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CITY GUARDIAN  作者: 景虎
Prologfile 邂逅そして岐路
1/45

序章 巣立ち

はじめまして!

小説家になろうさんに初めて投稿させて頂きます。

文章に関しては未だ修行の身であり、設定や文章のチグハグと誤字脱字があるかもしれませんが、温かい目で見守って頂けると幸いです。


熱量だけは負けるつもりはありませんのと、この作品を気に入って頂けると嬉しいです。


仕事の合間を縫っての不定期投稿になりますが、よろしくお願いします!

人がシステムの寵愛を受けてから半世紀近くが経過した。過去の大戦を糧に国土は再建され復興は新たな経済を躍進させた。そしてシステムが人の営みを支え浸透していった。人が自らの人生を自分ではなくシステムに委ねるのが常套化した中、南雲武瑠なぐもたけるは自らの人生の岐路に立たされていた。

(参ったな……。進路確定申告の提出、明日までじゃないか)

 針山の如く伸びた髪を掻く。手元にある学校支給品の個人タブレットには、進路確定申告のウィンドウが映る。書類は一昔前の履歴書に類似しつつもグラフや学歴、バイタルを始めとした個人情報の履歴が登録されている。

 南雲はタブレット端末によれば、評価『A』という判定を押されていた。

 厚生省AI人事課からの通達に寄れば進学先は『帝都大学』、『早慶大学』、『東専大学』と名だたる有名大学を進路候補として挙げていた。誰もが羨む金では買えない勝ち組の人生だ。だが、南雲は笑顔になるわけでもなく唯々仏頂面になり選択を渋っていた。

「予想はしていたが、何とも詰まらない結果だな……全く」と斬り捨てると、背もたれに体重を預ける。

 南雲は我ながら大層な身分だと自分を評価した。サクセスストーリーの道を歩んでいる、しかし此に反発するのは贅沢なものかと独り悩む。

 夕日が差し込む教室にポツンと独り黄昏を嗜む。予想通りの結果は特別な感情を湧かせず、退屈だと宣うくらいには酷く詰まらない。親の愛を受け、いや心血を注がれ、システムの加護を受けて真っ当で不変な人生を歩んできた。

 初めから誰かが決めた線路レールの上を走る人生、そんな人生に意味はあるのかと疑心暗鬼に駆られもする。思春期特有の不安感が反発心を煽ぐ。予め曳かれた道。それも人為的ではなく機械(AI)が個人の歴と癖と能力を基に算出した無難ベターな幸福への道だ。

 果たして、それが個人の最良な幸せになるのか南雲は疑問でしかなかった。

『あなたの道を、あなたの幸せを必ず保証します! 社会を幸福に、社会を躍進へ、厚生省AI人事課が誇るライフサイクルマネジメントシステム(オラクル)が、あなたに幸福の福音をもたらします!』

 馬鹿にデカい音響を使った宣伝。都心を周回飛行する広告用飛行船のスピーカーが、教室にまで広告を押し売りする。

「うるせぇな……」とつい、本音が漏れる。

 都心を一周69分程で周回する厚生省所有の飛行船。システムの稼働から既に半世紀が過ぎた今に至るまで、その広告内容は不変を貫く。スピーカーのスイッチが入れば、連日『オラクル』の宣伝を行う。提出物に追われた状況では鬱陶しい以外の何ものでもない。

「ったく、早く提出しないとな」と自分を奮い立たすも、画面を覗いて気が付けば背もたれに体重を預けていた。何回も繰り返すうちに背中も痛くなる。

「参ったなぁ、全然決まらない……」

「何が、決まらないのよ?」

「うっわぁ! びっくりさせんなよ……」

 椅子から転げ落ちた南雲を指差して笑う。笑った姿も綺麗な女生徒だ。頭頂部近くで結わった団子髪に端整な顔立ちも相俟って、男女ともに人気の高い都留桜花とどめさくらは、幼馴染みの南雲に手を差し出す。

「立てる?」

「子供じゃあるまいし、馬鹿にするなよ」

 手を借りずに立つ南雲を見て、微笑む都留。

「な、何か可笑しいか?」

「ううん、何でも。それよりも進路決めた?」

「決まったら、居残り食らってないっての!」と半分苛つきを露わにして反抗するが、都留の前では通じない。

 隣近所だった彼女とは幼少の頃から互いを周知する仲だ。でなければ幼馴染みと怠く呼ぶこともなかっただろうにと、一人聞こえない声で囁く。

 嫌いではないが手玉に取られている感じがして気に入らない。言えてしまえば楽だが、彼女を取り巻く自称ファンを名乗る連中の耳に入れば、何をされるか分かったものではない。正直な話、こうして二人で話しているのも剰り人に見られたくはない。

「どうしたの? 怖い顔してさ」

「いや、別に。何でもない」

 無垢な笑顔に罪悪感すら覚える。後ろめたい事なんてないのに何故だか、都留といることが他人に知られたくはなかった。

 都留との関係性、南雲は気に入らない奴とは言いつつも彼女と送る日々に心地よさを覚えていた。独り占めできる優越感、それは南雲に日常を忘れる一時の癒しとして機能した。

「何か、顔がニヤついてるけど、何か良いことあった?」

 顔の綻びがバレる。

「い、いや別に! そ、そういや、お前は進路決めたのかよ?」南雲は気を紛らわすように、口どもって話題を切り出す。

 都留は「決めたよ」と淡白に答えては「帝都大学に行くんだ」と進路先までご丁寧に教えてくれた。

「帝都大学ねぇ……」とタブレット端末を一瞥。進学先に帝都大学はあったが、乗り気になれない。心血を注げるほど勉学へ打ち込めず、かといって遊び呆けるのも時間を浪費するだけで生産性はない。目的もないまま、ただ社会的信用度の獲得のためだけに大学へ進むのは気が引けた。

 親の脛を囓りたくなければ、迷惑もかけたくない。浮遊な感覚と自尊心が「大学って柄じゃないしなぁ……」などと、贅沢な言葉を吐かせる。

「何言ってんの。今時大学なんて義務教育みたいなもんでしょ。でも……、推薦就職口は警察庁に、厚生省に、法務省と、結構より取り見取りじゃない」

 口元を締めた呆れ顔の都留は言ったが、当の本人である南雲は就職への気概もなかった。大学へ進学して四年も経てば結局、先の推薦就職口が推薦項目に名を連ねるのは目に見えている。

 父親が警察幹部という要素を加味したうえでオラクルは道を薦める。まるで蛙の子は蛙だとでも言わんばかりに、幸福度の高い半ば強制的な道へ進ませる。

 オラクルが国民に信頼されている由縁だ。幸福度、人は不幸や酷い仕打ちを受けたくないばっかりに最大限の妥協案を提案してくれる機械(AI)を発明した。そして、瞬く間に浸透し国民はオラクル無しには自分の道すら進めなくなった。誰もがシステムの加護を得て幸福を求める。進学も、就職も、転職も、果ては結婚や子供を設ける時期まで。

 辟易だ。うんざりだ。南雲は思春期特有の反発心を一杯に使って反抗した。システムの言いなりは御免だ。親父と同じ道をシステムが後押ししている。そう考えただけで嫌気が差す。

「悪ぃ、帰るわ」

「えっ? 提出は?」

「期限、明日までだろ。それまでに決めるさ」

 鞄を乱暴に取って教室を後にする。都留が後ろから着いてきたが構わず歩いた。校門を出れば街路樹が等間隔に植わった大通りへと出る。都心の学校はどこも似た造りをしている。荘厳な佇まいを見せるのは校舎を囲う塀の中だけ、外に一度出れば近代的でシャープな建造物群が見下ろしてくる。それでも此処いらは未だマシな方だ。バブル期に栄えたであろう学生向けの飲食店に楽器店と露店等々、築百年は超えるコンクリの建物を根城にして混沌を極める。

 人の温もりを感じた。この街並みを歩くときだけはシステムから解放されて自由な気分でいられる。 

「ちょっと待ってよ」と早足で都留が着いてくる。

 犬のように後追いする彼女を撒こうとしたが、ベッタリと着いて離れない。時折、顔を覗かせこちらの表情を確認してくる。

「もう、何怒ってるの?」

「怒ってない。さっきは……苛ついてたけどな」

「あっそう……、だったら美味しいもの食べに行こう! この間、新宿に新しいハニートーストのお店が出来たんだよ!」

 新宿か。新宿は嫌いだ。光ファイバ入りの偏光硝子の広告が織り成すビルディング。人がシステムの一部として機能した区画だ。だったら、古風な趣きを残す御茶ノ水で一服する方が性に合ってると南雲は思った。

「中央線使えば直ぐだよ! なんだったら東京の方に行く? あっちの方が開発は進んでるし新しいお店も増えてるし!」と都留は顔を輝かせる。

「俺はいいよ……。いつもの行きつけでカレー食って帰るから」

「何言ってんのよ、学生は今のうちだけなんだから、たくさん遊ばないと!」

 大人になっても遊べるだろと言う前に、都留は強引に腕を掴んでは駅へと足を運ばせた。

「お、お前な! ちょっとは人の話を聞けよな!」

「いいでしょ、別に。減るもんじゃないんだから」と彼女の勢いに気圧され結局電車に乗り込む羽目となる。

 右手の甲内のマイクロチップを改札機に翳して駅へと入る。ホームに上がれば見計らったように電車が直ぐ入線した。

 銀地に橙の線、変わらない個性を纏う電車は不変の風景を与える。見掛けのデザイン性だけは踏襲され続けた反面、自動運転システム等の技術面では新しい物へと行進され続けた。特に内装、褄の内壁に等間隔で配された液晶、ロングシートの間に揺らめく有機被膜の中吊り広告と、技術の進歩が感じられる。

「で、そのハニートースト屋はどこにあんだよ」

「駅から直ぐのところ」

 ウェアラブル端末を拡張し、SNS上の公式アカウントを見せつつ表情を変えながら都留は話す。幼少の頃から幼馴染みとして彼女を知っているが、一体幾つの顔を作れるのかと稀に思う。

 変わることのないジョイント音を靡かせ、その小気味よい音は南雲を揺らす。吊革に体重を預け、車内へ目配せする。車内はウェアラブル端末を片手にコミュニティを作り出す人達で溢れていた。仕事をする者、SNSで語り合う者、流行りの曲を共有する者、細部に至るガジェットは時代を反映したが、人の営みは百年も不変で有り続ける。

「何、仏頂面してんのよ」

「えっ? そんな顔してたか?」

「もう、自覚無しですか? てか、そろそろ着くんですけど」

 景色を眺めているうちに着いたらしい。制動に体を持ってかれそうな感覚を受けて、吊革に力を込める。

「おっ、と、と?!」と吊革に手をかけ損ねた都留が倒れる姿が映る。反射的に「お、おい!?」と声が出て、咄嗟に手を掴んで懐へ手繰り寄せる。

 身長差は僅か十センチ程、彼女の顔が胸に飛び込んだ。抱き抱えた彼女の温もりを覚える。鼻下で都留の髪が汗混じりのシャンプーの芳香を漂わせ、南雲の鼻腔を擽る。

 数秒の心地良い余韻に浸るも束の間、我に返り南雲は制動収まる車内で都留を引き離す。

「わ、悪ぃ」と赤面になる南雲に「あ、謝らないでよ」と都留も頬を染めて答える。

 青春を現すに相応しい場面。甘酸っぱいと表現するに値したい光景だ。周囲の反応を認める前に自分が恥ずかしくなってくる。南雲に都留も、気まずい空気を覚えた。

 割って入るように空気の抜ける音で扉が開く。何事もなかったと装って電車を降りる。気まずい空間から脱したくて改札へ一直線へと向かって外へと出た。

 密集した人の波を掻き分けた先に、ロータリーが広がる。水素エンジンを主基としたリニアバスやタクシーが客を待ち、人の流動が巨大な生き物の如く動き、ここがターミナル駅であることを示す。

「ふぅ、着いたね」

「で、ハニートースト屋ってのはどこにあるんだよ?」

「こっち、こっち! 確か都庁の近くだったはず!」

 手を引っ張って歩き出す都留に南雲は釣られた。早足になる彼女の呼吸に合わせて、こちらも足を速める。

 有機被膜の広告が下がる街灯は、どこもかしこも冬の到来を告げて白く結露する。街路樹は落葉し枯れ葉は宙を舞う。車の交通量は多く、年の瀬が近付いていることを知らせた。

 不変な日常。享受し続けるからこそ、その日常が尊いものであるかを忘却する。そして日常が崩壊した瞬間、人は安寧の有り難さを周知し慈しむのだろう。

 一迅の風が舞う。吹かれた空気に撫でられ目を瞑った。落葉が宙を巻き上がる音が異様なほどに印象的で、それは虫の知らせのような働きをした。

 暗幕の切り替わりを彷彿とさせ、そして同時に南雲は気付く。

「あぶねぇ!」と頭から声が出た。

 反射的に降って湧いた力で都留を手繰り寄せると、そいつは音を立てて現れた。

 頭天から尾骶まで裂く破壊の音。突発した鉄骨の切れっ端と降り注ぐコンクリの破片。無機物達は眼前に落下して土煙を起こすと瓦礫の山を築く。顔を覆う程の土煙。無意識のうちに南雲は都留の安否を確認する。

 大丈夫かと一言、大声を上げるも彼女の視線のピントは南雲に合わない。

「ねぇ……、あ、あれ……」

「あん? アレって……なんだよ」

 焦点のズレた彼女の視線は南雲の後ろを、正確には頭上を凝視していた。その視線の強さが自分の背後の存在を物語る。背中に貼り付く悪寒と気配、強張る彼女の表情も相俟って南雲は恐る恐る緩慢に、だが確りとした動作で振り向く。

「じょ、冗談だろ……」思わず本音が漏れた。カッと見開いた眼に焼き付いた存在。

 先ず最初に思った感想は一つ、『巨大』只その一言だ。巨大な人型、身の丈は凡そ15メートル程度の異形な巨人。それは専らクレーンと呼ばれた人型の建設作業機械、つまり重機だ。

「じ、事故なのか……?」と声にしてみたが、明らかに様子が可笑しいと頭が反応を示す。

 事故なら転倒しているはずだ。だが目の前の巨人は、堅牢な二本の脚で直立していた。あろう事か左腕に備わる解体用の振動破砕機パイルバンカーを、いきなり道路へ刺突し始めた。

 連なる小規模爆発に呼応してアスファルトが硝子板のように砕けた。無価値な瓦礫が空へ舞い通行人へ降り注ぐ。右肩部のクレーンを鞭に見立て振るい、建物を殺ぎ、車を剥ぐ。破壊の衝動を受けた物体は、ことごとく倒壊し潰れて炎を生んだ。

「な、なんだよこれ………」

 口が震えている。腰が引け、脚が痙攣した。理解が追いつかない、頭が考えることを拒否している。映画か空想か、一連の出来事はそうだと誤認しなければ正気を保てない程に衝撃的であった。

 悲鳴が響く。多くの人達の悲鳴だ。聞くに絶えない断末魔に耳を防ぎたかった。悲痛な絶叫が非日常性の現実で反響する度に、人の灯火が消えたのだと理解できた。

 命が、多くの命が、一瞬で失われていく。建物の中で働いていた人達も、車をただ走らせていた人達も総じて罪人ではない。不変の日常を不自由なく生きて日々を反復してきた普通の人達だ。

 何の怨みがある、何の因縁がある、そう問い質したいくらいに、巨人は残酷な形で命を容易く屠り一瞬のうちに無へ帰させた。憤怒も悲哀も感情が生気する前に、巨人は命を冒涜し破壊の限りを尽くしていった。無慈悲かつ無差別に原始的な衝動の奴隷となって暴走する。

「お、お前…やめろよ………、やめろって言ってんだよ、聞こえねぇのかよ!」震えた声が言霊となって発散した。

 思春期特有の反発心、いや、善悪の分別を行う倫理的行動。声だけを荒げて張り、手に持った瓦礫を無作為に投げつける。瓦礫は放物線を描き巨人の頭を小突いた。

 反応を示す。頭部センサーマスト、そのカメラアイたる隻眼が齢18の若人の姿を捉える。隻眼に映った南雲は酷く矮小な脆い存在だ。巨人は正対し歩行挙動を行った。瓦礫と埋もれた命を踏み抜き、隻眼の巨人は緩慢に歩を進める。

 歩行の振動は南雲の心を恐怖で煽った。死ぬ、死ぬのかもしれない。いや確実に死ぬだろう。だが逃げる気持ちが疼く気配はない。歯はガタガタと鳴り身体全体が震えて熱い雫は目を覆った。それでも南雲に逃避の気は起きない。

 憤怒。そうだ、怒っているのだ。こうも簡単に命を刈り取り日常を壊す、お前が憎い、憎たらしい。激しい憎悪が五臓から充満する。腹の内をのたうち回り今にも口から出そうだ。

 15メートル程の巨体の影が南雲を覆った。立った姿は巨大で、絶望を与えるに十分機能した。

 腕が上がるのを見た。巨腕、コンクリートの構造物を一振りで塵にした腕。脆弱な肉体など糸も容易く肉塊へと帰す腕を見開いた肉眼が捉える。腕の軌道を眼球へ焼いたとき巨人の腕は振り下ろされた。

 重底の風鳴りと発生する衝撃波。南雲は木っ端微塵になる。未来を約束された若人の死、明日の朝刊の隅に氏名が載る程度の死だ。

 直ぐにも見えるだろう走馬灯の数々、聞こえるだろう転生した自分の産声。だが、そんな物はなかった。走馬灯も転生もない、あるのは血の通った肌へと伝わる感覚のみだった。

 南雲は違和感を覚えた。

「あ……あれ、俺……生きてるのか?」

 目を見開き手を頬へと当てる。確かな温もりと痛みを感じ、状況の整理を行おうとしたところで頭上からワンテンポ遅れの爆発音が注ぐ。

 金属同士の衝突、いや一方的な力による打突の音が装甲を触媒にして、よく拡散した。

 頭上で展開される光景。突然現れ、南雲の目に焼き付く鈍色の巨体。火花散って特殊装甲を媒体とした金切りの合奏。蒼白な双眼デュアルアイを光輝させた巨人、それは文字通りの体当たりを喰らわせてクレーンを突き飛ばした。

 クレーンは面白い程よく飛んだ。低重心の巨体が瓦礫の絨毯へ身を押し当てて粉塵が舞う。一迅の風が再び舞った。耳元を擦り抜けた風を感じて南雲の目がカッと見開く。

 転倒の衝撃が場を波立たせると靄る土煙を裂いて鈍色の巨人が立ち上がった。堂々たる威風を放つ鋼の躯。張り出す胸に、肩に、脚に、腰に、その全てから何物をも覆す気概があった。

「こ、これは………」と震えた唇から漏れる。

 非日常性の荒波が彼の思考を掻き乱す。突如現れた巨人に南雲は息を呑み、そして希望のような神々しさを巨人から受け取る。

 洗練された鋼の巨躯。戦うことに特化し無駄を省き迷彩を纏う人型。肩に刻印された部隊章は、この都市を象徴とする建造物を背に睨みを効かせた『フェンリル(狼の怪物)』であった。

「シティ・ガーディアン………」

「なに?」

 都留の唇は震えた声色で守護神の真名を口にした。そして、南雲にも既視感を覚える聞いた名前だった。

 人が人らしく生きるための安寧を誓った都市、主要都市を守る警察でも軍隊でもない新たな組織を作り人はこう呼んだ。『シティ・ガーディアン』と。

 起き上がったクレーンに対し鈍色の巨人が拳を、これ見よがしに与えた。精強な拳の一撃、それはミリタリー規格で統一された規格外の威力でクレーンの外板をいとも簡単に貫いて、内蔵部品の破壊へと至った。

「あれが……シティ・ガーディアン………」

 衝撃的、その一言が現すように非現実的な出来事は南雲の記憶へ浸透し、衝動を駆り立てた。情景は正に刺激的で思春期の揺れ動く感情に深く刺さり影響を促す。

 暗鬱とした霧が晴れるのを感じ南雲の中で何かが滾り始める。インセンティブな出来事イベントを前に燻っていた火種へ燃料が与えられ燃え盛り、興奮という熱が彼を満たした。

 そして高揚に満たされた彼は決断を下した。システムの曳いた道ではない、自分のための、自分だけの、自分が選ぶ道を。

「桜花、俺、わかったよ」

「えっ?」

 今までに見たことのない光輝の灯る目をして自分の意志を穿つ。暗鬱とした少年の顔は消え、決意に満ちた知らない幼馴染みの顔がそこにあった。

 自分の中にある意思が決めたこと。人として一皮剥け、自由意志を貫く人間としての道を進む。命を奪う者へ果敢に挑む勇敢な巨人の背中を前に、溌剌とした心が解放した。

 

 一人の人間として、この都市まちに生きる人を守りたい思いを胸に、南雲武瑠は国防陸軍の戸を叩き『シティ・ガーディアン』への道を歩み始める。

 西暦2081年3月、それは桜が開花し始める春先のことであった。

 

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