変な女が婚約者になったので -アレク目線-
アレク目線の話しです。
彼は公爵家の使用人の息子でした。
その公爵家の一人娘、ミリアへの恋心があるんですね。
何を考えているのか分からない女。
俺が今まで関わってきた女は、2種類に分けられる。
いつも優しく、誰からも愛され、俺に気さくに話しかけてくれるミリア=ステファーノ。
と、それ以外。だ。
異性の認識なんて、その程度でいいと思っていたし、特に不自由もしていなかった。
が、
そんな俺の認識に、新たに第3勢力として現れた。アイツ。
名前は、イヴ=ベルメザー
アイツは、図書室でなかなか不躾に話をし始め、お互いのメリットの為、偽物の婚約者になって欲しいと迫ってきた。
俺は、こんな女の提案を受け入れる事自体、不本意でしょうがなかった。
だけど、俺は、ソイツの提案を受け入れた。
俺は
俺には彼女
ミリア=ステファーノを諦める事が出来そうになかったから。
俺の家族は、ステファーノ公爵家の使用人だ。
そして母は、ミリアの乳母だった。
だから、俺が物心つくころには、ミリアは俺の隣にいた。
何をするのも常に一緒だった。
ミリアが5歳になる頃、公爵様が俺に彼女の護衛兼世話付になるようおっしゃった。
もちろん、俺は2つ返事で了承した。
妹のように可愛いと思っていた。
“アレク”と舌足らずで呼ぶ声、小さい身体には庇護欲を感じた。
そんなミリアが、公爵令嬢として嫋やかに成長する姿を一番近くで見てきた。
日に日に、少女から女性へ変わっていくミリア。
そんなミリアへ、家族的愛情以外の感情が芽生えていたことに気が付くのは、少し先の話し。
ミリアが12歳、俺が13歳の頃だ。
この年の春に、公爵様のご厚意で、俺は学院へ入学することになっていた。
学院入学の際、生徒はみな寮へ入る事になっている。
だから、俺はミリアと1年別れることになる。
なに、1年だけだ。
彼女は1年遅れて、学院に入学してくる。
なのに…たった1年なのに、生まれて初めて“彼女と離れる”と認識すると、寂しさ以外の感情がせり上がってきた。
挨拶を交わすたびに、その手を取りたいと無意識に腕が上がろうとする。
それを理性で抑え込む。
俺はあくまで使用人と言う立場を守る為、ひた隠して入学式の日までの日を過ごしていた。
そんなある日。クロッカスが咲く頃、公爵邸の中庭で、俺はミリアに告白された。
「ずっと一緒にいた貴方が、この春からいなくなってしまうなんて、辛いわ。学院では、きっと沢山の出会いがあると思うの…。でも。でもね。忘れないで。私は貴女が好きなのよ。この私の想いは、忘れないで。」
俺が仕える、公爵様と同じ金に近い茶色の髪、奥方様と同じグレーの瞳が俺に微笑みかけていた。
俺は、どう答えていいのか分からず、彼女の前に跪き「ありがとうございます。」と、“一使用人”として最大の敬意を示すことしか出来なかった。
本当は、俺だって「好きだ。」と伝えたかった。
でも出来なかった。
何故なら、目の前にいる彼女の容姿は、俺に彼女を任せてくれた公爵様達とうり二つだから。
俺を信頼し、信用してくれているミリアのご両親、公爵様達を、失望させたくなかった。
そうして、ミリアへの返答を曖昧にしたまま、俺は公爵邸を出て学院へ入学した。
確かに、ミリアが言うように、沢山の出会いがあった。
博学な教員。勤勉な先輩方、同級生。
だが、それだけではなかった。
本当の俺を知りもしないで、キャーキャーと騒ぎ立て、後を追いかけてくる女。
身分で差別し、実力もないのに喧嘩を吹っかけてくる一部の先輩や一部の教員。
この国は、いつから身分で人を攻撃していい事になったのだろうかと、軽く嘆きにも似た感情が俺の脳裏によぎったが、嘆いていてもしょうがないので、自分の中で、上手く見切りをつけ始めた。
対人関係を円滑に回すため、俺は壁を作り上辺だけの交友関係を築いた。
友好的な人間にも、ある程度の距離を取る。
そんな人間関係を構築し終えた頃に、ミリアは入学してきた。
彼女は、開口一番に「お待たせ。」と笑い、俺の腕を取って笑った。
長かった髪は、肩口に切りそろえられて、カールしている。
「髪。」
「あぁ、うん。大人っぽくなった?」
そう言いながら、自分の髪に手を添えて、照れくさそうに笑っているミリア。
素直なその表情に、1年間の凝り固まった感情が緩んでいくのが分かる。
あぁ。俺は、やっぱりミリアがいい。
己の感情が、曖昧に濁したあの時の想いが、純粋に彼女へ向かった。
でも、俺とミリアは身分が違い過ぎる。
しかも、彼女は公爵家の一人娘だ。
彼女には、身分が釣り合う人間との婚姻をと、公爵様(旦那様)は望まれるだろう。
俺は望まれない。
どうしたら、旦那様に認めてもらえる男になれるのだろう。
色々考えて、俺は剣の腕を磨き、国の騎士になることにした。
ちゃんと自分で功績をあげて、自らの実力でミリアに見合う男になろうと思っていた。
幸い、ミリアに婚約者と呼ぶ人間は現れていない。
自分の出来ることを着実にこなしていくことで、彼女との未来は得られるものだと思っていた。
『もし仮に、彼女が貴方をずっと待ってるとして、貴方はいつ彼女を迎えに行けるの?5年後?10年後?その時まで、彼女は貴方を待っていられるの?公爵様は娘の結婚をどれだけ待ってくれる?』
あの女、イヴが言ったこの言葉。
この言葉は、俺の中にあった真実だ。
いつ迎えに行ける?
彼女は待っている?
公爵様は?
俺は認められる男になれるのだろうか?
アイツの言葉はすべて的を得ていて、言葉で心臓を掴まれたかと思った。
なのに、
『………私が提示したメリットを受け取るだけ受け取ってみたら?』
ふっと、アイツは掴んでいた俺の心から手を離した。
受け取るだけでもいいのではないか?それを使うも捨てるも自分で決めればいい。
だけど、持っておけば、選択出来る。
今の漠然とした不安を、少し取り除けるのではないか?
と、提案されているようだった。
そして、俺はアイツ。イヴの婚約者になった。
で、最初に戻る。
何を考えているのか分からない女。
イヴが入学して、1週間。
それが、俺がアイツに対して思った感想だった。
1日目。
まずアイツは、1年先輩であるはずのミリアと何故か急接近した。
そして、まるで昔からの親友のようになってしまった。
何をした?!と問い詰めたが、コイツは不適に笑いながら、「乙女の秘密だから、お教え出来ませんことよ。婚約者様~♪」とニヤニヤしながら廊下を立ち去った。
2日目。
毎日、訓練で闘技場にいる俺の元へミリアと2人で観戦にくる。
しかし、俺を見ているのはミリアだけで、イヴは、持ち込んだ本に夢中で、一切俺を見ようとしない。
ミリアに俺へのタオルや水等の差し入れをさせて、自分は本を読んだり、他の生徒や訓練教官を眺めているだけだった。
3日目。
ランチを一緒にと言われて、ミリアとイヴと3人で摂る。しかし、淑女に有るまじきスピードでランチを平らげ、イヴは「ちょっと気になる事があるから、先に行くわ。2人はごゆっくり。」と席を立った。呆気にとられながら、ミリアと2人でランチを摂る。どこにいっているのか皆目見当もつかない。
それより、久しぶりのミリアとのランチで、彼女の近況なんかを話す。楽しい時間だった。
4日目。
図書館の前の広場で、アイツは木を背に座り足を投げ出して寝ていた。
その手には読みかけの本があり、さっきまで読んでいたと知れた。
そっと気配を消して近づいてみれば、俺の知らない外国語の本だった。
コイツは、確か1年たったら国を出て、旅に出ると言っていた。
あの言葉は半信半疑ではあったが、少なくとも少しは本気なんだと少しコイツを見直した。
5日目。
保健医のクロード=バレーが、俺達騎士候補生の健康診断をすると言い出した。俺達は言われるがまま、受診すると、俺達の主導教官が呼ばれた。
その日から訓練内容が変わり、俺達に対する過度な強制訓練をしなくなった。クロード=バレーが何か働きかけがあったのかもしれない。
その時、ミリアと共にイヴはいた。視線の先は、クロード=バレーを見ていたのは、気のせいではないだろう。
6日目。
学院の廊下の真ん中で、イアン=ジョービス生徒会長と、イヴが対峙していた。
何やらすごい剣幕でイアン先輩と言い合いをしていたようだった。
そして何かイアン先輩が挑発するようなことを言ったのだろう、イヴが「アレクは私の婚約者だっての!!!」と学院に響くほどの大声で叫んだ。
廊下に出来た人だかり(野次馬)は、一斉に俺に気づき注目された。
………勘弁してくれと、本当に思った。
7日目。
放課後。訓練後の闘技場で、俺はイヴに呼び出されていた。
コイツは、練習用の剣を持ち出して俺の前で「準備体操」をしていた。
長いストレートの髪の毛を後ろの高い位置で結わき、女性用剣術着を身に纏っている。
基礎の基礎ということで、まずは剣に慣れる為、握らせて振らせてみた。
剣の重みに振り回されていて本当に初心者だと、分かる。
それで本当にコイツが言う、“1年で自己防衛程の剣術”が身に着くのか、甚だ疑問だったが、本人の眼は本気だったので、続けることにした。
まぁ、いつまで続くか、疑問だけどな。
と、まぁ、こんな7日間を過ごし、今日は週に一度の休息日だ。
まさか、城に呼び出されて、“婚約者(偽物)”の初仕事をさせられようとは、思ってもみなかった。
さて、次話でイヴが7日間何をしていたのか。
そして、アレクの初仕事とは。
イヴは、悪役令嬢の意味を理解しているのか。
その辺の話しを書いていきます。