魔法師
エリーを振り切って、俺たちは今、ドアの前に立っている。
公爵邸は無駄にだだ広くて、五歳児の足では端から端まで行くのに、十分ほどかかる。
運動をあまりしていない俺は、ここまで来るのに息が少し上がっている。
少し運動をした方が良いだろうか。この年で、運動不足には正直言ってなりたくはない。
「ここだよ。中で、教師の方が待っているから。私も教わっている人だよ。」
ロイ兄さんが俺の方を振り返って言った後、ドアを開けた。
部屋の中には、一人の男性が窓辺に立っていた。
顔よりも先に目が行くのは、男性の服装だ。
さすがに、ピエロのように赤鼻は付けていないが、どこからどう見たったて、道化師だ。道ばたで、大道芸を披露していそうな格好をしている。
町を歩けば、十人中十人が、二度見するだろう。それほどまでの怪しさを、プンプンと周囲にまき散らしている。
彼が、魔法師と言われる人だろうか。まさか、魔法師はみんな、こんな格好をしているか。
もしかしたら、この格好には魔法を強く打てる何かがあるのかもしれない。
魔法師は、王国に使えている魔法使いのことで、特に強力な魔法を扱うことができるという。
「先生、そのような格好は止めた方が良いと、何度も言っているではないですか。魔法師を初めて見た人に、誤解を与えると。エドだって、これ、絶対に魔法師はみんなこんな格好をしているのかと思っていますよ。」
ロイ兄さんが、道化師に向かってため息を吐いた。
ロイ兄さんよく、俺の考えていることが分かったな。さては、ロイ兄さんも、この道化師に初めて会った時に同じことを思ったに違いない。そうだろ。
「私は、目立つ為にやっているからね。魔法師なんて、目立ってなんぼなんだよ。」
道化師には、特に自分の格好を気にしている様子はない。
けれど、これは、目立つとはいっても、悪目立ちではないのか。そんな気がしてならない。
夏でも、真っ黒な革のコートを着込んで歩き回っていた過去の自分を思い出してしまった。
その時は、なんとも思っていなかったが、今考えれば変人以外の何者でもない。
地獄の業火で、焼いてしまいたいほどの黒歴史だ。
「そうだ、まだ、私の名前を言っていなかったね。私は、ジークー・アドルフだ。気軽にジークとでも読んでくれ。今日から、君の先生だよ。」
慇懃にお辞儀をしているが、格好のせいで、ふざけている様にしか見えない。最後にウインクまで、してきたので、なおさらだ。
「エドワード・ラインラントです。」
こちらもお辞儀を返す。
待てよ、アドルフ家か。どこかで聞いたことがある。そう言えば、魔法師を多く輩出してきた家ではないか。
勝手に、道化師と呼んでいたことを心の中で謝っておく。
さすが、公爵家といったところか。息子の教育にまで、ここまでの人物を連れてくるとは。
だが、天才と変人は紙一重だなぁ。こんな風には成りたくは無い。
「エド君、心外だなぁ。私はこれでも他の家族に比べれば、まともな方なんだよ。」
声に出てしまっていたらしい。ジーク先生は、気にしている様子はなく、終始、軽い調子だ。
だが、ジーク先生でまともなら、家族は一体どんな奇抜な服装をしているのだろうか、想像もつかない。
「早速、始めようか。そこら辺の椅子に座ってくれ。」
俺は、ジーク先生に促されるまま、近くにあった椅子に座った。
ロイ兄さんも隣の椅子に座ったが、妙に近い。暑苦しいから、頼むからもう少し離れてくれないだろうか。
何度か、離れてくれと言ったことがあるが、妙に悲しそうな顔をしてくるので、こっちが悪いことをしている気がしてくる。
だが、後で気付くのだ。別に俺は、当然のことを言ったまでのことだということを。
毎度、毎度、ロイ兄さんに上手く丸め込まれている。
なんだか、釈然としないが、ロイ兄さんに何か言っても無駄だということを学習した俺はもう何も言うまい。




