泥の剣鬼
戦いは続く。
高速で振るわれる泥の騎士の剣。それをタクマは受け流して別の泥の騎士に叩きつけさせる。
上半身が吹き飛んだが、再生の兆しアリ。
イレースが放った7つの矢。それが泥の騎士の7つの急所を射抜いた
まだ立ち上がる。再生の兆しアリ。
「一旦下がれ!」
ロックスが再び命を燃やした生命転換にて通路を高重力で止めるように見せかけた最高密度の重力場で一人の泥の騎士を押しつぶす。
泥の騎士の筋力は、当然それを跳ね除けることができるが、イレースの重力を見切った矢により両膝両肘を撃ち抜かれ、動きを止められ圧死させられた。
回復の兆しは、ない。
「再生パターンはコア型に確定だ! 体のどこかのコアを潰せばこのゲートは死ぬ!」
しかし、代償は大きく、ロックスは二人の泥の騎士に狙いをつけられて、全力の重量でなければ防げなかった攻撃を2発ももらいかねないその時に
タクマは、その二人の騎士の丹田を狙って切り裂いた。
それは、何か泥でない別のものを切った感覚とともに、二人の騎士は絶命した。
「二人とも引きましょう! コアを切っても命の総量が減りません! コアだけ殺しても再利用されます!」
「面倒なのは身体能力だけにしてよね!」
「同感、だ!」
そう言いながらタクマは前にでて魂視を深く使う。だいたいの者は丹田に命の源泉があったが、魔物型や明らかに別格の騎士型はそれぞれコアの位置が違う。
コアは丹田だ! と勢いに乗って反撃してきた者を喰い殺すトラップだろう。そうタクマは考えて、本気のヒョウカよりは性格がまともだなとも考える。酷い風評被害である。
しかし、現状敵の数は増え続けている。目算で50以上。通路の広さの問題で3〜4体ずつくらいしか攻めてくることはないが、50近くの敵がこちらの技をしっかりと目に焼きつけ続けているのである。タクマの存在をズラしての暗殺はもう見切られているし、イレースの曲射も対応されている。
ここいらが引き時だろう。現在も引きながら戦っているが、限界だ。
「……子供を見殺しにはしたくないのだがな!」
「わかってるでしょロックス! タクマが望んだの! だったら誰が残るかは!」
「わかっているとも! 生き残れる可能性があるのは身軽なタクマだけだ! だが!」
「ありったけの援護程度はしてやるさ!」
「そんなのは、当たり前でしょうが!」
そうして放たれる矢と重力の嵐。ある矢は重力で軌道が曲がり、ある矢は風で軌道が曲がり、あるところでは重力だけがかかり、ある所では真っ直ぐに飛んだ矢が突き刺さる。
これが、戦士団のエースである二人のコンビネーションだった。
「タクマ! 生き残れよ!」
「死んで傀儡になったらちゃんと殺してあげるから、安心して逝きなさい!」
その言葉を残して、武器を捨てて二人は全力で撤退を始めた。
それは速度を上げる為であり、タクマに武器の選択肢を与えるものでもあった。
しかし、そんな悠長に動きはしない。彼ら泥の騎士達の身体能力は凄まじい。機動力はそれほどでもないためにどうにでもできるが、かと言って無視できるほど遅くはない。
だから、風を踏んでそれぞれの丹田を切り裂く。
だが、3体とも特別性であり、丹田にコアは存在しなかった。そして、タクマの攻撃の隙を狙って何者かの投剣によりその命を狙われた。
そこを、剣にこめていた生命転換を爆発させる緊急回避軌道にてどうにか避けるも、すぐに次の泥の騎士が襲いかかってくる。
その騎士の剣はとても綺麗で、静かな意思を感じた。
それを躱せないタクマは剣でそれを受けると。
痛みなどなくただ吹き飛ばされた。
ロックスとイレースを追う騎士達の軌道上にだ。
『マスター! これは!』
『傀儡の中にはある程度動ける人も居るって事か! 自分から死んでくれるともつとありがたいんだがな!』
そして、動けない空中にて魂視。3人の騎士のコアの位置を把握する。右手の先、左手首、右足首だ。
馬鹿じゃ無いのかとタクマは思う。そんなところでは再生など不可能ではないかと思うが、そんな理不尽をやってのけるのがこのゲートだった。
他者に同一特性のゲートを潜らせる外法、他者に命令を強制する外法。他社の死体を操る外法。
どいつも核となっている人を操る力と同じゲートを潜らせる力の繋がりが見えない。マリオネティカというのが真実で、他人に泥のゲートを潜らせる使い手がそれしようしているのだろうか?
『不明です。が、何はともあれマリオネティカとこの通路の事を調べるのが重要なのでしょう。……ダイナ様が、プレイヤーを助ける側の者であるならですが』
『それは大丈夫だろ。あんな剣の使い手が外法を使うとは思えない。そんなものに頼るより自分で行った方が強いし確実なんだから』
『……その通りですね』
そんな会話をしながら、2人を追う三体の泥の騎士のコアを切り裂く。風を踏んでの高速移動はなかなかにスリリングだったが、ここでの戦いでだいぶ慣れたタクマには、それなりに難しい程度の事に収まっていた。
タクマは知らないが、それは近接型の風の生命転換使いの奥義なのにだ。
タクマは、魂を使い戦う者としても天才的な、あるいは狂気的なセンスを持っていた。
「だけど、こっからどうするよ」
『お二方はお逃げになられましたし、あともう少し時間稼ぎをしましょうか?』
「だな。あの二人がゲート使いになって敵になるとなゾッとしない。だから……“守らないと”」
その言葉は、タクマが思った言葉ではなかった。自然に、本当に自然に出てきてしまった意図しない言葉。
その暖かさを胸のどこかで感じながら、戦いを続ける。
だがしかし、50を超えてまだ増える泥の騎士の数には太刀打ちできずに、次第に押し込まれていった。
それでも、落とされていた大盾を跳ね上げて防壁にしたり、矢筒をそのまま風で散弾にしたりと、あれやこれや取りうるすべての手段を用いて抵抗をしたが、結局それ以上誰を殺すでもなくタクマは取り押さえられた。
「……これは、あかん、ヤツだ」
『かも知れません。ログアウトを実行しますか?』
「……どうせだし、連れて行かれてみるよ」
そんな言葉と共に、タクマは泥の騎士達に連れられて門の奥へと入っていった。
そこにいたのは、生命転換にて泥を抑えている女性と、それを守るために戦い続けている益荒男だ。
その益荒男をタクマは見たことがある。前回の戦いにおいて、シリウスの北からの襲撃の際に見た高貴な男だった。
その優しげな風貌はアルフォンスに似ている。
アレが、この国の王なのだろうか?
いや、アレがこの国の王だ。閃光剣にて薙ぎ払われる泥の騎士達を見て、王国としての常識である“最強は王である”という意味のわからないソレを思い出した。
そうして、敵があらかた消しとんだ後に、王は呟いた。“すまない”と。
アレは、間違いなく自分を殺すつもりだ。人質など無意味であると示さなくては守れないから。
そしてその事に対して、“ありがとうございます”と目で返す。
「残念だが、そうはいかない」
そうして俺を殺そうと放たれた閃光剣は、闇色の閃光剣により弾かれた。
出力では王の方が勝っていたが、技がそれを覆したのだ。
それは、光の剣による斬り合いの技術差だった。
「貴様!」
「言の葉を吐き出すことすら地獄の苦しみだろうに。ここ一週間闘い続けたことは効いているようだな、ラズワルド」
そう言い放つのは、闇の泥で整えた鎧の胸に邪悪な黄金の目のアクセサリーを整えた男。
彼が、泥のゲート使いだろう。
「では、貴様を殺すとしよう。この稀人は泥を纏った多くの騎士崩れ相手に奮戦した強者だ。二人がかりなら貴様とて狩れるだろうよ」
その言葉と共に、琢磨を抑えていた二人の泥の騎士が崩れてタクマの体に纏わり付く。
それは、精神を、魂を犯す毒。
常人には決して耐えられない邪心を植え付けるものだ。
だが、それはタクマの精神の一部しか崩すことはできなかった。
プレイヤーに施されている精神防壁のためだ。
が、崩れたのは一部あるのだ。
それは、タクマの中の殺人への理性的な忌避感。
それが消えたタクマは、己の心のままに剣を振るった。
泥により強くなった出力と、戦い磨かれた剣技にて
この世界の最強である、ラズワルド王に対して。
「強くなるために、糧に!」
「……少年!」
そうして、タクマの心が望んで、しかし世界の誰も望んでいない戦いが始まった。




