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第二戦最終話 異界殺人鬼

 黒騎士と琢磨の戦いは続く。


 不思議なことに、あの地下にてラズワルド王とやり合った馬鹿みたいな出力を黒騎士は出していない。琢磨は戦いながら魂視にて黒騎士を見るも、大技の為に魂を溜めているかのようにも、手を抜いているようにも見えなかった。


 故に、ここまで戦いが拮抗しているのは一重に琢磨の魂の出力が黒騎士を上回っているからだと言えるだろう。


 それは、逆に言えば魂の出力が上回っていなければとっくの昔に琢磨は命を落としていると言うことだった。



「爆ぜろ!」

「その程度か?」


 琢磨は剣に風を纏わせる技、風纏にてゲートの強みを潰してまで奇襲をかける。


 纏った風を暴発させる、風の一撃だ。


 だが、そんな手は読み切っていたのだとばかりにその風を閃光剣(レイブレード)にて切り割いて琢磨の腕を狙う黒騎士。


 それを剣を手放し身軽になったことでギリギリの回避をし、風で剣を浮かせて空中のそれを回収する。


 そんな曲芸じみた回避策を使わずにはいられない。

 まともではない体捌きや技しか通用しないほどに、剣の技量に差が現れはじめていた。


 それは、経験の引き出しの差。


 互いの殺しへの適性はほぼ互角だった。躊躇いなどという言葉は琢磨の中にも黒騎士の中にも欠片も存在しない。


 互いの剣の技術は、実のところそう大きな差はない。


 だがしかし、その技術をどれだけ使い込んできたのかが、二人の対応速度に差をつけていた。


 琢磨の生命転換(ライフフォース)を用いた剣の経験は僅か。対して黒騎士の剣の経験はおそらく遠い昔から。


 その分だけ、“その行動に対しての最適解”と、“勝利への最適解”のどちらを見ることができるのか、という戦術的な差が開いたのだ。


 琢磨はこの黒騎士のような技量の化け物相手ではまだ前者であり、黒騎士は戦いを始めてからずっと後者だ。


 だからこそ琢磨は、奇策をあるだけ全部引き出してその勝利への詰め路から逃れようとしているのだ。


 だがしかし、それも全て無駄に終わる。



 ただ、経験の差という一つの理由だけで。


「メディ! 残り時間は⁉︎」

『ゲートの方は加速度的に深化しています! 残りは5分はないかと! 生命転換(ライフフォース)は、大技一発が限界です!』


 そうして、もう奇策はないのだと言わんばかりに仕切り直そうと後退する。


 もっとも、わざと声に出して伝えた本物の情報での釣り出しという最後の策だったが、黒騎士はそれに乗る事なく、どっしりと構えていた。


「……これも駄目か」

『本格的にどうしようもありませんね』


 そうして、前回の命の大元のナニカを燃やす方法での出力増加を考えたところで、空から風を切る音が聞こえてきた。


『琢磨くん、時間稼ぎご苦労様。勝利への道筋は整ったわ』


 そして鳴り響く琢磨へのアバター通話。その声は、ベッドに倒れていたはずの氷華のもの。


 そして、空から落ちてきたそれには、認識した瞬間に意識が持っていかれそうになる程の強すぎる生命転換(ライフフォース)込められていた。


 ただのボールのはずのそれは、おそらく着弾とともに全てを吹き飛ばす凶器の一撃に“見えた”。


「……死なば諸共!」


 そして、そんな琢磨ごと敵を殺す策を氷華が取る事はないと心の奥底で信じている琢磨は、残りの生命転換(ライフフォース)全てを使って、ゲートの残り時間全てを使って。


 その空からの爆弾になんの備えもしないで黒騎士へと突っ込んだ。


 最速の、全てを切り裂く一刀だった。


 しかし、その剣は黒騎士の全力のゲートにより受け止められて、受け流されて、琢磨はボールへと向けて剣にて投げ飛ばされた。信じがたい絶技だと、投げ飛ばされるまでなにをされたのか気付けなかった琢磨は思う。


 そして、琢磨はボールに着弾する。


 だが、それが着弾した所で琢磨の体には何も起こらなかった。


 爆発的に込められた生命転換(ライフフォース)のそれは、琢磨の着弾に対して爆発せず、地面に落ちても爆発はしない。


 何故ならそれ自体は、ただの結界の中に、氷華基準でそれなりの強さの生命転換(ライフフォース)を込めただけの玉なのだから。


「……は?」


 そして、そんな馬鹿みたいな奇策に見事に引っ掛かったのが黒騎士だった。


 それはそうだ。黒騎士の基準では、あの規模の生命転換(ライフフォース)は命の全てを使って放つ自爆技だ。絶対にナニカがあるのだと確信してしまったのだ。


 そして、その瞬間琢磨は空中から見えた。


 中庭に向かって、全力の生命転換(ライフフォース)を込めた攻撃を放つボランティアスタッフの仲間たちを。


 その手には、誰一人例外なく業物が握られている事を。


「「「生命転換(ライフフォース)、全開!」」」


 そうして、放たれる力の奔流。たった一人に対して放たれるには異常な力であったが、しかし黒騎士は最低限のダメージだけでそれを回避していった。


 それでもそのダメージは値千金のもの。

 琢磨が、これまで20分間もの間戦い続けても傷一つ負わせられなかった黒騎士に、初めてダメージが通ったのだ。


 それは、確かに隙を作り出す。直撃こそしなかったが、安坂の大型メイスの一撃の余波は、生命転換(ライフフォース)だけで黒騎士をのけぞらせるほどのものだったのだから。


「「畳み掛けろ!」」


 琢磨と安坂の声が重なる。

 だが、そんな事は口に出すまでもなかったのだと二人は思う。


「俺が、ここで終わらせる! 聖鎧転身(ゲートオープン)!」


 今まで、どれだけ琢磨が危険でも気配を消していた裕司の、ゲートの発動。それは屋上から、空へと投げられる琢磨とすれ違うように落下して焔の拳を構える。


 そして、それに対して全力の閃光剣(レイブレード)で迎え撃とうとした黒騎士は、その腕をナニカに貫かれ剣を落としかけた。


 トドメ役として隠れていた、奏の超高圧の水撃だった。その水は圧縮されていたが故に傷口は大きくこそはないが、確実に黒騎士の腕に風穴を開けたのだ。


 その痛みを無視して黒騎士は剣を一瞬で掴み直したものの、その一瞬が致命的だった。


 空からの裕司は、焔のゲートを潜り抜けて紅の鎧に身を包み、その右手に魂すら焼き尽くしかねないと思わせるような豪炎を纏わせ、空中で解き放つ。


 その炎は、天高く広がる炎柱となり、裕司ごと黒騎士の身を全て包み込んだ。


 そして、その炎柱の中で、裕司はさらに一撃をたたき込んだ。


 それが、黒騎士に対するトドメの一撃だった。


「……ゲームオーバーだ!」


 そうして、炎が消えると共に異界は割れ、世界焼かれた世界は元通りへと巻き戻る。


 そして残ったのは、魂を消耗し尽くしてボロボロの50と3人に、ナノマシンを再起動させてもダメージは残っているが故に危険域から脱していない氷華。


 そんな状況だったが、琢磨はメディに後の事は任せて眠りにつくのだった。


 魂が感じた、ゲートの向こう側の感覚を、頭の中で反芻しながら。


 ■□■


 それから、6時間後


 警察が手配していた医療スタッフの尽力により、琢磨たちボランティアスタッフと、“氷華によって勝手に招集されていた裕司と奏”は無事に命を繋いでみせた。今回は、おそらく初の異界事件での死亡者ゼロを記録したのだ。


 もっとも、医療スタッフの処置とは、栄養剤の点滴を繋いだ程度の処置であったが。


 そして、氷華に関しては少し難儀で、いつものこと(ダイハード)だ。


 今回のナノマシンの停止により駆けつけた琢磨の義父“凪人”たちは、生きている病院の設備を使っての緊急オペを行った。


 ナノマシンが抑えていた癌細胞が派手に転移していった事から、本来であれば一つで済むはずだったクローン臓器移植をほとんど全ての内臓へと行ったのだ。


 その手術は、常識では考えられない術式だったそうだ。脳でのロボットアーム操作を使っての五箇所同時切開、五箇所同時移植という人外の技であったそうだと琢磨は後に聞いている。


 当然、そんな手術の成功例はない。


 “Mrs.ダイハード”は最後の最後でもやはり医師会へと激震を走らせたのだ。


 もっともそれは、「どうせ他の臓器にも転移しているでしょうから」と体の大部分を自費でクローニングしていた御影氷華の先見の明があってのことだったのだが。


 そして、そんな氷華は術後観察の最中だった。


 帝大附属病院は、パパラッチや野次馬が多くなっているが、再開している。

 少なくない数のスタッフが行方不明になったが、設備には損害は無いことなどを理由にしてどうにか“命の為に必要なこと”を優先したのだ。かつて解体され、再建された白い巨塔は、曲がらずにその信念を貫き通していた。


 そして、今回の事件を被害者ゼロに抑えられた功績から琢磨と氷華、そして勝手に参加したことでこってりと篠崎に絞られた裕司と奏は、特殊技能事件捜査課の民間協力者と扱われるようになった。


 もちろん現実での捜査権はないし、ゲーム内での情報は全て提供しろとの命令(脅し)はきちんと受けている。


 だが、異界対策部隊が本格的に軌道に乗るまでは、異界での戦闘を黙認されるようになった。


 その事を心苦しく思う大人は多い。だがしかし、現場のリーダーである三条安坂が言ったのだ。『彼らの力がなければ、我々は間違いなく黒騎士に皆殺しにされていた』と。


 それが、第二戦での現実での顛末だった。


 ■□■


 病室で、裕司は琢磨を睨みつける。

 所謂ジト目という奴だった。


「お前、なんで俺たちを呼ばなかったんだ?」


 そんな言葉を、裕司は発していた。


 そんなに殺し合いがしたかったのだろうか? と琢磨は寝ぼけた頭で思い、しかしそれを口に出す前にメディにより指摘された。


 裕司は、琢磨の異常さを見ても、仲間だと思ってくれているのだと。


「まぁ、アレですよ」

「いや、どれだよ?」

「あんま、人の覚悟とかわかんないんですよ俺。自分で言うのもなんですけど、変な育ち方したもんで──けど、いいんですか? これから俺も氷華も裕司さんと奏をただの戦力として見ることになると思います。命を捨てる覚悟はあるんですか?」

「いや、あるわけないだろ」


 そうして、裕司は言った。ゲートを開いた時のように、心の底の奥の奥から湧きいでてくる情熱をもって。


「もう死なせたくないから、戦うんだよ」


 それは、琢磨にはまだない、ヒーローの言葉だった。


『了解しました。マスターの意見は無視して、きちんと裕司様にも情報を流したいと思います』

「メディさん、それは流石に自由すぎない? まぁ俺も賛成だけどさ」

「ありがとう、琢磨」

「まぁ、仲間外れは無しって事でお願いしますね、お互いに」


 そうしてゆったりと時間が過ぎたその時に、唐突に裕司の端末に動画が届いた。


 その動画を見てから、裕司は信じられないような目で琢磨を見つめた。


「……なぁ、なんだ、コレ!」


 そうして見せられたのは、病院の監視カメラの動画。


 映っている琢磨の手には、キチンと臆病者の剣(チキンソード)が握られていた。


 そして、琢磨が迷いなく多くの人を殺していく様子が、そこには映っていた。


「監視カメラ、復旧したんですか?」


 そんな的外れで、しかし全く否定しない言葉に裕司は戦慄した。


 先程まで理解できるように思えていた琢磨が、化物のように見えたのだ。


「お前が、姉さんを、殺したのか?」

「はい」

『マスター!』


 そんな、致命的なズレが、ヒーローと殺人鬼の間に生まれてしまった。


 ■□■


 それは、数を見て戦いでは勝てないと踏んだ黒騎士の抵抗。

 彼は、この世界同士の殺し合いの中で最も警戒するべき個人として、琢磨を狙い撃ちにしたのだ。


 監視カメラにサビクの記憶をデータとして送り込む事でだ。そう言った機械への知識が黒騎士にはあり、それが可能な分体を作る能力もサビクの残り香の中にはあったのだ。



 そうして、おそらく善意から広がった病院スタッフ殺害の犯人を広げる運動により情報は拡散を続けた。



 異界殺人鬼、風見琢磨と。


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