Chapter 25 決着の刻
百花繚乱の火花に添えて電光すら奔る。切り刻んで殺してやると孕んだ殺意の体現として、エンジンカッターが周波を圧縮した咆哮を上げる。特殊装甲を第三層まで持って行かれ、遂にはマシンフレームまで到達した。
回転に乗せられた刃を把捉する五指が旋盤加工されていると見せる視覚的現象をもって徐々に体積を減らしていく。
主外部環境受動器を通した現在進行形の光景に焦燥が燻った。
まだか、まだ砕けないのか。額から伝った滴が頬を伝って顎より落ちる。全ての状況が隔壁され、カッターと指先のみに集中した俺の視野は、まさにトンネル視野の真っ只中にいた。
砕け、砕いてみせろ、フェンリル。それでも、お前は都市の守護神たる力の体現者なのか。殺すための力は所詮、殺すためにしか使えないのか。生かすためには使えないのか。
どうなんだフェンリル。
「応えてみせろよぉぉぉ、フェンリルゥゥゥ!!」
左手の支配下にある操縦桿を前へと押し込む。その行為自体、俺の意識の枠を越えた行動だった。無意識の最中に現れる咄嗟の行動がTYPE74へ抗拒の力を与えた。
頭部特殊装甲板のビジュアーの下、双眼が蒼白の光輝を放つ。
破壊の音が突如轟いた。
その瞬間に全ての時間の流れが緩慢になった。一つ一つの光景、瞬間、瞬間がアニメーションのコマ送りの如く鮮明に映えた。砕けたカッターの刃、散り散りと拡散し直後に火花の落下に呼応した爆発が、エンジンカッターと左手を呑み込む。
一瞬の間、躊躇の前にTYPE74が攻勢へと打って出る。
「食らぇぇぇぇぇ!!」
気が付けば俺は鬼気迫る声を上げていた。生きるか死ぬかの瀬戸際でこじ開けた活路へ一撃を伸ばす。
二撃の蹴りが走った。一撃目は蹴り上げた右脚がVドーザーの操縦区画を覆う装甲板を剥ぎ取る。そして二撃目は、そのまま土手っ腹へ戻した右脚の前蹴りが決まった。
踏み込んだ足裏を象ったVドーザーの装甲板。力に抗えずVドーザーは蹴りの威力のままに飛ばされ、地面へ全身を預けた。
『くっ、そ、こ、こ、のまま、死んで堪るか、ってんだよぉ!』
揺れた脳を気合いで叩き起こし、混濁する意識の最中イミテロイドが殺意を吐く。
10メートルを超す巨体が音を靡かせ起立した。目標からの迫撃を容易に想像し、次の瞬間には対策を講じようと身体が動く。
機体バイタルを参照、各部位の殆どが黄色か赤に染まり《Serious Damage(致命的損傷)》を示す。そして左前腕より先は黒く塗り潰され《Loss(損失)》を知らせた。
腕先より火花が時折見え、クーラント液の青が滴る。
各電装機器も軒並みコーションライトを点灯しているのを確認した。
「武瑠………」
「分かっている、俺も桜花も、そしてTYPE74(コイツ)もこれ以上は持たない」
「でも、この状況をどうやって打破するの?」
一掴みの時間の最中、沈黙しては鼻で笑って諦めが付いた顔をしてしまう自分がいた。
「さぁな、それは俺にも分からないさ」
「分からないって……!」
狼狽えた桜花の声が耳の中で木霊する。武装は無し、左腕は使用不能、輪に掛けて機体各所とセンサー類が限界を迎えている状況下で打破できる見込みもない。特級ドライバーのライセンス持ちが聞いて呆れるかと、自分で自分を詰る。
焦燥の炎が俺の精神を炙って決断を迫る。
撤退…………、いやそれは無しだ。半狂乱に踏み込んだイミテロイドを放置すれば、二次被害が更に拡がる。だが、今の機体状況では長期戦は不可能。
(どうする……か)
頭に浮かぶ作戦はどれも確実性がない。無い知恵を搾る最中、Vドーザーが動きを見せる。爆発で失ったエンジンカッターと右手、しかし残った前腕がVドーザーに新たな凶器を授与させた。
前腕の側面スリット部、伸張した消防用の工作器具が顔を出す。
「剣………か?」
『コイツで、バラバラにしてやんよぉ!!』
音割れの中で響いた狂気が肉迫した。剣と見紛う工作器具を突き立てVドーザーが白兵戦を仕掛ける。
ウェポンストア(兵装選択画面)に武装はない。完全な丸腰、手負いの状態。取るべき行動は回避の一択のみ。
背部可変推進主基─ラム・ターボファン─を瞬間噴射、一時的な推進作用でTYPE74の躰が傾く。脚が地面を捌いて荷重移動、鼻先を鋭利な狂気が擦り抜ける。
攻撃対象を失いコンクリート壁へ侵轍した剣のような工作器具。そして先端から根元に掛けて線を伸ばした瞬間、コンクリート壁を内側からこじ開ける様にして崩壊させた。
「おいおい、エンジンカッターが無くなったと思ったら今度はスプリッターかよ………全く、人命救助の工作器具が人殺しに使われちゃ世話無いな」
『ハッ! その無駄口をコイツで裂いてやるよぉ、クソ公務員がぁ!』
スプリッターが明確な殺意の権化となる。振り下ろされ、撫でられ、突き立てられ、果てには開放状態で切断を図る。
回避が精一杯だ。飛ばされた回転式自動速射砲の回収も猛攻の前では不可能と言えた。
「武瑠! このままじゃ私たち本当に……!」
「分かってる、そんな事は分かってるんだよ!」
桜花へ八つ当たり為たところで何も変わらない。
自分が追い込まれているのを肌身で感じた。時折、装甲板をスプリッターの刃先が掻く感覚が反響した。機体各所のガタ、人工伸縮筋繊維の反応が鈍くなっている証拠だ。
長くは持たない。
防勢一方の状況が俺の神経を摩耗させる。そして擦り切った神経が機体を動かす思考を走らせる時、判断が1ステップ遅延した。
(し、まった………!)
神経が縮み上がる。
背中に汗が集中する。
目線が釘付けとなり顔から血の気が失せる。一瞬の隙を貫いたVドーザーの斬撃が確かな衝撃を刻んだ。
一撃が轟く。金属の高鳴りは周囲へ乱反射し、薙いだ特殊装甲の破片を撒き散らす。無理矢理な力の前に抗力虚しくTYPE74はその身を地面へ預ける。
土煙の舞う中、朦朧とする意識を叩き起こす。
「大丈夫か桜花」
「なんとか……ね。でも、このままじゃ」
「分かってる、……………やはり犠牲は出るか」
えっ、という彼女の声を意識の外に追いやってTYPE74を起立させる。関節にガタが来ている、センサーも半分は機能不全。状況を引っくり返すには障害が多すぎた。
(チッ、腹括るしかないか!)
死を覚悟した自分がいる。まるで、あの時のようだ。目の前で起こされた悲劇に抗ったあの日。死ぬと分かって身の丈を越える巨人に瓦礫を投げつけたんだ、そうだ投げられずにはいられなかった、罪のない人達の命を儚く奪われる現実を否定したかった。
『僕の作品になる覚悟は出来たって事かな? なら、遠慮なくやらせて貰うってさぁぁ!』
Vドーザーがスプリッターを突出させ接近戦を仕掛けるのを視認した。紅く輝る双眼、思えばあの時の人型重機も目の数を除けば紅く輝っていたな。
向けられた巨腕から振り下ろされる一撃。俺は走馬灯でも見ているのか、Vドーザーがあの日の人型重機と重なる。死を意識しているのか。
しかし、桜花は死なせない。このクソッたれな現実の犠牲になるのは俺だけで良い。
「悪いが、ここからは一人でやらせて貰う」
「武瑠、何を言って?」
「ここからは片道切符だ。死ぬかも知れない、そんな事にお前を巻き込めるわけないだろ。だから、今から桜花だけ緊急脱出させる」
「ちょっ、何を馬鹿なことを?!」
「俺は本気なんだよ!!」
左コンソールを叩く。気合いは彼女を怯ませ俺に時間を与えた。ステータスパネルを起動、脱出装置は生きている。彼女が拒否したとしても強制的に後席だけの緊急脱出は可能だ。
桜花をここに来るであろう4小隊の面々が拾えば後は出たとこ勝負で何とかするしかない。
俺は死ぬだろうがイミテロイドは逮捕できるはずだ。そうすれば、桜花の正義は貫ける。
その為の礎になれれば良い。
俺は、その為なら死ぬ覚悟は出来ている。獣とはそういうものだ、主人の願いのための盾となる従順な存在。獣として引き金を引いてみせる。
左コンソール横、後席脱出用のレバーに手を掛ける。
これが最良の選択なんだ。桜花、済まない。
「だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
絶叫に手が弾かれる。レバーを握った手を乗り出した彼女が覆い被さった。
「自分だけ死ぬなんて、そんなの駄目!」
「俺がやれば、イミテロイドを廃棄処理せずに逮捕できる。そうすれば、お前の正義だって!」
「でも、その為に武瑠が死ぬのは間違ってる!」
衝撃がTYPE74の左肩を貫通した。特殊装甲とマシンフレーム諸々を串刺しにしてやったスプリッターが威勢良く開放する。何百トン単位の力の前に特殊装甲が粘土のように変形しては小爆発を起こした。
機体バイタル──左肩より先の部位が完全な黒を示し、《Loss(損失)》の文字を浮かべた。
『チッ、しぶといなぁ!』
「悪いな、そう簡単にやらせんのよ!」
爆発の隙を突いての脛に向けたカーフキック。堪らずVドーザーが崩れると、反動を生かして距離を取る。だが、これもほんの付け焼き刃に過ぎない。
やはり、やるしかないか。
「桜花! お前も指揮官なら、大人なら分かってくれよ! 俺の命一つでどうにでもなるんだ。奴を生かして逮捕するなら代償は付き物だろ!」
「でも、そのやり方は間違ってるよ!」
「引き金を引かずに、奴を殺さずに正義を貫くにはコレしかないんだ!」
「そんなの嘘よ! なら、どうしてあの時、お前となら人間として生きて行けそうだなんて言ったの?! 武瑠君の、武瑠の覚悟はそんなもんなの?!」
言葉が深々と突き刺さる。確かにそうだ、桜花の言葉の通りだ。俺の覚悟は野暮な物だったのかも知れない。チンケで粗雑な覚悟、その上で成り立つ正義。獣にも人にも成りきれず独り善がりで中途半端な状態で犬死にしていく。
まるで負け犬じゃないか。
違う、俺が導き出した答えは違うんだ。
獣として引き金を引くとは、そういう意味じゃないんだ!
「俺は……獣だ。弱くて、向こう見ずで、一人の限界も測れない若輩者の獣だ。それでもお前の生きる未来を守りたかったから俺は!」
ハッとした。気付けば彼女の胸の中にいた。頭を抱き締められ、膨よかな温かみと血の通った鼓動を感じた。
「分かってる、私や皆のために武瑠君が獣として生きて引き金を引いてたこと。だから、今度は私にも手伝わせて欲しい。貴方を使う主人として、貴方を導きたいから」
心が溶けた気がした。氷解するという現象があるのなら今の気持ちを言うのだと思った。涙が出た、でも堪えた。熱いものが目尻に堪ったが全部奥へと押しやる。こんな姿、皆には見せられないな。
彼女の腕を解き、操縦桿を手中に収める。
「フン、そこまで言われちまったら従うしかないな」
「武瑠…………」
「桜花、俺はお前となら人間として生きられると思ったんだ、廃棄処理せずに都市の人間を守り切る俺の覚悟を、俺の正義を!」
だから、立てよTYPE74──フェンリルⅢ、いや相棒。守護神たる威厳を見せろ、神をも殺す犬狼の名を馳せさせろ、システムから賜った正義ではない俺に灯った誠の正義を貫くために!
巨体が立ち上がる。欠損部位からショートの閃きが瞬き、基礎骨格が悲鳴を上げた。重心バランスを取るための足踏み、土煙が上がる中で輝る双眼は真っ直ぐと目標を捕捉する。
「レーダーはまだ生きてる、向こうも動きは見せてない」
「でも、武器が!」
『武器ならある!』
HMDのヘッドスピーカーから気の強い女の声がした。レーダーマップ上、IFF(味方識別)信号を捉えてマーカーに識別名が付与される。
《TYPE76─Fenrir2》、そして《TYPE74─Fenrir1》のマークを確認した。
「湯田川さん、それに草薙!」
『俺を忘れるんじゃないよ、俺を』
「へへっ、申し訳ありません、司馬分隊長殿!」
『南雲武器が無いんだろ! だったら、俺のを使ってくれ!』
最後尾のTYPE74、草薙が大腿部兵装庫から回転式自動速射砲を抜くと、前方を先行するTYPE76へと投げる。
腰の捻りをも利用したカタパルト式の投法、銃型の物体が弧を描いてTYPE76の進路上へ落下した。
『武器はキャッチした。南雲投げるぞ!』
「了解した」
『させると思うのかよぉ、ぉい!?』
通信に割って入った主が突進した。スプリッターの先端を光らせ、こちらの意図を把握した上での突撃。妨害、あわよくば撃破を狙った一撃が迫る。
「アイツも気付いた! 早くそれを寄越してくれ!」
『分かってる! 私の、投球コントロールを見くびるなよ!』
カタパルト式の投法、撓りを効かせた腕から回転式自動速射砲が離れて上昇に入った瞬間、Vドーザーの背面もまた煌めくのだった。
ジェットの加速力を交えた突進、逃げるようにして落下予測地点まで走る。上昇の速度がゼロとなり下降の為の加速が始まった。落ちる回転式自動速射砲、迫るVドーザー、走るTYPE74。
「届けぇぇぇぇぇぇ!!!」
『ここで死ねぇぇよぉぉぉぉぉ!!!』
咆哮が重なり、二機の巨人が宙へと舞う。煌めいた背部可変推進主基の瞬間加速、手を伸ばした右腕の先にソレが来る。同時に破壊せしめんとするスプリッターの先端も触れようとした。
届け、届いてくれよ。
俺の願いを反映させた主基の出力が機体を跳ばすが、どうしてもスプリッターが命中する。
駄目かと思った矢先に一つの銃声が耳を貫く。
『う、撃たれたのか?!』
『悪いねぇ、イミテロイド君。俺もここらで点数稼がないとキャラ立たないからさ?』
「分隊長!」
牽制用のプラズマ弾を命中されたVドーザーが地面へ落ちる。恩に着る思いで伸びた腕が、広がった掌が、託された武器を手にする。
ガチリと確かな感触。武装系統が搭載武器を認識、ウェポンストア(武器選択画面)にて武器を登録。
これで戦える。
地面へと着地を果たし、半身の構えで右腕を突き出す。足の開きは肩幅ほどで頭部は真横を見て射撃姿勢を完結させる。
HMDのグラスに映ったシンボルが画面上のVドーザーへと重なった。円状のレティクル(標準線)から見える目標へと俺は引き金を引かなければならない。それは俺に与えられた任務であり、命令であり、義務である。
(コックピットだけを避けて止められるか?)
短い呼吸が肩を振るわす。何を躊躇う、安心しろよ、俺は特級ドライバーのライセンス持ちなんだ。そして優秀な機械が射撃管制を行う、だから俺よ安心して引けよ。
引き金を引く、操縦桿のトリガースイッチへと指が押し込まれる瞬間だった。
コーションライトが点灯した。
《RADAR DYSFUNCTION》
《ROBOTRONICS DYSFUNCTION》
《AIR CONDITIONER DOWN》
「熱で焼けたってのか、クソ!」
大規模火災による外気温の上昇が相性の悪い空冷と、冷却を空冷に頼った液冷も相俟って電装品がオーバーヒートを発生させた。瞬断した回路がバックアップのアナログ系に改組され、ほぼ全てがマニュアル操作へと切り替わる。
思考直結による思念操作が使えない。操縦桿とフットペダルによる感応操作で対応迫られる。
「機械の助けが無くたって!」
HMDのグラスにアナログ式のマニュアルレティクル(標準線)を出現させる。オートによる追従機能は無い、自身の首振りのみでレティクル(標準線)を合わせるしかない。
態勢を立て直した目標が────Vドーザーがスプリッターの先端を突き立て迫る。距離を測るシンボルは電装品のオーバーヒートで出ない。しかし、全天のモニターが映す巨体はゆっくりと見える大きさを肥大させた。
「俺は撃つ。だけど、お前を殺さずに逮捕する」
『無理無理、とっとと僕を撃ち殺していつものように楽になれば良いぃ。イミテロイドを廃棄処理した後の余韻は格別だろぉ?』
「黙れぇ! 俺は、俺は人間………だけど獣だ。お前等を狩る為の力を持った猟犬だ。だが、獣にも意地はある、矜持だってある、だから主人の命令を体現する獣として、俺は引き金を引く!」
『ほざけよ、今まで獣のように僕達を無差別に撃ち殺してきたんだろぉ?! そのお前がよく言うもんだなぁ、それによう主人ったってお前等クソ公務員の主人はシステムオラクルだろぉ!? 何も変わりはしねぇじゃねぇかよぉぉ!』
「違う! 俺の主人はただ一人、第四小隊きっての頑固で融通性のない真一直線を貫く新米小隊長、都留桜花だけだぁぁぁ!!」
トリガーが引かれた。上がった撃鉄が薬室の雷管を打っ叩くと、腹に収まる操縦士の意思の権化たる弾丸を放った。回転式自動速射砲の銃口より閃光が煌めき、白煙が上がる。
近傍で物質を砕く音が鳴り渡った。
全天のモニターが映すVドーザーは、その頭部を破壊され首無しの状態となった。
「外したか! けど、まだ!」
『まだまだ、たかが頭部を破壊されただけだろうがい!』
逆上したレオンなるイミテロイドの意思の制御下にあるVドーザーが加速して距離を詰める。巻き上げた地面が舞い、首無しの姿が画面上で更に肥大化する。
次で確実に仕留める。
これが最後の一発だ。
外しはしない、そう心に決めながらも身体は意思に反して震えている。操縦桿を握った右手がトリガーに掛ける指先まで緊張の糸で震わせる。
マニュアルレティクル(標準線)を操縦区画への直撃を避けるためにも位置を調整するが、震えて収まらない。
「変わる。俺は変わる為に、この引き金を引かなきゃならないんだ」
だから震えよ収まってくれ。
意思と相反した身体の震えが指先の感覚すら鈍らせる。トリガースイッチから自然と指先が離れる、身体が無理だと反応している証拠だ。
意思が抑えつけても身体は抗う。変わることも出来ず、以前のように殺すことも出来ず、ただ足踏みすることしか出来ない、こんな俺を馬鹿に為てくれ、蔑んでくれ、軽蔑すらしてくれと言わんばかりの負の感情が意思を食らおうとした時だった。
ふと、意識がリセットされたのだ。
右手に感じた確かな柔らかみと温かさが意識を向けさせる。
「大丈夫、私も一緒に引くから」
右手の人差し指に重なった柔肌の感触。確かな温かさを前に重なった彼女の手から順に眺めて、側に来た桜花の顔を見た。
「一緒に引くって、オマエ本気か?!」
「勿の論よ。だから何でも独りで背負い込まないで。部下を導くのが私の役目だから」
「桜花………オマエ」
見合わせた顔、繋がる視線、重なる瞳、全てを理解して俺は迫る目標へ全ての神経を注ぐ。ここで決着を付けるために、前へと進むために。
「いいか、俺が合図したら引いてくれ」
「分かった。………大丈夫だよ、私が付いてるから」
「あぁ、チャンスは一回キリだ。これでケリを付ける」
マニュアルレティクル(標準線)の中に納めたVドーザーの姿、主外部環境受動器の映す回転式自動速射砲の照星と照門に合わさって銃軸線が整列は完結する。
照星と照門が重なるもマニュアルレティクル(標準線)の交差したドットが僅かに細動するのは、俺が緊張している所為だ。
今にして思う。引き金を引くというのは、本来ならここまで緊張感を持って行うべき所業だったはずなのだと。それを簡単に撃たせたのは、やはりシステムオラクルと人造人間法が絶対的な法(正義)として、俺達の主人だからだ。
だけど今は違う。俺の主人はただ一人、都留桜花その人の為の獣となって今一度引き金を引く。殺すためじゃない生かすための力の行使だ。
Vドーザーの姿が大きくなる、突き立てたスプリッターの殺意を肌で感じる。
僅かなブレが照準を甘くしてくれる。生かすためには機械を一撃で無力化しなければならない。
(もっとだ、もっと近付いて来い!)
マニュアル操作での命中精度を上げるための至近射撃。一か八かに賭ける。
(近付いて来い!!)
来い!
来い!!
来い!!!
今だ!
「桜花ぁ!!」
「当たれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
カツンと軽い感触とともにトリガースイッチが引かれた。
砲口で膨らんだ閃光より伸びた軌道がVドーザーの右胸へと吸い込まれる。カーンと冴えてアルミ装甲を撃ち抜く弾着の音が波状に空気を震わした。
目標の右半身が小爆発を起こす。
跪き地面へとその身を同化させたVドーザー。
熱せられた砲身から白煙は上がり、場の雰囲気が醸す余韻の中、TYPE74は佇む。
終わった、終わったのだ。都留桜花の長い初陣は終わった。しかし、まだ俺は決着してない。TYPE74の胸部搭乗口────特殊装甲を開放させる。
全ては俺自身の決着を俺がこの手で着けるために。




