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CITY GUARDIAN  作者: 景虎
casefile 04 都市の守護神
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Chapter 24 心変わり

 時間は少しだけ巻き戻る。

 湯田川ゆたがわ及び司馬しばの両名を乗せたTYPE76こと管制名フェンリル2を先陣とし、後方を草薙くさなぎのTYPE74が固める。

 二機が墜落した方向へと進路を切り、跳躍推進ユニットのないTYPE76のため、歩行による進行の最中、行く手を炎と瓦礫が阻む。

 つい先程、首都消防局のVドーザーから借用した特殊消化薬噴射機ケミカルディスチャージとエンジンカッターを駆使して、これの除去を行う。

 泡状の消化薬が扇状に放たれ炎を上書きしていくと、炭化した鉄骨や構造物の残骸が露わとなる。


『フェンリル1、エンジンカッターを』

『言われなくても分かってますよ、フェンリル2』


 草薙くさなぎの調子に乗った雰囲気を纏って、TYPE74が携えたエンジンカッターに火を入れる。作動油の揮発が白煙を上げ、エンジン始動を知らせた。回転数の上昇に合わせて逓倍した高周波の嫌な音は環境音としてヘッドセットより伝わる。

 ノイズキャンセラーを起動、即座にカッターの回転音が消える。鉄骨を火花の散華をもって両断に至る。


『障害物の除去を確認』

『よし、前進する。フェンリル1、続けよ』

『了解、先輩殿』


 足場の悪い不整地を再び行く。

 こうしている間にも南雲なぐも達は無事なのかと心配性な自分が、精神を突っついてくる。だが、一番に気がかりなのは都留桜花とどめさくらだ。

 新米小隊長というのもある。そして何よりイミテロイドという人に酷似した異形の物体に呑まれていないかが心配だった。《人間として引き金を引く》高い理想と志、そんなものは役に立たないければ、純粋すぎる思いが逆に利用されかねないこともある。


湯田川ゆたがわ先輩、もしかして小隊長のこと心配してます?』

『そりゃあね。あの娘、幾らか純粋すぎるから』

『意外だな、あの湯田川ゆたがわが人に興味を持つとは』

『もしかして揶揄ってます?』


 かも知れないなと司馬しばが笑って誤魔化しては皺のよる初老の顔へ更に皺が寄った。茶化した司馬しばへ嫌味な顔を送りつける。

 心配していたのは事実だ。更衣室で口論になった時のことを思い出す。現場も碌すっぽ知らない人間が堂々と自己主張をする姿はある意味で問題だが、それにしてもその時の光輝を放った眼は印象深かった。

 自分とは育ちの違う人間。恵まれた環境で育ったのだろう、生きるのが愚かしくなる経験もないだろう、自分の混濁した瞳とは対照的な清んだそれを見せ付けられたら、誰だって希望を信じたくなる。


『けど、裏切られるのが世の常か』

『なんの話です?』

『いや、私の独り言さ』


 考え事ですか?などと、草薙くさなぎが後輩として用いる最大限の弄りを返す。私が『そうだ』と淡白に応えると驚いた声がスピーカーより伝わった。

 独り言を発してしまうほどに、私はあの新米小隊長が見せた《人間として考えること》そして先へと転じて《引き金を引くその意味》、漠然とだが考え始めていた。

 自分が人間ならば人間として行動することがある。感情を持ち意思も在りオマケに熟考する能力もあるイミテロイドは人間と違わぬ同意義の存在。それを認めた上で人間として出来る行動を取る。

 グッと操縦桿スティックグリップへ握力が込められる。

 嘘だ、奴等は人間ではない。人の形を得た悪魔か何かだ。でなければ……………でなければ、あんな事はしない。

 海馬よりドッと噴出した心的外傷トラウマが過去の光景をフラッシュバックさせる。凄惨な光景がサブリミナル効果のように現実の景色へと割り込み、悲鳴が幻聴として内耳を衝く。

 発作。懐より出したプラスチックの小瓶、中から数粒錠剤を出して喉奥へ押し込む。ゴクリと飲み込み、一分もかからずして速効性の薬理作用が機能する。

 自分を苦しめる霞が一瞬にして晴れ渡った。


『発作か?』

『大丈夫です、薬は飲みましたから』

『無理はするな。操縦は俺一人でもできるし、現場まで休む意味も込めて俺が変わるが?』

『だから、大丈夫ですから!』


 つい、ムキに返してしまった。場の悪い雰囲気に『すいません』と一言放って場を持ち直す。

 司馬しばはそれでも、『辛くなったらいつでも言え、無理はするな』と言ってくれる。優しい人だ、自分の我が儘にも表面上であっても真摯に対応してくれる。そう、アイツ(南雲)も同じだったかな。

 優しいけど不器用、本当は南雲なぐももイミテロイドを殺したくないはずだ。アイツが配属されてから今日まで共に隊を組んでいたが、最初の頃の────配属当初に味わった理不尽さとイミテロイドを廃棄処理しなければならない現実に対しての反抗的な目付き、それこそ私が見た新米小隊長の瞳の輝きに似ていた。

 大罪人にも手を差し伸べられる程アイツ(南雲)は、本当は優しい性格なんだ。私とは違う、イミテロイドによって人生の殆どを滅茶苦茶にされた私なんかとは違う。だけど、あの出来事が全てを変えた。南雲なぐもを完全な獣にしてしまった。


『だから、期待しているのかも知れないな………』

『何に、期待しているって言うんだ?』

『いえ………、ところで司馬しば警部補は新米小隊長の事をどう考えていますか?』

『どう……というと?』

『感覚的な話です。第一印象やこれまでの行動を踏まえて、どう考えているのか気になりまして』


 司馬しばの皺の寄った顔へ更に皺が入る。難解な唸りを上げて数秒、『そうだな…』と一言漏らして自分の中で醸成された考えが声となり、言葉となった。


『俺としては、最初は箱入り娘が来たと言うか、何とも場違いな人間が来たなと思ったよ。やる事なす事ハチャメチャだからな』

『まぁ、普通はそう思うっスよね』

『フェンリル1、もう少し言葉遣いは何とかならないのか?』

『ハハッ、すいません湯田川ゆたがわ先輩』

『………全く。で、今は彼女をどう捉えてます?』


 フッと司馬しばの口角が上がる。


『破天荒な娘さ。だが、良い意味で言った。長い間組織の手足として動いているとな、行動することの意味って奴を考えるのを辞めてしまう。そして組織の上の…………システムの言うことは全部勅命に聞こえちまうんだよな。疑うことない絶対的正義って奴さ』

『それを、あの新米小隊長が変えてくれると?』

『あぁ、少なくともイミテロイドを法廷に引き摺り出そうと試みた娘だ。組織の正義を違和感として捉えたあの勘、俺はこの小隊に良い風を入れてくれると信じている』

『良い風……ですか?』

『そうだ。それに小隊長は俺達が引き金を引く意味にも向き合おうとしている。可笑しな話だよ、軍に居た頃には引き金を引く意味なんてしっかりと頭に叩き込んでた筈なんだが、ここに来てから引く事が当たり前となり、いつしか日常的になっちまって考えることすら辞めちまった』

『それを、あのが考えようとしている………』


 操縦桿スティックグリップを握った右手を見る。人差し指を掛けたトリガースイッチは、識別しやすい赤色を放つ。一度引いてしまえば、手に携行した火器にもよるが音速を超える弾丸が撃たれる。対照人型重機のエンジンブロックを一撃破壊可能な専用のスペシャル弾。無論、剥き身の人間に当たれば最悪死体すら殆ど残さない。対照がイミテロイドだからこそ、今まで躊躇いもなく引けた。

 だが、本当ならそう易々と引いていい物ではない。命を完全に奪い去る力を行使することの意味、求められるモノ。


(それが、人間として引き金を引くということか)


 何かが上手く噛み合う。心の中の靄が晴れる気がした。怨嗟の中でしか引き金を引けなかった自分の中に、光が差した気がした。最初から分かりきっていた事なんだ、人間として貫く正義こそが崇高でそして儚いものなんだと。同時に、それは自分の役目ではない事も理解する。両手どころか全身を汚してきた自分に今さら聖人ぶって人間的に行動するなど無理な話だ。

 だから出来ることは限られている。あの新米小隊長、都留桜花とどめさくらが思い描く正義を実現するための手助けをする、そして南雲なぐもを、アイツを人間に戻すこと。それが怨嗟を餌に生きる獣となった自分がしてやれる最大限の援護。

 その為にも今は一刻も早く彼女らの元へ辿り着きたい。食い気味に逸った精神のままに、フットペダルを親の仇のように踏み込んではアクセルを全開とする。

 ギュルンと空転し、噛み合った摩擦力で装輪が地面を蹴る。

 レーダーが何かを捉えた。自機を円の中心軸として俯瞰的に目標を映すPPIスコープ上のレーダーマップに、ソレは映る。

 三角形のホストシンボルより、1NMノーチカルマイル先、同じ三角形で表記された二機のターゲットシンボルが浮かぶ。

 シンボル上辺には《UNKNOWN》の文字。フライボールからの戦術情報でも捕捉を確認。地形把握情報では二機が開けた空間で向き合ってるのが分かる。

 IFF(味方識別情報)質問情報を送信、数秒待たずして返答。片方は《COMMANDER》を示す情報と共に4小隊で組んだローカルデータリンクの情報が入ってくる。

 TYPE74…………、南雲なぐもと小隊長は生きていると確信した。そして、返答のない《UNKNOWN》が一瞬で《ENEMY》表記に変換された。


(クソ、イミテロイドめ。もう奪わせはしない!)


 カッと昂ぶった感情が信号となって伝送され、TYPE76の装輪が加速した。車軸直結のモーターは回転数を逓倍させ、高周波を散蒔く。


『フェンリル2、速いですよ!』

『遅れるなフェンリル1! モタモタしてたら仲間を殺すことになるぞ!』

『んな事言ったって!』


 男の弱音は見苦しいと切り捨てる。

 散乱する瓦礫、鉄骨、コンクリート片、接触すれば中破は避けられない地形状況の最中、TYPE76が悲鳴にも似たスキール音と連れ添い、機敏な反応速度も加えてフットワークの軽い動きで突貫する。


(これ以上仲間を失って堪るか!!)


 胸の内に反響した自身の感情が全てTYPE76へ流れる。モーターが、アクチュエータが、アブソーバーが、センサーが、全て呼応し腹に収まった者の意思へ応えようとする。

 怨嗟の鎖を振り切り、彼女は仲間の危機へと馳せた。全ては『人間として引き金を引く』、その為に。

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