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玉手箱の冬  作者: 圷 啓
b.今年の年末とは
9/15

10 差異 その2

 午後1時を回った頃。

 冬の寒さは廊下にも及んでいた。ましてや影になっているため、下手したら外より体感温度は低いかもしれない。普通の公立高校のせいか、防寒性は二の次にされたのか、ところどころ隙間風が吹いている。しかも暖房器具の使用も生徒の調節を許さない。

 例外は、持ち込みだ。部室に行けば、ヒーターがある。

 だから俺は早歩きで、部室に辿りついた。そして、


「やあ。やっと来たね葦茂」


 俺が部室の扉を開けると、そこにソファでどっぷり腰を落ち着けている純平が居た。

 たぶん嫌な顔をしている自分が居る。声。


「なんでお前がいるんだ。というかやっとってどういうことだ」

「そりゃ片付けは華奢な僕には似合わない。君の出番というわけだ」

「や っ と っ て ど う い う こ と だ 」

「ふっ」


 純平は鼻で笑いやがった。

 緩慢な動作で立ち上がると、純平は人差し指を突きつけてきた。


「もちろん、大掃除さ。僕と君とで」


 ――すなわち、お前の差し金ってわけか。

 純平はあっさり口を割った。先生も成増には頭があがらないらしい。というのも、純平の叔父はそれなりの私立高校の教師を務めている。そして俺たちの担任はその教え子なのだという。

 ――だから、ちょちょいのちょいなんだよ。

 汚れ一つない笑顔でそういうのだった。

 こうなるとおそらく用意周到なのだろう。

 あーだこーだ屁理屈をこねても俺では純平に敵うまい。

 こうしてしばらく掃除をせざるを得なくなってしまった。

 ……早く紗々をどうにかしたいのに。


***


「ほら、ないしょだからね?」


 口元に指を当て、シー、といいながらまりはそう続けた。

 紗々が本当にトイレを済ませたあと、まりは部室に紗々を引っ張りこんだ。冬休みとはいえまだ先生は普通にいる。見つかった時に面倒事になるのは二人にとっての共通の了解だった。

 そしてまりは言うのだ。まだみんな来てないから、私とお話ししないか、と。

 その代わりに、すごい秘密を教えてあげる、と。

 暫く話をすると、まりが時計をみて紗々を招いた。

 そして、紗々は再び部室棟を出たまりの後を追った。

 肌寒い外の空気はまるで生物を寄せ付けないよう務めているようだ。木々は葉を落とし、そう言えば先ほどから人っ子一人いない。部活動は今日の午前までなんだ、とまりは紗々の疑問に答えてくれた。


「午後は?」

「午後はね、生徒会主催の忘年会なの。私も実は生徒会役員なんだよ」

「はえー」

「といっても、雑用なんだけどね。忘年会もたいそれたのじゃないの。みんなでお菓子持ち寄ってビンゴをやるくらい。中にはカップルもできるらしいけど、とりあえず『忘年会』って名目のためにみんなやってくるんだよ」


 そんな話をしているうちに、目的地にはあっさりついたのだった。

 そして、ないしょだ。そう口にしたあと、まりが笑顔のまま少し首を傾げ、紗々に向き合ったまま後退していく。

 角を曲がって姿を消した

 しばらく待つと、にゅ、と手が現われた。来い、と合図している。

 紗々がその角を曲がると、まりが両手を広げるその背後、


「じゃじゃーん」


 猫の集会だった。


「う、うわあ」


 かわいい、と口から出ないくらい紗々は猫が好きになった。

 秘密基地みたいな光景。


「どう? 私も最近知ったんだ。まだ誰にも教えてないんだよ」


 ときめきを隠せない。紗々は口をパクつかせ言葉にならない声を、


「ふふ。喜んでもらえたみたいだね。ね、紗々ちゃん、秘密だよ?」

「、ん、っうん。ひみつ、ひみつ、うん、わたしひみつ好き!」

「ふふ。紗々ちゃんくらいの歳だったら秘密基地とかも好きだもんねきっと。私も好きだったから」

「ひ、秘密基地……」


 曇った紗々の顔を見逃すようなまりではない。


「あれ? 紗々ちゃん、」

「……」


 突如として黙り込む。猫のいびきが鳴り響いた。大あくびする奴までいる。

 人間の話など、野生生物の餌にもなりそうにないらしい。

 まりは心許なげな紗々の手をぎゅっと握りしめた。


「!!」


 そしてぱあっと開いた。

 すると、紗々が反射的に手を握っていた形になる。

 そして、声。

 ――猫、さわってみる?

 首肯。

 まりが見当をつけた一匹に紗々も近づいた。

 先にまりが触れ、手のひらでうながし、紗々も同じところに手を当てた。

 触れてみると、意外にも猫は逃げ出さない。


「この子たち、人なれしてるの。たぶん学校のみんなが何かしらくれるんだろうね。みんな優しいからね」

「うん」

「――でも、そうじゃないことだってあるよね」

「……うん」


 まりが口ごもる。何事か、と紗々の視線が猫からまりへと移る。


「秘密基地、実は私も好きだって言ったけど、あんまり知らないの」

「え!?」


 ――なんで?

 その問いは出ない。が、まりは頷いている。


「私、見ての通り小さいでしょ? 昔っから小さくって、よくイジめられてたの。やーいチビとか、まりもとか言われて、仲間外れにされたこともあったの?」

「……」

「羨ましかった。みんなして同じ秘密の場所を共有するの。タイミングを逃したんだと思う。いつの間にかみんなはそんなもの気にもしない風になってたから」


 ――でも、じゃあ、なんで好きなんて。


「でもね、当時はそれでも私は恵まれてたと思うの。いつもそういう時一人で秘密の場所へ逃げ込んだ。そこには温かい匂いがして、温かい声がして、温かい人が居てくれた」

「それは、」


 まりは大人のような笑みを見せる。


「私ね、その人のこと大好きだった。たくさんお話ししてくれたし、私もたくさん話したんだ。紗々ちゃんといると何故か思い出しちゃうな。不思議だね」

「――思い出、」

「え?」

「その人は、もう思い出の中の人なの?」


 首肯。


「もうずっと前かな。病気で亡くなられたの」

「……」

「後になっていい思い出が残った。もっとたくさんお話ししたかったとも思うけどね。でも、その一歩を自分から踏み出せるほど私は強くなかったから。それでも、そのお祖母ちゃんはこんなこと言うのよ」


――糸電話、って知ってるかい?


「――いとでんわ」

「うん。知ってるよね。そう。で、糸電話ってね、二人でしかできないものじゃない? 実はそうじゃないんだって。クリップ! そう、クリップをつけて人数分つなげると、ちゃんと皆にお話しできるんだって」

「知らなかった」

「でしょ? で、私、次の日またイジメられた。でもその時、気が付いた。実は、私に嫌なこと言うのが実はみんなじゃなくて一人だけだったことに。紗々ちゃんもそう?」

「――わかんない。みんな意地悪だもん」

「そっか。でも、よく見てみて。実はみんな糸電話を口に付けてないの。耳に当てて、悪口言ってる子の話を聞いてるだけ。そして私も耳に当ててただけだった。だからね、ちょっとした思い付きでそれを口に当てた」

「何したの?」


 身を乗り出す。猫まで何故か周囲に集まっている。


「笑ったの」

「わら、」

「――そう、満面の笑顔。そんな簡単なことで関係が崩れた。今までは私いつも泣いたり逃げ出したりした。けどそこで笑ったら、何でか次の日には別の子が遊ぼうって声をかけてくれた。そして私はお祖母ちゃんから聞いた話をして、仲良くなる人が一日一日増えた」

「ふえたって……」

「きっと、笑顔がクリップだったんだね」

「私、でも、できないと思う」


 なーお。猫がすり寄る。まりが撫でながら言う。


「大丈夫。紗々ちゃん可愛いんだから。笑顔でイチコロだよ」

「別に、嫌いだもん。みんな」

「――そうね。でも、いつか嫌いじゃなくなるかもね」

「嫌いだもん」

「そっか。でも、何かあったら、お姉ちゃんに言っていいからね。いつでもお話ししようね」


 そして、まりは根本的なことを口にした。


「そう言えば、紗々ちゃん、どこの子? 誰か家族と一緒なんだよね?」

「うん」


 ――ささー!


 男の声が響いた。声は段々と近づいてくる。


「ほら、迎えに来たみたいだよ?」


 立ち上がるまり。

 が、まりのことばに、紗々は背後で制服をぎゅっとつかんだまま隠れようとしている。

 ――さては、無断で抜け出したのかもしれない。

 その場合、まりが大人の対応をしてやるつもりだったのかもしれない。まりは紗々の頭をなでると、側に寄せてやった。

 声の主はもう角の所まで来ているようだ。一人ではないらしい。

 話し声とともに姿が現われる。

 純平と葦茂。

 純平が、


「ほら、居たでしょ?」

「だから、純平はなぜわかるんだ……って、まり?」


 今度は、まりが強張る番だった。

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