chapter 09 戦闘空間
地ベタから発したエネルギーの茸は半球状の拡がりを見せ、瞬きする間もなく熱と爆風と衝撃波を胞子のように拡散した。それだけで剥離した意識が蘇る。
音が遅れた。天球のモニターは白から赤へと遷移し、遂には狂暴な炎に呑まれた。熱と衝撃波、破砕された区画の瓦礫が織り成す渦。人を無へ帰すに十分すぎる爆発のうねりに、TYPE74が呑まれる。
『畜生! やられた、罠か!』
叫んだ草薙の声。悲鳴にすら聞こえる彼の負け惜しみを間髪入れない爆発の連鎖が掻き消す。
逃げ場を求める炎達が建物より噴き、柔い人工の地盤が崩落する。ヒビ割れる暇も無く無惨に砕け散った当該階層。不意を突かれた二機の鉄巨人は地上135メートルの高さから文字通り、落ちた。
『うわっ、落ちる!』
「ちっ!」
HMDバイザーに映るグリッドの高度シンボル。急激な減少値を示すソレを睨めた瞬間、乖離した意識的反射がペダルをベタ踏みさせた。機体の背部と脚部からなる跳躍ユニットの双方から強大な推進力が吐かれた。
ロケットエンジンとのハイブリッド構造を為すハイブリッドターボファンにしか出来ない芸当である。緊急時と急加速したいときに良く役立つと南雲は捨て台詞的に言葉を残す。
重力に抗い、50トンを優に越す人型は空中制止した。高度シンボルを見るに四十メートル近くは落下したことを知る。
鋼の巨体を宙に留めつつ「野郎ぉ、嘗めやがって!」と若い台詞が迸った。
ノイズ走る天球のモニターは土煙と夜の暗さも相俟って状況の把握には役立たない。頭を切り換える。視覚モードを可視光モードからIR(赤外線)モードへの移行を思案してやるとモニターの景色が変わる。
青黒い景色の中、点在する白化した熱源。そして火災の発生箇所とは別に動く巨大な熱源。そいつは面前へ一杯に広がるとモニターの全てへ映り込む。直後、衝撃が襲った。
視覚モードを可視光モードへ戻す。突っ伏し脳を揺さぶられている最中に映った、赤色に輝る単眼。
『南雲ぉ!』
「この野郎!」
草薙が絶叫し、組み付かれた南雲のTYPE74はバランスを崩して、乱暴なままに下層区画へとその身を投げる。
音と衝撃の二重奏は彼の感覚を殺ぎ取っていった。取っ組み合った互いの顔面が視界に入る。一方は蒼白な双眼を持つ完成された軍用規格の顔、もう一方は工業製品として製造された可愛げない赤色隻眼の骨格剥き出しの顔。
巨躯な脚と痩躯の腕、中太りな体躯で継ぎ接いだ不細工な巨人。敵の継ぎ接ぎな躰は金属の音を靡かせ、痩躯な腕に釣り合わない巨大なロボットアームを振りかざす。
外気を割いた低音は特殊装甲の剛腕に受け止められる。ならばと踏んで空いた片方の腕も振り上げるが、TYPE74はその攻撃すら受動的に去なす。
互いの腕を互いの腕が絡め、取っ組み合いの姿勢は続く。腰を後方へ入れ込む重心移動により、対峙した二機の巨人が力任せに互いを壁や柱へとトン級の重量を叩きつける。衝撃で壁面は瓦礫へと変換され、火花と粉塵が咲き乱れる。
端から見れば舞踏のようである。だが原始的手段を行使した力任せの攻撃が、殺気立った戦闘の真っ只中であることを周囲に示す。
「中々、しつこい奴だな…!」
降って湧く感想を悪戯に発し、無意識のうちに言葉を消費した。眼球の動きに合わせた目視捕捉シンボルを当該機の姿へ重ねようにも、この視界が真面に確保できない状況では捕捉できない。
粉塵が舞う、音が重複し合う、衝撃と位置移動によって方向感覚すら鈍くなる中、目視捕捉から電子捕捉に切り換える。
TYPE74のAESAレーダー五基が起動し、対地捜索モードで敵を捉える。天球のモニターに投影されたシンボルマーカーは眼前の奴を表し、捕捉シンボルが自動的に重なりロックオンが完結する。そしてHMDに映る多岐のシンボルを頼りに空間把握を行う。技術の進歩が電子式センサーと生物の感覚を同期させるに至っても、この混乱の中では熟達されたデジタル技術が頼りになる。
方位スケール、距離スケール、機体シンボル、ドリフト軸等々のあらゆるシンボルが、頭の中で空間把握の想像を補助した。自機と敵機の位置関係、地形も考慮して攻撃の手を加える。
取っ組まれた左腕が当該機の腕を払い除け、そのでっぷりと蓄えた胴体へ渾身を撃ち込む。金属を殴打した音、瞬間に発生したソレは二機の躰を触媒にすることで反響の現象を生んで吹き抜けの空間を駆け抜けたに至る。
自身の右腕を挟んだ相手の腕。蟹挟みのような典型的なロボットアームを、拳として撃った左手が間髪を入れず乱暴に掴み取る。空中での踏ん張りを利かすため脚部跳躍ユニットに思念を飛ばす。
轟!と狂暴な力が生まれる。ロケットエンジンが生む瞬間的な推進力は一時的な空中制止状態を生み、足裏に重力を与えた。
「今だ!」と咄嗟に言葉を消費した。
踏ん張りの利く足裏の接地感を頼りに、腰を落とし込んだ重心移動が生み出す初動を糧とし、更に回転運動へ転換。奴を文字通りぶん回しては半回転する間もなく建物中心部へ向けて投射。
当該機は面白いくらいによく飛んだ。40トンは下らない巨体が狭隘な空間を、なだらかな放物を描いて抜けつつ中心部の吹き抜けへ落ちた。
完成すれば50メートル程の吹き抜け構造。その虚空たる空間に継ぎ接ぎの人型は重力に抗うことなく落下し、点ほどの大きさに縮小していく。
逃がさない。そう思念し気付いたときには自身と一体化するTYPE74も、次の瞬間には虚空の中に身を置いていた。
装甲板が空気を鳴かせる中、思念が溢れて「逃がすかよ!」と、言葉を走らせる。
操縦桿を絞めた勢いで吐く絶叫が天球の空間で木霊する。モニターが移すターゲットサークル、その内で忙しなく右往左往とした拳の着弾予想シンボル。
火器管制レーダーはよく機能している。暗闇の中、映えた赤色の隻眼。相手の姿をよく捉える為、AR機能スイッチに手を掛ける。瞬時にシーケンス処理され、TYPE74を通して見る世界にCG加工された当該機の姿が、在り在りと天球のモニターに映し出される。
姿を目視確認。意識するより先に思念が飛び、TYPE74の右腕が動く。キツく締めた拳、風鳴りを裂くアクチュエーターの駆動音、剛腕に力を与えるモーターの回転力、それら一連の過程が最大威力の直突に繋がり、自重も上乗せた一撃は隻眼の巨人のステンレス鋼を貫通する。
拳が侵轍していくのが分かる。一瞬花開く火花の余韻が内蔵部品の損壊を知らせ、南雲の意識がTYPE74の拳を引き抜く。内蔵部品ごと抜いては火花がまた花開く。青い液体、クーラント液が勢いよく噴き出す。まるで出血を思わせた。引き抜いた反動で開く掌が溶接跡残るステンレス鋼を五指で噛み、掴んでは離さない。
無我夢中。今の意識状態はそんな言葉が一番相応しいだろう。戦闘のセオリーや訓練通りの行動、そんな物が全て頭の中から失せていた。身体に浸透しきった格闘戦術を根底においた獣のような攻撃が当該機を攻める。喰らいつき、バラし、破り、壊す。意識が剥離し機体と一体となり、そして剥がれた意識が現実と重なったとき、TYPE74が当該機の躰をブレーキ代わりに落下していることを認識する。
高度シンボルの値は下降し、景色が線状に流れる。継ぎ接ぎの人型を内壁へ叩きやり制動機代わりにしては、更に降る。
『フェンリル2、何をやっているの?! 当該機の確保を! それに建物をこれ以上破壊してしまっては!』
聞き知った幼馴染みの声。だが、今は単なる雑音にしかならない。耳に煩く残る声を掻き消し、意識の趣くままに声をHMDのインカムへ叩き込む。
「うるせぇ! 俺に、話しかけるな!」
型枠に嵌まった素人丸出しの指示を迫力ある罵声で一蹴。傾倒した意識の中、聞き知った幼馴染みの声が消える。そして、戦人と繋がる身体は敵と言うべき眼前の当該機が放つ殺気を明白に感じとる。
一方的で横暴な殺気。ともすれば未就学児の駄々にも似た感情の爆発。成るようにならない苛立ちと屈折した劣等感から来る被害者根性のような駄々だ。
抑え付ける腕を、蟹挟みを想起する特徴的なロボットアームが掴み掛かる。スチール合金製の蟹挟みに力が備わり圧殺しようとしてくる。特殊装甲は弾丸や砲弾等の瞬間的な破壊力には強いが、徐々に負荷を掛ける永続的な破壊力には弱さを示すことがある。
目前の敵は、その性質を理解している節がある。誰かが吹き込んだ入れ知恵、それを考える暇はなかった。ロボットアームによる単純な圧壊を狙う、敵の算段を崩すことに意識は傾く。
(武器は………!)
ウェポンストアに目配せし、近接用短刀を選択。腰部懸架装置の封印が解かれ、ロックボルトの解放とともにプログラムされた動作で得物を抜く。
抜刀。暗闇に翻る刀身は黒鉄を光らせ、直ぐさま超振動により赤色の熱を帯びる。熱気を放ち周囲が歪む。目標のロボットアームを目視捕捉、順手に持った短刀が閃く。振るった左腕、刀身が身に触れるや否やバターを切るように糸も容易く刀身がスッと入り、刃が抜けては肘下からが上腕より離れる。
切断面は熱で赤くなり右腕がロボットアームの拘束から解放された。無機質な単眼は驚愕の色を示し、失せた腕は宙に歪な円を描く。
近接用短刀を格納し、空の左腕で一発黙らせる。
「腕の一本くらいで狼狽えてんじゃねえよ!」
狭小な天球状の操縦室で罵声が独りでに響き渡る。解放された右腕が殴る叩くの殴打を繰り返した。モーターのトルクをロックし、一つの塊と化すマニピュレータが振るわれる。スチール合金は拳の形状通りに窪み、一部使用のアルミ合金は弾ける。
形状が様変わりしていく敵機を一瞥、遂に両機が最下層へと辿り着く。粉塵を割く眼光。瓦礫の雨霰を掻き分け巨人達は激突する。拳や蹴り等の小細工をする余裕も無く、躰を掴んでは手頃な柱や壁へと叩きつける。力任せに放り投げ、巨躯と巨躯が衝突し合う泥臭い戦闘が続く。
「ったく、確保しろってのが至極難しい話だってんだ!」
苛立ちを塗す声色が意思を撃ち込む。何遍叩き込んだか分からない胴体や顔面は、原形を留めず潰れたパンの形相を見せる。モノコック製のボディはクレーターだらけ、材質によっては貫通し内蔵部品の破壊から来る潤滑油やクーラント液の噴出がヤケに映えた。
形状を保てない顔面は未だ赤色の光を見せ、隻眼が機能していることを窺わせる。動くことすら可笑しい状態に南雲はある種の戦慄を覚える。
「いい加減、止まれってんだよ!」
払拭するために苛々任せの蹴りを、今にも崩れそうな土手っ腹に撃ち込む。
ガキンッとした効果音を撒いて距離が開く。TYPE74と当該機である大破寸前の人型の間に、空間が現れる。転がって受け身を取る当該機はスッと起立し、形状を失いつつある隻眼で睨めつける。
最早ロボットアームの機能を完全に喪失した右腕は、突然爆発の音を発して肘より外れた。
「悪足掻き……かよ?」
身構える。今更何が来ようが驚きはしない。その腹積もりでいる南雲の手前、ガタリと無造作に落ちる当該機の右腕。今まで精気を醸していた物は、義手と変わらぬ無機物さを放つ。
「腕を変える気か?」
直感がそう告げさせた。腕を構成する重機は住吉工機の『ビルダーマン』、肘下より着脱式のモジュールアームが状況に応じて付け替えられるのが売り込みだったか。
ロボットアームを捨て、空の肘が動く。そして当該機の面前へ不自然に置かれた巨大コンテナが開放される。遠目では複数の円筒形で構成された物体と認識、肘下の三方固定式アームがソレを掴みとって固定する。
新たな腕。挿げ替えられた腕が持つ機能を理解するのに時間は掛からなかった。
刹那、耳脇を何かが撫でた。一回ではない複数回撫でられた感覚。触る空気の波と遅れた音の響き、前方で轟く連鎖音に呼応して噴いた火炎。
「き、機関砲……だと」
腕部一体のソレ。競りよく伸びた七本の銃身、回転式の装弾装置と脇に添えたベルト給弾式の弾倉一式で作られたソレは、紛う事なき機関砲だと認める。
発砲時に戦人の目が記憶した映像を基に口径を算出、30ミリの機関砲だと再確認した。
「ライブラリ照合、当該機の機関砲を登録火器より検索」
南雲の一声に、戦人のパイロットサポートシステムが検索を掛ける。数秒かからずに検索結果が反映、照合の結果は機関砲はGAU8(アヴェンジャー)と出る。
「よりにも寄って米軍の兵器が出るとはな………、フェンリル2よりコマンド、当該機は火器を装備している!」
冷静に取り繕うも声色に荒いだものが混ざる。若さ故に動転する気持ちを無理矢理押し込めて、事に臨んだ。
通信を介したコマンド側の反応は素直な驚愕を示し、息を呑む様子すら想像に難くない。
『か、火器?! 野郎はどんなチャカをぶっ下げてるんだ?』
久方ぶりに仰天した司馬へ「30ミリ機関砲……照合の結果はGAU8と出た」と返す。
『GAU8? 米軍のアヴェンジャーじゃない。そこら辺の模倣品如きがどうやって……』と空かさず湯田川が胸中を吐露するも「分からない、だが考えるのは後だ。コマンド、銃器の使用を求む」と答え、指示を仰いだ。
ウェポンストアを開く。強襲で制圧型自動速射砲は手放している。ならばと右脚部懸架装置を選択、45ミリ自動速射砲を主兵装へ変換する。
敵機が火器を保持し尚且つ使用、被害も出ている。段取りは揃い、大義名分も得た状態だ。銃器の使用は疎か実弾発砲による対象の処理も十分可能である。どんな馬鹿でも、この状況下では銃器の使用は許可すると睨んでいる。少なくとも、経験の浅い新米指揮官である都留桜花でも現況は理解できるはず。
秒すら惜しい時間の中、急いた声が響く。
「時間がない! コマンド、銃器の使用許可を!」
『コマンドよりフェンリル2、じ、銃器の使用を許可します!』
「了解…」と一言返す。
状況を見極められぬ程の愚か者でないことに感謝し、ウェポンリリースを行う。
右大腿部側面の装甲が浮きスライド機構によってウェポンベイへ搭載した、見た目は拳銃に酷似した自動速射砲をTYPE74へと与える。空の右手が火器を抜き面前に構える。オートマチックではない製造メーカーと開発庁の趣向が押しだされたリボルバー、撃鉄を上げ弾倉を回転させる。
「悪いが、一発で仕留めさせて貰う」
自動速射砲側の火器管制装置と同期、ターゲット情報を移送しロックオンを完結。引き金に指を掛ける。人差し指末端の圧センサーが感知、第三第二関節のモーターを連動し引く動作を行うその刹那の間に、都留から聞いた耳を疑う指示が飛ぶ。
「使用を許可しますが、被疑者の確保を最優先に!」
「なっ?!」、何!?と叫んだ。
コイツは馬鹿なのか。相手は銃ではなく、機関砲を所持しているんだぞ。なのに未だに確保を最優先とするのか。
(ば、馬鹿げてる……)、胸中で叫ぶ。
初めてのケースで動揺が隠せなかった。相手は少なくとも数十人単位の人間を殺傷できる凶器を保持し現在進行で使用している。この時点で模倣品の処理は確定しているのに、何故未だ確保に拘る。
頭が追い付かない。
「何故、そんなに確保へ拘る! 納得のいく説明があるんだろうな?!」
荒いだ声を諫めるように静かな命令が耳元に被さる。
『彼等は人です! 模倣品と言っても姿形は人間ですし、言語も、言動も、文化も理解できるんです!』
「だから、どうした?! 人型であろうと奴等に人権も無ければ、人間として証明する物は何一つ無い!」
『だからと言って、ただ処理してしまうのは、剰りにも傲慢すぎます! 彼等にも心は有るはずです、罪の意識だって……償おうとする意思だってあるはずです!』
絶句。と言うよりは理解不能というのが正しいか。伝えたいことは解る、だがこの場は模倣品共の自由意思決定権を議論する法廷ではない。一つ注意力を殺げば命が一つ二つ簡単に消える戦場だ。
「ふざけるな! お前の甘っちょろい考えなんか……!」
『させます、通用させます! 正しいって事くらい証明してみせますから!』
「お、おい、待て!」
制止を振り切り通信が一方的に途切れる。フライボールが作成した三次元エリアマップの端、味方識別のシンボルが動き出す。
本気かよ……、南雲は柄にもなく驚き言葉を溢す。コマンダー機を示すシンボルが移動している。目的地は考える間もなく、ここだと推察できる。
「本気で模倣品を説得できるとでも思ってるのかよ……」
馬鹿を通り越してぶっ飛んでる。浮かんだ思考を捨てさって目前の当該機へ意識を傾注。機関砲で武装したことで、最早当該機と表すよりかは怪獣機と表現するのが正しいか。
ロックオン照射の警報。『Warning(警告)』のガイド音声が数回聞こえた頃には、TYPE74が右へと体勢を傾け地面を転がる。火炎の閃きに応じた蜂の羽音より甲高い発砲音。数秒遅れたなら蜂の巣だったろう。
コンクリート製の大地を抉る弾丸の群体。その群体から逃れるように数回側転しリボルバー式の自動速射砲を面前に、そして発砲。撃鉄が雷管を打っ叩き、弾丸が発射。右脚に弾着するが一瞬の制止挙動のみで、完全停止の気配はない。
減装薬と言えど使用弾丸はホローポイント、貫通力は無いが内部破壊には長けているはずだ。
「何か……やってるのか? それとも当たり何処が悪いか?」
TYPE74は身を捩り、機関砲の応射をやり過ごす。
考える暇は無い。あの馬鹿野郎が下した命令通りに、今は被疑者の確保を優先事項として遂行するしかない。
冗談じゃない!と咆えたかったが、此方にも特級ライセンス持ちの意地があると南雲は柄にもなくムキになる。機関砲を持った錯乱状態の相手へ逮捕術をやれと命令されれば、やるのが現場の務め。誠意と責務を持っての意見具申は認められてるが、上司の意向には専心を持って臨まなければならない。それが実働部隊の務めであり義務だ。
承服為かねる命令を無理に流し込んで、ウェポンストアから自動速射砲を外す。戦人のシルエットが浮かぶ液晶、その両腕を選択。超電磁破砕鍔を主兵装へ移行。
リボルバー式の自動速射砲を右大腿部ウェポンベイへ格納。直後スライド機構を有した装甲が手の甲を覆い、籠手を形成。両の拳を対面に打ち付ける。挙動は起動指示を表し、離す拳同士の間に力場が生まれ出る。力場より生じた雷電は渦を巻き拳へ纏いつく。
「チッ、やってやるか………、気乗りはしないが」
紫電が爆ぜる。両腕に迸る電光、目を潰す程の光輝をもたらして直流1500ボルトの電気が拳を這いずり回る。
「来いよ、継ぎ接ぎ(フランケン)野郎! そのまま埋め立て地に送ってやる!」
高揚する感情は起動キーとなり10メートル超えの巨体が地面を蹴り上げる。ロケットスタート気味に走り出し、空いた距離を削る。
接近と同時に発砲。闇夜に出でた高初速で進行する群体を耳脇に感じ、重量50トン越えの巨躯を上乗せした拳が空気を裂く。
【確保】、その無謀な命令のままに南雲は独り、姿見途切れる暗闇の中を戦人なる機械の意思となって、操縦桿を振るい続ける。
使命や誇りではない、ただ己が与えられた義務を果たすために。