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玉手箱の冬  作者: 圷 啓
a.今年の冬休みとは
5/15

05 小悪魔たちのモール

 仲むつましげな二人。

 私が歩み寄った時、男の声は不鮮明で聞き取れなかった。

 モールの中心部。ベンチに座る二人。

 それを見つめるのが私。

 傍から見れば、仲の良い兄妹に見える。ただし、それが面識のない人ならば、の話だ。

 男の方は私の幼馴染ときた。

 そしてふと思う。脈絡もない話だ。

 葦茂あしもが悪ガキで無くなった理由のことだった。


 もはや昔話のように私には思える。

 葦茂の祖母が亡くなった。

 小6の時、新年を何とか超えたものの、彼の祖母は結局2月を迎えることなく亡くなった。その落ち込み様ったらすごかった。まあ私にもよくわかる。葦茂の祖母は私にもよくしてくれた優しい祖母ちゃんだった。私だって悲しかった。でも、普段あんなだった葦茂が人目もはばからず号泣する様は、人間の見てはいけない部分を見た気がした。だから私は悲しさより、怖いという印象をこの件には持っている。

 だが、幼馴染の私、中島優子は知っている。理由はそれだけではないことを。


 人間関係というのは変化し続け、ゆえに、立場が入れ替わることがままある。

 そのきっかけは、多分身長のことだったと思う。

 中学に上がると、とりわけ男子は「デカく」なる。しかし、私も何故か女子なのに下手な男子並みに身長が伸びた。

 その下手な男子はいつも私の側にいた。

 現在の身長は、葦茂は166で私が168。今はもう慣れてしまった。だが、当時の変化はそこに起因していると思うし、だから、私が葦茂を恋愛関係の候補に入れていなかったのはそれ以外にも原因があったのだと思う。


 小学校の頃葦茂は「デカ」かった。周囲にはいつも仲間がいて、それを取りまとめては時にちょっかいを出していた。

 それが中学に入って「小さく」なった。何だか、可哀相。

 誰かがそんな葦茂評を中学の頃、私に言った。

 合っているとも思うし、違うとも思った。でも心の中ではほっとしていたと思う。


「葦茂は姉の瀬那さんの前では、そんなもんだよ」


 私だけが知っている、そんな葦茂のこと。

 でも、その言葉は結局誰にも言わなかった。

 そして、何となく、私は勝った――そんな優越感に浸った。

 け決してそんなことは無かったと今は思うけど。

 それ以来私は頼れる部長であり、ちょっとでかい女として定着していく。


 そして今、モール。

 何故こんなことを思ったのか、私は不思議だった。

 そしてわかった。

 私の目の前、そこで笑顔を作る葦茂を見てこう感じだからだった。


 懐かしい。


 だから、声をかけそびれてしまったのかもしれない。


***


 そして聞こえてきたのはこんな言葉だった。

 「すきんしっぷ」そして「お祖父ちゃん」

 少女の発した言葉が私の想像を掻きたてた。その上、すり寄る様は、隣の男が昔たびたび祖母にしていた動作そっくりだった。

 私は笑いをこらえようとして、しかし、不自然な笑いを漏らした。


「ぶっっ」


 最初に気付いたのは少女の方だった。

 何故だろう。まずい、と私は思った。 

 少女は固まる。それから、男の方が遅れて気づく。

 私の名前。

 もうこうなると後には引けない。私は声をかけた。


「あんたら、何してるの?」


 少し、不自然な間が空いた。それを感じ取ったのだろう。葦茂は、


「バイトだよ」


 ――そういう意味じゃねぇっつーの。

 私を見つめたまま黙る少女が気になる。10歳くらいか。従妹という風でもなさそうだった。


「その子は? 迷子?」

「……違う」

「だろうね。そんな腕に引っ付く迷子居ないもん」

「……話すとややこしくなる」

「あっそ。じゃ、誰かの子供のお守りか。頼りにならなそうだからって」

「だから、違うって。そういうんじゃない」

「ふーん。へー。今日イブよ? バイトしてるなんてよっぽど暇なのね」

「……何か、怒ってない?」


 私の棘のある物言いに、葦茂は別段怒っていないようだった。

 そこに少しカチンときた。

 何でそんなことを言われなければいけないのか。見当はずれの会話のせいか、どうでもいいことにいちいち気が障る。


「怒ってないわよ。というより、何のバイトしてんのよ。座ってロリとイチャイチャするバイト?」


 葦茂は別に特別な反応を示さなかった。

 が、少女の方がなんだか私を見る目つきを変えた。

 葦茂はそれに気づいてないようだった。


「ははは。そんなバイトがあったら是非紹介願いたいもんだな」

「質問に答えて」

「手伝いだよ。設営と移動と整備。ほら、この芸人。地元の有名なやつだろ。そのステージの設営だよ」

「ふーん」

「なんせ3年ぶりらしいからな。なんだったら、あのコンビも呼べばいいのにな。そしたらすごい盛り上がりになるぜ」


 やはり、話題を意図的に避けてる。

 明らかに少女のことを俎上にあげようとしない。

 そう思うと、私の中で何かがカチンと来た。


「あっそ。別にどうでもいいけどそれ。で、その――」

「そうか? こんだけのホールがいっぱいになるんだ。すごいけどな、それ。成増のご長子も大喜びになられるぞきっと」


……。


「成増のご長子が何の関係があんのよ。私が聞いてるのは、」

「お前ここは純平のとこのだろうが。そうそう、あいつもいるんだよ。今休憩中だから、水取りに行ってるけど」


 話が平行線をたどっていく。嘘くさい世間話が私をイラつかせる。

 会話は進む。しかし、どこまでも無駄にしか思えない。

 しばらくそのまま話していた。その度に、かちん、かちん、かちん……。

 多分傍から見れば、かみ合わない会話をしてる。

 私はついに声を荒げてしまった。


「もういい」


 その場で右回り。

 何を私は期待していたのだろう。

 そかし、向けた背中越しに、慌てたような声が飛んできた。


「ちょっちょ。待ってってば」

「待たない。そうだ。私、用事があるんだった。うへえ、もうこんな時間。もう行かないと」

「悪かったって。時間ないのに付き合わせちゃって、でも、説明するには俺も頭が混乱してて、」

「だから何? まとめてから言えばいいでしょ。しゃべってないで黙ってても別によかったのに」


 ひどい物言いだ。自分から近寄っていったくせに。

 そんな返事が返ってこないのは知ってたし、だから私がこんな態度なのだわかった。

 甘え? わからない。

 葦茂はそれきり本当に黙っている。

 何を考えてるのか。

 別に怒っててもいいと私は思う。多分どこかで、あのひと月前の出来事をぶつける対象を探していたのかもしれない。その考えを通じて、少し自分が怒っていることに気が付いた。

 私は、大げさにため息を吐いた。

 誰かが大げさにため息を吐いた。

 葦茂ではない誰か。


「中島優子ちゃん。ちょっと待ってくれない?」


 地響くような声色。

 ゆっくりと振り返ったその先。目の前には華奢な子ども。

 その少女が発したその言葉とのバランスを掴み損ねた。

 私は間違いなく相手に手番を渡していた。子供にふさわしくない敵意を向けてももう遅い。

 少女は、なぜ私の名前を知っている。


***


 背中、どん、顔、ペットボトルがピタリ。

 声。


「はい、優子にもおすそわけ」

「うひゃああああああああああああああああああああああああああ!!」


 背後から伸びた手にペットボトルがあって、私の頬にくっつけられていた。

 私はあわてふためき、尻もちをついた。


「な、な、な、何すんのよ!」


 誰かが見下ろしている。私の様子を見て微笑んでいる。

 見知らぬ少女――いや、違う。

 成増純平だった。


「君ら、もうちょっと周りを見てよ。人が集まってるでしょ。あ、紗々ちゃんはリンゴジュースね。純平はコーヒーでいいよね」

「ありがとーじゅんぺー!」


 その少女はそう言って受けとる。先ほどまでが嘘のように子供らしい笑みを純平に向けていた。

 ……うそ? だって、さっきまで。

 葦茂は黙って純平の手からコーヒーを受け取っていた。

 そして、純平は私にもペットボトルを差し出す。


「ほら、優子も」

「いらない。私は関係ないでしょ」

「そんなことないさ。どうせ葦茂がちゃんと説明もせずに、紗々ちゃんとイチャイチャしてたところを君が見つけて、何やら思うところがあって声をかけて、違和感ありありの状態になって、いたたまれなくなって去ろうとしたら、僕が来た。そんなところだろう?」

「……あんた、もしかして全部見てた?」

「そんなわけないじゃないか。想像だよ。想像」


 まあ、そこはいい。いつものことだから。

 ただ、不自然なことがある。葦茂が何も言わないのはどういう事だ。

 私はそのことについて尋ねてみることにした。


「あんた、何で今日そんな格好なのよ」

「似合うでしょ? たまには、こういうのもいいし、何より、理由があって」


 理由が、のところで葦茂がむせた。うるせえ。

 紗々、と呼ばれる少女がハンカチを差し出すのが見えた。


「理由って?」

「これなら高いところ昇れないし、そしたら葦茂に全部押し付けられるからね。それに、こっちの方が面白いでしょ?」

「というか、最初あんただとわからなかったわよ。それカツラ?」

「ふふふ。君も同じこと言うんだね」

「誰と?」


 うふふふふふふふ、と純平はそれきり笑みを浮かべきったまま固まっている。


「……私、なんか頭痛くなってきた」

「そう? ああそうだ。葦茂、もう搬入の届いたみたいだから、休憩したらすぐ手伝って」


 葦茂はむせながら手で「了解」と示した。

 そして純平は今度は私に向きかえって、葦茂たちから離れると、手招きをしてきた。

 不審に思う。が、何かあるのかもしれない。私もそれに倣う。


「ちょっと、お願い事があるんだ」

「……私、これから用事があるんだけど」


 口にしてから思い出す。時間は今何時だ。

 時計は既に約束の時間を過ぎていた。

 私はまりちゃんにとって、酷い先輩だなあ、と内心自己嫌悪に陥る。


「待ち合わせなら大丈夫だと思うよ。まり君は優しいからね」

「だから、心を読むな――って、え? なんでまりちゃんとの、」

「さっき喫茶店の方へ行ったときに、深窓の令嬢をやってる子がいたから」


 それでも、私とどうやって結び付けたんだこいつ。


「それで、お願いというのはね」


 あ、質問する暇さえ与えさせなかったこいつ。

 そこで、純平は両手を合わせて詫びるポーズをとった。

 そして、笑みを浮かべながら、


「バイトの間、紗々ちゃん預かっててくれないかな」

「いやよ」

「喫茶店のメニューで好きなのおごってあげる」

「よろこんで」


 言ってから、私は今度こそ本気で自己嫌悪に陥った。


***


「じゃあ、連れていくからね」

「頼んだよ。昼はぜひ一緒に取ろう」

「いやよ」

「レストランのA5の牛肉を食べようと思うんだ」

「よろこんで」


 そして、私は離れたがらない紗々ちゃんと呼ばれる少女の手を引いた。その小さな手は、葦茂と関係があるものらしかった。あくまで、詳細は後で話すと言われたきりなので、どちらにせよ私は待つ以外できないのではあるが。

 小さな力で、ぎゅっと握り返してきた。

 そして、私は道すがら、紗々ちゃんに尋ねながら歩いた。

 妙なことを口にする子だ。

 10歳。紗々。

 そしていきなりこの街の歴史について語り始めたのである。


 昔から続く街に重要や役割を果たした神社のこと。

 この辺が昔、養豚場だった時代のこと。

 当時の子供たちと今の子供たちの遊びが違ってること。

 ……。

 私は、一方的に語られる内容にただ相槌を打つしかできなかった。


 そして、喫茶店の前。

 私は居並ぶ見本のガラスの間から、中を窺ってみた。

 しかし、それらしき姿は見当たらない。とりあえず中に入ると、レジにいた店員に尋ねてみた。


「ええ。先ほどまでいましたよ。会計を済ませると出ていかれましたが……」

「何分くらい前でしたか?」

「確か2,3分ほどです」


 店員が指差した席は既に空だった。

 悪いことをしたなあ。後で、少し探す必要があるかもしれない。

 そう考えて、立ち尽くす。

 ぐいぐい。

 そんな私の袖が引っ張られている。

 ?

 目をやると、紗々ちゃんが、私を見ている。

 そうだ。

 まりちゃんには悪いことをした。が、今はこの不思議な少女の世話もしてやらねばならない。


「そうだね。すわろっか。すいません。私、キリマンジャロで。この子には、……カプチーノでいい?」

「かぴちーのって、なに?」

「カプチーノ。あわあわで、おいしいのよ」

「……紗々、美味しいの好き!」


 まりちゃんがいた席に腰掛けると、少ししてコーヒーとカプチーノは運ばれてきた。

 とりあえず、すする。うん。私にはやっぱりこの味があう。

 紗々ちゃんは、泡を不思議そうに眺めていた。上から、横から、終いには下から眺めようとした。一通りそうすると、意を決したように、カップを持ち上げゆっくりをすすった。あとにはもちろん、鼻の下に泡が残った。

 とても可愛らしい、そう私は思った。

 そして、可愛らしいと言えば、まりちゃんを思い出す。

 ただでさえ頼みごとを遂行していない身だ。その上約束の時間をすっぽかすなど、私であればしばらく口も利かないところだ。しかしまりちゃんのことだ。きっと「忙しかったんですよね」といって、気を使ってくれるだろう。

 どうにか、今日、進展させてあげられないかなあ。

 私はガラス戸の外を眺めながら、ため息を吐いていた。

 視線。

 そして、私は紗々ちゃんを放置していたことを思い出した。


「あ、ごめんね。ちょっとぼーとしてたね。何か話しようか」


 そして私がみた紗々ちゃんは、10歳の少女ではない。

 そんな錯覚を抱かせる顔をしていた。

 その口がゆっくりと開いた。


「優子ちゃん。話、しよっか」



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