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玉手箱の冬  作者: 圷 啓
b.今年の年末とは
8/15

09 差異 その1

 12月28日はイヴの4日後である。

 であるかどうかはともかく、一般的にこの日は仕事納めと呼ばれる日であり、ましてや高校生は既に冬休みの一番楽しい時期の真っただ中だ。中身のないクリスマスを越えた先にあるのは、年末特有の昂揚感。中には海外で年越しを迎えるけったいな輩もいる。

 相沢葦茂にはそんな経験がない。

 パスポートもない。姉の沙耶さやがないのだから葦茂にあってはならない。仮にあったとしたら、次の日には生意気だと刈り布なしで五分刈りを食らう。冬にそんなことされたら間違いなく一発で風邪を食らう。


 海外行きたいなあ。

 なぜそんなことを思うのかと言えば、駅のプラットフォームの張り紙のせいだった。

 なぜそんなものを見たのかと言えば、昨夜顧問から呼び出しがあったからだった。

 ――おまえ、荷物持って帰れ。

 はあ。

 俺は電車内でため息をついた。


「葦茂? あといくつで学校のある駅?」


 隣。椅子に膝をついて外を眺める少女がそう言った。

 紗々。

 ため息の理由はこれのせいでもある。俺は、


「次の次の次の次。15分くらいだからまだ外見てていいぞ」

「なんもないねー。なんもないねー。田舎だねー」

「あまり大きい声で言わないの。農家に失礼だろうが」


 反対側の席ではおばさんが優しい目をしている。

 きっとお兄さんが妹をつれておでかけ。そんなとこだろうか。

 そして疑問に思うのだろう。

 だとしたらなぜ兄は制服なのか、と。

 おばさーん。俺はその疑問に答えたい。

 つまるところ、俺は学校に行くんだ。でも、もちろん紗々にばれないわけがない。俺が電話をすると、廊下で受話器を持つ逆の手を束縛する。俺がトイレにこもると、1分おきに3回ノックがある。事あるごとに付きまとわれる。

 ましてやこの時代の学校だった。

 ――絶対についていく!

 はあ。

 しかし気持ちはよくわかるのだ。

 多分俺でもそう言うと思う。

 だから、しょうがない――俺は連れていく方がいいと判断した。

 定期はないが、子供料金くらいならなんとかなるし。

 そして電車の速度が落ちる度、紗々は俺に尋ねる。


「あ、次についたよ。次の次の次?」

「ああ。そしたら駅のすぐそばだから。今のうちに切符の確認しときな」


 無邪気な笑顔が俺に向けられた。

 しかしその笑顔に、イヴの日の優子の言葉が待ったをかける。

 ――不気味だと思うのよ。妙に大人びてるし、急に態度が変わるから。

 そんなことはないと思う。

 きっと、優子は知らないだけだ。俺の知っていることを。

 俺は紗々を眺めながらそんなことを思っていた。


***


「それじゃ、ここで待ってること」

「はーい……」


 このやり取りを10回繰り返し、ようやく紗々は了承した。

 俺も鬼ではない。学校の外で待ってろとは言わない。ただ線引きとして、昇降口の中のベンチまでだ。それ以降は上履きもない紗々の居場所として適切ではないだろう。

 そして俺は昇降口の角を折れ、階段へ向かう。

 職員室にいる先生に鍵を貰う必要があった。

 きっと今昇降口ではきょろきょろと辺りを見回す女児がいるのだろう。

 ここは昔と違う。下駄箱は木でないし、隠れるように隅に居座るくらいなら消火器も赤くならなければいいのにとか思うかもしれない。それこそ下駄箱には本当に下駄が入っていたのかもしれないし、トイレは厠と呼ばれ、

 ――トイレ?

 

 嫌な予感。

 紗々は俺の祖母だ。思考のルーチンもきっと似てる。俺についてきたのもその証左だ。

 そして玄関に回れ右した時には既に手遅れだった。

 さっきまで紗々の居たベンチ。その温もりだけを残し、一枚のメモも残してある。

『といれにいってきます』

 口実を与えてはいけないのだった。


***


「ねえ。君、どうしたの?」


 蝶のような声。

 紗々は振り向く。

 学校をぐるっと一周して、体育館と部室棟に通じる岐路。紗々が体育館をじっと見つめていたその背後、その女性の声が聞こえた。制服。スカートがひらり。そして顔――


「大丈夫だよ。こっちにおいで。あれ? 私、顔に何かついてるかな?」

「……ううん」

「そう? よかった。どうしたのこんなところで。見つかったらおこられちゃうよ」


 紗々は悩んだ末、その女子生徒にトイレと告げる。


「トイレ? じゃあ部室棟が近いから、一緒にいこっか」

「ありがとー。おねーちゃん」

「いいの。えーと、名前はなんていうの?」

「ささ」


 その女子生徒は可愛らしいミニマムな顎に手を当て、何かを思い出そうとした。

 しかしそれも束の間。すぐに笑顔に戻り、


「ささちゃんね。私はまり。寺田まりっていうの。よろしくね」

「うん」

「こっちだよ」

 

 そう言うと、まりは紗々の手を取って、二人は歩き始める。

 

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