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 神奈川県のとある海水浴場の浜辺の一角で、男が二人、海に向かって並んで座っていた。


 そこは全国的にも有名な海水浴場で、人気も高いのだが、この日はお盆もとうに過ぎた八月の終わりの、それも平日だったので、それほど人は多くなかった。海水浴に訪れた人々はそれぞれ前後左右に十分な間隔を空けて、浜辺に場所取りし、ビーチパラソルの下で座ったり、寝そべっていたりした。――そんな海水浴客たちの中に、二人の男もいた。


 二人の男は海の家で貸し出されている青いビーチパラソル(ぜいたくにも一人一本ずつ借りていた)の陰に寄り、やはり青いビニールシートの上に、どちらも体育座りをしていた。先ほども述べたように海に向かって平行に並び、お互いの間を三メートルほど空けている。正面から見て二人の右隣には三人組の若い女性客が、左隣には幼い(きょう)(だい)と、その母親らしき女性との、母子(おやこ)が場所を取っていた。


 男たちのうち正面から見て右側にいるのは、五十代から六十代前半と見える初老の男だった。ロマンスグレーのショートヘアーの、額の部分がM字型に禿げあがっていた。逆三角形のレンズの黒のサングラスをかけているので、表情は読み取れないが、短く刈り込まれた白髪混じりの髭と、額に走る深い皺が、いかにも苦みばしって、若い頃はもちろん、今でも女性にモテるのではないかと見えた。赤地に白い草花の模様のちりばめられたアロハシャツを着、ベージュのショートパンツを合わせていた。


 その左に座るもう一人の男は、ちょっとなかなか見られないくらい美形の青年だった。齢は二十五前後といったところだろうか。小顔で、鼻が高く、引き締まった唇をして、二重の大きな眼が、見る者が引き込まれそうになるほど妖しい光を放って輝いていた。髪形は黒髪のシンプルな中分けで、さらさらの髪がちょっとナルシスティックな感じもするが、小さな顔に良く似合っていた。左耳に小さなリング型のピアスをつけている。上半身は裸で、青を基調とした海水パンツを穿いている。体は、細身ながら鍛えていると見えてよく引き締まり、六つに割れた腹が呼吸をするたび小気味良くふくらんだりへこんだりしていた。


 二人の男がどういう関係なのかは、よく分からなかった。友達にしては齢が離れすぎているし、親子にしては顔が似ていないように思われた。二人は、海水浴客たちが泳ぐ海をつまらなそうにただ眺めて、何を話すでもなく黙って座っている。その沈黙にはどこか気まずい、ぴりぴりとした空気が漂い、周囲の客達の明るい喧騒の中で、少々異様な感じがした。


「……あんなあ」


 右側の、年取った男が沈黙を破った。顔を若い男の方に向けるでもなく、まっすぐ前を向いたまま、若い男に話しかけたのである。低く渋い、男らしい声だった。


「ん?」


若い男が、やはり前を向いたまま答える。


「あのおばはん――」


 年取った男が言いかけた瞬間、二人の左側から、カラフルなビーチボールが転がってきて、男たちの意識はそちらに向いた。ビーチボールは砂の上を転がってきて男たちの座るブルーシートの上に乗り、ころころと若い男の目の前を通過しようとした。そこを、若い男が左手を伸ばして掴まえた。


 ボールの後から、幼い兄妹が走ってついてきた。男たちの左隣に場所を取っている、母子の子供たちだった。母親がシートの上に置かれたビーチチェアに寝そべって休んでいる、その前で、二人してビーチボールを投げ合って遊んでいたのだが、このときボールが逸れてしまったのである。兄は小学校の中学年程度で、妹は幼稚園の年長組あたりといったところだろうか。どちらも身につけているのは水着だけだった。兄が先に、妹がやや遅れてやってきて、若い男がボールを取ってしまったのを見ると、ちょっと気が引けたらしくそこで黙って立ち止まった。


「はい」


 若い男が、優しい声を出しながらボールを兄に渡した。兄の男の子は、少し恥ずかしそうに、「ありがとうございます」と口ごもりながら言い、そのあとに妹が、


「ありがと!」


とこちらは屈託もなく元気に声をあげた。


「はい、どういたしまして」


 若い男は笑顔になって言った。笑うと、八重歯が覗いた。兄妹は元来た方に戻りながら、


「お兄ちゃん、海入ろうよ。リン、もう暑い」


「いいよ。浮き輪持って遠くまで行こう」


「えー、リン怖い」


「だいじょうぶだよ、浮き輪があれば誰でも浮くんだから」


などと、舌っ足らずに話している。


「かわいいな」


 若い男が呟いた。年取った男は、若い男と兄妹のやりとりを黙って見ていた。若い男はその年取った男に対して、


「もし子供ができるとしたら、男の子と女の子、どっちがいい?」


と聞いた。


「何言っとんねん」


「もしだよ、もし」


「ワシにはお前がおるやないか」


 質問が少し気に障ったのか、年取った男は仏頂面で答えた。その答えに若い男は、ハッと笑い、


「なんだよそれ」


そう言って兄妹の行ってしまった左側の方を見、「……かわいいなあ」と再び呟いた。

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