第2話 カミングアウト。
「.....なあ」
「.....なんだよ」
隣でデスクワークに勤しむ同僚に話しかける。
今現在、うちの課は人でごった返しているところだ。
少しくらい話していてもバレないだろう。
ただ、モニターから目を離すような事はしない。
仕事は有り余っている。
仕事をサボるような真似をしていれば、また定時に帰れなくなってしまうからな。
「おい、人と話すときは目を見ろよ」
目を離すような真似....は.....
「.....岡村、一つ聞きたい事がある」
俺の心中を全く理解していないであろう岡村は、椅子ごと体をこちらに向けて話してくる。
まあいい、仕事が終わらなくなるのは俺じゃないし。
「この会社、割とブラックだよな?」
周りに聞こえないよう、少し小さめの声で言う。
数年勤めた会社に対し、突然の愚痴だったが、同僚である岡村なら分かってくれるだろう.....
「は?」
「........は?」
岡村の気の抜けた返事に、俺の声もどこか抜けてしまった。
「......普通にブラックだろ?」
「いやいやいや、何言ってんだ、お前」
人を小馬鹿にしたような目で、岡村は俺を笑う。
「よく考えてみろ。朝は早いし、夜は定時に帰った試しがない。上司に仕事は押し付けられるし、休憩時間は怒られてばっかだ」
思わず仕事の手を止め、岡村に向かって諭すように言う。
実情は今言った通り、ここは正真正銘のブラック企業であるはずだ。
「ばーか、それはお前だけだ」
「は?」
「いいか、俺や他の奴らはサービス残業なんてした事ないし、よっぽどのことがなきゃ怒られたりもしない。朝だって、お前がいつも一番乗りだろ?」
「それは.....」
まくし立てるような岡村の言い方に、思わず口ごもる。
どうやったら岡村に普通の感覚を取り戻させてやれるのか考えていると、遠くから聞き覚えのある音が聞こえてきた。
コツコツと響く革靴の音、通称「悪魔の足音」。
「は〜が〜君?」
「ッ!?」
心臓を突き刺すような鋭く冷たい声に飛び上がり、後ろを向く。
「...まさか、仕事サボってたんじゃないでしょうね?」
三沢 可乃 課長。
俺の一番苦手とする女上司。
この会社に来てから、この人に何度苦しめられた事か。
俺がこの企業をブラックだと言う原因はほぼ百パーこの人のせいと言っても過言ではない。
「あ...お、岡村とちょっと...」
そう言いながら振り向いた先には、姿勢を正してデスクワークに励む岡村の背中。
「岡村君は仕事熱心なようだけど?」
課長の刺すような視線が痛い。
「あの.....すいません....」
「いいわ、この書類やっといてね。あと、昼休みはちょっと話があるわ」
目の前にドカンと置かれる書類の山。
今の俺に、この山を撤去する術は無い。
岡村、後で殴る。