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CITY GUARDIAN  作者: 景虎
Interval file 01 終結の先へ
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Chapter 26 新たな道へ

暗くなった空間で独り痛みに喘ぐ。モニターは砂嵐が走って死んでいる。骨格フレームは歪み、露わとなるケーブル類のスパークが時折見えた。

 イミテロイド────レオンは身体に力を入れたが右半身から抜けていくのが感覚として理解できた。後は、額も含め右肩等々から温かい液が這っているのも分かった。

 死ぬのか。だが元々は廃棄処理の運命だったのだ。自分の好き勝手に暴れて死んでいくのだ、ある意味では満足な最後と言える。

 やっと開放される、そうレオンが心からの安堵を覚えた瞬間だった。


「悪いな、勝ち逃げは許さない主義でな」


 唸る隔壁がこじ開けられ、隙間より拡がった焔の光をも織り交ぜた自然光に目が眩んだ。逆光なのも相俟って霞んだ視界しか持たないレオンにとっては、声の主が人であり、男であることしか判別できなかった。


「………君が、武瑠たける……かな?」


 消えそうな声で問う。南雲なぐもの「そうだ」という返答でレオンが不敵に笑った。命を終わらせてくれる存在、まるで救世主に相見えたような表情を持ってイミテロイドは笑顔を作ったのだ。


「どうやら、僕にも救いが来たようだ」

「…………俺が、お前の救いというわけか?」

「その通りだ。人間に使われる存在から開放してくれる救いの存在さ」

「……そうかい。なら、お望み通り!」


 カッと沸き上がった激情に働かされた右手が、ホルスターより銃を抜く。黒光りする遊底スライドが存在を魅せるオートマチック拳銃《SFP9》、その安全装置は解かれ銃口が死に体のイミテロイドへ定まる。

 人差し指はフィンガーオフ───引き金には掛けていない。殺そうと思えばいつでも殺せる、生殺与奪は握っている。しかし、まだ殺しはしない。


「どうした? 早く引き金を引けよ。……いつも君がやっていることを、そのまま僕にやればいい話さ」

「そうだな……、そうすれば俺もオマエも楽にはなる」


 南雲なぐもは少しの間、沈黙した。殺せと懇願する目に彼の意思は僅かな殺意を生むこともなかった。哀れみの念は出るが情けをかけるつもりはない。何人手にかけたか分からない殺人鬼を許せるほどの聖人な精神は南雲なぐもの中に在りはしないのだ。

 今ここで、抜いた拳銃で殺したって何も咎められはしない。システムオラクルはこの人造人間を不要とし、社会から抹殺するための大義名分────執行するための権限すら委任している。だから、この場で廃棄処理したとしても誰も責めはしない。

 彼の中に燻り焦げ付かせるイミテロイドへの怨嗟が右手に力を込めさせようとした。私情も私怨も全てはシステムオラクルの下に正当化される、あらゆる手段を用いた私刑だったとしても廃棄処理できれば職務遂行と認識される。

 殺せと迫られ、殺せと頼み込まれる。そして南雲なぐもも殺したい。全ては噛み合っている。だが。


「やっぱ、やめた」


 力む腕を開放しては向けた銃口が下がる。一度は抜かれた銃器、それが未だ獣の自分がいることを示す。だが、変われるかも知れないと信じた希望のために、いつかは人間として引き金を引くために、今は手に持った拳銃を納める。


「な、何の……真似だ? 早く……殺せよ、殺さないかぁ!」

「悪いな、俺も人間だからよコロコロと気分が変わっちまうんだよ」

「僕達を………何人も廃棄処理してきた分際で、どの口が言うんだよぉ?!」

「あぁ~うるせえな。約束してんだよ、オマエを殺さずに逮捕して法廷に引き摺り出すってな!」


 沸き上がる衝動を殺し、事務的な動作を持って歩み寄る。無音の中で際立つスレーブブーツの音はイミテロイドの彼にとっては死を告げる希望の福音に成り得たかも知れないが、今となっては絶望を告げる悪魔の囁きにしかならない。

 近寄る南雲なぐもに罵詈雑言を浴びせるイミテロイド。死に体の筈なのに口だけは達者に動く物だと少し感心した南雲なぐもだった。


(しかし、これを本当に使うとは思わなかったな)


 ホルスター横の円状の革ケースより金属製の鎖で繋がれた二つの輪っかが顔を出す。一昔前の刑事ドラマ、いや地方自治警察でも現役の被疑者拘束用の金具────手錠わっぱがスモークがかった艶消しの黒を走らせる。

 力が宿らない無気力の腕を手に取っては、軽すぎる作動音を持って両の手首を拘束した。抵抗する素振りは見えず、況してや暴れる様子もなく無気力に放心しきって、しかし目だけは未だ反発の意思を見せるイミテロイドの顔が視界に映った。


「俺の気が変わらんうちに、とっとと出るぞ。立てるか?」


 無気力な状態だったが彼は立った。不安定な足場と両手を拘束された状態でのバランスの取れなさ具合で身体がふらつく。時折、南雲なぐもがフォローを入れ、何とかVドーザーの腹の中から這い出る。

 鎮火が進む工業地帯の煤けた匂いが鼻を刺した。炎の盛りは収まり、空は暮れ泥み始めていた。


「僕はこれからどうなるんだい、公務員さん?」


 弱々しい声が問いかけた。


「天地でも引っくり返らない限り、オマエの死刑は確実だろうな」


 淡々とした答えで冷たく遇われる。


「どこで死んでも同じなのに無駄な時間を浪費してから死んでいくのか」

「無駄な時間か………。その時間はオマエが殺してきた人達が生きたかった時間だったんだよ。それを頭の片隅にでも入れて死刑になる瞬間まで、贖っていけ」


 周辺視で見えたイミテロイド───レオンは悔いた表情で顔に皺を作っていた。一筋の滴、その滴が何を思って流れたかは分からない。しかし、南雲なぐもは頬を伝った滴が殺めていった人達への贖罪であることを切に願った。


「さぁ、長話も終わりだ。オマエを早く護送して俺も一仕事終えたい」


 そういった言葉通りに状況は流れるように進んだ。機体から地表へと降りると応援に駆けつけた第一警邏機動中隊隷下の第二、第三小隊が護衛のTYPE74と被疑者護送用の装甲輸送車で出迎えていた。

 煌めく紫紺のパトランプ。光の強弱を付けて異彩を周囲へ放つ。


「全く、派手にやったもんだね」


 南雲なぐもへキツめの歓迎の言葉を投げたのは第二小隊の小隊長ヘッドだった。切れ長の目と透き通る肌に八頭身のフォルムが際立つ諸星麻子もろぼしまこが腕を組んで凜とした姿勢を見せる。


「うちの小隊長の初陣にしては中々のもんだろ?」

「よく言う。…………それが、例の被疑者だな?」

「あぁ、護送をよろしく頼みます」


 被疑者として拘束したレオンを第二小隊へと明け渡す。諸星もろぼしは「途中で殺してしまっても文句言うなよ」などと、冗談にもならないブラックな冗談を言って被疑者の身柄を護送車へ移す。

 都市保安警備隊の隊員数名に囲まれて歩く最中、ふとレオンは立ち止まる。


「公務員さん、一つ聞いて良いかな?」

「なんだ?」


 立ち止まったレオンが振り返る。右眼の下に刻まれた永久の刺青プロメントタトゥーを見せ付けるようにして、その顔は振り向いた。


「公務員さんは、これからも僕達みたいな不良品を殺さずに逮捕して回るつもりなのかい?」


 場はシンと静まった。南雲なぐもの視線にレオンの目が結び付けられる。ジッと互いを見詰めた。微動だにせず、ただその答えが返ってくるまで緩慢と空気は流れた。

 外に出した両の手をポケットに仕舞い込む。ふと地面を見、消化で噴かれた水によって出来た水溜まりに自分の顔が写り込む。

 システムオラクルの作る正義の実現者として盲目的に、飼い慣らされた獣として引き金を引いてきた。だが、それにも飽きた。

 今一度、見つめ直す。獣として引き金を引く。ならば同じ飼い慣らされた獣でも、俺は信頼する都留桜花とどめさくらという上司の下で引き金を引きたい。

 一区切りの踏ん切りと憑き物が落ちたような感覚を持って南雲なぐもは顔を上げる。


「あぁ、その通りだ。なんせ、人間に扱われる獣ってのも悪くはないからな……」


 彼の言葉を耳に残したイミテロイドが「面白い男だな、また会いたいよ」と呟いて歩き出す。

 一つの間を置かずして南雲なぐもが「二度と会うことはない」と突き放す。その言葉がイミテロイドの夢見た幻想だと感じたから、罪に向き合って償うための現実を受け入れる事への促しをしたのだ。

 長い、長いくだんの出来事が終結を告げる。

 遠くで南雲なぐもを呼ぶ声がした。暑いと脱いだHMDヘルメットマウントディスプレイを片手に携え、帰るべき場所へと帰る。

 歩き出す一歩が軽い。歩み始めた道程は、掛け替えのないものを真に守り抜くために自分自身が切り開く道なのだ。

 システムの言いなりではない。自身が人間であること、命を守るために武力を与えられた獣であること、そして手にした力の意味を解した上で法を執行し、人も人造人間も守り繋ぐ守護神たり得ること。


 それが…………、


 それこそが……、



「都市の守護神シティガーディアン………なんだよな」

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