騎士たちの聖剣
戦いの開始は、本当にすぐだった。
氷華の体から離れた黒いものは一瞬ゲートのような形になり一人の男を吐き出してから消失した。
というより、この異界に溶けたように見えた。
『どうやら、彼がコアのようですね』
「……あの男、どっかで見たか?」
『いえ、記録にはありません」
「なら、ただ強いだけの奴だな!」
その言葉とともに、琢磨はその男を追いかけて窓の外を風踏みにて駆ける。対して男は琢磨の目を見た後にすぐに院内に逃げこんだ。
「メディ、奴が逃げた理由は?」
『不明です。観察を続けましょう』
琢磨は男を追いかける。ただし、誘いの隙には乗らないで。
対して男も逃げ回る。トラップのあるポイントには決して足を踏み入れずに。
そうして走り回った結果、自然と二人の足は中庭へと向かっていた。
「一応聞くけど、なんで逃げまわってたんです?」
「単純な理由だ。……実際に見たほうが、呼びやすいんだよ」
その言葉と共に発動するナニカ。それはひどく耳障りな鈴の音のようであり、今夜の戦いのゴングであった。
「これがサビクの置き土産だ。奴の操った死者を選別して召喚する邪法、今回はそれを貴様らへの試金石として使わせてもらうことにする」
「ごちゃごちゃ言うけど、要するにお前を殺せば止まるんだろ?」
「……やれるかな? 貴様程度に!」
瞬間男の体は命の光に包まれ、王城にてラズワルド王と殺しあっていたあの黒騎士の姿へと変貌した。
だが、琢磨の中に迷いはない。怯えもない。
「こいつを殺すぞ、メディ」
『そういうわけなので。さっさとあの世にお引き取りを願います』
格上との殺し合いが、琢磨にとっては日常なのだから
「『聖剣抜刀!』」
そうして持っていた鉄パイプ媒体に臆病者の剣を物質化させながら琢磨は黒騎士に切りかかる。
殺気のフェイントを混ぜた、一瞬遅れて到達する剣だ。
それを鎧姿とは思えない速度で回避して技の剣にて反撃する黒騎士。
フェイントには乗らず、琢磨のゲートを警戒し、堅実に距離を取りつつの隙のない一撃だった。
だが、その技剣に対して琢磨はさらに剣を合わせた。この剣にはこう対応してくるだろうという予測があってのことだった。
ラズワルド王との殺し合いを見たからこその読み勝ちである。
その剣は黒騎士の剣を半ばから断ち切り、そのまま首を撥ねる剣であった。
そのゲートの絶対的な奇襲性が通ったことにより”やったか? ”と琢磨が思った瞬間。その剣筋に突如小さなゲートが発生した。
いうまでもなく、黒騎士が反射的に使ったゲートだった。
その門は未だ小さく人のくぐれる大きさではない。そして潜らせたら殺されるという確信が琢磨にはあった。
「ゲートなど潜らせるものかよ!」
だからこそ琢磨は攻め続けた。ゲートの拡大を無視して、立ち位置を、速度を、そしてフェイントの有無を様々に変えながら攻め続ける。
だが、黒騎士はそれをただ広がるだけのゲートと切られた剣。そして剣から伸ばした闇色の閃光剣にて捌ききってみせた。
そして、門が開く。本人のモノではない汚染されたものだが、それでも琢磨を殺すための黒騎士の剣が抜かれたのだ。
「聖剣抜刀」
そうして現れたのは泥を幾重にも重ねて固めて作られただろうショートソード。
長さは臆病者の剣とほぼ同じ。
だが、琢磨はあの剣は折れず曲がらずという類の性質があると理解した。
同じ”性質を剣に付与する”ゲート使いの共感であった。
「まぁ、殺せば死ぬのには変わりはないな」
「確かにそうだ。お互いのアドバンテージがなくなったところで、剣で勝負をつけるとしようか」
その言葉が終わる前に琢磨は仕掛け、しかし絶対に折れない剣によって防がれた。だが琢磨のゲートの方が”性質”の純度が高かったのか、若干傷がついた。これなら時間をかけて剣を切り落とせるかもしれないという選択肢が頭をよぎったところで、黒騎士が構えた剣に何の傷もなかったのだから。
『マスター、正確には切れたらすぐに修復する剣です。より厄介かと』
その言葉の意味は、琢磨にはすぐに理解できた。
次の剣を防がれた」時は、剣の1/3まで食い込んだ。そこから押し切ろうとした時に琢磨の殺人本能と生存本能が同時に逃げろと告げてきた。
剣が止められたとき、それは剣の表面を琢磨の”切る剣”でわずかに切り口の開いた状態である。
そして、その切り口はゲートの力によりすぐに再生して琢磨の剣を噛むだろう。
そうなれば後はソードブレイカーと同じ要領だ。力でひねれば剣の腹に力がかかり、簡単に折れてしまう。頑丈な臆病者の剣だから多少は保つかもしれないが、それは希望的観測だと琢磨とメディは警戒を密にする。
今回はどうにか噛みつかれる前に逃げられたが、油断は禁物だ。
剣が合わさったら即座に押すか引くかを判断する。そんなシビアな戦闘勘が求められる戦場だった。
■□■
そんな激戦が中庭で行われている最中、自衛隊と警官を含めたボランティアスタッフたちは病室の階段のバリケードで戦うものと内部に入ってきた敵に対峰するものに分かれていた。
アサカこと、三条安坂は内部の敵に対応する人員である。
彼はこの奇妙な一団の大将を(半ば押し付けられる形で)受け入れたものの、自身より作戦指揮が上手い者を参謀として脇に置いて、戦闘時の総指揮権を与えたりと彼自身の”純粋に力を見る目”に従って戦いを組み立てていた。
そして、彼自身の最も優秀な部分、個人戦闘力をいかんなく発揮していた。
振りかぶらずに的確に小さく打撃を重ねてくる大型メイスの敵に対して、安坂はその類まれなる運動能力によってメイスを合わせ、生命転換を込めたメイスで相殺しつつ距離を詰めていく。
そして、その突破力に何かを感じた大型メイスの戦士は、彼の目を見た。
馬鹿が付くほど真面目で、しかし”守る”と決めたら手段は絶対に選ばない。護国の男の姿だった。
その目のまぶしさは、男に在りし日の自分を思い出させて自身を縛る命令に最後の抵抗をしようと試みることにした。
そして、それは成る。
「うぉおおおおおおお!」
安坂の振るわれたメイスに込められた生命転換に属性はまだ乗っていない。しかし、そんなものがなくても力のこもったメイスで急所を殴られたら人は死ぬ。朝霞はそれをよく理解していた。この強力な戦士に対してこんな子供だましの棒術もどきが通じることはまだないと。
だからこそ、敵があえてそれを受け入れたことに安坂は驚愕した。
「良い目の、戦士だ」
そんな言葉と大型メイスだけを残して男は消えていった。
そしてそこには大型のメイスだけが残った。
安坂は自身の曲がったメイスを見て、武器を持ち変えることに決めた。そう考えたのはほかの多くの戦士たちも同じだった。同じように不可解な倒され方をして、同じように武器を託した者たちの思惑通りに。
そうして、操られていた異世界の戦士たちは、戦う瞳をしたこの世界の戦士たちに自身の武器を
守ると決めたその時に握っていた”彼らの聖剣”を託したのだ。先のことはわからずとも、今を生きる彼らに力を与えたいのだと。
そうして、騎士たちによる聖剣の継承はなされた。
それは、死してなお戦いを続けていた彼らからの、守ることを願っての継承だ。
そのことを魂で感じた現実世界の戦士たちは、皆、各々に吠えた。
それが、反撃の狼煙になるのだった。




