Chapter 16 ココロは惑う
前回投稿から三ヶ月過ぎての久々の投稿になります。
リアルでのイベントがようやく終わったので、投稿ペースは遅めですが、また続きを上げていきます!
あの騒々しい夜から3週間が経過した。未だ逃げ果せたレオン・久瀬の進展はなく、その兆候すら現れなかった。
世間を賑わすマスコミが挙って都市保安警備隊へのバッシングを行っているらしいが、気に止めるような問題でもない。
一時的な入院による練度の低下を補おうと試みる俺にとって、今大事なのは目の前の出来事なのだ。シミュレーション筐体に座位し操縦桿を補助的に振るう。
頭に被さるHMDの脳波受動器を介した意識のやりとりが、デジタル上のTYPE74を手繰る。前へ後へと四方向自在に操ってみせ、コンピューターグラフィックとして作られた敵の姿と戦闘する。
「レベルを最大に設定」
音声認証による入力で景色が暗転。一瞬の暗転とともにカッとした光の拡がりで舞台ががらりと変わる。入り組んだ建造物群、設定場所は人型兵器には不向きな構造物が群れを成す工場地帯。敵機は三機、米軍の第三世代機「フランクスⅡ」陸軍仕様のハイグレードモデル。武装は不明。
訓練開始のベルで意識が状況下へ臨む。狭小な空間、毛先にまで神経を行き渡らせなければ即座にでも建物と接触しそうな勢いである。
「敵機捕捉」
冷淡に呟き、呼吸は手先を操りFCSのガイドラインに従ってロックオンし、目標情報をシステム上に輝点として表す。
太股のウェポンベイから取り出した拳銃の銃口が敵の姿を捉えたとき、恐ろしく鋭い反響音が木霊した。鼓膜を破るのは容易く失神すら可能なほどの銃声、二から三回ほど鳴り渡るとうち一発が跳弾の音を鳴らす。
敵機の反応が一つ消えた。
次と言った俺の意思は敵意を向ける二つの反応へ食らい付く。
トリガーのスイッチを押す度に戦人は呼応して拳銃の引き金を引く。銃声が轟く度に自分が以前のような、諦観し意趣返しのようにイミテロイドを撃ち殺してきた存在へと回帰していく。
少しはマシな存在になれる。桜花の手前で語ったそれは紛れもない本音に違いなかった。変化を望み、ただ注がれた怨念のみに左右されて引き金を引いてきた自分と決別を図ろうとした。
だが、現実はどうだ。
「二機目、撃墜。次だ」
予め用意された台詞を吐くようにして、俺は人間味のない言霊を並べるに過ぎない存在へと化す。
引き金を引く度に戻される。底無しの沼に足を取られ藻掻けば藻掻くほど脱出出来なくなるのと同じで、今の自分から脱却したいと足掻くほど、過去の自分が強く絡まる。
『フェンリル』の名を与えられたこの機体と同じで、今では獣の領域に足を踏み入れてしまった俺から染み出るそれは、常套的に繰り出される殺す手立てそのものであった。
「………捕捉、撃つ」
冷淡な声が引き金を引く。
銃声を従えて弾丸が跳ぶ。コンクリートの外壁を貫き、鉄骨が跳弾の音を迸らせる。HMDのグラスに映ったマーカーシンボルの輝線を目安とし、天球の液晶ディスプレイが見せる外界との差異を校正。遮蔽物を頼りに反撃を伺う敵へロックオンを刻む。
常套的な操作を徐々に思い出し、習慣づけられた操縦者としての勘を取り戻す。
治安のために殺してきた今の俺に出来ることは、獣として斗って引き金を引き続けるしかないのだ。
操縦の思考と分離した空間で、俺は自らに問いを与えた。
人間らしくなれるかもしれない。
俺は人間だ。人間擬きとして扱われる人造人間の類いではない。少なくとも社会は俺を人間として扱っている。だが、今の自分を見てどうだ。無意識のうちに引き金を引き、慈悲も与えず責務として対象を廃棄処理する自分の姿が、人間のソレなのだろうか。
俺は違うと認めたかったが、完全な否定まではできなかった。
彼女の求める展望の中で語る人間的存在とは、治安を維持するための獣としてイミテロイドを廃棄処理する自分のような存在ではない。例え、法を犯した残忍なイミテロイドだったとしても、慈悲をもって手を差し伸べる存在─────ともすれば彼等を人と同類項に扱い、更正する機会を与える存在なのだ。
ギリっと奥歯を噛んだ。と同時にトリガーも引いた。
音響センサーに一瞬の狂いを与える発砲は、火薬のエネルギーに導かれた弾丸の発射を周囲に知らしめる。それはある種の比喩的表現に用いるなら、それは自らの拒絶反応に他ならない。
俺にはできない。できる訳がない。シティ・ガーディアンに入りたての頃だったら、まだ変われたのかもしれない。
しかし、今の自分に変わるための資格はない。引き金を引いた数は知れず、廃棄処理してきた数も知れない血みどろに塗れた手で今更人間らしくもなれるはずがない。そして仇討ちから来る私怨すら混ざり合っている。
気付けば操縦桿を握った手に力が入っていた。
神経が苛立ってるのが分かる。操作系の伝達信号を一括制御するマトリックスにノイズが混ざっているのが何よりの証拠だ。
混濁とした葛藤の中、十メートル超えの巨体を操る。クリアにならない信号は操作系の伝達を遅延させ、挙動を狂わせる。
割り切ろうと抵抗するが頭に張り付く。苦悩から退けようと蓋をしても、溢れ出てくる。人間として生き、人間として判断し、人間らしく振る舞おうとしても一度染み付いた獣としての自分がそれを拒む。
「チッ………、ノイズが混ざる」
照準がずれていく。いつもの感覚が損なわれているのが分かる。これ以上進めたところで意味が無いと認めて、訓練の強制終了を促す強制停止のボタンをやけくそ気味にぶっ叩いた。
ゴンと強い衝撃とともに天球の景色が暗転して黒々と染まり、次の瞬間には空気の抜ける音ともに外界の光が雪崩れ込んでくる。
コックピットのハッチが開き、外界の空気を求めるようにして外へと出る。
HMDを乱暴に脱ぐと機付きの整備士に手渡し、昇降デッキへと歩く。
「よっ、そこの旦那、お茶でもどうだい?」
戯けた調子の声がした。声の主は分かっていた。故に気怠く振り返る。視界に入る優男────同期の草薙が手摺りに寄り掛かって手を振っているのが見えた。
「何か用か?」
蟠った思考によって害された気分のまま、ぶっきら棒に答える。
「連れないねぇ~。同期間で親睦でも深めようってのによぉ」
いつもの軽い口調で心にも無いことを放って、草薙は何かを投げる仕草をする。ヒュンと飛んでくる物体を手早く取ると、それが缶コーヒーであることを認識する。
「俺の奢りだ。別に後でせびたりしねぇよ」
「そうかい、なら遠慮なく頂く」
蓋を開け、冷気の白さが立って冷たいコーヒーで喉を潤す。苦味が喉を占める、節を打つ酸味に抵抗感を覚えるも構わず喉を潤した。
「俺の奢りを堪能して貰ってるとこ悪いんだが、一つ聞かせてくれよ」
「何をだ?」
「あの時、何故撃たなかった?」
手を組んだ彼の目は張り付くようにしてジッと俺を見た。怒りすら感じられるほどの勢いで睨めつける目に、いつものちゃらんぽらんな雰囲気はない。
「その理由を聞いてどうする?」
「返答次第では、お前に修正を入れるさ」
「…………俺を監視でもしてるのか?」
「まさか、これは俺個人の問題さ」
腕組む草薙は逃がしまいという気配を発していた。
内耳に反響する草薙の言葉をもう一度自分に問い質す。何故、撃てなかったのか。爆発物を所持していたのは理由の一つだが、状況と自身の腕から察すれば操縦ブロックへ命中させるのは造作も無いことだった。
俺は撃てなかったのではない、撃たなかったのだ。不意に見た空の右手、そこに残るはずだった射殺したという感触はない。戦闘の最中、俺は彼女の命令に無意識に従っていたのだと思う。
彼女の手前では見せたくなかった、自分の攻撃性が剥き出しとなった獣としての姿。憎悪が怒りを焚き付けて攻撃性を増す。しかし、それを抑制しようと振る舞ったお陰で隙を突かれ、結果として今至ったわけだ。
「お前があの時、撃てていれば戦人を大破させることも無く、ひいては奴を取り逃がすことも無かったんだ」
「あぁ、そうだ。完璧に俺の判断ミスだ」
判断ミス。簡単な口振りで吐き捨てたのを草薙は見逃さなかった。
グッと伸びた腕が襟を掴んだ。力の入った手で俺は彼の元へと手繰られる。睨めつける顔が視界に入る。
「簡単に言ってんじゃねぇよ。下手すりゃ小隊全滅だったんだぞ」
「分かっていたさ。だったらよ、草薙が狙撃しても良かったんじゃないのかい?」
「な、何ぉ」
意地悪をしてしまったと思う。草薙は発作が出てしまったがために撃てなかった。それを知っていたが故に、俺は意地悪く言葉を返してしまった。
ムキにならざる負えない草薙を見て、襟首掴んだ手を優しく解く。
「悪いこと言ってしまったな、すまない。咎められるのは俺の方なのにな」
気まずかった。直ぐにでも離れたかった意思が反映されてか、解いた手を軽く払って歩きだろうとする。
「おい、待てよ」
肩を掴まれる。追いすがった彼の目に逃げるなという意思が含まれていた。話は済んでない、納得してないという顔だ。
「話は終わってねぇぞ」
「これ以上、何を話すっていうんだ?」
「話すことは山程あるさ。幼馴染みだか知らないが小隊長が変わってからか、お前少し変だぞ」
変?と聞き返したが、内心はそうなのかも知れないと考えている自分がいた。
「そうさ。あの小隊長……都留……だったよな、そんな奴と出会ってから、お前は変になっちまった。言葉に表すのは難しいが何というか、キレが無くなった。以前の南雲ならあんな野郎、有無を言わさずに撃ってただろ?」
草薙の一言は胸をよく刺す。
キレが無くなった。心外な一言の一つだったが、確かにそうだと納得する部分も含んでいた。確かに俺はあの時、撃とうと思えば間違いなく操縦ブロックだけを撃ち抜けた。
「確かに撃てたさ」
「だったら、何で!」
荒いだ声は格納庫の鉄骨を震わせた。草薙からすれば理解しがたかったのだと思う。撃てる筈の対象をみすみす逃すような行為をしてしまった俺に、疑問も含んだ苛立ちを打つけているのがよく分かる。
分かるからこそ俺も理由を探している。頭の中を、心の中を探して見つかったものは彼女に与えて貰った人間らしくあろうとする心そのものだった。
「俺は………人間らしくあろうとしたのかもしれない」
「何だよそれ………、人間らしくありたいって何なんだよそれは!」
草薙の沸いた怒りが肩を掴む。俺への怒りは掴んだ握力でよく分かった。しかし、肩を振り解く。そのまま力任せに振り返ると、俺も草薙も互いの襟首を掴んで手繰り寄せる動きを見せる。
グッと見据えた眼差しが目力も相俟って睨みつける。
「いまさら………、いまさら俺達が人間らしくなれるわけないだろ! 俺達は獣だ、人なんかじゃない。秩序のために命を喰う獣なんだよ! それをいまさら!」
「んなことは、分かってるんだよ!」
声だけがよく響いた。
葛藤の中から生まれ出た主張が互いの精神を逆撫でる。
身勝手な主張と思ったに違いない。だが俺の中で密かに燻っていた違和感が、人間的理性を持って引き金を引くという答えへと辿り着こうとしていた。
治安維持を名目に、組織のカラーに保護され、法の下で不良品の烙印を押されたイミテロイドを含めた人造人間共を廃棄処理する。
そこに人間としての自分があったのか。
そこで自分は人間であろうとしたのか。
「俺は、もう一度自分に問いたいんだ。引き金を引く意味を!」
「ふざけんなよ! 自分だけ潔白になりたいってか?!」
「違う! 俺は今一度問いたいだけなんだ!」
「フン、だったらよ、同じ事を死んでいった先輩達の前でも言えるのかよ!」
俺はその言葉で喉に見えないナイフを突きつけられたような錯覚に襲われた。
人間的であろうとする理性に噛みつく復讐の執念が、引き金に指をかけさせようとする。頭は理性的に振る舞おうとしても、心や身体が拒絶を示してはイミテロイド共を廃棄処理しろと訴えてくる。
罪のない命を私利私欲のままに食い散らかす奴等へ、治安維持の名目の下に人の正義をかざす。
奪った者達へ意趣を返すために、怨みを晴らすために引き金を引く。
それが俺達に与えられた役割。
そして残された者の使命。
「言えない……………、言えないさ。言えるわけがない!」
「だったら!「でもよ!」」
俺は被せ気味に草薙の言葉に噛みついた。
声を荒げて前のめりになる身体を押さえて、見据えた目は草薙に張り付く。
「俺は問いたいんだ」
「お前ぇ!」
「分かっているさ! 俺はもう獣なんだ。奴等を廃棄処理するための獣だ。だが、たとえ獣だとしても、獣として引き金を引く意味を俺は自分に問いたい!」
これが精一杯の本音だ。子供のような理屈の通らない我が儘なのも理解している。こんな事で甘く取り繕った言葉で草薙を説得できる筈もないことを。
だから、その場から逃げるしかなかった。
「おい、待てよ! そんなんで死んでいった先輩達が浮かばれんのかよ!」
草薙の後ろ髪を引く一言で逃げ出そうと構えた意思が止まる。立ち尽くしながら、同期に背を向けながら、ヤケクソ気味に言葉を吐き捨てる。
「先輩達の無念は晴らすさ。自分の中で答えを見つけてから、必ずな!」
もう自分でも何を言ってるのか分からない。自分が何をしたいのかも、何を思っているのかも。
俺は、人間として生きたいのか?
俺は、獣となって茫然と引き金を引くのか?
気付けば走っていた。同期の止めようとする声も振り切って、その場を後にする。
混濁した精神が心を掻き乱す。桜花が目覚めさせた人間的であろうとする理性、そこに噛みつく先輩の仇を討とうとする使命感、そして輪に掛けて増長したイミテロイドへの憎悪。
全てがゴチャゴチャだった。だから、逃げ出した。当てもなく、ただひたすらに走り続ける。
答えなんて見つかりはしない。そう暗示でもしているかのように、格納庫を飛び出して俺は走り続けた。