Chapter 22 純粋な情動
人間を模倣した人造人間だからイミテロイド。その名の通り、回転式45ミリ自動速射砲の銃口の前に立つ男の姿は、人間と遜色ない程に人間らしい人型だった。ただ一つ、左目の下付近に浮き出たバーコード状の物体を除いては。
俺にとっては何度目か忘れたほどに見慣れた光景。だが桜花にして思えば衝撃的だったろう。何せ、生で初めて視認したイミテロイドは人間と瓜二つの人型なのだから。
「アレ、人だよね?」
「惑わされるな。あれがイミテロイドだ」
「で、でも、どう見たって」
『人間!……って言いたいんだろぉ? だけどさぁ』
ガッと左頬を抓り、これでもかと見せ付ける素振りで目の下のバーコード状の物体を印象付ける。俺はそれが何であるかを知っている。入れ墨でない事は確かだ。
『コレ、分かる? 目の下のバーコード。コイツはさ、僕たちを造られた固体だと、イミテロイドだと周囲に分からせる為のモノさ』
抓った頬を戻す。メラニン色素によって印字された消えることのない《永久の入れ墨》が、人間と人造人間を分け隔てる唯一の物質。
『炭酸レーザーで焼いても三カ月経てば元通りの消えないタトゥー。こんなモノの所為で僕の存在は畜生以下さ!』
銃口の前で叫ぶ甲高い男の声は、いつしかしゃがれた濁声へと変わっていった。
『僕はさ、ただ絵を描いていたかった。労働に勤しむんじゃなく、自由に描いて、描いて、描いて、僕を満たしていきたかった…………それなのに、監督官らは!』
「だから、殺したのか?」
『そうだよぉ? 監督官らが僕を馬鹿にするから、コケにするからさぁ、栄誉ある僕の作品に仕立て上げたのさ! 楽しかったなぁ、削岩機で歪んでいく彼等の顔と来たら!』
イミテロイドは、レオンは、腹を抱えて表情が千切れるほどに笑っていた。失笑に喘ぐイミテロイドを俺は最早、人として受け入れられなくなっていた。
人の皮を被った悪魔。その悪魔が涎を纏わせた口を使って内面に巣くった狂気を見せる。
『皆、いい顔をしていたよ。人間の価値なんて死に際の一瞬の表情しかないんだ。それ以外は、無価値、ゴミ、スクラップ、オェー! 意味の無いただの下等生物さぁ!』
「そんなの違う…………、絶対に違う!」
桜花が吠えた。違う!と言い放った声は彼女の中の拒絶を体現した。人間は無価値な存在じゃない、自分勝手な解釈で命を弄ぶな!と言葉を羅列させた彼女の目は初めて見る程に怒りで血走る。
溢れんばかりの怒気が桜花という存在を上書きしていく。
『なんだよ、何を怒ってるんだい? まさか君たちを侮辱したから頭にでも来ちゃったのかなぁ?』
「黙れ! 貴方のように人の命を何とも思わない人を私は!」
『あぁ、そうか! どっかで聞いたことあると思ったら、あの時僕に向かって《カクホします》って言ってきた女の子か』
「それが何だっていうの?」
『声が震えてるねぇ。さては君、新米さんかな? じゃなくても日の浅い若年さんだよねぇ?』
何故、分かる。俺は、いや言葉を向けられた彼女自身が一番驚いているに違いない。声が震えている、たった一つの現象でこちら側の背景を全て予測し理解してしまう。
『まぁ、僕はほら優秀なイミテロイドだからさ、君たちの事もお見通しってわけ』
「私が、新米だったとして、それが貴方に何の関係が?」
『関係はない。けど使える要素には違いないよねぇ?』
「使える?」
『そうだとも。まぁ話は変わるけどさ、僕はさアーチストなんだよ、絵を、作品を作るのが趣味でさ』
「だとしても、貴方のした行為は!」
『許されないんだろぉ? だけど、作品を作るのは辞められない。だって楽しいんだもの、歪んでいく顔、裂けてく身体、そして絶叫…………堪らないねぇ、ゾクゾクするねぇ?』
なんて悪趣味なのだろうなどと初歩的な感想が芽生えない。内容が頭に入る、それだけで吐き気を催す程の下劣だった。コイツは生かすべき存在ではない、この場で廃棄処理を行うべきだ。俺の中の理性が訴え、本能は後押しする。
思念より先走る反射神経。しかし俺がこの場で殺すと判断を下した、その刹那だった。
ガツンと衝撃が走る。HMDのグラスに浮かんだ文字が、衝撃の意味を俺に伝えた。
───Instructor
Take Command───
ゾッと背中を嫌な感覚が這いずった。ギュッと縮こまった心臓の痛みを流し、思念操作の操作タスクを意識的に行うも反応がない。セカンダリーとしての操縦桿による間接操作も受け付けない。
完全に操作権を桜花に持って行かれた。教導用の複座で後席に座らせた俺の失態。複座の後席、つまり教官が座ることを前提とし事態と操縦士の状況に応じて全操作権を掌握する機能を持つ。
教導用として機能するなら良い、しかし状況は違う。
「私は未熟だ。だけど、善悪の判断くらいはつく。貴方は、アンタは、いやオマエは、今ここで死ぬべき存在だ!」
『言うじゃん、新米さんの癖に。なら君も僕の作品に仕立て上げてやるよぉ、いつか死んでいった僕の過去作品のようにさぁ!』
「それ以上被害者を侮辱するな! オマエだけは許さない、例えシステムが許しても私は!」
『いいねぇ、その感じ。だったら早く僕を殺してくれるかなぁ、その大層な人間レベルの正義って奴でさぁ?!』
「まだいうかぁ!」
《INTER LOCK》の文字が下りる。撃鉄が上がり、弾丸の装填と安全装置の解除を意味した。
体勢のない彼女の意思は煽りに煽られ、純粋過ぎた正義心が内外へと発現していく。盛って工場群を炭へと化す炎はまるで彼女の心象を映す鏡のようであった。
桜花は撃つ気でいる。そこに懐疑や冗談はない、一時の激情と燃え盛った無垢なる正義心で撃鉄が落ちるのだ。
その撃鉄が落ちた先に待つ結末は、俺達と同じシステムのままに引き金を引くただの獣に成り下がる事だ。
「撃つな! イミテロイドの世迷い言に耳を貸すんじゃない!」
「でも、コイツは…………このイミテロイドは! ここで見逃せばまた罪のない人たちの命を!」
『そうだぁ、そうだとも、ここで見逃せば僕はどんどん命を食ってしまうねぇ? だから、早く始末しないとなぁ?!』
彼女の上昇した心拍数に喘いだ呼吸が篭もる。操縦桿のトリガースイッチに人差し指が掛かるのを見逃さなかった。
「引くつもりなのか? 引いてしまえば俺のようになってしまうんだぞ! それが善悪なのかすら分からずシステムの言いなりで引き金を引く獣になるんだぞ! それでも良いって言うのかよ!?」
「でも、でも私は! ここで暮らす人達の笑顔を、命を守りたい。その為なら!」
グッと銃口を突き出す。興奮とともに加速した心音に後押しされ、人差し指がトリガースイッチに力を入れ始める。
マズい!
一発でも銃口から発射されれば、イミテロイドは木っ端微塵になるだろう。そうなれば桜花は…………。
「頭を冷やせって言ってるんだ! 一度引けば二度と元のお前には戻れなくなるんだぞ?」
「それでも良い! こんな奴を野放しにしてしまうくらいなら!」
「バカ野郎! こんな奴の為にお前が引くのか? 俺や草薙、湯田川さん、司馬の親父のように、獣へ成り下がるって言うのか? お前は何のために人間として引き金を引くって、俺の目の前で啖呵切ったんだよ!」
ハッとした顔が印象深く網膜に焼き付く。彼女の顔は思いだしたように、正気と冷静さを取り戻そうと試みる。
何かを口走ろうと震えた唇。動揺から来る身体の震えは操縦桿をガタつかせ、指先はトリガースイッチから離れる。
そうだ、それでいい。お前は染まるべきではない、俺達の目線に立ってはいけない。人間として引き金を引く───────法を執行しうる者なら、獣に成り下がってはいけない。堕ちてはならない。
しかし、悪魔は囁く。
『おや、引くのを辞めようとしているのかい? なら、僕は君から貰った命でさらに素晴らしい作品を作り上げるしかないねぇ?』
「オマエ………!」
『だってそうだろ? 貰った恩には報いなきゃ。それに、人間であることに縋った醜い人間の顛末を見てみるのも悪くないし、僕の創作意欲に花を添えられるもんだ』
逆鱗に触れた。と言う言葉が相応しい。
剥いた眼球に眉間へと寄ったしわの数々、あどけなさの残る彼女の顔が鬼となる。頭天を貫く怒りの感情は脊髄を伝って端々の末尾に流れゆく。
指先に接したトリガースイッチ。激流となっだ彼女の意思がTYPE74を手繰る。
「これ以上、オマエの自由にはさせない」
『それで良い。希望とやらに酔った人間を見るのは反吐が出るからね』
「希望? 希望なんてない、有るのは………」
有るのは、何だろうか。希望という抽象的言葉は彼女の中から消えている。消えた言葉を埋め合わせるために出た現実的な事象。この先も揺るぐことのない現実がそこにある。
「アナタを廃棄処理するという現実だけ」
「撃つなぁぁぁぁ!!!」
絶叫が轟く。そして、掻き消すようにして冷えた砲声が渡った。




