勇者と魔王の恋愛バトル
完結を目標にがんばります!
木材素材を指定してタップ。
半透明の【椅子】が空中に浮かぶ。
大きさ、装飾、色を指定。それらを微調整しながら【椅子】を作成していく。
ドアに付けている鈴がチリンと鳴り、このプレイヤーホームに誰かが入って来たことを知らせた。
アイテムストレージを操作して、作業服を着ていた私のプレイヤーキャラを、接客用のエプロンドレスに着替えさせる。
「カナタ、いるー?」
愛想笑いを浮かべて接客の真似事をしようとした私は、聞こえてきた声で誰かを判断し【椅子】製作を再開した。振り返らなくても声だけでわかるこのプレイヤーは、ちょっと一狩り行ってくるとメッセージを残して消えた私のフレンドだ。
「いるけど、【椅子】作ってるから忙しい。……木材素材の収集頼んでもいいかな、【テーブル】も作って優雅にくつろぎたい」
こいつとはリアルでも友達なので、顔も見ずに背中で会話ができる。私は家具製作の手を止めることなく、【椅子】の背もたれの部分を選択する。イメージはお姫様が座るような豪華な【椅子】。だけど、さすがにそのままではこのログハウス風の家には合わないので装飾は抑える。
「カナター、こっち見て?」
背中に重みを感じる。覆いかぶさってくるな、手元が狂う。
右側の視界にこいつの顔が入ってくる。長い髪が触れてくすぐったいからやめて。
「……すんすん」
匂いはかがないでください。
「……エプロンドレス似合ってるよ。いつもかわいい恰好してればいいのに」
作業服の方が家具生産プレイヤーっぽいでしょ。スカートは制服の時だけで十分。
「……ねえ?」
指先が頬に触れられてゆっくりと顔の向きを変えさせられる。
すぐそこに顔がある。
目が薄く閉じられていて、長いまつげが強調されている。
リップを軽く塗った唇が何か言いたそうに動き。
「……近い」
顔を背けようとするが、いきなり動くと危ないと判断し、目線だけ反らした。すると視線の上の方で何かが光っているのが見えた。
「……勇者?」
「そう! ようやく勇者シリーズがそろったんだよ!」
キャラクターネームの上に称号【勇者】という文字がわかりやすいように光っていた。
勇者シリーズというのは【聖剣】【鎧】【盾】【兜】の四つの装備を揃えると、勇者として魔王と戦えるクエストを発動する収集イベントだ。
一応このゲームの最終目的へのイベントだったが、勇者という特別なプレイヤーを決めるのを渋ったゲーム運営が、簡単に揃えられたら悔しいとかの理由でアイテムドロップ率を極限まで下げた結果、勇者シリーズを集め終えたプレイヤーが現れることは無くサービス開始から二年の月日が経ってしまっていた。
その間も修正という名のアップデートが続き、他のコンテンツを充実させてしまった結果、このゲームはほのぼのとした生産系ゲームへと変わってしまっていた。
プレイヤーホームから始まり、家具や服製作、アイテム収集がメインとなってしまった今では、勇者になろうというプレイヤーはほとんど居なくなってしまったというのに……。
「……やっぱり、勇者の白銀の鎧には金髪が似合うと思うんだけど、……どうかな?」
かわいい顔で照れながらそう聞いてくるこの女子は、きっと空気が読めないんだろう。
「……それで、勇者さまは魔族と戦争でもしたいんですか? プレイヤーホームはなぜか耐久値が設定してあるんで、戦争になったらせっかく作ったこの家も爆破されてしまうかもしれないんですけどねえ」
「いやいや、そういうつもりじゃないんですよ。この世界の平和は脅かしません。……私が勇者になった理由はただ一つ!」
どうせ目立ちたいとかだろ。
「勇者になったら魔王の城に乗り込めるのですよ!」
このゲームのプレイヤーは最初に人間族か魔族かを選ぶことができる。
「魔王の部屋、ネットにあがっているスクショじゃなくて、ちゃんとこの目で見てみたくないかにゃあ?」
人間族は魔族の土地に入ることはできても、魔王の城への入城はシステム的に出来なかった。それは宣戦布告を意味するから。
「――――勇者さま!」
「なんですかねえ」
「私を勇者パーティに入れてください。必ずお役にたってみせます!」
「えー、やだ」
いい笑顔で断ってくるこいつは絶対に勇者ではない。
生産系ゲームになってしまってからは、部屋のコーディネートに力を入れているプレイヤーは多い。そこに加えて魔王の部屋は、戦闘ができるようにとんでもなく広い。そのため、魔族全体で魔王の部屋をいかに美しくみせるかと週一でコーディネートイベントをやっていた。
生産系プレイヤーとして是が非でも魔王城には行ってみたい。
「勇者さま、流れるような金髪がとても綺麗ですね」
「私はキャラクリに力いれてるからね、似合うっしょ。でも、ここはあえて白銀の鎧に対比させての黒髪にしてみようかなって。うん、やっぱ金髪はないわー」
こいつ、うざい。
めんどいからもういいや。チャットウィンドを開いて、とあるプレイヤーに連絡をいれる。
『魔王さま、今 大丈夫?』
遅れて数秒後、相手から返事が来た。
『カナタさん? だいじょうぶですよ』
『実は、魔王さまのお姉ちゃんが、私が魔王さまと一緒に遊びたいのに許してくれなくて……』
世界を脅かすという設定の魔王は勇者とは違い、サービスを開始してからすぐに現れた。
魔王は勇者とは違い、専用武器を集めて君臨するということはなく、プレイヤーによる人気投票で選ばれる。現在進行形でここに呼び出そうとしている魔王は、その幼さと愛らしい姿から圧倒的大差で選ばれたのに、このダメ勇者とはリアルでは姉妹なのだ。
「魔王さま、ここに来てくれるって」
「えー、カナタとは会わせたくないんですけどー。私の妹がいつか性的に喰われるんじゃないかと、いつもひやひやしてるんですけどー」
失敬だな、かわいいものを愛でて何が悪い。
それに妹ちゃんの方から抱きついてくるのだ。私は悪くない。
しばらくしたら、部屋の中に漆黒の魔法陣が生成された。
魔王だけが持ってる固有スキルで、プレイヤホームだろうが問答無用で転移できる。
この能力のおかげで『魔王からは逃げられない』とドヤ顔できるが、残念ながら今期の魔王さまは家具【ぬいぐるみ】生成プレイヤーである。戦闘力はない。
「おまたせしました!」
魔王さま兼 妹ちゃんがてててっと私の方に来て、服の裾をぎゅっと握ってくれる。うん、かわいい。向こうで『守れなかったー』とか言って、膝から崩れ落ちてる勇者とは全然違う。
魔王は魔族だが異形の怪物ではない。
人間族に間違われないように、頭に角と背中に蝙蝠のような羽が生えているが、見た目は小さな女の子だ。魔王専用装備の、なぜか無風でもはためくマントは着けていない。
「魔王! その娘から離れなさい! この勇者が相手するから、お願いします!」
「いやです、私はカナタさんにあいにきたんです」
ずいぶんと腰が低い勇者だな。そういえばシステム的には、勇者と魔王の初顔合わせになるけど大丈夫なのか?
本当に戦闘をするつもりなら家の外でやってもらいたい。
「カナタ! 私の方に来て、あなたは魔王に騙されている! 『怖かった』ってぎゅっと抱きしめてくれてもいいから!」
危険なセリフを吐くな。
私はロリコンでも百合でもない。
「魔王さま、お遊びはこのくらいにしときましょう」
「え? 私はカナタさんのこと、だいすきですよ」
「……私も好きだよ」
「がーん」
がーんて、口に出して言うなよ。
「……そろそろ落ちるね、カナタは私を、選んでくれないし――――」
おい、子供と張り合うなよ。
勇者のアバターの動きが一瞬止まり消えた。
勇者と魔王の初バトルは、勇者のテンション下降による、ログアウトでの撤退で終わった。
「……後でメールしておくか」
声に出して言ったのは、妹ちゃんにも姉のフォローを頼む意味を込めたつもりだったんだけど。
「……カナタさんは、お姉ちゃんがすきなんですか?」
その話を続けるつもりですか……。
「嫌いじゃないけど、……ちょっと、重いんだよ」
「むかしはしょっちゅうベタベタしてたのに?」
「……人の気持ちは、変わるんだよ」
おませな、妹ちゃんの頭を撫でまくる。
昔は昔、今は今だ。高校生にもなって、いつもでも女の子同士で抱き合ってて変な噂をされると困る。
「……さみしくは、ないんですか?」
「関係を少し変えたのは辛いけど。慣れたし、……慣らした」
妹ちゃんの目が真っすぐ私を見てくる。
私の目は潤んでなどいないはずだ。精一杯の笑顔で妹ちゃんに笑い返す。
「……私もおちます。お姉ちゃんと、はなしてくる」
「今 言ったことは、絶対に内緒で!」
「カナタさんって、お姉ちゃんがちかくにいないと、すごく、かおこわいですよね」
絶対に内緒で。本当そこだけは頼みます。
自分のほっぺを引っ張ってでも無理やり笑う私は、この妹ちゃんが変なことを口走らないようにと祈るしかなかった。
とんでもない暴挙で、勇者と主人公(語り手)の名前を交換します。
別に妹ちゃんの名前を、今更さらっと呼ぶのもどうかと思っただけです。名前考えるのが面倒とかじゃないです。