一本道の地下通路
魔物の溢れる地下通路。
何の因果かここに集まったタクマと、ロックスとイレースは違う目的で動いていた。
タクマはただの修行である。下層まで進んでより強いモンスターと戦い魂を磨くために
イレースは、相棒のロックスに連れられて。
そしてロックスは……
「その話、本当なのか?」
「ああ、魔物の巣みたくなってるよ。この貴族様御用達のシェルターとやら」
そう、彼は現在の王国のきな臭さを感じ取り、相棒のあんまりにもな無計画さを痛感しており、このままでは明日を迎えるのは難しいと感じてかつて祖父の言った言葉の通りにこの通路にやってきたのだ。
「王国に変事あらばここに行け、そう言われていたのだがな……」
「それ、ここで何かあるから何とかしろって話じゃないの?」
「……あ」
その言葉に落ち込むロックス。大の大男がそんなことして恥ずかしくないのかとタクマは思う。自身も割とやる方ではあるのだけれども。
「しかし、どうしたものか」
「そうね、もう逃げる当てはないわよ? 王子側はマーク厳しすぎだし」
そんな言葉に、メディが反応する。それは極一般的ではない人物を中心にして世界を見てきたがゆえに発した蛮族的AI思考の発露だった。
『ならば、ここを制圧してみては? マスターとお二方の能力なら可能かと』
「……可能なのか」
「さらっと言うわねあなたの精霊」
「俺の相棒ですから。じゃあ、どうします? このまま俺は進みますけれど」
「選択肢などあるのかこれは?」
「まぁいいんだけど、あんた食糧持ってない? 逃げっぱなしでお腹すいてるのよ」
その言葉に、どうせだし自分も食べるかと先日のゲームオーバー時に貰ったポイントを消費してあんぱんと牛乳を物質化する。タクマの現在のポイント残高は2000ポイントほど。これを武器などに変換するとかなり良質な武具を変えるだろう。だか、それが臆病者の剣を上回るほどのものだとは思えないのだ。
そうでないのなら買うべきは籠手や具足などの防具であるが、それを揃えられるほどにはタクマのポイントは溜まっていない。タクマがピンときた職人のミスリルの籠手は5000ポイントほどするのだ。具足も含めれば合計1万ポイント。そうならば、たかが10ポイント単位の出費など惜しむのも馬鹿らしいだろう。今回はどうせ稼げないが、稼げるときはバカみたいなポイントが入ってくる。それがこのゲームのリザルトなのだから。
そんなどうでもいい計算からイレースとロックスに食事を渡して共に食べる。二人の反応は面白いほどに正直だった。
「……稀人ってこんなの食べてるの!? ずるくない!」
「クッ! 妖精国との国交が途絶えていなければこのような甘味など安かっただろうに!」
どうにも王国民は甘味に飢えているようだ。今度から物々交換の時に砂糖がどれだけのレートで売れるか試してみよう。……ヒョウカが一緒にいるときに。と、皮算用をするタクマであったが、自然と体は戦いのための準備を整えていた。
それは生き残りの戦士団の二人も同様だ。三人で同時に牛乳瓶を放り投げ自らの獲物を構える。
現在位置は中層だとダイナに言われていたところ。幅は広く、しかしわずかに下向きに傾いている。
そこに、明らかに強いものがやってきている。深層にいた魔物が出てきたのだろう。
「フロントは俺が行く」
「援護は私ね」
「なら、俺は暗殺仕掛けた後は遊撃で」
自然と役割分担を話した戦士たちは、やってきた魔物の姿に目を見開く。
そこにいたのは、人間だった。少なくとも形は。
しかしその魂は魂視が使えないロックスとイレースにもわかるほどに汚されており、その口からは”真言”を発していないのに邪悪極まりないゲートが展開されていた。
そして咆哮と共にその門をくぐろうとした一人は。
音もなく剣を置いたタクマの風の刃によって首を両断されていた。
「やはり躊躇いはないか……だが、知っていたのか彼が魔物だと」
「というか、生き返った戦士も騎士も全員魔物だと俺は見ています。そうじゃなきゃ、第0アバターを認識できるわけはない」
そういってタクマは二人の前でアバターを第0へと落とす。それに驚いたが、稀人がそういうものだと知っている二人は納得をした。
「魂だけの、霊体が見えているのね。皆は」
「あの日に死んだ者たちはやはり死んだ者か。イレース、いいか?」
「冗談、ブチ切れているのは私もよ! ロックス! タクマ! この奥にいる元凶を殺すわよ! 先に逝った仲間の魂の安寧のために! 私が! そいつを! ぶち殺す!」
その、優しさが故に荒ぶる怒りをロックスは心地よく思い、その風に乗る。
その、魂の安寧ということはどうにか理解できているタクマは、しかし普段通りに殺すために歩みを進める。
今、成り行きで集まった3人は一つのチームになった。
「ロックス、警戒お願い。生命転換、放出」
そうして、索敵に力を使うイレース。彼女は命の風を操り、音をより遠くまで集めるために空気を集めているのだ。
そしてそれは彼女の宣戦布告であり、目で合わせたタクマの暗殺をより際立たせるためのイレースの作戦。
自身の安全が確保された状態で動くことが多い後衛としては問題外の行為だ。
しかし彼女は迷わない。彼女の傍らには常に最も信頼できる盾の男が居るのだから。
「曲がり角右! 距離300に足音7つ! 団体よ!」
「ならば、いつも通りだ! 抜かせはしない!」
その頼もしい言葉を受けて、タクマは暗殺のためのポジショニングを整える。
タクマとイレースの属性は共に風。なのでイレースの操る命の風にタクマは相乗りすることができる。生命転換の相互作用といったところだろう。
その風を踏み、足音を立てずに集団の後ろに回り込む。ロックスが命を隠していないおかげでタクマの命はとても自然に見えているからこその絶技だ。そうでないなら経験豊富な戦士団の肉体を使うこの魔物たちは反応しただろうから。
そして、曲がり角をロックスが曲がる。そこに叩きつけられる生命転換の嵐。そして同時に発動する7つのゲートによるファランクス。
その門が盾となり、イレースたちの攻撃を防ごうとしたところに蛇のような軌道を描いた3本の矢がたがわずに前3人の急所を射抜いた。イレースの全力の生命転換のコントロールによる曲射だ。
そしてそれに合わせてタクマが風を踏んで張り付いていた天井から落下しながら瞬く間の3連撃。それは背後に控えていた後衛3人に何もさせずに命を奪った。
そして、声を上げずにイレースの矢が放たれ、タクマの剣が振るわれた。そしてその両方を大斧から生み出した爆風にてその戦士は弾き飛ばした。
「腐っても戦士団長ッ!」
「強い肩書だことで!」
「口を閉じろ。来るぞ!」
そうして戦士団長と呼ばれた男はゲートをくぐる。
その先に現れたのは闇、あるいは暗黒の泥をかぶって作られたヒトガタ。
その咆哮はまさしく獣のようであり、しかしそのことがさらにイレースとロックスの怒りに火をつけた。
「ぶっ放す! タクマ、時間稼いで!」
「了解!」
そうして、戦士の動きを丁寧に観察する。
おそらく、あの泥の中身は妙なことになっている。関節がないはずのところで肉体が曲がっているからだ。
となると、尋常ではないとタクマは対人ではなく対モンスター、リザードマンやバードマン、人狼といった者たちとの戦闘を想定したスタイルに剣理を切り替える。
つまり、ゲート使用後の対アルフォンス用の剣だ。
「丁寧に、冷静に、切り崩す」
タクマに向けて振るわれる大斧。その速度は本当にアルフォンスクラスであることから、この使い手を短期戦型のゲートと仮定。斧を柔らかく受け流して風纏を施した剣で胴を叩く。すると、インパクトの瞬間に戦士の体の内側の泥から圧縮した風が吹き出てきた。
それによって飛び散る泥。明らかに危険物と判断して風纏を解放して泥を払う。
しかし、それだけの時間があれば溜めをしている後衛に矛先を変えるのは難しくない。それだけの出力がこの戦士にはあるのだから。
一歩でイレースの元にたどり着いた戦士は、その大斧を使って薙ぎ払おうとして、彼女を守る城砦に阻まれた。
「生命転換、放出」
重力で大盾と自身の重さを最大限に増強したロックスの最大防御法。それは剛力と暴風の斧を真正面からはじき返した。
それは、十分な隙だった。
背後から暴風を踏んで踏み込んできたタクマが首であった場所を風を纏わせたの刃にてたたっ切る。そうして切り離された首は泥となり崩れ落ちるが、動体はまだ動く。
それを本能的に”殺していない”と感じたタクマは、カナデから学んだ連続剣にて急所を切り飛ばし続ける。しかしどれだけ切り飛ばしても命を絶つのに至らない。核があるのかと観察しようにも観察のために剣を緩めれば、それはこの戦士を連撃による檻から逃してしまうという事。
ならば、ここは無呼吸で動ける限界まで切り続けるのが正解だろう。
それがタクマの”殺す”ことに最適化されている思考の示す答えだった。
「溜めが終わったぞ! 離れろ!」
その言葉に反応してタクマはさらに踏み込んで大斧をつかみ腕ごと盗んでから前に転がり抜ける。
そうして、ようやくイレースを見ると
そこには、光を弓につがえている姿があった。
「あれは、生命の属性?」
『はい、アルフォンス様、ダイナ様のそれと似通っています』
「つい先日掴んだというイレースの切り札だ。威力は保障する」
そうして放たれた光の矢は戦士に着弾し、内部から光の熱のない爆発を起こしてそのすべてを消失させた。
その時、タクマの耳には「ありがとう」と聞こえたような気がした。
恐らく空耳だろうと思考を切り捨て警戒に移行する。呼吸を整え、前方の警戒をする。
すると、道中にあるそこに扉が見えた。盾の紋章を象られたレリーフのある扉。そこだけはなぜか魔物の空気はせずに、清涼な空気すら感じられる。
「……知ってますか? ロックスさん」
「あいにく、ここに来いとしか聞いてないな」
「ちゃんと聞いときなさいよそこは」
「7つの子供に無茶を言うな」
などと言いながらも聞こえてくる甲冑の足音に今のコンディションでやったら殺されると確信し、その扉へと近づいていく。
するとタクマの鞘が輝きを放ち、それに共鳴するように扉も輝きを放った。
そして、鍵の開く音がし、3人は”鍵かかってたのかよ”と内心思いながらそのドアをあけた。
そしてすぐに後悔した。なにせそこはヒトガタと思わしき者たちが何人もいたからだ。
「モンスターハウスかよ」
「とりあえず扉を閉めるぞ。外も内もまだ気づいてはいない」
「そうね、今騎士レベルとやりあったら死ぬわ。それは避けないと」
『あいにくと気づいている。ロックス・ラッド、イレース、そして稀人タクマ』
そこに聞こえた声に2人は警戒を深め、タクマは内心ため息を吐いた。
その声は、アルフォンスの陣営にいた自称サブリーダーのもの。
魔物あふれる地獄の一本道通路は、なぜか王族の隠れ家へと繋がっていたのだった。
「俺にこういうのを回すなっての」
『同感です』
そんな言葉をメディから受けて、タクマは後ろのドアをしっかりと閉めた。




