Chapter 28 日常に割って入るもの
「まるでガリバー旅行記ね……」
言い放った都留の言葉は、それを見上げた上での感想だった。
掩体と併設された格納庫兼隊員の待機場もとい職場。207棟第四掩体を根城とした第四小隊を預かる新米小隊長の都留桜花が窓より身を乗り出して、風景を眺める。
お団子に結わった長髪がトレードマークとなる彼女の曲眉豊頬の顔は、ずっと眼前の風景へ向けられていた。
天井碁盤の目のようにレールは敷かれ、水先案内人たる鉄骨を支えとしてクレーンが動いていた。そしてクレーンの運ぶ物は巨大な腕だ。
軍より派生した治安組織、都市保安警備隊────シティガーディアンが装備する戦術人型戦闘システム、通称戦人。その戦人こと主戦力であるTYPE74の腕が宙を下がりながらクレーンで運ばれる。
「TYPE74の共食い整備を見るのは初めてか?」
「共食い?」
後ろから声を投げた男は南雲武瑠。TYPE74を駆る特級ドライバーのライセンスを持つ隊員でありながら、都留の幼馴染みであり部下でもある青年だ。
ツンと尖らせた短髪の髪が目に入る。横に並んだ南雲はズラッと並ぶ巨人の群れを指差して続ける。
「あんな風に、予備機のパーツを外して損傷した本務機に付け直して完全な状態にすることを言うのさ」
「あぁ~だから共食い。でも、共食われた予備機はどうするの? パーツが無いと動かないよね?」
「そいつは、後で新品か保管してる補給所から予備品が届けば直すさ。まぁ、おおかた予算がカツカツだからな、一度共食われたら完全な状態にいつ戻るかは分からないけどな」
南雲の言うとおり、保管であれ新品であれ部品があるのなら予備機を共食う必要もない。無いからこそ、共食い整備をするわけで証拠に予備機として保管されたTYPE74の左腕は切り離され、欠品の状態である。
左腕はクレーンによって宙を飛び、前回の戦闘で左腕を欠損したTYPE74の下へと与えられた。制動ともにかかる慣性、少しの揺れをクレーンの衝撃緩和器が消す。接続部への位置決めの後には群がった整備員の手によって復旧作業が始まる。
ラチェット、トルクレンチ、モンキー、テスター等々の馴染んだ工具片手に洗練された流れ作業を熟し、一つのメカを組成する。
都留にとっては初めての光景だったが、南雲にしてみれば見慣れた景色であり、それと同時に自分一人で機体を動かしているのではないと、戒める場でもあった。
運用する部門と整備をする部門、その整備をする部門も中隊規模の部門が五部門、更には小隊規模にまで枝葉を広げるなら十五は下らない。そして、中隊規模の部門が人員を二百前後で構成されている。一つの運用を支える為に千人程が蟻の様にせっせと動いては、機体を運用可能状態に仕上げる。
「凄い光景だよね………」
「まぁ、足を向けて寝られはできんよな」
うん、と一言相槌を打つ。ある種の感動に似た衝動を覚えた都留は、休暇中だったことも忘れて見入っていた。向けた眼差しが煌りと光る。工場見学へと訪れた学生の時と同じ純粋さに浸り、暫しの疲れを癒やすに至った。
「あぁ~いたいた。小隊長、それに南雲~」
コツリとスレーブブーツの底を鳴らし、ウルフカットの鼻が高い美形の女が現れる。
「湯田川さん、どうしたんですか急に? もしかして休憩?」
「まさか。私は山積みになった書類の片付けを催促に来ただけよ」
「うわぁ、そうだった」
萎れる表情の彼女を余所に、部下である湯田川楓が「ほら、行きますよ」と半ば連行する形で仕事場へと連れ戻す。やれやれと呆れ気味の南雲も同伴して待機室へと足を進めた。
「私、あんなに書類があるとは思わなかったよ」
「あったり前だろ。一回の戦闘でどれだけの予算が飛ぶと思う?」
「えぇ、…………っと、ん~分かんない!」
古典的な戯けた笑いで誤魔化すが真に受けた南雲が頭を悩ませる。
「あのなぁ、一回戦闘すると戦人だってその度にメンテしなきゃならないし、やれ部品代だの燃料代だの、終いには設備維持費に人件費だってかかるんだぜ?」
「更に、そこにプラスして破壊されたインフラや建造物、財産物等々の補償だってあるんですよ」
「えぇ?! そんなにあるの?!」
「いやまぁ、湯田川さんのは国家予算内での人為的被害復旧予算の中に含まれてるから、俺達の予算には関わらないけど、その予算を立てるための根拠は桜花の作る書類に掛かってるんだからな」
顎が外れてしまう、そんな表現をしたいほどに都留は驚愕し、自分の仕事の責任が重大であることを感じ取るのだった。
一つの戦闘でこれなのだ、当然の事ながら今回と同等か以上の事件が多々待ち受けているわけだ。彼女はこれからの地獄を想像し、身を震わせた。
「全く、あれだけの信念をお持ちなんですから、書類の山ぐらいテキパキと片付けて下さいよ」
「そ、そんなぁ。湯田川さん、お昼奢るから手伝ってよ~」
「あのね~、学生のノリで言うの止めて貰えます? それに買収なんてされなくても、私達も手伝いますから」
ほんと?と瞳が煌めき愉しげな彼女を煙たがる湯田川を余所に、手摺りにもたれた南雲が修復される機体を眺める。
交換された真新しい装甲板、肩部に被さる電波吸収暗箱、群がる整備員達。直すのが彼等の仕事と割り切ってはいるが出来るだけ負担はかけたくないと言うのが、彼の本音だ。
今度は上手く戦う、俺にはそれが出来るだけの力がある。
自惚れているようで実際は自分への戒めなのだ。特級ドライバーのライセンス持ちたる誇りがそうさせるのだ。
「武瑠! 何してるのさ、仕事の続きするよ!」
手招きして呼ぶ都留の姿を納め、足を向ける。書類の山を想像しては嫌気をさし、歩く速度も遅くなる。
「ほら、何やってるの? 置いてくよ」
「分かってるよ…………ったく、置いていかれる距離かよ」
いつもながらの悪態をついて歩く速度を上げつつ彼女らに追い付く頃には、待機室への扉に手を掛けていた。
ガチャリとノブを回して開けると、テレビのリモコン片手にチャンネルを回す同期の草薙勝人、そして分隊長兼小隊の御意見番こと司馬太一が年波を感じる手で歴史小説を読んでいた。
「そら、休憩は終わりだ。仕事やりますよ、仕事」
「まだ二十分しか休んでないぜ?」
「十分休んだろ? それにな今週中に提出しないと間に合わないんだからな?」
「ケッ、残業確定じゃねえか」
悪態をつきながらもチャンネルを回すのを止めない草薙に南雲が苛立ちを覚えた。
仕事がある。ノルマもある。そして残業はしたくない。ならば目の前の利かん坊に徹する同期を叩いてでもやらせるか。南雲は少し考えてリモコンだけを取り上げることを決めては、無意識に行動していた。
「分かったよ。やるから少し待てよ」
「待てるかよ、残業したくないなら手を動かせ、手を!」
「だから動かすっての!」
二人の押し問答に取っ組み合いかけた瞬間、草薙の指がボタンを押しチャンネルが切り替わる。
映った画面はお昼のバラエティ番組前の情報番組であった。変哲のない普通の情報番組だ、しかし画面が少し慌ただしい。お互いを掴み合った南雲と草薙も、動きが止まって目線だけが釘付けになる。
画面に映る美人枠の女性キャスターが原稿を受け取る姿が見えた。と同時に《速報》のテロップが入った。
『速報です。東京、府中本町で女性の遺体が発見されました』
口から発した可聴し易い声が標準的な抑揚と言葉で原稿を読み上げる。
お昼の時間帯に舞い込んだ《速報》のテロップが告げたのは、若い女性の惨殺死体が発見されたと言うことだった。




