目覚めの後
二日目の朝だ。
とはいっても、ほとんど寝ているので、体感としては半日しか経っていない。
やはり、元の世界には戻っていない。淡い期待は、無残にも崩れ去った。
まぁ、元に戻ってもやることなんて、一つしかない。
ゲームだ。
高校デビューに失敗した俺は、高校一年の五月に晴れて引きこもりの仲間となった。
それから、はや三年。
その間、俺は、一に、ゲーム。二にゲーム。三、四がなくて、五にゲームの生活。
なんと素晴らしい毎日じゃないか。
誰かは、こう言うだろう、「ゲームなんかしていても、世の中の為にならない。非生産的だ。」と。
いかにも、俺は非生産的な人間だ。だからこそ、世の中の為になることもあるだろう。
俺は学校に通っている輩と違って、青春なんてものにエネルギーを浪費せず、運動をして、無駄に二酸化炭素を出すこともしない。
低カロリー、低炭素。なんて俺は、地球に優しい生活者だ。
まぁ、絶対に元に戻りたいと思っているわけでも正直ない。
この三年間、話した人の数は一体何人いただろうか。
果たして、俺が戻ってくるのを待っている人は何人いるのか。
だが、少しは、寂しさを感じる。
部屋の匂い、黄ばんだ壁紙、そんなものが、どうしようもなく懐かしい。
転生…。転生か。
妄想がムクムクと俺の心の中に浮かび上がる。
残った俺の体はどうなったのだろう。やはり、死ぬ直前に精神だけが飛び出して、肉体は残ったのだろうか。それでは、あまりに夢がなさすぎる。
地獄の釜が開いたように、下に落ちていったのだろうか。それとも、光の粒子になって消えていったのか。はたまた、魔方陣が描かれ、宙に浮かび上がったのだろうか。
俺としては、魔方陣で、浮かび上がるのを所望する。何故かって、この中で、一番格好よさげだからだ。
突然ドアが開き、何時もの女性と小さな男の子が入ってきた。
「マリー、顔を覗いてきてもいいかなぁ。」
「ええ。宜しいですよ。」
そうか。あの女性は、マリーと言うのか。二日目にして、自分以外の名前を初めて知った。
男の子は、ポテポテと形容するのがぴったりと当てはまるような足取りで、俺が寝るベッドに近付いてきた。
「エドー。ロイ兄さんですよ。」
今の俺には、兄がいるのか。ずっと今まで長男だったので新鮮な気分だ。
だが、兄よ。ちょっと待て。頬をプニプニと突くのは、いただけない。幼児にだって人権ぐらいはあるのだよ。
中身が十歳も年下に頬を触られるなんて、脳裏に浮かび上がるの僅かに二文字。屈と辱。
非難を込めて、眉間に皺を寄せて睨んだが、ロイは「かわいい。かわいい。」と言って、やめる気配はない。
マリーよ。ニコニコと笑っていないで、早くこの兄をとめてくれ。
願い空しく、しばらく俺は、兄の玩具となってしまった。
俺は、その間に考えていた。
俺も弟が生まれた時に、同じようなことをした気がする。
その時、弟は今と俺と同じように嫌な顔をしていたような覚えもある。
俺は、弟が生まれた時から、嫌われることをしてきたというのか。何たることだ。
それからも弟に嫌われることを色々とした覚えがある。
あれか、弟が大事にしまってあったプリンを勝手に食べてしまったことか。それとも、床屋に行った弟の髪が、キノコみたいだったのを笑ったことか。
悲しいかな。俺が引きこもろうが無かろうと、弟から、冷たい目で見られるようになることは決まっていたのか。