、時たま自分の本当の身体がどちらかだったか判別出来なくなるときがある。転た寝の中、自分の思考が夢とうつつの境界線を失う感覚によく似ている。

 そんな事を口にしては草薙から「戦人せんとに呑まれすぎなんだよ、お前は」と窘められる。

「呑まれるも何も、俺は」

「分かっているよ。けど、アレは機械マシンだ。身体じゃない、只の兵器だろ?」

 草薙の意見には正しさがある。戦人せんとは兵器だ。人型だが、それ以前に兵器なのだ。殺しの為の道具、身体ではない。しかしと踏むも自分の感覚を言葉に紡げないもどかしさは募る。言い負かされた感がある中、職場へと足を進めると目の前を巨大な影が現れた。

 舗装された道路を両車線使って、まな板にタイヤを宛がったようなトレーラーが前を通過する。荷台には横たわって輸送されるTYPE74が、そのオリーブドラブを基調とする迷彩を魅せる。宛ら(さながら)巨人の国。ガリバー旅行記を思わせる錯覚、一般の人間ならTYPE74に巨人ティタンの面影を見るのだろうが、特殊な環境が当たり前の日常である俺達には只の兵器にしか映らない。

 戦術人型機動戦闘システム『通称・戦人せんと』を操り整備し運用する組織。『日本国防陸軍』と首都圏防衛の要の『八王子駐屯地』が職場であり根倉だ。国民の税金で飯を食い、戦人という国有財産を一端に操縦する軍人もとえ特別国家公務員。それが、俺達のアイデンティティ(個性)かつ日常だ。いや、少し語弊がある。『日本国防陸軍』ではなく軍から派生した都市治安警察機構、『都市保安警備隊』略名『都安隊とあんたい』またの名は『シティ・ガーディアン』。それが俺達であると認識できたアイデンティティ(個性)だ。

 格納庫へ吸い込まれる戦人せんとを見送り、「また、ドック入りか……」とぼやきながら頭を掻く。

 大方、関節駆動系かオペレーションコンピュータの故障なんだろうと踏む。別段整備士ではないが操縦士ドライバーとしてTYPE74を操縦してきた経験から、故障内容は大体容易に想像ができた。

「機体を粗雑に扱いすぎなんだよなぁ……、もっとこう……丁寧によ、女を扱うようにだな」

「そう言うけどよ、お前この間フラれたよな?」

「お前なぁ………、言葉の綾だよ、言葉の綾!」

「はいはい、言葉の綾ね」と憤慨の念を発した草薙を軽く遇い、俺は格納庫へ消えた戦人せんとの余韻を眺める。

 何でもない毎日の光景。反覆の日々で何度も見聞きした現実のはずだが、この鉄巨人を見る度にその存在は現実と乖離して、それこそ俺は質の悪いSFのパロディの世界に迷い込んだ感覚すら憶えてしまう。

 いや本当に迷い込んでいるのかも知れない。国民一人一人にチップを埋め込んだ管理社会と人工知能による統治システムの確立。義体化や人造人間等のサイバネティクスやバイオテクノロジーが民衆レベルにまで有り触れた社会の創造。今日では時代錯誤な感覚だと思ったが、やはり戦人せんとを見てしまうと思案為ずにはいられない。

 生物と機械の境界が不透明化し過ぎた現代において、純粋な人間の手足、拡張子として機能する純正機械の人型ロボット………。やはり俺にとって戦人は兵器ではなく第二の身体なのだ。

「おい、何ボサッとしてんだよ」と不意に草薙が、頭を小突いた。

 小突かれた反動で意識が現実に戻る。

「白昼夢でも見ていたか?」と詰られたが、頭を擦り「お前の無い頭の代わりに、考え事してたんだよ」とぶっきらぼうに答えてやった。

「そいつは、どうも!」と嫌味な笑顔で返す。

 草薙の反応は気にせず素知らぬ感じで歩き出す。

「おい、待てよ」

「昼明けから新しい小隊長が来るんだろ。早いとこ帰らないと司馬のオヤジに、また何を言われるか」

 格納庫に消えた戦人せんとを口惜しく流し見しては、小隊待機格納庫へと足を向けた。痛み残る頭を擦り、次には新しい小隊長のことを考える。

 前任の小隊長は可も無く不可も無く。ただ単にそつなく仕事を熟す機械的な人間だったと感想を羅列し、これといった特徴もなかったなと締めくくる。故に名前はとうに忘れた。顔も思い出せない前任者は余所に、今は新しい小隊長がどんな人間なのか気になるところである。

「噂によると、新しい小隊長は女らしいぞ」

「女?」

 差ほど驚くことでもないが薮から棒に言われたものだから、つい二度聞きをしてしまった。

 この時代に性別による差は無い。AIが人生観を模索してくれる時代に性別を理由とした職業格差たる前時代的思考は存在しない。しかし、驚いたことに理由はある。話によれば、新任の小隊長は幹部学校を卒業しての直配と聞く。普通ならば、小隊長付きを経験してからの小隊長が普通セオリーだが、いきなりの赴任は不思議であった。

 何かあるのかとも思いたいが、生憎陰謀論を語るほどのアングラな趣味はない。それよりも、新任の小隊長が女だと聞いた時点で胸の内が少し高鳴ったのを感じた。

「で、女なのは分かったが、綺麗なのか?」

 常套的な質問をした。古くからの習わしなのか、それとも男としての性からなのか定かではないが、組織に女性が入ってくるとき決まって男は女性の容姿や体型に対する値踏みを図る。それがセクハラなのは重々理解していたが、聞かずにいられないのはやはり男の性なのか。

「噂によると、超絶美人らしい」

 草薙がいつにも増して目を輝かせ、自信ありげに喋った。草薙は女にだらしない軟派な男である。少なくとも小隊の人間からは、そう評価されていた。

「超絶美人…ねぇ………」

「美人だけじゃねぇ、スタイルも抜群に良いらしい! いやぁ、湯田川さんも物凄い美人だけど、あの人は馬鹿が付くほどの大食漢だからなぁ」

「それ、聞かれてないといいな」

「安心しろって、周りに人はいないし陰で言う分にはバレやしねぇ」

 下品な薄笑いを浮かべ今風なツーブロックで服務規律を掻い潜る草薙には、何を言っても通じないんだろうなと心中で呆れた。

 スポーツ刈り風のツンツン頭とは対照的な洒落っ気ある長髪。両者ともに顔立ちは端正でありながら、茶目っ気も添えた草薙と凛々しさだけを揃えた南雲、両者の人間性を現しているようであった。

「大体な南雲、お前の方こそどうなんだよ? 女とか興味ないの?」

「お前、俺をホモか何かだとでも思ってんのか?」

「いんや、そうは思ってないが同期のお前から浮いた話が出てこないからよ。何なら、今度合コンでもセッティングしてやろうか?」

「遠慮しとく。お前と俺じゃ女の趣味が違いすぎる。それに……な」と、言葉溢して駐機場で佇む戦人せんとの群れへ視線を投げた。

 それを眺望する眼差しに、今度は草薙が呆れる番であった。

「ま~たかよ。いい加減飽きないのか?」

「お前の女と同じで、俺にとってはコレを操る事が何よりの楽しみなんだよ」

「流石は特級ドライバー資格持ち。同期として鼻が高い限りだよ」

「誉れ高くて光栄だよ、ったく」茶化した素振りに、少しムッとして気分に波を立たせる。腹は立ったが同期間の他愛ない会話だ、直ぐ冷静になり、また他愛ない会話が続く。相も変わらぬ日常。そんな日々が続いて欲しいと願ったが、草薙の湿気た面で状況を察する。

「ゲッ、司馬のオヤジが立ってやがる」

 草薙の一言で顔に緊張が走った。面を正面に目を細めると、青筋浮かべた司馬太一が腕を組んだ仁王で直立不動しているのが目視できた。老いが見え始めた男の皺は寄り、只でさえ仏頂面な面持ちは今や不動明王のような面構えで此方を凝視している。腕時計を一瞥、約束の時刻は過ぎてないが明らかに怒った様子である。

「着任は、昼一じゃねえのか?!」

「俺が知るわけないだろ!」

「テメェら! どこで油売ってやがった!」

 司馬の怒号に気圧され駆け足で待機室へと向かう。

 桜も舞い始めた季節、繰り返すだけの平和な日々が変わり始めようとしていた。新たな小隊長の着任で始まる新年度、この瞬間から波瀾万丈な日々が待ち受けているとは思わなかった。

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