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「すいません」


 その時、二人は、右ななめ後ろの方から唐突に声をかけられてそちらに振り向いた。


 声の主は、腰を低くしながら年取った男の右隣に回った。日によく焼けた肌をした、茶髪のミディアムヘアーをワックスでふんわりボリュームを出している、チャラそうな青年だった。ポロシャツの襟元のボタンを開け、そこからネックレスを覗かせている。おしゃれはしているが、顔が大きく、にきびが顔面中に散って、おせじにもいい男とは言えなかった。


「自分、そこの『かみくら横丁』っていう海の家の者なんすけど。もしお昼がまだでしたら、よければ注文していただけませんか? ここまで出前しますんで」


 チャラい青年はそう言うと、「これ、出前用のメニューっす」と続けて、年取った男にメニュー表を渡した。


 年取った男はメニュー表を受け取りながら、


「海の家で出前?」


「ハイ」


「珍しいな」


「ハイ、物によりますけど、できるだけすぐお持ちします」


「ふーん」


興味を持ったらしくメニューを読み始めた。


 やがて、


「焼きそば」


「ありがとうございます」


「お前も、焼きそばでいい?」


黙って年取った男と海の家の店員とのやり取りを見ていた、若い男に質問を振った。


「いいよ」


「じゃあ焼きそばふたつ。あと、生もふたつ」


「すみませんお客様、生はちょっと」


「できへんの?」


「アルコールの販売は店内のみでって、条例で決められてるんですよ」


「別にええやん。なんとかしてや」


「いやあ……」


 店員は苦笑を浮かべて困ってみせた。


「ほなええわ。生がでけへんなら、なんもいらん」


 年取った男はぶっきらぼうにそう言うと、メニューをぽんと店員に返した。店員はにやにや愛想笑いを浮かべて考え込んでいたが、


「……分かりました! 絶対、他のお客さんに言わないでくださいよ」


と言った。


「おお、なら頼むわ」


「ハイ。ありがとうございます!」


 頭をひとつ下げて、手に持っていた会計伝票に注文を書き込むと、男たちの後ろの方へ歩き去った。


「……あったま悪そう」


 若い男が吐き捨てた。年取った男がそれに対して、


「今の、兄ちゃんが?」


後ろを振り向き、去っていく店員を見て言った。店員はやや大柄な背をこちらに向けて、海水浴客たちの間を縫って早足で海の家へ歩いていく。


「うん」


若い男が言うと、年取った男がたしなめた。


「そうでもないやろ。ああ見えて、色々考えとるかも知らんやん」


「色々?」


 若い男は年取った男の方に顔を向けた。


「そうや。ワシも若いころ、海の家でバイトしてたことあったんやけど……、あれ、これ話したっけ?」


「いや、初めて聞くな。サーフィンが好きだったっていうのは知ってるけど」


「そうやんな。海の家で夏の間住み込みで働いてたんよ。会社辞めて、バーで勤めだすまでの間。毎日働いて、その仕事が始まる前の朝早く、サーフィンして。こう言うとなんか気楽そうに聞こえるかも知れんけど、仕事は夏の間だけで雇用が不安定やし、仕事そのものもなかなか大変でな。楽じゃないねん。それに、一緒に働いてた女子高生に告白されてもうてな。まあまあかわいい子だったけれども……。そんなん、困るやん?」


「困るね」


「それで断ったら、その子精神的にちょっと不安定っていうか、おかしな子ぉやったんやろうな、他のアルバイトの男に、ワシがその子のこと店のトイレに連れ込んでむりやりキスした、とかなんとか、わけのわからん嘘ついて。で、だまされた男も正義のヒーロー気取りになってワシに食ってかかってきてな。大変やった」


 年取った男はそこまで話すと、海を見ながら感慨深そうにあごひげをショリショリ触った。それから、


「ちょっと話逸れたけど、とにかく海の家のバイトっていうのも楽じゃないんや。あの兄ちゃんも大変なんちゃうか」


「ふーん」


「……」


「……」


 再び二人の間に沈黙が漂った。波の崩れる音、それに合わせてわき起こる海水浴客たちの笑い声。どこか遠くでツクツクボウシが鳴いていた。空は薄曇りで、陽は時々射す程度、三十度は超えているだろうが八月としてはそこまで暑くはない。それでも浜辺でじっとしていると暑気がまとわりついてくるのは当然で、若い男はその首筋から胸元へ、数条の汗を流していた。


 二人が次の会話を始める前に、先ほどの店員が戻ってきて、「お待たせしましたあ」と元気に言いながら、パック入りの焼きそばと缶ビールを渡してくれた。年取った男が、


「なんや、生言うたやんけ」


と文句を言ったが、店員が、すみません、生はちょっとやっぱり無理でした、と悪びれずに言うので、それ以上追求はしなかった。その代わりってわけでもないんすけど、と店員は、サービスだと言ってたこ焼きを一舟くれた。二人はありがたく貰ったが、そんなに腹も減っていないということで、店員が会計を済まして行ってしまうと、たこ焼きは隣の母子にあげてしまった。水着の上にTシャツを着ていた母親がひどく恐縮して、お返しにとアクエリアスを二本くれた。

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