Chapter 27 明日へ
レオンの件、以降Casefile708事件と呼ばれる今回の事件から二週間が経過した。黄金週間はとうに過ぎ、初夏の兆しを感じられるほどには東京八王子市を熱が包みこむ。
第四小隊が根城とする207棟第四掩体の屋上を、Gスーツ越しにも分かる我が儘な身体を手摺りに預けた都留が黄昏れていた。
たまに吹く微風が火照りを冷やし、書類整理の山から束の間の休息を与えてくれた。
眼前には象徴たる都心のメガストラクチャー達が天を衝きそうな程に聳え立ち、群がるようにして高層ビル群が周囲を固める。あの先に移民者も含めた現在の東京都の人口、三千万人近くが暮らしているのだと思うと、自分は結構なほどに大層な仕事を任されてしまっているんだなと妙な実感が湧く。
(もう二週間経つんだよね………)
体積を肥大させる雲の流れを意識反らしで見るも、事件の事が頭から離れることは無かった。
あのイミテロイドはどうしているだろうか。死刑になると決定された未来があるのに、逮捕という選択肢を取った自分の行動は正しかったのだろうか。
心が落ち着く今になって、様々な感情や結果論が混沌として心を蝕んでいく。忘れたくてもできない鮮明な情景がフラッシュバックする。
自分を正当化できない。その自信が無いあまりに都留は苦悩した。
頭を抱え項垂れる彼女を誰かが呼んだ。
「やっぱりここだったか」
昇降口より現れた人影。幼馴染み兼部下の南雲が心配になって彼女を探していたのだ。
外へと出ると室内との光の差異で目が眩むも、目元を手で被って歩み寄る。Gスーツに包んだ凛々しい肉体を手摺りに預け彼女と同じ方向を、同じものを眺めた。
「先日の事件のイミテロイド…、レオンって言ったな。今日、死刑が執行されたんだとさ」
都留は「えっ」と面食らった顔を作って彼を見た。南雲は彼女の顔を視界に納めもせず、淡々とイミテロイドの最後を語った。被告であるイミテロイド側の一切の要求を突っぱね、システムオラクルは死刑の判決を下した。そして、つい先程執行された。
「呆気ないもんだよな。俺達が死に物狂いで逮捕したところで、システムって奴は構築されたロジックを簡単に変えやしない」
「……………それでも問い続けないといけないよ。私達はシステムの言いなりなんかじゃない。だって、人間なんだもの」
「人間…………、人間か」
やるせない気持ちの最中に湧き立つ疑問。結局、人間ってなんだよ。母親の胎から生まれた者が人間なのか、そうだとしてあのイミテロイドは何故人間に成りたがっていた。
人型は人であって人間じゃない。意思でも心でも頭でもない。人間を人間たらしめるもの。
「桜花………」
「な~にぃ?」
「人間って何なんだろうな?」
南雲の表情はやるせなさも交えた酷く疲れた顔を見せる。問いに対しての応酬を求めているような素振りであることを彼女は理解した。同情にも似た投げ掛け、同時に人間であることの哲学的定義すら求めた欲張りな問いだ。
自分が人間だと認識していられるのは、人間として生きてきた記憶と形跡があるからだ。だとしたら過去も未来も無しにした上でなら、人間もイミテロイドを始めとした人造人間も殆ど同じではないのか。
結局は自然発生のものか人工的なものか、その上での支配する者と使役される者を明確にするための名詞でしかないのか。
だが都留は人間がそんな陳腐な存在でないと知っている。自然とか人工とか支配に使役とか、そんな安っぽい物差しで測れる存在ではない。だから知っているのだ彼女には人間が何なのかが。
「明日を信じられる存在………かな?」
目から鱗と言えばそうだったに違いない。そんな簡単な事なのかと南雲は彼女の顔を思わず二度見してしまった。
「何で、明日を信じられるだけで人間と言えるんだい?」
「えっ、だってさ、イミテロイドも含めてだけど人造人間は今の完成された自分から発展することはないじゃない。だけど人間は違う」
「人間は不完全だから…………って奴か?」
「そうだよ、人間は不完全だから。だから進歩する、いや進歩するであろう明日の自分を信じられるから、人間でいられるんだと思う」
「進歩するであろう自分を信じられる…………か」
面白い事を言う。しかし、それは的を射ているかもしれない。小隊長が変わってもシステムオラクルの下、盲目的に引き金を引いてきた自分がそうだったように。しかし今は違う、側らで真っ直ぐと都市を眺める彼女の下でなら、システムがどうであれ関係ない。
変われる、そう信じているから。明日を信じられる者こそが人間だ。だから、今は獣のままにしか生きられなくとも、いつかは人間として生きていく。
そう、自分を信じるんだ。
「いい顔をしてるね」
「そういう顔になれたのは、桜花のお陰だろ?」
「そうかな? でも、変わると決めたのは武瑠でしょ?」
「そう………かもな」
重なる視線の先で笑顔が溢れる。蒼穹に笑い声が吸い込まれては消えていく。どこか求めていた懐かしい雰囲気、また昔のように過ごしてきた時間が動き出す。
南雲と都留、二人の若者の過ごす時間。システムの下、治安維持のために人造人間を狩る非日常的空間から作られた一時の休息。
二人は貴重な時間を、止めていた青春が再び時を刻み始める。歩んだ先の未来が自分の理想へ辿り着けると信じて進む。
それが人間として生きるという事だから。
これにて、CITYGUARDIANの第一部が完結いたしました。
拙い文章で手探りの中、完結まで書き上げた一年間、読んで下さった方々には感謝しかありません!
次回から新章突入となりますが、またこの作品を手に取って読んで下さると幸いです。
では、次回の新章でお会いしましょう!




