タイムオーバー
第一回リザルト会議は、珍しい事に特に何もなく終わった。
行われたのはただの事実確認。「世界が滅びました!」と。
知ってるわそんな事! と叫ぶが、声にはならない。リザルト会議中は許されていない限り私語が禁止されているのだ。
「あいにくと今回は特に明らかになった事はありません。次はもっと独創的な発想での活動を期待します。……では、残響の響く夜にはくれぐれもお気をつけて」
そんな言葉と共に、管理AIのマテリアは消え去った。
そして、今回の戦犯であるタクマへの追及が始まる。
「面倒なんで動画見て下さい!」
そして2秒で大体収まった。
そもそもアルフォンス王子との繋がりができたのはタクマのファインプレイであるのだ。しかしタクマはアルフォンスを守れなかった。功罪帳消しとまではいかないがそれなりに受け入れられていた。
……今回から本格的にプレイを始めたプレイヤー以外には。
「さすがに一人のミスでゲームオーバーってのは責任重いんじゃない?」
「明太子さん、あんたは詫びを入れないのか?」
「はい。俺が悪かったです。敵を甘く見てました」
そんな素直な言葉と謝罪に面食らったのかプレイヤー達は一旦言葉の刃を下げる。
「……あの化け物相手にそれだけとか責めるに責められないんだけど、なにこの子供怖いよ」
一部動画を見て、タクマが戦った黒い騎士の強さを目の当たりにした者はそもそも責める気にならなかったのだが。それはそれだ。
タクマは順調に“やらかす子供”として見られていた。
「はいはいはい、今回はあんま得るものなかったけど、頭脳労働組は集まって作戦を練るよー。とりあえず司会進行はマスタードマスターで」
そう言った彼が上手いこと人を引き連れてくれたお陰で、今それが表に出ることはなかった。
「じゃあ、皆集まって」
そういうのはじゅーじゅん。否、足柄刑事。ピシリと引きしまるその空気はスイッチを切り替える“仕事のできる大人”だった。
「正直、今戦える人間は僕たちくらいだよ。生命転換がないとまともな戦いにならない。けど、大人としては僕は君たちに来ないでくれと言う。そこは変えられない」
「刑事さん、私は戦う」
「俺も、二度とあんな思いは御免だ」
その足柄の言葉に真っ向から返すカナデとユージ。それをやはり眩しくタクマは思い、しかしじっと自分を見るヒョウカの目を見て背筋をピンと伸ばして薄皮の仮面を被り直した。
「じゃあ、明太子はどうする?」
「戦います。理由は、薄っぺらいですけど」
その言葉に、足柄は少し不安気に肯いた。
「なら、今日はゆったりチャットでもしながら徹夜しようか」
「流石にヒョウカは寝ろよ?」
「分かってるわよ。死にたくはないもの」
そうして、一行はログアウトをした。
これから起こるだろう現実での戦いに備える為に。
■□■
そうして、始まるのは中身のない会話。
それぞれが移動手段を準備して、いつ来るかもわからない異界化に備えていた。
しかし、その備えは空振りし、夜が明けるのもあと数十分となったその時に足柄の端末に連絡が入った。
「はぁ⁉︎冗談ですよねソレ⁉︎」
通話しているタクマ達の事などお構いなしに叫ぶ足柄。こういう所がいまいち締まらないのがこの刑事ではあるのだが、今回はその声に焦燥感があった。
「明太子! 高速乗って千葉の北東方面! コレはちょっと洒落になってない!」
「千葉⁉︎」
「マジですかソレ⁉︎」
『確かに帝都付近でしか異界が現れないなどとは誰も言っていません! マスター、急ぎましょう!』
「了解。異界は今どうですか?」
「通信障害が起きてから少なくとも2時間! しかもだんだん広がるスピードが速くなってる! ……だから! 行ってくれ明太子! お前が一番速い!」
そうして足柄は前言を撤回した。
守るべきは大人のプライドではなく一人でも多くの命だと分かっているが故に。
「他二人はパトカーで拾ってく! 合流は今から示すポイントに! 。目的は機動隊が来るまでの時間稼ぎ!
その言葉を最後に通信を一時保留にする足柄。
その画面を一瞬見て、自動運転で玄関の前に付けたバイクに跨ろうとしたその時。
凪人が、帰ってきた。
「……行くのか?」
「うん」
「怪我は、するな」
「……努力する」
「言い換える。死ぬな、死んでないなら俺が治す」
「それなら大丈夫、約束する」
たったそれだけの不器用な会話。しかしそこには確かな暖かさがあった。
そしてタクマは法定速度ギリギリでバイクを突っ走らせる。
「認められた! 戦っていいんだ!」
それを、喜ぶタクマ。皮の内側の鬼子が見えている。
「……負ける気がしねぇ」
『マスター、あまり調子に乗るのはどうかと』
「ちょっと嬉しすぎてさ!」
そうしてタクマはバイクで高速道路に乗って、突っ走る。
マニュアル運転ならではの無茶な機動も、彼のバイクは難なく答えてくれる。
そして高速から千葉方面に降りようとした時に。
変わった世界の境界を見た。あまりにも大きく、強い。
『マスター、警戒ラインが異界の内側にあります。警察からも想定外の事態なのだと』
「大丈夫、どうせ殺すだけだ」
そうしてタクマはバイクを異界に突っ込ませる。
以前と違い体が、魂が表に出てくる感覚が長い。
境界が厚いのだろうか、そんな事を思って。しかしどうでもいい事だと切り捨てて。
境界の向こうの異界を見た。
そこからは、何かが欠落していた。それが何かはまだタクマには理解できない。観測しているメディにも理解できない。
しかし、このままでは不味いという事だけは理解できていた。
「行くぞ!」
そうしてタクマはメディの感知する方向に全力でバイクを走らせる。
狼の気配はない。であれば別の何かだろう。そう思って
しかし瞬間的に感じられた殺気に反応してバイクから飛び降りた。
そこに現れたのは、蒼炎の鎧騎士。
感じられる命は、アルフォンスのもの。一度見た、アルフォンスのゲートを使った姿だ。
そういう事なのかとタクマは思い、真っ直ぐにアルフォンスに向かい合った。
小細工は無用。隔絶した実力差はないが、隔絶した出力の差はある。
そしてあの鎧の強さを考えると風の剣による一撃必殺は不可能。先の死の理由をまだ解明できていない以上音響攻撃も選ぶべきではない。
故に、タクマは真っ向からの剣術勝負を選んだ。
「タク、マ……」
「悪いなアルフォンス、お前の命、ここで切る」
その言葉に、蒼炎の鉄仮面の内側のアルフォンスが笑ったような気がした。
そうしてタクマは鉄パイプを変化させた臆病者の剣を構え、アルフォンスも蒼炎の騎士剣を構えた。
「いざ、尋常に」
その言葉と同時に同時に踏み込む。
二人の距離は3メートル程。それをタクマは半歩詰め、アルフォンスは残りを詰めた。
受然たる出力差だ。しかし、タクマはその剣を受け流す。柔らかく、丁寧に。
一度見たあの黒騎士の剣理だ。
そして、タクマはアルフォンスのゲートの弱点も同時に理解する。
出力が上がっているだけで、それを動かす反射神経の類は上昇してはいない。
故に、技のキレ自体はアルフォンスのものを一つ落としたかのようなものなのだ。
上昇しすぎた力のコントロールを完全にできていないが為に。
そして、生まれたのは攻撃の隙。力一杯振り抜かれた剣を流された事で生まれたアルフォンスの鎧の隙間を狙って、風の刃を纏わせた剣を振るう。
その剣は確かにアルフォンスの左肘に切り傷を与えた。かなり深く。
だが、その出血はすぐに止まった。出血多量で殺すというのは通じないようだ。流石の生命の属性の使い手だ。と、よく知らないにも関わらずタクマはそんなことを思考の隅で考えた。
再び構え直すタクマとアルフォンス。距離は共に剣の間合い。しかし、アルフォンスの頭には先ほどの人一人を吹き飛ばす攻撃をあっさりと受け流した柔の剣がこびり付いている。
対してタクマにも、あれがただの剣だったからこそ自分は生きているという確信があった。光を纏うアルフォンスの奥義、閃光剣ならば剣はともかく自分は焼き切れていただろう。
だから、絶対に隙を作ってはならない。
それがあれば、目の前の騎士/鬼なら命を奪って見せるだろうから。
だからこそ、アルフォンスは動き出した。彼はゲートをを使っている。それは魂を焼き尽くすようなものであるのだから。
時間が、ないのだ。
そうして放たれた突きは、神速だった。
しかし、その剣に乗っていた殺気を、意思を、魂を理解していたタクマは迷わずに踏み込んだ。
左腕を犠牲にして内側に踏み込み、アルフォンスの突きを体の回転の始点にした一閃にて首を跳ねようとする。
しかしその一撃はわずかに首を傾けて鎧で受けたアルフォンスによって防がれた。
だが、どちらも重症だ。タクマの左腕は吹き飛び、アルフォンスの首からは大量の血が流れている。
だが、そこで変わるのが生命の生命転換の力。その自らを治す力によりアルフォンスは血を止めた。
それを見て、タクマは相打ちに持ち込む覚悟を決めなかったことを心底後悔した。
ここでアルフォンスを殺さなければ、彼はまだ望まぬ殺しをするだろう。
それは、アルフォンスの願いに反する。
アルフォンスは、言ったのだ。
■□■
「私がゲートを開く時に思うのは、守る心だ。それは騎士の皆が当然に思ってることなのだが、私は、私の心はそう意識しないと守ると思えないのだ」
■□■
その言葉を心に思って、開きかけていた思いを開く。
だが、それは遅きに過ぎた。アルフォンスの豪剣はもう構えられ放たれる寸前だった。
しかし、その剣は振り下ろされる事は無かった。
蒼炎の鎧が解けていき、アルフォンスは不思議な笑顔の元で崩れて落ちた。
ゲートの、時間超過だ。
「……コイツ、だからゲートを使って出てきたのかよ」
その言葉と共に異界が割れる。傷が、物が、世界が元に戻っていく。
しかし、タクマの心にあったのは達成感などではなく。
救うために殺すしかなかった友人を、殺せなかったという事実だけだった。




