幕間02 プリンセス・ドリルと迷子の少年
プリンセス・ドリルと長親、そして新たにこの二人とつるむことになったメガネことメガ・ネビュラスはロビーにて、神妙な顔で顔を突き合わせていた。
そして、ドリルが言う。
「決めました! 迷うなど私のドリル道には似合いません! さらにレイズです! 1700ポイント!」
「……ほう、ここにきてさらに吊り上げますか」
「ドリル、全ポイント吐き出すつもりか?」
「勝つので! 問題! ありません!」
つまりは、トランプ。ポーカーである。なお3人でのポーカーとか大丈夫か? という長親の意見は黙殺された。
場にに賭けられたチップは互いのポイントの8割を優に超える。ポーカーフェイスの苦手なドリルはメガネとの一騎打ちに四苦八苦していたが、それでもなお突き進むと決めたのだった。
なお、長親は早々に降りた。それを堅実というか臆病と言うべきかは、この青天井に吊り上がるポイントを見ていれば堅実という方が強く印象に残るだろう。
ちなみにこのポイントポーカーの最低かけ金は1ポイント。ドリルとメガネが互いの手での勝利を確信して吊り上げ続けた結果がこれである。
細かいルールを特に決めず、レイズ、リレイズの回数を決めなかったのがこの地獄の始まりだった。
「では、そろそろ手持ちのポイントも少ないのでここで上乗せはやめましょう。コールです」
「なら、ショーダウンですわ!」
そうして最後にレイズをしたドリルが勢いよく手を公開する。それは、ストレートフラッシュ。スペードの23456が続いている、本来ならば絶対に負けることはないと確信できる手である。これがそろった時のドリルの顔を見て長親は迷わず降りることを決めたほどだ。彼の手がブタであったことも理由なのだが。
しかし、メガネはそのおおよそ神に愛されているとしか思えない手を見て、ズレ落ちそうになるメガネをくいッと上げて不敵に微笑んだ。
「さぁ! メガネさん!」
「残念だったな、このルールで」
そうして見せたのは、はーと、ダイヤ、クラブ、スペードの4枚の7のカードと一枚のカード。
それを見た長親は戦慄し、ドリルは涙目になりながらもぐっとそれを堪えた。当然頭の中はぐちゃぐちゃである。
確率論を語るのであれば、その役ができる確率は10万分の一を下回る奇跡の役だった。
「7のファイブカードだ。さぁ、ポイントを使わせてもらおうか」
「……もってけドロボー! ですわ!」
「いやお前の自業自得だろうが」
そうして、ドリルのポイントはメガネに”譲渡”され、メガネは倍近い所持金に、ドリルは素寒貧になった。残りポイントは70ほど。勝てばいいのだ! という考えがいかに危険かがわかる勝負だった。
もっとも、そもそもこのトランプを用意したのが誰か? という事実を考えればこんな博打には乗らなかっただろうが。
つまりはイカサマである。
そんな事実を悟らせず、しかしそれをネタにおちょくってやろうといった時に、ロビーには怒号が響いた。
この時間帯にてそれが起こる原因は一つしかない。
異界殺人鬼、明太子タクマこと風見琢磨のログインである。
「彼、あれだけ言われてもゲームをやめないのですね」
「ゲームの中なら風評被害も少ないのだろうよ、現実世界に比べればな」
「私……いえ、なんでもありませんわ」
「ドリル、気になるのなら吐き出せばいい。俺とメガネでも、聞くことくらいはできる」
そうして、ドリルは自身の考えを語りだした。
「私、タクマさんは簡単に人を殺せる人だと思いました。けれど、同時に理由なく人を殺す人でもないと思ったのです。なので、あの異界殺人動画にはなにか理由があるのではないかと」
「……それは、どうですかねぇ?」
「メガネさん?」
「私の目には、殺しで笑っているように見えましたよ」
そんな会話をしていると、不意に喧騒の声が近づいてきた。
件の少年、タクマがやってきたのだ。
「すいませんお三方、お話を聞いてもよろしいですか?」
「……あなたと話せと?」
「どうしても確認したいことがあって」
そんな人を殺した後だとは欠片も思えない様子のこの少年に恐怖を覚える長親、怒りを覚えるメガネ。
それが、普通の人間の感性だった。自らを害しかねないものを無意識にも意識的にも排斥する。それが普通なのだ。
だが、この中に心根だけは普通でない女がいた。その根にあるのは”偏見で人を見てはいけない”という教えだけ。
プリンセス・ドリルはただそれだけの理由と一握りの勇気で異界殺人鬼へと正面から向かい合った。
するとそこには、”自分を迷子だと気づいていない少年”しかいなかった。
「……なら、一緒にワールドへ行きましょう! 話がなんであれ、野次馬が多いのはよろしくありませんわ!」
その言葉と共にタクマはドリルに無理やり手を引かれ、ワールドへと転移する。
それを見た長親は楽しそうに、メガネは不機嫌そうにワールドへと転移した。
■□■
タクマの確認したいこととは単純。最後の周における3人の行動だった。
より詳しく言うなら、最後の周にて起こった上での戦闘のこと。タクマの持っている情報から逆算するとこの三人は死んでいてしかるべきなのだ。
「それは大きく言いますね」
「あなた方の戦った、あの男。奴のゲートは痛覚増幅です。掠っただけの痛みで死んだことがあるのでそれは確かかと」
タクマがそんなことを言うと、ドリルは「確かに、それなら長親さんが死んでいないのはおかしいですわね」という。
その距離はすでに殺人鬼に対してのモノではなく、子供に対してのモノだった
「それでは話しましょう! 私たちの戦いの顛末を! 華麗なる! ……とは今回言えませんでしたけれど」
■□■
それは、タクマ達に別れを告げてからすぐの事だ。
明らかな殺気に満ちたその黒ずくめの男の現れに、プリンセス・ドリルは槍を構えて言い放った。
「申し訳ありません黒服のお方、私あなたのことを招いてはおりませんの」
「招かれざるのは貴様らでは?」
「そうですか? ラズワルド王より許可は貰っていますのよ私たち」
その言葉と共にドリルは地下に繋がる穴を示す。この大広間の真下が封印の間に繋がっていることを知っている男は驚愕に目を見開き、そしてその瞬間に飛び込んできたメガネに対して反応が遅れる。
それでもすぐに閃光剣を展開して迎撃したのは流石というほか無いだろう。
「長親!」
「わかっている!」
そうして放たれる長親のバルバード、そしてその着弾と共に放たれる長親の重力場。
ハルバードを重くしながら、“引きつける力場”が放たれた。
その引きつける力だと読んでいた男は閃光剣にて長親の胴を狙ったが、“想像とは異なる力”にて掠る程度に収まってしまった。
「ッ⁉︎」
その力の使い方に目を見開いた黒衣の男。なぜなら、引きつける力場はハルバードへのものではなかったからだ。
その重力の向く先は、虚空。
そして、その虚空へと放たれようしているのは、螺旋。
プリンセス・ドリルの魂のドリルであった。
「ハァッ!」
掛け声と共に、放たれる一撃。
その生命の螺旋が闇色の閃光剣に衝突した時
生命の光が、変わった。
暗い闇のようだった閃光剣が、綺麗な輝きに変わったのだ。
「ッ⁉︎」
「……なんですの?」
もっとも、それでなにかが変わることはない。彼女のドリルは閃光剣の破壊と共に溢れた衝撃で弾け飛んだ。
「……ラズワルドが健在の今、こんなところで!」
「なんだか知りませんが、死んでくださいませ!」
黒衣の男は煙玉を放って逃げ出す。それと共に現れた多くのモンスターが、広間を埋め尽くす。
「メガネさん! 行けますか!」
「……チッ! 無理だ畜生! 速い個体が多い! てめえらその羽毟って死んでろや!」
そうして、モンスターと戦いを始め、何かと速くて面倒なバードマン達を中心にした敵達を時間をかけて倒すのだった。
■□■
「ざっとこんなものですね。疑問に思うことはありますか?」
「あの、閃光剣の色を変えた時、なにを考えていましたか?」
「いつも通り、最高のドリルの事を!」
『……マスター、聖剣とはドリルなのでしょうか?』
「ドリルさんのソレが聖剣だって決まった訳じゃない。調べるだけ調べよう」
その言葉に、脳内にハテナマークを浮かべるドリル。
そして、それだけ聞いて去っていこうとするタクマだったが、その歩みはプリンセス・ドリルによって止められた。
「お待ちになってくださいません? タクマくん」
「……なんですか?」
「私はあなたの言うことを信じます。なので聞かせてくださいませんか? あなたは、何故あの病院の方々を殺したのかを」
「……それは」
『彼らはもう死んでいました。喉にあったコアの浸食によって。マスターは死体になったことで操り人形になった方々を終わらせたにすぎません』
そのメディの言葉に、得心がいったと顔を綻ばせるドリル。
「安心しましたわタクマくん。あなたは、理由なく人を殺して喜ぶ人ではない、そう確信できましたから!」
「……そんな上等なもんじゃ、ないですよ」
そんな言葉を最後に、タクマは去っていく。
そして、その寂しげな背中がプリンセス・ドリルのブレーキを破壊した。
「長親! メガネさん! 彼の仲間を探しますわよ! 異界事件の事を聞き出すのです!」
「ドリル、それはどうしてだ?」
「決まってますわ! 私が、プリンセス・ドリルだからですわ!」
「理由になっていないが、まぁいいだろう。異界事件のことは気になっていた」
「なら、私は別れましょう」
「あら、メガネさん?」
「別行動の方が、情報集めは早いでしょう?」
「まぁ! ありがとうございます!」
そうして、ドリルとメガネと長親は行動を開始した。
その胸の思いは、それぞれであったが。




