サビク
「まさか、こんなに早くここにたどり着くとはね。仲間に恵まれたのかな?」
「はい。1人だったらまだ門の前で遊んでいたと思います」
「それは良い。誰かと歩調を合わせられるのは貴重な時間だからね」
そんな事嬉しげに言うラズワルド王。
その体には傷はないが、疲労は溜まりきっていた。
だが、それも数分で戻るたろう。生命の生命転換は、そういうものなのだから。
だが、流石に飲まず食わずというのは辛かったようで、タクマが水を物質化して渡すと普通に喜んでいた。
その、あまりにもいつも通りな姿にロックスは普通に引き、イレースは憧れを抱き、タクマは“割と楽しかったんだな”と思った。
「それで、気になっていたんですけれど、後ろの彼女は?」
「ああ、妻だ」
「じゃあアルフォンスのお袋さんですか」
「そうだよ。だが、惚れないでくれ。君を切るのは少し面倒なんだ」
「後ろ姿しか見えてねぇのに惚れたりはしないですって」
現在、王妃エリーゼは生命転換を用いて懸命に何かを押さえている。
だが、外部からの襲撃を警戒しなくて良い今はその顔は少しの安堵の中にあった。
なお、王妃はきちんと、とは言い難いが保存食などで栄養補給を済ませていた。さらに、10分単位のショートスリープを隙あらば行う事で最低限のコンディションを保っていたという。
ラズワルド王は正直理解できるのだが、王妃のことはさっぱり理解できないタクマであった。
「では、地上の様子を教えてくれないかな? 上にはアルフォンスとロドリグにエディがいるんだ。だいたいの脅威はなんとかなっているはずだけれど」
『王子と宰相の方は分かりますが、エディとは?』
「護衛長だ。巫女達の護衛を任せているとはいっても、今十分な出力を出せる巫女はエリーゼしかいないのだけどね」
「すいません、結界に詳しくないんですけど、巫女ってもしかして生命転換の電池かなんかですか?」
「おそらくな。とにかく出力が必要なんだ。今、ソルディアル最強の出力のエリーゼでも結界を押し返すコトができていないからね」
そうしてタクマはエリーゼの事を魂視にて見る。それは、かなりの強度のものであったが、出力というだけを見ると今まで見た中で最高の出力というわけではない。
最高の出力、というかとにかく馬鹿みたいな出力の生命転換の持ち主とは、ヒョウカだ。
あの生き汚なさと生きる強さを混ぜ込んだ魂は、エリーゼ王妃の約5倍は下らないだろう。
なんだあの女と、タクマは改めて思うのだった。
「……巫女をやれそうな出力の奴にアテがあるんで、連絡取っても良いですか?」
「本当か⁉……しかしどうやって?」
「遠くの人と話をできる切り札があるんですよ。ポイントがかかりますけれど」
「︎稀人とは凄まじいものだな」
「いやいや、稀人を作った人が凄いんですよ」
そうして、琢磨はウィンドウを開いて、追加されたメニューにあるとある機能を起動した。
それは、通話機能。
今回の1周目に追加した2000ポイントを初期費用として必要とし、一度の通話に100ポイントというアホみたいな通話料を必要とする切り札である。
「……残りポイント101か」
『一応計算していたのですね』
「いや、ノープランだよもちろん」
『すみません、マスターの考えの浅さを忘れていました。それと、金勘定をきちんとしていなければ凪人様に報告しますよ?』
「ゲーム内でくらい豪遊させてくれっての」
そうして、ヒョウカに通話をかける。
すると、背後の様々な騒音と共にヒョウカの声が聞こえて来る。
「タクマくん! 今どこ⁉︎」
「……どこだここ?」
「知らないでいたのか。ここは王城地下の封印の間だよ。タクマ」
「だってさ。聞こえてた?」
「ええ! なんでそんな所にいるのか意味わからないけれどね!」
息切れをしていることから、おそらく走りながら話しているヒョウカ。かなり大変な状況に置かれているようだ。
「今王都は大変なことになってる! 街に居る人間が泥の爆弾になって汚染していってるの! そうなってるのは兵士が多いから、蘇りが鍵よ!」
「……助けは必要か?」
「タクマくんはタクマくんの好きにして! もうこれは世界が終わるかどうかの段階よ!」
「私たちの目的は最後の一人になる事! 忘れないで! 突っ込んで死んでたら“あの動画”世界に公表するからね!」
「……りょーかい」
そんな言葉を最後に通話が切れる。
今の情報は100ポイントの価値はあっただろう。
「ラズワルド王、城まで行く道とかありますか?」
「ああ。だが、危険だ。おそらく城は敵の影響下にある。エディがいるので制圧はされていないだろうが、隠し通路を知っている者ならばコトだ。十分に気をつけてくれ」
「んでタクマ、私たちってなんでつるんでたんだっけ?」
「そういえばなんででしたっけ?」
「お前ら……」
『気が合ったからでよろしいのではないでしょうか?』
「「それもそうだ」」
「納得するな馬鹿二人! 精霊殿も思考を停止しないでくれ!」
そうして、ロックスとイレースは手に持っていた仮の武器を捨て、部屋に転がっていた愛用の獲物の具合を確かめる。どれも、十分に使えるようだった。
「で、タクマはこれから何するの?」
「今、上を混乱させている奴って、絶対自分が安全だと思ってますよね?」
「そこを突くか。楽しそうだ」
「城なら狙撃は無理ね。私は援護に回るわ」
そうして、3人の戦士達は、隠し通路を通って白の中へと侵入するのだった。
■□■
城の中に入ったが、その中には案の定誰もいない。
しかし、魂感知によると、玉座にていつぞやのマリオネティカの持ち主が力を使っているのがわかる。
「いや、なんで玉座?」
「趣味じゃない?」
「一番堅牢だからだろうよ。玉座の間の外壁は全てミスリル合金でできている。破るのは容易くないさ」
『貴重なご意見感謝です、ロックス様』
「……常識しか言っていない気がするのだがな」
そうして、気付かれる前にと玉座の間へと走る3人。
その目論見は通ったから通らなかったかはわからない。だが、玉座の間に辿り着いた時にはその理由はわかった。
斬り殺されている見知らぬ男性。鍛え方からいって尋常な者ではないため、アレが護衛長エディだろう。と3人は思い。
それを斬り殺して、マリオネティカを体の中に受け入れている騎士の姿を見た。
それは、アルフォンスその人であった。
「王子は偽物って事?」
「さてな、だがあの金色がマリオネティカだ! 破壊するぞ! 考えるのは後で良い!」
「……二人は、援護だけお願いします」
その言葉とともに、ふらりとアルフォンスの元に赴く。
アルフォンスは、これまで抵抗していたのかその異常に対しての対処を辞めて、剣を下げてこちらと向かい合う。
言葉はない。だがしかし、この胸にある想いはきっと同じだった。
「「殺す」」
理由がなければ、今のタクマはともかくアルフォンスがそんな凶行を行うことはない。だがしかし、理由があれば凶行に及ぶのだ。鬼と呼ばれる者達は。
故に、友情が故に“殺したい/殺されたい”という願いで、剣を共にぶつけ合った。
「全力で来いアルフォンス! 俺はそれを超えて行く!」
「言っ、たな! タクマ!」
そうしてタクマの持論の元で選ばれた、最もアルフォンスを殺す近道の元の剣理を選択する。
それは、正面からの打倒。
アルフォンスほどの使い手であれば、奇襲の際に生まれる奇襲側故に生まれる隙を突くのは容易いだろう。故に、暗殺は不可能。この常在戦場の王子は手傷程度でその剣に反撃の必殺を合わせるだろう。
毒殺も考えた。しかし、アルフォンスは再生能力を素で持っていると思われる生命の生命転換の持ち主。解毒ができないというのは甘い考えだ。
狙撃、罠、謀殺、それぞれは考えはしたが、確実に捉える手段はない。
故に、消去法による理性の思考と殺人衝動の結論は一致し、正面からの戦いを選んだのだった。
アルフォンスが閃光剣を作り出して剣先を伸ばす。それを風纏にて弾き、返す刀で流し切りを放つ。
それはアルフォンスの仕込みに阻まれ致命傷を免れられた。おそらく鎖片平か何か。防具なしでここに来ていないのはある意味当然だった。
しかし、衝撃は確かに通り、アルフォンスとタクマの距離は離れた。
タクマの風踏みの一歩で届かない、絶妙な距離に。
「■■抜刀!」
「ぁあああああ!」
故に、二人は躊躇なく切り札を切った。
アルフォンスは泥に侵されながらも、尚気高さを失わない蒼炎の鎧。
タクマは、自身の中に残っている泥を表に出すことでの身体強化という擬似ゲート。
共に、短期戦型。それを見たロックスとイレースの二人は、戦いの隙を突くために動いていた自身の行動をやめた。
短期戦型のゲート使いが一人でゲートを抜く事は、命を捨てるという事。
それに答えて泥の呪いを身に宿したタクマも、命を捨てる覚悟を持っているという事。
この瞬間、二人の頭の中には未来のことなどかけらも存在していなかった。
ただ、全力で。
それは二人の中にある泥の呪いが導いたモノではあるが、それを理解していても二人は戦う事を選んだ。
ヒトとして死にたいのではなく、己として死にたいのだから。
そうして、交わされた剣戟には美しさはなかった。無骨に、凄惨に、そして研ぎ澄まされた“殺す”という意志の元だけで動くもの。
それが、二人の高め合う剣だった。
だが、出力も互角、剣の技量も互角となば勝負は覚悟の差で決まる。
それは、たった一つの不純物の存在により差が生まれた。
タクマの中にあるのは、タクマ自身の殺意が全てだ。
対してアルフォンスの中には、マリオネティカという異物が存在している。
その、マリオネティカの“死にたくない”という想いがアルフォンスの動きを一瞬邪魔をして
タクマの相打ち狙いの剣に相打ち狙いで返すはずのアルフォンスの剣は、振り遅れた。
タクマとアルフォンスの殺し合い。その第二戦は、またしても不純物による横槍の結果の決着だった。
「タクマ、マリオネティカは死体しか操れない。敵対する人間には迷うな」
「感謝する。アルフォンス」
その、最後くらいは王子としての義理を果たさなければという意志が動かした口は閉じ、完全に命を落とした。
そして、マリオネティカはいつのまにかアルフォンスの胸から離れ、護衛長エディの元へと転がっていき。
その宝玉は、矢によって貫かれかけて。
宝玉の中から結晶が現れて護衛長エディの元へと飛んでいった。
そして、《操魔サビク》という名前が、その結晶を見て感じられた。
「テメェが本体か!」
「名乗りとかふざけてんじゃないわよ石ころ風情が!」
「死ね!」
3人の抜き打ちの殺意が、サビクの結晶を襲う。それは、間違いなく必殺だった。ロックスの一点圧縮重力場、イレースの風を着弾時に爆発させるように仕込んだ矢。そして擬似ゲートによって出力を増したタクマの剣。
その全てが結晶を襲い。
そして、突如襲った激痛によって3人は動けなくなった。
この感触にタクマは覚えがある。暗殺者の作り出したゲートだ。
何かが着弾したのは背後から、誰かがこの戦場に隠れていたのだ。自分たちを殺すために。
「……全く、どうして今ので死なないのやら」
そんなくぐもった言葉を最後に、もう一度暗器が投げられる。それに刺さった者達は死亡した。
激痛による、ショック死だった。
「では、サビク。予想外のことはあったがアルフォンスの死体は手に入った。直してから、地下に行こう……この地獄を、終わらせる為に」
そうして離れて行く暗殺者とアルフォンスの体を使っているサビク。今はサビク・アルフォンスだろうが。
そんな姿を見て、泥で突き刺さるのだけは回避したタクマはじっと見つめる。
『アイツを殺すぞ、メディ』
『はい。故に今は安静に。痛みに慣れるまでは、動かずに潜みましょう。魂を、抑え込んで』
タクマはその言葉に内心で頷いて、じっと耐え忍んだ。
激痛の走る、体のままに。
激情の走る、心のままに。




