1.赤い目の少女
主な登場人物
クドナ・メイルシュトローム 赤い目の少女。どの国の軍隊よりも強いと言われる、世界最強の空賊団オルカの首領。自由奔放な性格。
アシヤ・ハンナ クドナの側近で、空賊団オルカの諜報部隊長。オルカの実質トップ3。普段は陰で支える立場だが、戦闘能力も優れている。
この世界には二百近い国があると言う。もちろん実際に数えたわけでも、全ての国を見て回ったわけでもないので、それが本当の事なのかは分からない。しかしそれらの国を一目で確認する方法はある。世界地図というやつだ。世界地図は非常に便利だ。どこに、何と言う島が、何と言う国があるか、ただの紙切れ一枚で全て分かってしまう。そしてその紙切れに載っている国を数えた所、確かに約二百の国の名前があった。
ついで言うとここは、ゲルマーンと名のつく王国らしい。周囲に他の島がないため、一つの島で一つの国。世界で最も文明の進んだ国として、永らくこの地に君臨してきた。
少なくとも数年ほど前までは。
この国は、あまりにも文明が進みすぎた。その結果、この世に存在してはならない船を造り上げた。その情報が外部に漏れ、それを知った謎の組織がこの国を襲った。
もとより軍事に関しては、さほど力を注いでなかった国だ。強力な武装船でやってきた謎の組織に滅ぼされるのに、それほど時間は要さなかった。
ゲルマーンを永く治めてきた王族であるケーニヒ家は途絶え、そして、世界の歴史を大きく歪ましかねない船の機密書類とともに、この国は地図から消えた。幸い、船そのものはどこか別の島に隠されているらしい--が、厄介なことにその場所を知る者はみな口を破らまいと自害してしまった。
つまりはだ、どちらが先に見つけるかによって、今後の歴史は大きく変わってしまう。
そんな、地図から消えた国、もとい地域。その地域の王城、もとい王城だった建物の一室に、クドナ・メイルシュトロームはいた。
「まったく、面倒なモノを造ってくれたもんだ」
玉座に腰掛ける、透き通るような赤い目の少女が、溜息を吐きながらぼやく。
この部屋は元々、玉座の間として利用されていた部屋だ。とは言え、世界的に有名な画家が描いた絵画が飾られているわけでも、価値のある彫刻が置かれているわけでもない。せいぜいあるのは玉座と、国鳥である鳩の形をした金色の像が四つ、部屋の四隅に飾られている程度だ。
「クドナ様ともあろうお方が溜息ですか?」
ノックも聞こえずに玉座の間の大きな扉が開いた。その扉から入ってきた、赤ぶち眼鏡の黒髪女性が呆れたように言ってくる。
「帰ってたのかい、ハンナ」
礼服を纏ったハンナと呼ばれた女性が、玉座へと近寄ってくる。
「今戻った所です。クドナ様は⋯⋯お暇なようですね」
眼鏡の位置を指で直しながら、ハンナは言った。丁寧な言葉とは裏腹に、皮肉がたっぷりと詰まっていた。
「そりゃあねぇ。ボクはじっとしてるのが嫌いなんだ」
「ダンターク殿は?」
ダンタークとはここにいないもう一人の側近の事だ。ハンナは諜報部の部隊長で、ダンタークには”空賊団オルカ”の副団長という肩書きがあった。要するに、クドナは空賊団の首領という事になる。他所の空賊とは少し根本的な部分が違っていたりはするのだけれど。
「見回りでもしてるんじゃないかなぁ?」
「そう、ですか。国勢は?」
もう一度言っておこう、ここは地図から消えた地域だ。
国王が居なくなったとしても、国民が居なくなったとしても、地図から消されるなどという事は、通常ではまずあり得ない。島の名前と位置くらいは記される。
ではなぜ地図から消えたのか、それはこの島が空賊団のアジトとして利用されているからだ。民間人が立ち寄らないよう配慮された結果なのだろう。そもそも近辺に島のない場所だ、よほど遠巻きなルートを通らなければ、間違ってこの島に辿り着くなんてこともないだろう。
ハンナの言う”国勢”はあくまで比喩にすぎない。空賊団のアジトとは言え、自分の強さを示す為に挑んでくる輩がいないわけではない。国として認められてもいないので、貿易もできない。完全な孤立での生活はそう簡単なものではなかった。だが、
「ボクがいるんだよぉ? 変わった事といえば、最近酒場ができたんだ。あれはいいねぇ、ここの観光地にでもしようかと思うんだけど、どうかなぁ?」
ケラケラと笑いながらハンナに同意を求める。しかし彼女のお気には召さなかったようだ。反射する眼鏡の奥から、白い目を向けてくる。
もちろん観光地に整備したところで客が来るわけはない。笑わそうと思い言ったのだが、ハンナは真面目な性格だ、ジョークが通じないのはよく知っていた。クドナは肩をすくめる。
「残念。⋯⋯そろそろ本題に入ろうか」
少々無駄話が過ぎたと思い、話題を変える。ハンナがここに来るのは主に諜報部としての報告の為だ。今回は一ヶ月ほど不在だった。何も収穫がなかったとしても、『収穫はない』と報告しなければならない立場なのだ。そして収穫がなかろうが、クドナは特に怒りもしない。それだけに、今回の一件は難しい仕事ということだ。
「ハルバッハ王国が何者かの襲撃に遭いました。恐らくは例の組織の仕業かと」
予想していた言葉と違ったので、クドナは少し驚いた。そして微笑を浮かべながら目を細める。
「やっと動き出したか。ターゲットは?」
「それが⋯⋯、一人は奴らに連れ去られ、もう一人は空賊との戦闘後、行方が分からなくなっています」
「空賊ぅ?」
「はい。どうやら空賊を雇い街を襲わせたようでして、ターゲットがその空賊を撃退すべく島外へ出て行った所で見失ってしまいました」
「やれやれ、なんの為に監視つけてたんだか」
クドナは玉座から立ち上がり、ナイフを腰に、銃をガーターリングに装備した。
階段をおり、ハンナの横を通り過ぎ扉へと向かう。
「どちらへ?」
「シュウのところ。ターゲットの件は任せたよぉ、最悪始末してもかまわない」
そう言い残し、クドナは姿を消した。